《 重なる手 》



  
「お帰りなさいませ」
 
しずかに頭を垂れて、出迎えの挨拶をする女房に  
軽くうなずくことでこたえる男は、橘友雅。
 
鬼に狙われた京を救った龍神の神子の力になり、共に戦った八葉のひとり。  
その偉業により、彼の朝廷での立場は重きを増すばかり。  
帰宅時間が遅くなることは珍しくなく、  
今までの彼ならば、朝廷に咲く華たちの元で羽を休めることが多かった。
 
けれど今の彼は、どんなに遅くなろうとも必ず自邸に帰宅する。
 
パタパタパタ・・・・・!
 
貴族の屋敷には似つかわしくない足音が響く。  
それこそが、彼が必ず帰宅する理由であった。
  
「お帰りなさいっっ」
 
やはり貴族の屋敷には似つかわしくない大きな声で、  
彼を迎える言葉を紡ぐのは、ひとりの少女。
 
背を覆う髪を揺らしながら、満面の笑みで駆けてくる。
 
その姿を目にするだけで、友雅の顔には、  
美しい笑顔が浮かぶのだった。
 
友雅は歩みを止めると、  
駆けてくる少女をそのまま抱きとめて、引き上げる。  
自分の腕の中の少女を認めて、友雅が初めて口にする言葉がある。
  
「ただいま」
 
その言葉と同時に浮かぶ柔らかな微笑に、  
少女はいつもながら見惚れてしまって、そのまま彼から頬に口付けをもらうのだった。


 
・・・・・・が、それも今までのこと。
 
ここしばらく、そんな光景が見られることはない。  
なぜなら・・・・・。


 
パタパタパタ・・・・・!
 
貴族の屋敷には似つかわしくない足音が響く。  
その音を耳にした男の眉がひそめられる。
  
「お帰りなさいっっ」
 
やはり貴族の屋敷には似つかわしくない大きな声で、  
彼を迎えるのは、ひとりの少女。
 
背を覆う髪を揺らして、満面の笑みで駆けてくる。
 
その姿を目にした、男の美しい顔が、歪む。
  
「あかねっ!」
 
緊張した声で彼女の名を呼ぶと、軽く駆け出す。
 
駆けてくる少女の目の前で、  
友雅は膝をつき、彼女をその胸深く抱きとめるのだ。
 
そうして、ほぅ、と小さく息をつく。
  
「あかね」
 
咎めるように響く言葉を、少女はどう受け取っているのか、  
変わらない様子で、彼の首に腕を回しながら、もう一度告げるのだった。
  
「お帰りなさい、友雅さん!」
 
結局友雅は、勢いに負けてそれに応じるのだった。
  
「ただいま、あかね」
 
あかねを抱き直しながら、友雅は立ち上がり歩き出す。
  
「走ってはいけないと、申し上げたはずだよ」
 
咎めるはずの言葉すら、その美声で、  
甘い響きを含んでこぼれる。
 
友雅の言葉に、思うところがあったらしく、  
あかねは少しその頬を染めると、俯いた。
  
「だって・・・」
 
腕の中に閉じ込めて、友雅は追求の手を緩めない。
  
「だって・・・・何?」
 
あかねは、観念して呑みこんだ言葉を告げる。
  
「だって、友雅さんが帰ってくるの、嬉しいんだもん」
 
友雅の歩みが止まる。
 
その語尾が、甘い。  
そこにあるあかねの想いに、友雅は眩暈を覚える。
  
「ほんとうに、君は・・・・」
 
軽く空を見上げて、目をつぶる。  
その甘い余韻を振り払うように、軽く首を振るとあかねに向き直る。
  
「なんと言っても、だめだよ。   
 もう、あなたひとりのからだではないのだから」
 
諭すように優しく言うと、あかねはうなだれた。
  
「・・・・ごめんなさい」
 
うなだれてしまったあかねに、顔を寄せる。  
その頬に軽く口付けた。
 
驚いて顔を上げるあかねに、再び唇を寄せると、その頬とまぶたに口付ける。
 
くすぐったそうに目をつぶるあかねの顔に、  
小さな笑顔が浮かんだことを認めて、友雅は口を開く。
  
「わかってくれるね」   
「はい!」
 
元気のいい返事に、友雅も微笑を浮かべる。
  
「いい子だ」   
「私、もう子どもじゃありませんっ」
 
途端にムッとしたようにあかねが言う。
 
すぐムキになる、そういうところが子どもっぽいのだと、  
友雅は思いながら、あかねの言葉にうなずいた。
  
「・・・・ああ、そうだね。」
 
そうして、やさしくあかねの腹に手を置いた。



ここに、自分とあかねの子が宿っている。
 
自分が子を持つ、など思いもしなかった友雅に、  
それは、戸惑いと不安をもたらした。
 
それが今でも消えたわけではないけれど、  
こうしてあかねのぬくもりの中にそれを感じるとき、友雅は不思議と穏やかな気持ちになる。
 
大切な、大切な、あかね。
 
そのあかねから生まれいづる小さき命に、  
友雅は不思議な執着を覚えている。
 
いや、執着という言葉ではなく、もっと深くつながる何かを。


 
そんなことを考えていた友雅の手に、あかねの手が重なる。
  
「友雅さん・・・・」
 
友雅が失いたくないもの。  
今まではあかねだけだったそれが、  
ふたつに増える。
 
それをいとおしく思いながら、友雅はあかねを抱き直すのだった。
 
大切な宝を、失うことがないように、  
やさしく、そっと。




 終





風華様のサイト『月ノ花』のキリ番を踏み、戴いてしまいました!
「妊婦さんなあかねちゃん」をリクしたらば、こーんなに甘甘ラヴラヴ〜なお話にvv
いやぁ〜、なんつーか、あちちなお二人に照れちまいますぜぃ!////
>お前、何者ぢゃ?!
あかねちゃんの台詞に、友雅さん以上にくらくらと眩暈を覚えた私でした。
もうもう〜、なんって可愛いのかしら〜んvv
これでホントにもう直ぐママ?!あ、でもママになっても可愛いんだろうなぁ、きっと・・。
ただ友雅さんからすれば、自分の目の届かない所で無茶をしてやしないか
ハラハラものでしょうがね。・・・果たしてお仕事になるのだろうか??
二人の幸せな様子がにじみ出るようなお話です。癒しだ〜v

風華様、素敵なお話をどうもありがとうございましたー!(ぺこり)

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