不思議なロウソク屋

 

 正三は、息子のケンタのために、ケーキ屋を探していました。でも、どの店ももう閉まっていました。

 あきらめた正三が歩いていますと、一軒だけ明るく光る店がありました。そこはロウソク屋でした。正三は、ショーウインドウの中のロウソクを見つめているうちに、今朝のケンタとの話が、頭にうかんできました。

「きょうはぼくの誕生日だよ」

「そうか、じゃ、ケーキを買って帰るかな」

「でも、お父さん、いつも仕事で遅いからなあ」

「きょうは早く帰らしてもらうさ」

 きょう、ケンタは自分のために正三が買ってくるケーキを楽しみにしています。

 けれど、正三は仕事が長引いてしまいました。正三は毎日家族のために一生懸命働いていました。でも、暮らしはあまりよくはありません。ケンタにプレゼントを買ってやりたいのですが、ケーキが精一杯でした。

 長いことショーウインドウをながめながら、どうしょうか、と考えていると、いつのまにか白いあごひげをはやした老人が、となりに立っていました。

「もう、店をしめるけど……」

「ここのロウソクが綺麗なもので、つい見とれていました」

「なにかお困りのようじゃが」

「ええ、息子にケーキを買って帰る約束をしたのですが、店がもうどこも閉まってまして……」

 店の主人は、にっこり笑いました。

「それならケーキを何とかしてやろうじゃないか」

「えっ、本当ですか?ぜひ、お願いします」

 店の中はロウソクの灯でほんのりとした明るさでした。

 老人は大きな丸い鍋を出してきました。台の上に置くと、灯のついていたロウソクを鍋に放り込み始めました。鍋に放り込むたびに、店の中はうす暗くなっていきました。けれど、鍋から出るにじ色の光で、まただんだんと明るくなりました。老人はしばらくの間黙って、鍋を丹念にかき混ぜていました。かき混ぜるのをやめると、右手を胸に当てて、天井を向きました。

「アジャム:コロン、アジャム>ロコン」

 目をつぶりながら何か口の中でしゃべったかと思うと、突然目をかっと見開いて、台の上の鍋をひっくり返しました。いろんな色のロウソクを混ぜたので、ロウソクはへんな色の塊でした。

「さあ、できましたぞ」

(なんだあ、ロウソクでできたケーキじゃ食べられないよなあ……)

 正三は、食べられないケーキにがっかりしました。でも、老人の親切を無駄にはできません。

「あの、おいくらでしょうか?」

「あしたでいいよ。また、あしたには来たくなるじゃろうから。このロウソクは持ち主の願ったものに形を変える魔法のロウソクだからな。息子さんがケーキと思えばケーキになるんじゃ。だから、息子さんが箱を開けるんだよ。くれぐれもあんたが開けちゃならんよ」

 嘘のような話です。

 正三は老人のことばが信じられませんでしたが、とにかくうちへ急ぎました。

 家ではケンタが、正三の帰りを待っていました。

「ケンタ、買ってきたぞ」

 ケンタはへやから飛んできました。

「お父さん、お帰りなさい」

「ほら、このとおり」

 正三は箱をケンタの前に差し出しました。

「わあーい。やっぱりお父さん好きだよ」

 正三の妻のメグミも台所から出てきました。

「あなた、お帰りなさい」

 みんなそろってケンタの誕生日のお祝いです。メグミが箱からケーキを出そうとしました。

「あっ、だめ、だめ。ケンタに開けさせてやってくれないか」

 メグミは不思議そうに首を傾げました。うれしそうなケンタが箱を開けました。すると、老人がいっていたように、箱の中のロウソクの塊は、ケーキになっていました。

「このケーキ、光ってるよ」

 ケンタは箱を開けてびっくりしていました。

 ケーキは、正三がロウソク屋で見たあの虹色の光で、部屋中が輝きだしました。

(本当にケーキなのかなあ)

 正三は心配でした。みんなでハピバース・デエイ・トゥ・ユウの歌を歌いました。歌い終わって、メグミがケーキをナイフで切りました。

(うーん、どう見てもケーキだぞ。食べられるのかなあ)

 正三はとても心配でした。

「いただきまーす。わあー、おいしーい」

 びっくりして正三も一つまみすると、とても甘くてすっぱい何とも言えないおいしさが、口の中で広がりました。

(老人が言っていたとおり、本当に願ったものになったぞ。これはやはり魔法のロウソクだ)

 

 翌日、正三は、またロウソク屋のショーウインドウ前に立っていました。

「ははは、やっぱり来なすったね」

 きのうとおなじく老人が、いつのまにかとなりに立っていました。

「きのうはありがとうございました。ケーキはおいくらになりますか?」

「願いもささいなものじゃ。あんたのきのうの楽しい想い出をひとつもらうよ」

「そんなものでいいんですか。それなら、また、つくっていただけますか?」

「えっ、こんどは何がいいのだ?」

 老人は顔をしかめました。

「妻に指輪をあげたいのです。結婚指輪をあげたきり、もう何年もプレゼントなんかあげられなくて…」

「ほほう、そういうことかい。いいよ。まあ、店に入りなされ」

 正三はなんだかわくわくしてきました。

 老人は指先ほどのロウソクの塊を指でつまむと、大きな鍋に放り込みました。

「アジャム:コロン、アジャム>ロコン」

 きのうと同じに、ぼそぼそとまた呪文みたいなものをしゃべっています。

 鍋をひっくり返すと、親指の先ほどの塊は、コインのように平べったくなっていました。やはり、虹色の光を出していました。

「いいか、箱は奥さんが開けるんじゃぞ」

 正三は、さっそく帰って箱を妻に開けさせました。箱からは、ダイヤの指輪が出てきました。

「まあ、すごーい。素敵な指輪ね。あなたどうしたの?きのうのケーキだって、ものすごくおいしかったわ」

「何でも売ってるいい店を見つけたんだ」

(でも、きのうのケーキって、なんのこと?きのうはなんかあったっけ?思い出せないなあ)

 

 

 正三は次の日もまたロウソク屋へ出かけていきました。

「また、作っていただきたいのですが……こんどは私の願いです。お金がほしいんです」

「ほほう、その前にきのうの支払いが、まだじゃぞ」

「お安いもんです。きのうと、きょうの分も含めて払いますよ。楽しい想い出は、これからもどんどん作れますから」

「いや、お金の願いは高いのだよ。あんたの楽しいと思う心をそっくりもらうことにするよ」

「え、ええ!これから楽しいことがなくなっちゃうなんて、とんでもない。お金があったって、楽しくないんじゃ、嫌だああああああ〜」

 正三は慌てて店を飛び出していきました。その姿を見た老人は、にったり笑いました。

「指輪のお金は、やっこさんがこの次に来たらもらうとするか。しかし、あれじゃ、もう、来んかもな。はははははっ」

 

 それからというもの正三は、前よりいっそう真面目によく働いたので、いくらか会社の給料も増えていきました。でも、正三にとって何よりうれしかったのは、楽しい想い出が増えていったことでした。
(了)

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