《 In the Name of Love 〜 Orange Flower Bouquet 〜 》



 
最愛の存在が傍らにいないベッドで。  
彼は〈天国の夢〉と〈地獄の現実〉を、見たのだ。  
以前であれば、それだけで幸せな気分だったものを。  
もう、それだけで満足できなくなったのは――――――――。



 
彼は先ほどから探していた目的の地を確認すると、その場所に車を停めた。  
助手席に置いてあった携帯電話を手にとると、その手でボタンを操作する。
 
二度目のphone callの終わらない内に、通話出来るのに驚いた  
――今はまだ誰もいない筈なのだ――が、その相手の声にはホッとする。
  
『はい、橘で―――』   
「あかね」   
『友雅さん……』
 
その安心した様な声音に心をくすぐられながらも、彼は携帯電話に向かって言葉を綴る。
  
「実家に行っていたんじゃないの? どうしてもう〈そちら〉にいるの?」
 
昨日から仕事の為遠距離出張していたので、昨夜は現地のホテルに泊まり、  
当然ながら一人で留守番をすると息巻いた配偶者だったが、理由をつけて無理矢理実家に泊まらせた。
 
何だかんだ言っても、元宮の祖父母が唯一人の内孫である彼女を心配している事を
彼も知っているので、自分がその日に戻れ無い事が解り切っている時など、
彼女を実家に連れて行くのである。
 
暫くの沈黙の後、彼女は、
  
『それなら、友雅さんはどうして〈こちら〉に電話したの? 〈向こう〉じゃなくって』
 
と返してきた。
  
「――――――」   
『どうして?』
 
尚も追及の手を緩めない相手に、彼は反則技を駆使する。  
まるでそこに相手がいる様に、携帯電話に囁くのだ。
  
「……参った」   
『――――――っっ』
 
まず間違い無く、受話器から耳を遠のけたであろう。  
その慌て振りが見えなくても、彼には手を取る様にわかる。  
勿論、ここでなど終わらせない。
  
「なんて言うと思うかい? 甘いよ、あかね」   
「え?」   
「留守録を聴くつもりでいたのだよ。昨日から今までケータイの電源を切っていたから……残念だったね」
 
言っている言葉には口惜しさ倍増なのに、その耳から滑り込む様に響く友雅の声が。  
当人はそんなつもりは無くても、彼女――だけに限った事ではないだろう――からすれば  
彼の声は最新鋭破壊兵器並の威力がある。
  
『〜〜〜〜〜っっっっっ、根性悪ぅっっ』
 
向こうでぷんすかと怒っている表情を直に見る事が出来ないのを残念に思いつつも、
  
「すまないね、あかね……それで何か連絡は入っているかい?」
 
そもそもの目的を果たそうとする。  
彼女としても、彼の邪魔をするのは本意ではないので、それは後回しと、彼の望む情報を与える事にした。  
先に戻っている彼女がその手の確認を怠る訳はないのだ。
  
『はい……至急の連絡の要請の内容ですけど――――――』
 
それでも彼がいないと立ち行かない件もあった様で、
  
「ふ……ん、解ったよ。ありがとう、あかね」
 
真っ直ぐに帰宅する事は出来ないのかと、溜め息を付く。
  
『……少し遅くなりそうですね。でも、それが終わったら安全に真っ直ぐ帰ってきて下さいね』
 
その音を耳に感じながら、彼女は言葉を繋ぐのだ。
  
『待っていますから』
 
この言葉が、どれほど彼を救うのか、果たして気付いているのだろうか。
  
「ああ……すまない。遅くならずに戻る様にするからね」   
『はい、でも無謀な真似はダメですよ?』   
「はいはい……解りました、安全運転で戻るから。それじゃ、あかね。愛しているよ」
 
赤い受話器のボタンを押すと、彼は改めて頭の中でスケジュールの調整を計る。  
用件自体は大した事無い筈なので、それほどの支障をきたさないだろうが。  
始めの予定よりは遅れるのは確実で、その分彼女を待たせてしまうのだ。
  
「どこかで埋め合わせをしなくては、ねぇ……」
 
また、彼女の顔を見るのが遅れるのだと思うと、気も重くなりそうだが、
  
「これも浮世の義理だしねぇ……」
 
と割り切る事にする。  
今回の自分の仕事を全うする為には、この相手の協力が必要不可欠なのだ。
  
「まあ、ここで恩の一つでも売っておくとしようか……」
 
(それぐらいは許される筈だよ……貴重なあかねとの時間を奪うのだからね、『大伯父』殿)


