05.雨


彼女、渡辺夏樹(わたなべなつき)と出会ったのも雨の日
だった。
俺は生まれた時から体が弱く入退院を繰り返していた。
…それが十数年に渡り続いていた。
そのため友達もいなくて、当然話す人もいない。
本だけが唯一俺の大事な物だった。







だけどその日常に彼女は笑顔でひょっこりと上がり込んで
来た。








ガラガラっ。と言う音が聞こえた。その方向を見ると背が小
さめの可愛らしい
女の子が居た。髪の毛は色素が薄いふわふわな髪で、何より
目が印象的だった。
「うわぁー。本がいっぱいある!!私も本が好きなんだぁー。」
その女の子はいきなりそんな事を喋り出した。
挨拶もなにもなしに話はじめるなんて…何て礼儀知らずなんだ
「誰だよあんた?出てけよ。」
最近は人とめったに話さなくなっていたのでキツイ言い方に
なってしまった。
しまった…。っと思った時にはもう遅かった。
泣かれるかな?と思い謝ろうと声をかけようとした瞬間・・・

「はぁ!?何様のつもり?私は純粋に本が読みたくいだけよ!!
確かに勝手に入って来た私のほうが悪いけど…それぐらいいで
しょう?」

まぁ一理あるような無いような…。
でも一つ言えるとしたらその時は夏樹が嫌いだった。
人の部屋にずかずか入って来たうえに、挙げ句の果てには文句
まで言い出す。
最悪じゃないか。誰だって怒るさ。



…でも目はとても奇麗だった。吸い込まれてしまうかのような感
覚に陥るほど。
だが逆に言ってしまうと世の中の汚れた部分を何一つしらないよ
うな目でもあった。
とても幸せな家庭で育ったのだろう。



「いきなり入って来てしまってごめんなさい。私の名前は渡辺夏
樹!!!あなたは?」
「浅羽佑司(さはゆうじ)。」
「へぇー。良い名前だね☆佑司って呼んでいい?」
「ご自由にどうぞ。」
「じゃあ私の事も夏樹って呼んでね!!ちょっと用事思い出したから
もう行くねvv
バイバイ☆」
そう言って彼女はさっさと居なくなってしまった。なんだったのだ
ろう。
迷惑な奴だ。…だけどそれとともに嬉しがっている自分も居て、
あの子と話していると言いたいことがボンボン言える。
それに何より初めての友達に心が明るくなっていった。



その時から俺は瞬くまに変わっていった。



毎日がとても楽しくて、夏樹の学校が終わるのをとても心待ちにし
ていた。
夏樹はいつも学校で起こったことを俺に逐一報告してくれた。
それに俺の好きな果物を聞き出して林檎まで剥いてくれた。
幸せだった。いつまでもこのままで居たいと思った。
そう。この時にはすでに俺は…夏樹に恋をしていた。









そして夏樹と出会ってから役半年がたったころ、俺は夏樹に告白
した。
「夏樹…。」
「なあに?佑司。」
「好きだ。」
「…私も佑司が好きよ?」
その言い方はいかにも友達として好きだと言っているような言い方
だった。


「違う!!俺は夏樹と言う一人の女性を愛しているんだ。いつまでも一
緒に居て欲しいんだ!!」


夏樹は驚いたような顔をしていた。
「…駄目よ。佑司に私なんか勿体無いわ。もっといい人を探して?」
その言葉に俺は逆上した。
「何でそんな事言うんだよ!?俺はお前しかいらない。ずっとお前と
共に生きたい…。お願いだ…。わかってくれよ夏樹…。」
俺は気付くと泣いていた。涙が頬を次々と伝っていった。


