太 陽 の 道

 しかしわたしが目指したのはその斎王の宮殿としての斎宮ではありません。斎宮は、伊勢神宮が今の外宮・内宮の場所に移る前、初めて伊勢神宮が置かれた場所です。元伊勢とも呼ばれています。そして、そこから真西にまっすぐ延びる「太陽の道」と呼ばれる起点と思われるのです。この「太陽の道」は、奈良の写真家小川光三氏が発見し、NHKプロデューサー水谷慶一氏がそれをさらに確認し、番組まで作ったことで、知っている方もおられるかもしれません。

 奈良県飛鳥地方の「三輪山」を中心にして、真東に70キロ行ったところがこの斎宮、元伊勢。真西に80キロ行ったところが淡路島北淡町の伊勢の森。この伊勢(遠いところという意味)を結ぶ北緯34度32分の上に、ほぼ3キロの等間隔に神社(それも天神を祭った神社)や遺跡(巨石)が並ぶといいいます。天神を祭るということは、太陽信仰ということ。真東は陽が昇り、真西は陽が沈む。つまり、産まれる所と死ぬところの象徴です。

 

 この地図は、三輪山のふもと「箸墓古墳」(卑弥呼の墓といわれている)から、淡路島への地図です。太陽の道が海に入る(埋め立て前の)場所には、堺市大鳥神社があります。地名は「鳳」です。ここはヤマトタケルノミコトが大きな白鳥となり、最後にこの地から天に飛び去ったとされる場所です。つまり西の端、死に至る、黄泉への場所です。 太陽の道の線上には、「ひ」「ひき」のついた地名が多くあります。「日置」などはその代表例です。 この地図でも「ひおきしょう」淡路島には「蟇浦(ひきうら)」が見られます。地図にはありませんが、太陽の道が淡路島に上陸している地名は「ヒキノ」です。 また 「蟇浦」すぐ横の太陽の道の真上にある「舟木」には巨石があることで知られています。太陽神のために船を造ったので舟木氏と呼ばれた氏族がいました。ここに石の船(棺)を埋めたのでしょうか。また巨石と船と太陽といえば、エジプトのピラミッドの横に、巨大な本物の航海ができる船が埋められていることを連想します。太陽神がその船を使って黄泉の国を旅して、再び戻ってくるためです。エジプト文明と日本、どこかつながっているのでしょうか。興味が尽きません。

 

 上の地図は、左端に「三輪山」、そして太陽の道の上に「長谷寺」「室生寺」「太郎生」(このあたりには日置さんが多い)そして「斎宮」と続きます。海の中に「神島」があり、ここでは太陽を叩き落とすという奇祭「ゲーター祭」があるとのことです。 もっと東に行くと伊豆半島の先端「加茂郡」をとおり、千葉県「加茂郡」に至ります。西に行くと広島の「加茂」を通り、日本地図の半分を占める壮大な太陽の道が見えて来るというのです。加茂は大和朝廷で力を持っていた加茂氏でしょうか。

「斎王宮址」の石碑は、駅から500Mほどの小さな木立の中にありました。きれいに整備された史跡公園の中ではないことにちょっとホッとしました。 ここが34度32分、太陽の道の上です。

 

 大和では三輪山が聖なる山です。この山の周辺にも「伊勢」の名前が入った神社が数多くあります。三輪山の西二上山は死者を祭るところ。ここにも古墳が集まっています。 東西軸を強く意識する人たちが、現在測量し直してももほとんど誤差の無いほど精密に東西を図っていたのです。正確に図る道具ははっきりしませんが、3キロ程度先までは正確に測れることから、それを繰り返していき、70キロ先の海に入るところに伊勢神宮を建て、80キロ先の海に入るところを伊勢の森と呼んだのでしょう。 淡路島は古事記では、最初に土地として造られた島。伊勢の森の南には今でも「伊弉諾(イザナギ)神社」があります。

 三輪山と二上山を結ぶ線上(太陽の道の上)には、箸墓古墳(卑弥呼の墓といわれている)を始め重要な古墳、神社が並んでいます。またその線上から30度南北に離れた地点にも。つまり冬至と夏至の太陽の位置を示す場所にも重要な遺跡や神社があります。まるで目印のように。三輪山を起点として、重要な遺跡や神社を直線で結ぶと、二等辺三角形がいくつもできるという訳です。

 三輪山からここ斎宮に来るには、間は吉野熊野の山です。直線で歩いてくることは出来ません。しかし、山を越え谷を渡り、ひたすら一直線を引いた人たちがいたのです。山をいくつも越えてきたのに、斎宮は三輪山の真東にあり、測量に狂いはないのです。この見えない線を引いた高い技術を持った人たちは、一体何のために引いたのか、誰がそんなことをしようとしたのか?古代の人たちの思いや、進んだ技術に少し触れるため、この斎宮の地に立ってみました。 「だから何?」と思うかもしれませんが、誰かがすごいことをやっていた、それを感じるために、くたくたになるまで歩き続けて来ました。

 興味のある人は次の本をどうぞ。  「大和の原像」小川光三、大和書房。  「知られざる古代」水谷慶一、NHK出版 (但し売っていないと思いますが・・)

 そしてここまで来たらもう一つ「竹神社」を見なければ成りません。「斎宮駅」から歩5分のこの神社も古代の人の目印のようです。

竹神社に行く

旅日記 に戻る

ホームに戻る