便乗日本沈没

 



   
便乗日本沈没

 

 

 田所誠一は映画を見てからしばらく席を立てなかった。何故なら、顔はくしゃくくしゃにゆがみ、鼻汁を垂らし、それは情けない姿だった。隣に座っていた妻のミヤコが無言でそっとハンカチを差し出した。それを受け取ると、思い切り鼻をかんだ。そして、一呼吸すると、辺りを見回した。数人が鼻をかんでいる。その姿を見て誠一はほっとした。

「ねえ、俺みたいな、の結構いるんだね」

 妻は「そうね」とだけ答えた。

「俺、あれには感動したよ。ほんと泣けたよ。ねえ、俺も小野寺みたいな人だったら、よかったろ?」
「あら、どうして?」

「家族のために自分の命を捧げるなんてさ、ロマンだねえ」

 誠一は飲み終わったアイスコーヒーの紙コップを持つとやっと席を立った。そのとき、地震が起きた。誠一は持っていた紙コップを落とした。ものすごい揺れだった。

「うわあ」

 建物は大きく揺れ、天井が崩れ落ちてきた。二人は慌てて椅子の間に身を隠した。

 この地震はその後も単発的に起きた。国民は不安のどん底にいたとき、やがて、テレビ、ラジオ等のメディアにより、政府が5年以内に日本が沈没するという発表をした。誠一はそれをテレビで見ていた。

「おい、嘘だろ? だって、今、日本沈没が上映されてるんだぞ」

 ミヤコも顔を青くしていた。

「そうよねえ。だって、映画でやってるのよ。そっくりよ」

「ねえ、あなた、あたしたち、外国へ避難できるのかしら」

「う、どうなんだろうなあ。韓国とはワールドカップで仲良く共催したけど、なんか、険悪だし。中国とも、今一だしねえ」

 

 世界はこの報道を歓迎した。経済大国日本が消滅することを。何処の国もざまあ見ろと言った。K首相はかねてよりアジア諸国から批判されていた靖国神社の参拝を行なった。すべての国はどうせなくなるんだからと言って批判はしなかった。軍隊もいろんな国へ送った。どうせなくなるんだからと言ってどの国からも批判は起きなかった。国民も軍隊を増強したってどうせなくなるんだからと無関心だった。それが、6年たち、7年たっても、日本沈没どころか、地震も起きなかった。K首相はずっと首相だった。だれも先のない国の首相には なり手がいなかった。

 さすがに、10年たったとき、アメリカで誠一は騙された、と思った。

  

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