のモノ、私のモノ





いつからなのだろうか。
私はもっと素直だったはずなのに。
私の中の甘さは、毒気に変わってしまっていた。

殴られても。
いくら殴られても。
何故だか私は彼から離れられずにいた。
何回も別れようと思った。
でも、謝ってくる彼を前にすると、何も言えなくなった。

本当は彼は優しいんだ。
お酒を飲まなければの話しだから。
私が我慢すれば、私が気にしなければ。
幸せになれる。
そう信じてた。













「市佳先輩、ここの訳を教えて頂きたいのですけれども…」
ダメ?と上目遣いに聞いてくる後輩。
私はこの後輩が苦手だ。
この子は純粋で、近くにいると汚してしまいそうで。
怖かった。
怖かった。
彼が汚れていくのがではなくて、私によってどれだけ汚れていくのか がよく分かるから。
そんな事を考える自分が、怖かった。


それにこの子の目。
見透かされそうで。
何もかもはぎ取られてしまいそうで。
私が必死で隠しているモノを。
見つけられてしまいそうで。

でも、時々彼の目に見え隠れするモノがあった。
…私はそれを、その感情の名前を知っている。








「市佳先輩」
「ん〜?」
切羽詰まっているレポート。
それから私は目を離さずに生返事をした。
それはただの口実で、彼と目をあわせないようにしてた。


「市佳先輩、俺のこと嫌いじゃんね?」


パキッ。
シャー芯の折れる音がした。
本当にシャー芯の折れる音なのか、私には分からない。
「…そんな事ないよ。」
嫌いと言えば良かったのに。
言えない。
何故だか分かってる。
でもわかりたい。逃げたいよ。


そっと彼を見上げると、彼はふぅっと息を吐いた。
「じゃあ、なんで顔あげないの?」
「目をあわせたくないから…。」


本当にそれだけだった…?
違う。
違うんだよ。

「違うよね…?この痕を俺に見せたくないんだよね?」
グイッと顔を上げられた。
見せたくなかった。
私の顔には痣がある。
「この痣どうしたの?市佳センパイ」
言葉につまった。
嘘が出てこない。

「彼氏…南先輩にやられたんだろ?」

笑い声が聞こえた。
「ちが…うの、自分で、ころん、だの。」
驚くほどに嗄れた自分の声。
それが、嘘だと物語っていた。
「ねぇ、あなたは知っているんでしょう?」
俺があなたの事を好きだって。
目から伝わる。
知ってた。
だから逃げてたの。


「俺のモノになれよ、市佳」


心臓がウルサイ。
目がチカチカする。
「駄目…だよ、わた、し永輔がす…きだから」
本当だった。
確かに永輔が好きなの。
じゃあ、彼は?
彼の事は?


ワカッテルクセニ。
自分デモワカッテルンダロ。


くっと彼は笑った。
「ただそれは好きなだけだ。愛はないだろ。」
ひゅっと息をのむ音がした。


「お前が愛してるのは俺だよ。市佳。もう逃がさない。」


怖い。
コワイコワイ。

椅子が音を立てて倒れた。
あぁ、私は逃げようとしているのだ。
やっと気づいた。
でも、逃げられない。
つかまれた手がアツイ。

ぐぃっと引き寄せられる。
耳元でささやかれる。

「市佳、俺の事好きじゃんね…?」

瞬間体が震えた。



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