 
――――――――結果は、推して知るべしであろう。



  
「そろそろ戻ってくるかなぁ……」
 
夕食の支度は万事OK抜かりなし、余程の事が無ければ基本的に食事は一緒に、と決めている為に、  
彼女は二人分の食事を作り、彼を待っている。
 
リビングにあるスピーカーから、玄関のドアベルが鳴ったのを聞きつけると、急いでTVドアフォンに向かう。  
勿論、その主は、彼女が待っていた配偶者である。
  
「ただいま、あかね……ドアを開けてくれないかな?」   
『はい』
 
の声と共に、ドアの施錠が解かれる音がする。  
ドアを開けた彼は、正面にある階段から彼女がかけ降りてくるのを疑わない。  
左手に持っていた荷物を、彼は床に置いたままにして。
  
「お帰りなさい、友雅さん」
 
満面に笑みを浮かべ、彼女は彼に向かってくる。
  
「ただいま」
 
そのまま抱きついてきた相手を空いた手で抱き締める。  
その温もりと、彼女だけが持つほのかな香を確かめて、漸く自分の腕の中の彼女に安堵する。



   
昨夜、彼は彼女の夢を見た。  
オレンジの花の首飾りをつけて、自分に向かってきてくれる、彼の唯一人の愛しい女。  
その身を抱きしめる為に、伸ばした腕が空を切り、その衝撃で、彼は目が覚めると。
 
彼女はどこにもいないのだ。
 
以前であれば、夢で彼女に遭える事だけでも喜んだ筈だ。  
だが、今ではそれだけでは満足出来なくなってきている。  
夢で彼女に遭い。  
そして目が覚めてその傍らに、彼女がいないなどという事など……どう耐えていけというのだろうか。



  
「あかね……」   
「何ですか? 友雅さん」   
「はい、おみやげ」
 
ずっと後ろになっていた右手を、彼は彼女に差し出す。
  
「わぁ……嬉しい」
 
そこにはオレンジ色の花々が、可愛らしく白を基調にした包装紙と
やはりオレンジ色のリボンで束ねられていた。  
それを両手で受け取ると、彼女は口許に持っていき、嬉しそうに目を細めて、その花束に顔を埋める。
  
「気に入った?」   
「勿論ですよ、知っているくせに……」
 
花束から顔を挙げて、ちょっと睨むと、彼女は彼に言う。
  
「友雅さん……こっちに来て」
 
彼の袖を引っ張って階段の一番下の段に連れて行くと、自分は少し段を上がる。  
丁度目線が同じ所になると、
  
「ありがとう」
 
と言うが早いか、素早く彼の唇をに自分のそれを触れさせた。
  
「―――――」   
「まず着替えて下さいね、友雅さん……それからお食事にしましょう?」
 
首まで真っ赤にさせて彼女は言うと、そのまま二階に上がる。
  
「〈これ〉も大切に取って置きますから……」
 
と言う言葉を、彼に残して。  
彼女の嬉しくも珍しい愛情表現に、驚きながらも、
  
「……やっぱり、忘れないでいてくれるんだね、あかね」
 
心が温かくなるのを、彼は感じながら。  
そう、二人にとって、〈オレンジカラーの花束〉は、重要なアイテムなのである。



 
彼女の言う通りに着替える為に、そして荷物を持って彼はクローゼットルームに向かう。  
漸く彼が見た、目覚めた時の〈地獄〉の現実が、夢と同じ様に〈天国〉に変わるのを実感するのだ。
 
彼にとって、今、〈夢〉と〈現実〉は、同じものになっている。  
この世の、いや、この三千世界と引き換えにしてもと望んだ、唯一人の愛しい女の為に。



     
それは―――――    
愛の名において。



  
 The End.





『The Faraway Borderland』 のゆづりは様から頂戴いたしました!
私が押し付けた駄作から書き下ろしてくださったんですよ〜。うう、ありがたや〜。
こんな可愛い奥様に待ってて貰える友雅さんが羨ましい・・つーか私も欲しいですっ!
>かなりマジに!
私のらくがきが、ゆづりは様に掛かれば
こーなってしまうんですねぇ。うむむ、流石ですなー!
もうすっかり「ラヴラヴなご夫婦」にあてられちゃいました♪
やっぱ友あかはこうでなくっちゃ!

ゆづりは様、素敵なお話をどうもありがとうございましたー!!(ぺこり)

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