新居

 

 

「そうだね、花に囲まれたうちに住めたらいいな」

 植木は恵美子とホテルに泊っていた。沖縄宮古島に立つコテッジタイプのこのホテルは、建物の周囲に赤、白、黄色の花が咲いていた。

「まあ、素敵…… 」

窓を開けた恵美子の鼻を、温かな風とともに爽やかな花の香りがくすぐった。植木と恵美子は、東京に新居を構えた。二人だけの部屋の中に、恵美子はいろいろな植物を植えていった。

「だんだん増えていくね」

 鉢植えに水を上げる恵美子に言うと、彼女は植木のほうを向いて「もっと増えるわ」と言った。2、3日後、更に植物が運び込まれた。それらは部屋中の家具の置いていないすべての隙間を占有していった。壁面が一杯になると、やがて床に植物が植え込まれていった。植木は恵美子と観ていたポータブルテレビを観ることが出来なくなった。テレビを観る時のお気に入りの場所にも植物が植えられた。まるでジャングルの中にでもいるようだ。

植木は恵美子と一緒にベッドに横たわった。見上げると、白だったはずの天井が緑色になっている。驚いて枕元のスタンドの明かりでかざすと、すでに天井には無数の弦が密生していた。次の日には、壁までが緑色で、弦が覆っていた。

植木はセーターの閉まってある箪笥すら見つけられなくなった。寝室のベッドの蒲団から顔を出している恵美子を見て、

「ねえ、セーターを探しているのだけど、どこかなあ。ちょっと寒いな」

ベッドに横たわっていた恵美子は、するっと蒲団から抜け出た。彼女はストーブに火を入れながら、「暖房機能が今ひとつね」と独り言のように言った。

「ねえ、洋服ダンスが見当たらないようだけど」

恵美子は答えず、植物を熱心に植えている。それにしても、葉っぱが邪魔で恵美子の体さえ、見えなくなってきた。恵美子の姿を見られるのは寝ているときくらいだった。寝室のベッドの上だけはまだ植物に侵略されていない。ベッドの上が唯一植物のない場所だ。植木はふと気が付いた。

「僕は沖縄から帰って部屋から出ていない気がする。健康に良くないな」

 隣で寝ている恵美子を揺り動かす。一日中、植物の世話をしていて疲れているのだろう。恵美子はぐっすりと眠っている。

 翌朝、初めて来客が植木のところへ尋ねて来た。

「恵美子君、やっと明日がオープンだね。泊り込みの作業、ご苦労様。沖縄の植物コーナー、何とか間に合ったな。おや、ベッドにハイビスカスを置いて。きみは本当に植物が好きだねえ」

 

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