《 真夏の白昼夢 〜畝傍 sidestory1〜 》
「すまないね。久し振りの逢瀬というのに、私の仕事のアポに付き合わせて」
友雅は、バックミラーに写るあかねの顔をチラリと見て話す。
「アポに付き合うって言ったって、ホンの数分なんでしょ。もう、オーバーなんだから」
「そうは言ってもねぇ。私には仕事より君の方が大切なのだから。
君との間に帳を下される様で、胸が痛むのだよ。苦しくなったら、後で介抱してくださる?」
甘い言葉に酔った様に、あかねは赤く頬が染まっていった。
蝉の鳴き声がシャワーの様に降り注ぎ、緑の街路樹がキラキラとしている午後の昼下がり。
二人を乗せた黒いワーゲンは、京都御苑近くのホテルの駐車場へと滑り込んで行った。
「あっ、このホテル、安倍晴明の屋敷跡に建っているのですよね。
ここのバーに、レモンジュースの入った紅い『晴明カクテル』を飲みに来た事があるの」
「ここのバーに飲みに来られたの?それは、初耳だね。
どうして、教えて下さらなかったのかな?あかね・・・・」
友雅は、あかねに気付かれないように少し眉を顰めた。
「やだぁ。友雅さんに出逢う、もっと前の話だもん」
あかねは、さりげなく答える。
『全く、君はまだお分かりでは無い様だね。
私が、自分の知りえない君を知っている誰かに嫉妬を覚えるという事を・・・・・』
ホテルの扉が開く。
吹き抜けの明るいロビー。
演出されたグリーンが、心地さを誘う。
その中を展望エレベーターが、行き交っている。
花形に並べられたロビーの椅子から立って、こちらに向かってお辞儀をしている女の人が、
あかねの眼に留まった。
友雅は、軽く手を上げて微笑みを返した。
「じゅんまめさん?」
「おや、ご存知なのかい。じゅんまめ君を」
「うちの学校の美術部の先輩なの。
ほら、昨日作った『かぼちゃケーキ』。あれは、じゅんまめさんにレシピを教えて貰ったのよ。
美味しかったでしょ。お料理だってお上手なのよね。羨ましい」
「そうだったのかい。今度の新刊のね、イラストをお願いしているのだよ。
イメージ画を色々と見せて頂いて、どうしても彼女にお願いしたくてね・・・・」
あかねは、ここがホテルのロビーである事も忘れて黒くて長い髪の彼女の側まで駆け出した。
あかねは、優しく素敵なじゅんまめさんを姉の様に慕っていたから・・・・・
『おやおや、君は。私を置いて行っておしまいなのかい。つれないのだね』
「お久し振りです、先輩。お元気でしたか?」
会えた事が嬉しくて、抱きついてあかねは興奮気味に話す。
「あかねちゃんこそ、元気?まさか、ここであなたに会えるなんて思ってもみなかった。正直驚いてるのよ」
楽しい会話が時を紡いでゆく。
友雅とじゅんまめさんは、挨拶を交わす。
何時の間に注文したのだろうか。
友雅が、椅子に腰をかけるとアイスコーヒーが3つ、テーブルの上に置かれた。
氷が、カランと鳴った。
「ありがとう。私の構想通りのイラストだね。これでお願いするよ」
友雅は、満足そうにスケッチブックをじゅんまめさんに返した。
「ねぇ。これでお仕事のお話は終わりなの?あのね、友雅さん。今日はじゅんまめさんのお誕生日なの。
それでね、一緒にこれからお食事でもしたいな〜って思ったんだけど、だめですか?」
あかねは、可愛らしく上目遣いで尋ねた。
「あのね、あかね。こちらは、素敵なご主人がいらっしゃるのだよ。
二人きりで、お祝いをされるのではないのかな」
友雅は、あかねと早く二人になりたいのをおくびにも出さず、にこやかに話す。
「あっ、そうか。そうですよね。気が付かなかった、私」
あかねは、手を口に当てて首をすくめた。
「それにね、あかね。私達には、ここでする事があったのではないの?」
「そうでした。ごめんなさい、友雅さん。めったに会えない人にお会いして、頭の隅から消えていました。
お忙しいのに今日は無理を言って、友雅さんにお付き合いしてもらったんですもん、私、頑張ります。
その為に昨夜は、早くおやすみしたんですよ。徹夜だって平気です」
あかねは、半袖から覗かせた腕で力こぶのポーズをとった。
「おや、うれしい事を言って下さるのだね。そうだね、君がいくら私より若くて、
有能な国文科在学の助手だといっても、あまりの凄さに泣いて途中で音を上げてしまわれては、
私としても困るからね。明日の朝までに終ればいいのだけれど・・・・
もっと頑張って頂かなくては、いけないかもしれないよ。お覚悟は出来ておられる?」
なんだか聞き様によっては、意味ありげな二人の会話である。
側にいた、じゅんまめさんは、二人の世界に浸る甘い?会話を頭の中で整理しながら、
背中に冷や汗が流れるのを感じていた。
『ここのホテルで今からあかねちゃんは、徹夜で友雅さんの原稿のお手伝いをするのね。
膨大な原稿だから途中で音を上げてはダメだよって事ね。
明日の朝までに終らない・・・昼までも続くの!?』
「では、私はこれで失礼します。ありがとうございました。
出版社から出来るだけ手短にと言い渡されましたので。
じゃ、あかねちゃんも気をつけてね」
「お誕生日に、お会いできて嬉しかったです。じゅんまめさんもお元気で」
名残惜しそうに手を振るあかね。
「出版社のほうから、また連絡を入れさせて頂くからね。あれで、お願いするよ。
今日はご苦労様。では、ね」
「それでは、私達もそろそろ上へ行こうか」
友雅は、あかねの肩を優しくそっと抱き寄せて、二人はフロントの方へ歩き出した。
さながら、一枚の絵画の様な二人の姿。
そして、じゅんまめさんはその時見た!!
友雅さんの後ろ姿に、狼の影を・・・・・(><)
赤いシフォンのワンピースを着たあかねちゃんは、まるで赤頭巾の様で・・・・
真夏の白昼夢である。
【完】