訪問販売

 

 昨日、15年間勤務した会社が倒産し、俺は失業した。

 朝から家で起きる気力もなく寝ていた。何もやる気がなく、そう、夢も希望も失った気がした。そんなすさんだ心を更にかき回すかのように、電話が鳴り出した。無視していたが、何の恨みがあるのか、執拗に鳴っていた。俺は根負けし、仕方なく蒲団から這い出た。

「田中安夫様でいらっしゃいますか」

 若々しいはつらつとした女の声がした。

「は、そうですが」

「あなた様はこの度スマランカ王国国王に選ばれました。おめでとうございます」

「はあ…… 」

 俺は新手のキャッチセールスだと直感した。以前、10万円相当のビデオデッキが当たったと電話があり、指定の場所に出かけたことがあった。行ってみたら、デッキは10年前の製品で、画質も悪く見られたものではなかった。しかし、知らぬ間に相手の口車に乗せられ、新製品を買う契約をしてしまった。今、その2台のデッキが応接室にある。

「いや、いらないです。他の方に譲りますよ」

 一瞬、沈黙があった。

「それは困ります。投票された256名の有権者に説明がつきません。説得受入担当の私が処罰されます。どうか私を助けてください」

 女の声が震えていた。泣き脅しか、こいつ頭がいかれているよ。俺は受話器を置いた。しばらくして電話がまた鳴り出したが、俺はまた蒲団にもぐりこんだ。ずっと鳴っていた。俺は蒲団をかぶった。

 昼になって、腹がすいた俺は、やっと蒲団から出て、昼飯を食いに出ようと玄関のドアを開けた。正面に女が頭を深々と下げて立っていた。

「あのう、どちら様でしょうか」

 女は頭を上げた。俺は女の美しさにひっくり返りそうだった。一目惚れとはこのことを言うのだろうか。

「はじめまして、スマランカ王国侍従長ハイダ・クッコと申します。今朝ほどは突然の電話を差し上げ、大変失礼いたしました」

 今度は訪問販売か。俺はあきれたが、女の美しさに免じて、話だけでも聴いてやろうと思った。部屋の中にクッコと名乗る女を通し、応接ソファーに坐らせた。

「では、早速入国準備の説明から入らせていただきます」

「いや、その前に商品説明してもらわないとね」

「失礼しました。スマランカ王国は国土面積123,456u、人口256名、主な産業は家具の輸出、農業は自給自足、…… 」

 クッコは熱心に15分ほどしゃべっていたが、彼女の話から国王の待遇はいいこと尽くしで、失業中の俺には願ってもない話だった。

「あなた様がよろしければ、そのまま侍従長として私が、身の回りのお世話をさせていただきます」

 俺は彼女の豊かな胸と、ミニスカートから出た白く綺麗な艶のある肌を見て、思わずつばを飲み込んで言った。

「まるで、夢のようなお話ですね」

「はい、お受け取りくださりありがとうございます」

 歯並びのいい口で笑ったクッコは、テーブルの上に鞄から取り出した書類を置いた。見ると、納品書と書かれていた。俺は何の納品書かと内訳欄を見ると、スマランカ王国国王になった夢 一式 と書かれていた。

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