時(とき)

 

 大屋は出張でR駅に降り立った。10年間使っていた腕時計が突然電車の中で止まっていたことに気が付いた。

「ちえ、ついに壊れたか? 絶対壊れないで、狂わない時計ってものがないかなあ」

大屋は腕にはめていた時計をボストンバックにしまった。安物でいいからR駅で時計を買うか。そんなことをずっと電車の中で考えていた。出口で改札の駅員に声を掛けた。

「腕時計が壊れてね。腕時計がほしいんだ。時計店はあるかなあ」

「この町には生憎ないですね。隣町ならあるけど」

「ねえ、きみ、余分な時計は持っていないかな」

駅員は大きく首を振った。約束の時間まで後2時間くらいだろう。早目に行くことにした。改札を出たら真正面に時計店と書かれた看板が目に入った。

「何だ、こんな目の前にあるじゃないか。あの駅員…… 」

 改札を振り返ると、さっきの駅員がすぐ後ろにいた。

「きみ、こんな目と鼻の先に時計店があるのに、隣町まで行かないとないなんてどういうつもりだ」

「まあ、行ってみて下さい」

 大屋は駅員の態度に憤慨しながら、時計店の前に来た。ハラ時計店と言う看板を出してはいるが、ショーウインドーはない。開き戸を開けると、カランとベルがなった。店内はがらんとしている。部屋の真ん中にベッドが置いてある。店内もショーケースは置いていない。店の隅で白髪頭の男が四角い箱を抱えていた。

(そうか、この町の住民は時計を修理して使うから新しい時計は置いていないんだな)

 大屋はそう思ったが、聞くだけでも聞いてみようと思った。

「ごめんください。腕時計はありませんか? 」

「は? 何言ってるんだ、おまえさん? 」

「イヤー、時計が壊れまして、取り敢えず時間がわかればいいのですが」

「おめえ、取り敢えずなんてことを言っちゃいけない」

「すみません。とにかく時間が分かればいいのです」

「じゃ、横になって」

 時計店の中にベッドが何故あるのが分からない。おまけに時計を買いに来て何故ベッドに横たわらなければいけないのか。大屋は威圧的な老人の言うことに従って寝転がった。

「できたよ」

 声に驚いて飛び起きた大屋は老人の顔を見つめた。

「何ができたのでしょうか? 」

「ほらおまえさんのお腹を見てみいな」

 大屋が顔を下に向けると、へその辺りからチクタクチクタクと音が聞こえてきた。大屋がびっくりして老人の顔を見つめた。すると、老人は満面に笑みを浮かべていった。

「なかなかいい腹時計だろう? 結構うまく作れたよ」

 

 

超短編小説の目次に戻る