七福神めぐり

 

 

 近江覚は七福神めぐりをすることになった。近江の会社は下町の深川にある貿易会社だった。

「近江くん、七福神の中で、ただ一人女の神がいるのを知っているかね」

 近江の右隣の席にいる田端春雄が言う。田端は60歳を越えている。なんでこの老人がこの会社にいるのか分からない。

「ええ」

「何の神様か知っているかね」

「さあ、僕はその辺のことは疎くて」

「まあ、若い者は信心なんてないかね。で、弁天様って言うんやが、この神様は気が多くてな、いい男がお参りに来ると、ご利益を施してくれるそうや」

「へえ、知りませんでした」

「どうだ、今度の日曜日に、暇だったら、一緒に行ってみるか」

  *

 そんな訳で、田端と一緒に行くことになった。朝、深川の門前仲町駅で待合わせをした。近江が待合わせの9時に着くと、田端は改札の所で、何かのパンフレットを見ていた。

「おはようございます」

「おお、今コースを見ていたところや。このコースで行こか」

 2時間ほどで七福神を回り終えた。

「さあ、これから楽しみや。近江くん、ご利益あるといいな、はははは」

 手もみしながら大笑いする田端は、片手を高々と上げ、地下道の入り口の中へ消えていった。

 翌日、近江が得意先の配送から帰社すると、田端の姿が見えなかった。近江は前に座る倉持に聞いた。

「田端さん、外ですか」

「ああ、田端さんな、体調が悪いとか言って昼前に帰りはったよ」

 近江は田端のことが心配になった。それから1週間、田端は姿を見せなかった。

「係長、田端さんはどうされたのでしょうか」

「ああ、それが芳しくないみたいだな」

 そんな話をしていたが、3日後、田端が他界した、と連絡を受けた。近江は通夜に出席するため、浦安にある自宅を訪れた。田端の家はあまりにも広大だった。門から玄関までゆうに100メートルはあった。田端には紅子という30歳前の娘がいた。田端はこの娘に田端が築いたレジャーランドの経営を完全に任せ隠居していたようだ。焼香を済ませ帰ろうとすると、祭壇の親族席に座っていた紅子が立ち上がり追って来た。

「すみません、近江さんでいらっしゃいますか。はじめまして、田端の娘で紅子と申します。お忙しい中ご足労おかけしました。生前、父が大変お世話になりまして、ありがとうございました」

「とんでもございません。お世話をいただいたのは僕のほうで、突然なくなられてなんと申し上げてよいものか…… しかし、どうして僕を」

「はい、死ぬ間際まで、この写真を手にしておりました」

 それは田端と並んで弁財天の社の前で写したものだった。

「日に日に弱っていく父は、これを見ながら、ご利益で、きっと天国へ行ける、と申しておりました」

 田端の言っていたご利益とは、天国へ行くことか、と近江はふと思った。

  *

 それから1週間たって、職場に紅子が田端の遺留品を整理するため訪れた。部長室に呼ばれドアを開けると、濃紺のワンピースを着た紅子がいた。色白の肌が引き立って見えた。近江の顔を見ると、小さな声で「先日は…… 」と言いながら、深々と頭を下げた。傍らに立っていた係長に指示された近江は、紅子を田端の机まで案内した。

 近江は紅子の前で田端の机の引き出しを開けた。筆記具と数冊の書籍が入っていた。紅子が一点一点慈しむように手に取った。そして持って来た手提げ鞄へ収めていった。あら、と紅子が声を上げた。

「なにかしら」

 引き出しに紙が1枚だけ大事そうに入っていた。紅子がそれを手に取った。例の七福神めぐりの地図だった。

「深川の七福神めぐりですか」

「田端さんがおっしゃっていましたが、ご利益があるそうですよ」

「あ、父はそれで天国の話をしていたのですね。虫が知らせたのかしら…… ところで近江さんにご利益はありましたか」

「まださっぱりですね。あいにくまだそれらしいものは何もありません」

 近江が苦笑いをすると、紅子は地図を見てからしばらく黙っていた。

「あのう、急にあたしも行ってみたくなりました。連れて行っていただけますか」

紅子はそう言ってから恥ずかしそうに下を向いた。

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