隣人

 

 海野幸司は郵便ポストを見た。宛名が高野幸子になっているのがある。

「ち、また、隣のが入っているよ。けど、たかのさちこ、ってどんな人だろうな? 」

 海野は大空荘302号室に住む。隣の303号室には高野幸子という女が住んでいるらしい。まだ、会った事はない。海野は1ヶ月前にこの大空荘に引っ越してきた。両隣に引越しの挨拶に訪問したが、高野はいつも留守だった。301号には大木という老夫婦がいる。あるとき、大木夫婦に聞いてみた。

「高野さんは、いついらっしゃるのでしょうねえ。なかなかお会いできなくて」

「あら、夜のお勤めをしていらっしゃるようですよ。すごく綺麗な方よ」

「おう、振るいつきたくなるようなべっぴんさんだ」

「なに言っているのよ、年甲斐もなく」

 若い海野はますます高野に関心を抱いた。

 引っ越してきて2ヶ月が経とうとしていた。たまたま、海野が熱を出し、仕事を休んでいたときだった。ポストがコトンという音を立てた。郵便の配達かな、と思ったが、カタカタしばらく音がしていた。海野はぼっとする頭を抱えながら、上半身を蒲団から乗り出し、玄関を見た。誰かが部屋の中をうかがっているような気がした。すぐに静かになってしまったので、そのまま、また深い眠りに落ちていった。

 3ヶ月が経った。高野幸子に会うことはなかった。海野は高野に手紙を出す事にした。ぜひ、ご挨拶を申し上げたい、とだけ書いて、海野幸子のポストに投函した。

 翌日、仕事から帰った海野がポストを覗くと、「わたしも」とだけ書かれたメモが入っていた。海野は早速次の手紙を書いた。

今度、あなた様のご在宅の日をお教えいただければ、ご挨拶に伺わせていただきます、と書いて投函した。

翌日仕事から帰宅すると、ポストにメモが入っていた。どうぞ、と書かれていた。すぐに、海野は301号室のドアをノックした。どうぞ、といわれた気がしたので、ノブを回したら、鍵はかかっていなかった。海野はドアを開けた。そのとき、ものすごい力で海野は部屋の中に引きずり込まれた。

 

 翌日、海野幸司は警察の聴取室にいた。

「それで、オカマを掘られたのですね」

「……はい、幸子と書いてコウジと読むなんてひどいですよ」

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