小さな花
グロールフィンデルは、食卓を囲む人々の背後に立っていた。
食卓は、普段ここには訪れない人々が、落ち着き無く座っている。
そこには、人間も、ドワーフもいる。
エルフもいる。
そう、美しい顔をして、とんでもないことをやらかす、若いエフルもこの食卓についていたのだ。
グロールフィンデルは、エルロンドから受けた命令のため、そのとんでもないエフルの後ろへと立っていた。
水のように流れ落ちる、美しい髪が、太陽の光をうけて、きらきらと煌いている。
相変わらず、眩しい奴…
グロールフィンデルは、僅かに差し込む太陽の光を最大限に利用するかのように、きらきらと反射させているレゴラスから顔を背けた。
本当なら、さっさとこんな眩しいところから離れてしまいたいが、レゴラスから大きく席を離して食事の席に座る主人が睨みを利かせているので、視線を泳がせ、光の吸収を少なくするくらいしか方法がない。
グロールフィンデルの主人は、この若いエルフにとんでもない目に合わされたので、レゴラスのことが苦手になった。普段の彼ならありえない、若いエルフを足蹴にしたまま、大声で怒鳴り散らすという姿を、館のもの何人にも目撃されてしまった。そもそも、レゴラスが、エルロンドに抱きつき、額に、ここが、ポイントだとグロールフィンデルは思うのだが、額にキスしたのが、原因だった。
激昂したエルロンドは、レゴラスを突き飛ばし、何度も蹴りを入れた。それでも、容姿ばかりは非のうち処のないエルフは懲りず、エルロンドに縋りついて、彼を褒め称えていたのだが、その言葉に、彼の主人は、どたまに来たらしい。
エルロンドへの一切の接近を禁止して、レゴラスの移動には、必ずグロールフィンデルの付き添いをさせると決定した。
これは、キラキラして眩しいレゴラスを、グロールフィンデルも苦手としていることを掴んでいる、エルロンドの仕返しでもある。
うちのご主人様は一旦へそを曲げると長いからなぁ…
たまたまその現場に居合わせてしまったグロールフィンデルは、レゴラスの出席する会議が終了するまで、本来の仕事には戻れない。
グロールフィンデルは、職場に復帰したとき、押し寄せるだろう業務を思ってため息をついた。
同僚がなんとかしてくれるなんていう甘い職場ではない。おまけに、上司であるご主人様は、きっと仕事量を増やす方向で腹いせをするだろう。
…まったく、もう。
目の前の顔だけなら可愛らしいエルフは、幸せそうに食事を続けている。
…あと何日だ?あと、何人、お客がくるんだっけ?
テーブルの開いた席に目をやって、グロールフィンデルは、もう一度ため息をついた。
部屋の中には空席が目立っていた。主人の令嬢によって運び込まれた騒がしいホビット達も、まだ全快とはいえないらしい。
グロールフィンデルは、睨みを利かせる輝かしい彼の主人(レゴラス評)の視線を避けてもう一度ため息をついた。
食事を続ける人々の間から、外へと動く、もじゃもじゃの物体があった。
身長より髭の方が長そうなドワーフだ。
頑固で、頑迷なドワーフは、食事が終わったらしい。
エルフが気に入らないドワーフは、この館に顔をみせてからも、食事の時に姿を見せるくらいで、しかも、殆どしゃべらない。
大きなグロールフィンデルからすると、小さくて、どこかユーモラスなドワーフは、愛らしい存在なのだが、そんなことを口にしょうものなら、館のなかに、どのくらい落とし穴を掘られるかわからないから、ちょっかいをかけるようなことはしない。
しかし、グロールフィンデルは、実は、このドワーフをすこしばかり頼もしい気持ちでみつめていた。
そうだ。あんたの堅実な外見は、実にいい。
無駄にきらきらしているより、ずっといい。
夜、安全に館を歩き回るためにも、告げるつもりはないが、無駄に豪華絢爛ものに、迷惑しているグロールフィンデルは、密かにファンになったりもしている。
ドワーフは、自らの尊厳を最大限に発揮するため、反り返って歩いていた。
いや、少しでも大きく見せようと背伸びして、ひっくり返りそうになりながら、歩いていたといったほうがいいかもしれない。
だから、部屋を出る前に、ほんのちょっとつまづいた。
いや、まぁ、ほんのすこしでいい。ドワーフに喧嘩を売っている暇など無いグロールフィンデルは、確かにその場面をしっかりと目撃したが、ドワーフが、ほんのちょっとだと表現するつもりなら、反論する気はなかった。
もう、揉め事は、たくさんだ。
だから、ドワーフは大きな音を立ててひっくり返ったが、他の皆が見てみぬ振りをしたように、グロールフィンデルもスルーの方向で流してしまうつもりだった。
「…激かわいい」
