呪文

 

 石山権衛門は有名な祈祷師である。祈祷で病、悩みなどのもとを退散させることを生業としていた。毎日、病、悩みを抱えた人々が、列をなして権衛門にすがった。訪ねてくる人々にはたいてい疫病神が取りついていた。権衛門が厄病神に向かい呪文を唱えると、疫病神は耳を押さえながら、悲鳴を上げ退散した。

 あるとき、白髪の老人が権衛門を訪ねてきた。脇には見るからに汚らしいなりの男が取りついていた。老人はすっかりやつれていた。

「先生、私に取りついているものがお見えになりますでしょうか?

「ええ、見えます」

「私は不治の病に犯されてしまいました。きっとその取りついたもののせいに違いありません」

「貴殿には恐ろしい死神が取りついておりますな」

「なんと死神ですか? 先生のお力でなんとかお助け下さいませ」

「もう、ご安心下さい」

 権衛門は呪文を唱え出した。ところが、死神は知らん顔をして立っている。

「なんで呪文がきかないのだ!

 素知らぬ顔をした死神は、耳の穴を指でポリポリほじっていた。風呂に長いこと入っていない死神は、耳垢が詰まっていて権衛門の呪文が聞こえなかったのであった。

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