盗用

 

 山村敬一はワープロのキーボードから手を離すと大きく息を吐いた。頭を両手でかきむしった。

「ああ、浮かばないなあ。スランプかなあ」

 そう言うと、玄関の呼び出しチャイムが鳴った。出てみると宅配便の配達だった。差出人は神原早紀と書かれていた。まるで心当たりがなかった。

「誰だろう?」

  書斎の机に座り、封を切った。原稿用紙の束が幾つかに分かれ入っていた。

 

山村敬一 様

 

前略 随分ご無沙汰しておりました。あなたと別れて10年でしょうか。この住所を調べるのは簡単でした。随分有名になられ、ご活躍されているようでうれしく思っております。

 しかしながら、あなたの作品を読んで、怒りに震えております。こうやって冷静にこの手紙を書いていられることが不思議でもあります。本題に入りましょう。

私はあなたを訴えます。これはあなたが盗んだという証拠の品です。これらは私が高校生の時の作品です。

 あなたの作家としての活動は知っておりました。しかしながら、あなたの作品を読んだことがなかった私は、つい先日、本屋でたまたまあなたの小説を手に取り驚愕いたしました。そこの本屋にはあなたの本が8冊置かれておりました。その8冊すべてをみたとき、さらに驚かずにはおられませんでした。どれも私の作品だったからです。

 いずれ、裁判所でお会いすることでしょう。           

早々

                           

  神原早紀  

 

 敬一は梱包されていた原稿用紙の束の一つを手に取った。表紙には手書きで「悲しみのグリーン」「神原早紀」と書かれていた。表紙をめくり読み進むと、私の作品「悲しみのグリーングラス」と同じ内容だった。植木に拒絶反応する男を描いたナンセンス話である。二つめの束を取る。「モミの木が微笑んだ」「神原早紀」と書かれていた。ページをめくる。これは私の作品「サンタクロースが笑った」と寸分違わなかった。

「随分手の込んだいたずらじゃないか。大方、私の本を買って書き写したんだろうな。こんなことをして何になるんだ。恐喝か? 」

 敬一は大空出版の編集担当である大杉に相談することにした。数時間後、敬一は大杉の勤める大空出版に出向いた。

「大杉さん、いやあ、つまらない事件が起きちゃってさ。ちょっと相談に乗ってよ」

 大杉はデスクに向かってたばこを吹かしていた。

「やあ、山村さん、お待ちしておりました」

 敬一は応接室に通された。ソファーに座ると、早速、大杉に経緯を説明した。一通り説明を聞いた大杉は、大きく吸った息を吐き出した。

「いたずらにしては、手が込みすぎてますねえ。なんか、怨恨関係ですか? ねえ、山村さん、本当にこの女、知らないですか? 」

「全く、覚えがないです」

「では、恨みを買われるような女が過去にいませんかねえ」

「そんな、女に恨みを買うほど、女遊びなんかしてませんよ」

 いくら詮索しても分からない。女が裁判で会おうと言っているのだから、それまで放っておこうと言うことになった。

 

  *

 

 1ヶ月が経った。女からはそれきり手紙も裁判所からの召喚状も警察からの取り調べもなかった。相変わらず創作活動に行き詰まっていた。書斎でワープロを前にしてもまるで思いつかない。

 さらに一ヶ月経ったとき、また、宅配便が届いた。差出人は神原早紀だった。同梱されたものは、原稿用紙の束だった。表紙のタイトルをみた。「盗用」「神原早紀」と書かれていた。なんと2ヶ月前の、この一連の事件が書き記されている。敬一は読み進んだ。ついに、現在までたどり着いた。紙をめくる。白紙だった。そこに便せんが挟んであった。

 

山村敬一 様

 

前略 その後、いかがお過ごしでしょうか。あのような挑発的なお手紙を差し上げて少し後悔いたしております。短い間とはいえ、仮にも、あなた様と過ごした間柄でしたのに。

 私の書いた小説はほとんどがあなたの名前で出版されてしまいました。まだ、たくさん原稿がございます。このままあなたにお譲りしてもよろしいかとも思っております。それは、あなたともう一度やり直すことが条件となりますが。それで、あなたは創作できない悩みと解消できるわけですから文句のない条件ではありませんでしょうか。私はまだあなたを愛しております。それにしても、何故、あなたは私を捨てたのでしょうか。この罪は許されることではございません。後日送付する作品は私の最新の作品でございます。あなたの助けになれば光栄でございます。

 

草々

 神原早紀

 

 敬一は笑った。

「はは、これで創作に行き詰まらないぞ。助かった」

 敬一は落胆した。今まで自分が創作して書き上げてきた作品は、神原早紀のオリジナルを盗用したからできたことを知った。敬一は書斎で宅配便を待つようになった。1週間、待った。宅配便はこない。

「どうしたんだ。早紀、俺とやり直したくないのか。まてよ、俺は早紀なんか知らないぞ。どうしたんだ。俺の頭まで、この手紙のせいでおかしくなってきてしまった」

 敬一は食事を取ることも忘れて宅配便を待ち続けた。そして、彼は餓死した。

 敬一の死は、有名人気作家の不可解な死として報道された。大杉が身寄りのいない敬一の代わりに、管理人に呼び出され、部屋の片付けをさせられていた。

 敬一の書斎のタンスを開ける。棚には原稿の束が積まれていた。その一つを取る。すべての原稿の表紙に書かれた署名は神原早紀となっていた。

「あれ、この名前って、山村さんが言っていた謎の女と同じだなあ」

 どれも、出版化された小説の元原稿である。

「なんで、こんなところに入ってるんだあ。やっぱり、山村さんは盗用していたのか」

 大杉は山村の名誉のために、これらのものは一切処分する方がいいと考えた。

「しかし、この神原という女もこれだけ書けるんだからこんなことをしなくても実力で出てこられるのにな」

 大杉は、書斎を片付けると、寝室に向かった。洋服ダンスをあけた。ドレス、スカートが並んで掛けられていた。ハンドバックも幾つかは入っている。そのハンドバックの中を見た。スナップ写真があった。女装した山村である。宅配便の送付書が入っていた。宛先は山村敬一、差出人に神原早紀と書かれていた。山村は神原早紀という名前を使って創作していたのである。空想上の神原早紀の存在を忘れたとき、山村の創作活動は停止したのである。

 そのとき、ドアのチャイムが鳴った。大杉が玄関に出た。宅配便であった。

差出人は、神原早紀となっていた。梱包をあけた。

 

山村敬一 様

 

前略 すぐに最新作をお送りするつもりでおりましたが、あっと驚く結末を思いつきましたので、ちょっと書き直しておりました。これは自信作でございます。なお、これを盗用したあかつきには、私を妻として迎えていただきたく存じます。出版を楽しみにお待ちしております。簡単ですが少しでも早く原稿をお送りしたく、詳細は改めて差し上げるつもりでおります。

それでは、次回、出版を楽しみにお待ち申し上げます。

 

草々

神原早紀 

 


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