ドワーフの立てる騒々しい音に掻き消えてしまいそうな小さい声だったが、確かに聞こえて、グロールフィンデルは、自分の耳を疑った。エルフが聞き間違いなど起こすはずも無いのだが、聞きたくなかった者の発言に、金嘩公は、聞かなかったことにしてしまいたかった。
「あの、可愛い人、どこの誰なんだろう…」
得体のしれない大物感をかもし出している闇の森の王子が、熱っぽい目で、ひっくり返した椅子を元に戻すドワーフを見つめている。
やめてくれ。お前、なんか、光るのパワーアップしてるぞ。
目の前に座るレゴラスの身体から、輝きが溢れ出している。
主人を前に、見たことのある光景が目の前で再現されるのに、グロールフィンデルは思わずこの先訪れるだろう電球を100万個も集めたレゴラスの光加減を思って、目を瞑る。
ドワーフは、椅子を直し終わると、その端が、多少、彼の鎧によって傷付いたことなど、些細なことと、また反り繰り返って歩き出した。いわば、その滑稽な状況を前に、レゴラスの目には、天上の星、全てが集められたように、キラキラと輝きが溢れかえった。
「最っ高に、キュートだ…」
レゴラスからは、感激のため息すら聞こえる。
グロールフィンデルは、好奇心に勝てず、恐々目を薄く開いた。
うわっ!もう、やめてくれよっ!キランキランで、目が眩む。
いわゆる恋に落ちる瞬間というやつを、グロールフィンデルは、その目で見た。
いや、眩しくて見られなかった。
…こえっ、闇の森、最終兵器化こいつは。
あまりに輝きの増した、もし、もう少し表現を柔らかくするなら、恋によって美しくなったエルフのせいで、食卓は、潮がひくように、静まり返っている。
自然に、レゴラスの周りは、エルロンドに圧力を掛けられているグロールフィンデルを残して人が居なくなり、なにやら誤解をしている人間の老王たちが、眩しそうに頬を染めてレゴラスをちらちらと見つめている。
…恐いもの知らずだな。呪われるぜ、ジイさん達よ。
遠くの席からエルロンドも、目を眇めながら、レゴラスの様子を伺っている。
これ以上の騒動など真っ平ごめんだとはっきり顔に書いてある主人は、さっさとレゴラスを何とかしろと、視線でグロールフィンデルを威圧する。
ご主人様…あんた、自分の額のことレゴラスに言われたからって、いつまでも根に持って…
少しばかり他人より秀でた額をしたエルロンドは、レゴラスに何度も輝く輝くと連発されて、部下に対する慈愛の心さえ失ったらしい。
こんなわけのわからん生き物、俺だって、関わりあいたくない…
体内内蔵型の発光装置でも仕掛けてあるらしいレゴラスに、グロールフィンデルは、手を触れるのだって躊躇う。
これでまた、俺を恨んで、蹴りでもいれてきたら、どうしてくれるんだ。
エルフでも、人間でも、最上のものが集まっているこの食卓で、いつかのように、後ろ蹴りされる自分を思ってグロールフィンデルは悲しくなった。
誰も居ないところでなら、こんな若いエルフ、一撃で仕留めることも可能だが、いかんせん、相手は闇の森の王子だ。腹黒い彼の親父の反撃も恐ろしい。
一人で輝きつづけるレゴラスに、伸ばす手も躊躇いがちな金嘩公だったが、上司は、蛇のように執念深い視線を送っている。
自分は関わりあいたくないから、レゴラスから目を反らしているのに、身勝手なこと極まりない。
「…緑葉さま」
精一杯の勇気でグロールフィンデルは、レゴラスに声を掛けた。
この際、声が震えていることなど、自分では、許せる範囲だ。
「え?なんです?グロールフィンデル様」
レゴラスが、にっこりと振り返る。目は、きらきらと満天の星の様に輝き、頬はほんのり赤くそまって、流れ落ちる髪は、本当に光が滑り落ちてきそうだ。
…もしかして、今、光ってるのって、激かわいいとか、仰った人物と関係あります?
もしかして、それって、あのドワーフのことです?
正気でいらっしゃいます?
「…あ、あっ、あのですね…」
レゴラスのあまりの美しさに、グロールフィンデルは、口にしようとしていた言葉を失った。
美しさは、言葉を失うというが、それは、こういう兵器的な恐さで口を噤ませるという意味だったのか。
エルフは、平均的に皆美しい。
エルロンドだって、スランディイルだって、ロスロリエンのガラドリエルだって、語りきることのできない美しさを持っている。
しかしだ。
…ああ、俺、なんて貧乏くじを引いたんだろう
グロールフィンデルは目の前の光り輝く生命体から、目を背けたくなるのを必死で耐えた。自分に注がれるもう一つの視線、彼の恐い上司が、それを許さない。
…えっと、だから、もしかして、あの椅子を蹴った押して壊しておきながら、無かったことにして立ち去ったドワーフが…お気に召したりしましたか?
