目の前に広がる桜並木は、まるで永遠に続いているようだった。  
空は淡いピンクに染まり、それは晴天の青によく映えた。
 
春の陽射しはやさしく、その下を歩くふたりに降りそそぐ。
 
満開の桜から、はらはらとこぼれ落ちる花びら。  
それを受け止めようと、あかねが手を伸ばす。  
けれど、薄い花びらはその勢いに飛ばされて、  
あかねの手の平にはおさまらなかった。
 
握りしめたこぶしを持て余しながら、  
あかねは隣にいる友雅を見た。
 
少し不満げに唇を尖らせたその表情を、  
友雅はやさしい微笑で受け止めた。
 
その表情に、あかねは少し目を見開く。  
止まったままのあかねに、友雅は少し首を傾げることで尋ねる。
 
その仕草に、あかねはハッとして顔を戻す。  
友雅から見える片頬が、ほんのりと赤く色づいていることを認めて、  
友雅はあかねの腰に腕を伸ばすと、そのまま引き寄せた。
 
その動作に、肩に羽織っていたカーディガンが落ちる。  
露わになった肩に、花びらが降る。  
ふいに吹いた風が、あかねの髪を揺らす。
 
あかねの白い肌の上を春の柔らかな陽射しが弾ける。  
伏せた瞳に宿る光が輝きを増す。  
ふんわりと広がった短い髪先の奔放さ。
 
そのどれもが自由、だった。
 
侵しがたい神聖さをもって、友雅の目に映る。
 
けれど。
 
風を受けて、気持ちよさそうに伏せた瞳は、  
風のせい、だけではないと思いたい。

 
舞う花びら、桜色の一枚一枚が、  
まるであかねの一部のように感じて、  
友雅はふいに苦しくなった。
 
腕にあったあかねを、強引に抱き締めた。  
あかねのかたちを、確かめたくて・・・・閉じ込めてしまいたかった。
 
腕の中であかねが、動く。
 
あかねにとって突然抱きしめられることは、  
嬉しさよりも、恥ずかしさの方が勝ってしまう。
 
それは、子どもっぽい行為だとわかってはいながらも。
  
「と、友雅さんっっ」
 
あかねは慌ててしまう。
 
そんなあかねに友雅は少し笑うと、そのまま一気に抱き上げる。  
子供を抱くようなそれは、人目を引くには充分な行為で。
  
「ちょっ、ちょっとっ、友雅さんっっ」
 
諌める声にひるむ友雅ではない。  
構わずに歩き出す友雅に、あかねは慌てて顔を寄せた。
  
「下ろしてくださいっっ」
 
囁くあかねの声が、心地よくて。
  
「さぁ・・・・どうしようか」
 
意地の悪い言葉をはく。
  
「友雅さぁ〜ん〜」
 
咎めるように、困ったように上がるあかねの声。
  
「君を離したくないのだよ・・・」
 
あかねを困らせる自分の幼さに苦笑しながら。  
それでも、正直にあかねに自分の気持ちを伝える。
 
ねだるように自分を見上げるひとに、  
あかねの中の愛おしさがふいに増す。
  
「いつだって、友雅さんのそばにいます・・・」

 
それは、深い愛情を込めてこぼれた言葉。  
友雅の、自分を求める瞳がいとおしくて、  
なによりも惹きつけられて、あかねはそう告げた。
 
見上げた友雅の瞳が、大きく開く。  
驚愕の表情も、一瞬で消える。
 
視線をはずすことなしに、それでも眩しそうに少し目を細める。
  
「やはり、君を離すことなどできないね・・・」
 
華やかな、そして柔らかな表情でそう告げる。

 
見上げたままの友雅の視界に、桜の花びら。
 
先程までは、失われゆくあかねの一部のように感じたそれも、  
今では絶えることなく注がれるあかねの愛情のように思えて。
 
友雅はすっと手の平を空に向けた。
 
そこに舞い降りたのは、淡く色づいた花びら、一枚。


  






『月乃花』の風華様に我侭を言って掲載許可を戴きました!
このふんわりと落ち着いた雰囲気が堪りません!
読ませていただきながら、
せめて自分にもう少し(いやかなり)文才があればなぁ、と
しみじみ思いました。
・・・「文才魔人」は、降りて来ないかしら?

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