「泣かないで佑司・・・。本当を言うと私はあなたを見た瞬間から
好きだった。だからいきなりあなたの部屋に入って本のことを言い
出したの。」


「夏樹・・・?」


「病室を通った瞬間にいつもあなたの姿を見て…とても儚げで愛し
くて…気持ちが止まらなかった。話したい!!って。それで…っ」


今度は夏樹が泣き出し始めた。
その小さく震えるからだが、夏樹の全てが愛しかった。
「夏樹…。俺の方を向いて?」
素直に夏樹はこちらを向いてくれた。




そして俺はその愛しい愛しい女の子の唇に俺の唇を重ねた。




夏樹は一瞬ビックリして離れたが、初めて見た時のような笑顔を浮
かべて今度は夏樹からキスをして来てくれた。




その日はとても空が澄んでいて、心地のいい日だった。





それから俺達はとても幸せな日々を送った。
だがその幸せはたったの一年で崩れ落ちてしまった。
そのきっかけは医者の一言を俺が偶然聞いてしまった事だった。



「残念ですが…。もう佑司君はあまりり長いこと持ちません。」



その言葉を聞いた瞬間俺の目の前は真っ暗になった。
とりあえず夏樹には黙っておこうと思った。
無駄な心配をかけたくなかったから。
だが秘密をかかえながら屈託のない笑顔で俺を見てくれる彼女を見て
いると胸が痛んだ。
俺が死んだあとの彼女のことがとても気掛かりだった。




そして夢を見た。俺が…自分が死んでしまう夢を。
俺は直感でわかった。もう死ぬ…と。
だから夏樹にいう決意をした。





そしてその日の午後いつも通りに夏樹は来た。
鼻につく病院の薬の匂い。風に揺らぐカーテン。
隣でいつもの様に林檎を向く夏樹。
そして決心をした。
「夏樹」
「何?佑司」
穏やかな表情でこちらを向く夏樹。
「夏樹…。」
「だから何よー?」



「俺きっともうすぐ死ぬ。」




「何馬鹿な事言ってるのよ?」
夏樹は自分がからかわれているのかな?と思ったのか生返事を返し
て来た。
「馬鹿な事なんかじゃない。本当だ。分かるんだ。」
「佑司…?」
「…」
いきなり俺の放った言葉夏樹はただ驚いていた。
おれは今まで死ぬとかそういう言葉を使わなかった。
病気と戦っていた俺は初めて弱気になった。
そんな俺の心情を察知したまか夏樹は口を開いた。



「何言ってるのよ!!私が傍に居る限りは絶対に佑司は居なくならな
いわ?だって私がずっと捕まえておくもの。」




嬉しかった。本当に嬉しかった。
この言葉を信じていつまでも一緒に居れたらと思った。
だけど…それでは夏樹の人生を壊してしまうような気がした。
ごめん。夏樹・・・.


「夏樹…。ありがとう。俺が死んでしまった後必ず幸せになってく
れ。」
「ゆう…」
夏樹はもうすでに目尻に涙を溢れるほどにためて居た。
「聞いて?夏樹。俺はいつまでも君を愛して居る。ずっとだ。天国に
逝った後も。
でもこの言葉が重荷になった時は…今言った言葉を忘れてくれ。
できれば俺の事も。それだけだ。」
本当だ。夏樹には誰よりも幸せになってほしい。
「佑…っふ…ぅ…」
今の言葉で夏樹は感極あまって泣き出してしまった。
彼女は俺の前で泣いたことがなかった。
彼女はとても意志が強い。脆いところもあったがとにかく強いんだ。
「ごめん…夏樹。」
その後俺はもう何も言わなかった。言えなかった。
いったら怖い…。恐ろしいと夏樹に縋り付いてしまいそうだったから。
「気掛かりだし悔しいよ。きっと夏樹の事を誰かにとられてしまう。
でもそれで幸せになってくれるのなら本望だ。」
彼女を誰かほかの奴にとられるのは嫌だ。
だけどきっとそう言わないと彼女はいつまでも俺の事を思い続けるだろ
う。


「いや…。お願い居なくならないで…。」


この言葉が俺を救ったと知っている?
ただ一人俺のことを頼ってくれた女の子。
俺がこの世でたった一人愛した女性。
「ごめん…。」
謝るしか出来なかった。
今まで束縛してしまってごめん。
こんなに辛い思いをさせてごめん。

ただ…。最後に一つだけ俺の我侭を聞いてくれ。












この世界で一番愛しい君。
必ず幸せになってくれ。
そして「忘れてくれ」なんて言ったが
俺の事を忘れないでくれ…。


愛しているよ夏樹・・・。






発作が起きた日。その日は雨の日だった。
薄れ行く意識のなか夏樹と出会った瞬間の事などが
走馬灯の様に流れていった。
そして最後にうつったのは幸せそうに笑った彼女の顔だった。










これは第二話目です。切ない。
自分でもしこの場所に居たら…。
立場だったら…と。
泣きたくなりました。