「ねぇ、グロールフィンデル様、あの、小さい可愛い人は、どちらの方なんですか?」
言葉に詰まったグロールフィンデルに、レゴラスのほうから質問をした。
「…先ほどの、ドワーフですか?」
「はい」
このエルフは、悪人ではない。たまに忘れ去るらしいが、礼儀だってわきまえている。
ただ、やたらとキランキランで、迷惑なのだが。
「えっと…」
動揺のあまり、ドワーフの素性を思い出せなかったグロールフィンデルは、視線を主人へとさまよわせた。
主人は、慌てたように、目を背ける。
…冷たい…
雇用関係にグロールフィンデルは、不安を覚えた。
「エルロンド様、先ほどのドワーフ殿は、どちらの方で?」
レゴラスは、エルロンドに何度も踏みつけにされたことなど、すっかり無かったかのように、甘えた顔でエルロンドに、たずねた。
いくら苦手なレゴラスとはいえ、直接声を掛けられて、エルロンドもしぶしぶ口を開く。
「エレボールのギムリ。グローインの息子だ」
視線を外しがちなのは、この際、ご愛嬌だろう。
「なんとも、可愛らしい方ですね」
「そうかね。では、ぜひとも、友人になりたまえ、彼らドワーフは、エルフがあまり好みではないようだが、彼らの文化は、大変すばらしく、尊敬に値する種族だ」
いろいろ言葉を飾ってはいるが、ようするに、エルロンドは、レゴラスの興味がドワーフに移ってくれれば、 万々歳で、ぜひともそうしてくれと、言っているわけだ。
レゴラスの眩しさもあってか、背けがちだった顔も、にっこり笑って、正面を向いている。
…お館さま、あんた、ドワーフをいけにえにしたな…
かすかに責めるグロールフィンデルの視線など、エルロンドは一瞬で捻じ伏せる
「ああ、そうだ。レゴラスの部屋を、ギムリの隣に用意しなおそう。大変な会議のために皆が集まっているとはいえ、多種族と仲良くなることは、これからの未来にとても有意義だ」
食事も済んでいないというのに、席を立って、侍女に指示を出している。
そんなエルロンドに、レゴラスは、感激の面持ちを浮かべている。
「エルロンド様、あなたは、本当にすばらしい方です。お姿だけでなく、先を見通す力さえも、エルフ1光輝いていらっしゃる」
…余計なことを…
グロールフィンデルは、顔をしかめた。
レゴラスの口からでる、輝くという言葉が禁句のエルロンドは、額に青筋がたった。それも、瞬時にだ。
見事な反応だった。
気付かない若いエルフは、未だ、歌うようにエルロンドを褒め称える。
「お父様はおっしゃいました。エルロンド様は、エルフのなかで、一番輝く宝石だと。私もそう思います。あなた以上にエルフの未来を明るく照らす人はいない」
エルロンドの青筋が、ますます酷くなる。
グロールフィンデルは、顔を覆いたくなった。耳も、塞ぎたい。
でないと、笑ってしまう。
…ほう、スランディイル公も、ご主人様を宝石のように光輝くと。
そして…
…レゴラス、お前、新しい苛めだな。ご主人の額はエルフの未来を照らすカンテラか?
天然なレゴラスに悪気はないのだろうが、聞いているほうは、エルロンドの特定の部分に対する当てこすりかと、深読みしてしまう。
それを証拠に、エルロンドの養い子だった、アラゴルンも、必死で肩を震わせている。
食卓は、なにやら異様な雰囲気に包まれた。
局地的にブリサードが吹き荒れ、また、違うところでは、たくさんの花が咲いている。
グロールフィンデルは、精神力を精一杯高めて、肩が震えるのを押し留めた。
これほど緊張したことは、近年無い。
しかし、そうしなければ、自分の首は胴体と切り離されるに違いない。
…最高だ。お前、最高だよ。
とうとう、グロールフィンデルは、レゴラスをある意味尊敬した。
キンキラキンだろうが、得体のしれない生き物だろうと、グロールフィンデルの主人にこうまで真っ向勝負をかける奴は他にいない。
そして、勝負に勝つ奴もだ。
エルロンドの機嫌が悪くなった原因に気付かないレゴラスは、褒め称える言葉が足らないのかと、グロールフィンデルに視線をむけた。
グロールフィンデルは、彼の眩しさに耐えながら、なんでもないと、頷いてみせる。
これ以上、レゴラスがなにか言ったら、エルロンドは、スランディイルに戦争を仕掛けかねない。
レゴラスは、ほっとしたように頷いて、食事を再開させた。
グロールフィンデルもほっとした。
「…ドワーフと仲良くしてくれ」
「ええ、勿論」
幻の花のように美しく微笑み、食事を続けるレゴラスに、グロールフィンデルは、ドワーフの未来をはかなく思った。
しかし、ドワーフの未来もだが、目前の、自分の未来が気に掛かる。
エルロンドの額には、青筋がくっきりと刻まれ、握り締められた手は、ふるふると震えている。
しなくてもいい戦争を食い止めたという、功績だけでは、認められませんか?…
戻った職場での苛めに耐えられるか、少し恐ろしい気持ちになりながら、レゴラスの背後に立ち続けるグロールフィンデルだった。
END
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ギャグ第2弾。
ただし、笑えるのかどうか…自信がありません。
生ぬるい目でみてください。