輪廻

 

 三郎は町をさまよっていた。自分が何者かまるで記憶がなかった。

「今日はカップルで歩く人が多いなあ」

 三郎とすれ違う男女のカップルが目立った。2組目のカップルの女性を見て不思議に思った。何が不思議なのか直ぐには気がつかなかったが、3組目のカップルを見てはっとした。3組とも女性の容姿が瓜二つなのだ。どの女性も純白のミニスカートと黒のタンクトップ、肩まで伸ばした黒髪。4組目のカップルが歩いてきた。三郎が目を凝らしてみると、この女性もまた同じ容姿である。

「どうなっているのだ」

 しばらく歩くと、6人ほど道端に集まっている。三郎がその集団のそばに近づくと、派手なネオンの店があった。どう見ても風俗店である。どこへ行くあてもない三郎は、立ち止まって様子を見ていた。

 玄関から出てくる女は、どう見ても同じである。

「よくできたクローンでしょ? 」

 見入っていた三郎の直ぐ後ろで声がした。三郎が振り向くと、例の瓜二つの女が立っていた。しかし、白のブラウスを着ていた。

「みんなあたしのクローンよ」

「クローン? では、君がオリジナルなのかい」

「そうよ。あたしのDNAを売ったのよ。まあ、体のいい売春と言うところね。あたしのクローンだから、何の問題はないわ。版権は私にあるもの。クローンをたくさん作ってこの店は儲ける。あたしにもいくらか印税が入り、お互いが利益になるのよ」

 女がそう言って三郎と話しているところへ、瓜二つの女がまた玄関から出て近づいてきた。近づいてきた女は30センチほどの包丁を手に握り締めていた。三郎と話している女の前に来て立ち止まった。そして、いきなり手にしていた包丁を振り上げると、隣の女の胸を一突きした。

「あ、なぜ? どういうことなの? 」

女の白いブラウスが真っ赤に染まっていった。女は膝を崩して前かがみに崩れ、地面に倒れた。見る見るうちに女の倒れたあたりが真っ赤な血で広がっていった。血に染まった包丁を手にした女は三郎を見て笑った。そして、包丁を女の背中に放り投げた。包丁は女の背中でワンバンドして地面に転がった。

「ふふふ、あたしのコピーを消したってどうってことないのよ。あたしが本物だから、何の問題もないわ」

 女はそう言うと、倒れている女のロングヘアーをつかんだ。女の顔を向けて、前髪をたくし上げた。女の額には「複製品につき無効」と言う文字が刻まれていた。

「複製品には表示が義務付けられているのよ。そして何をしても許されるのよ」

 女は笑いながら立ち上がると、三郎から離れて歩き出した。

 三郎は倒れている女のそばに転がっていた包丁を拾い上げると、離れていく女を追いかけ、背中に切りつけた。白いブラウスが裂けた。女がびっくりして振り向いた。三郎は近づき女を抱きしめた。そして、左手で女の背中を支えると、女のわき腹に包丁を何回も突き刺した。女が苦しみながら三郎の髪をつかむとがっくりと首を落とした。

「何をしても許されるのだね。覚えておくよ。ありがとう」

 三郎が崩れた前髪を掻き揚げると、額には「複製品につき無効」と表示されていた。

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