その花の名前

 

この館で見かけるにはめずらしい、落ち着きのない態度に、金華公はその人が誰であるかをすぐに気づいた。屋敷のあちらこちらを見回すたび、揺れる金の髪が一際美しい。

ああ、もう着いたのか。やはりあのスランディイルの息子だけあって、やたらとキラキラしているなぁ。彼のように、輪っかを乗っけているわけでもないのに、ああも光ってみえるなんで、何でだ?とうとうあそこは遺伝子のなかにでも、キラキラ光線でも仕込むようになったのか?

金華公は、勿論、思っていることを口に出すほど大人気なくはない。

少しばかり自分の思いつき、口元が緩むことは感じたが、なんでもない振りで、あちらこちらを見回す、レゴラスの行動を目の端に捉えつづける。

レゴラスは、ものめずらしそうに屋敷のつくりを眺め回している。その子供のような好奇心に満ちた顔は、なんともかわいらしい。

あまり父君とは似ていない様子だな。と、いうか、無法備すぎだ。スランディイルの息子が口を開けたまま天井を見上げるな。そんな顔をしているのを見たら父君が泣くぞ。

金華公は、ニヤつきそうになる口元を隠してじっと眺めつづけた。

少し前、本当にわずかな期間であったが、人の子がここで暮らしていた。その様子と、どこか若いエフルは似ているものがある。

そうだな。同じ位か?あの子もずいぶんとかわいらしかった。エルロンド卿の膝で笑って。いや、それはあの子がずっと小さいかった頃だ。それなのに良く似た表情をする。いいのか、闇の森の王子がそんな顔をして。

すると、視線に敏感に反応した彼は、跳ねるような勢いで、金華公に近づいてきた。

おっ、もう気づいたのか。さすがに優秀。いや、スランディイルの息子だ。抜け目がないというべきか?

しかし金華公の思惑とは裏腹に、レゴラスは、グロールフィンデルに向かってはじけるように笑った。

あまりにも若いエルフの表情に、美しいものなど見慣れた金華公も思わず見惚れてしまう。

なんというか、その・・。

「はじめまして。私は闇の森の王子、レゴラスト申します。グロールフィンデル様におめにかかれるなど、大変光栄なことで」

「いえ、こちらこそ。緑葉様。私ごときにご挨拶いただきありがとうございます」

彼のまとう空気の新鮮さに、グロールフィンデルは先ほど考えていたことを、すこしばかり悪かったな。と反省した。なんだか、いつもやたら豪奢に美しい父君のことが頭にあるので、彼の息子だというだけで、少し偏見が入って。

素直そうな若者にみえるのに、どうしてもそれだけでは済まない気がしてしまうのだ。

しかし、それはグロールフィンデルの思い過ごしというものであったのだろう。年若いエルフは、目を輝かせ、グロールフィンデルを見つめている。

なんというか、この一族は・・慣れないと目が痛くなるというか。

「あの・・」

あまりにじっと見つめられてグロールフィンデルは視線の強さにたじたじとなった。いや、親にも負けないキラキラさ加減に目が眩んだと言い換えてもいい。

ああ、こいつの目はどうしてこんなに光ってるんだ。ここか?ここに光の魔法かなんかをかけて。

グロールフィンデルが目を眇めると、レゴラスは潔く頭を下げた。

「あっ、失礼を。あの、グロールフィンデル様のお話をたくさん聞いて育ちましたものですから。どうしても、ご本人の前に立っているのが信じられず、失礼なことをいたしました」

「本当に大きくていらっしゃる。それに、大変お強そうで。ええ、勿論、あなたの武勇は聞き及んでおりますので、疑うわけではないのですが、ああ、太古のエルフというのは、本当におうつくしい。堂々と立派で。すばらしいです」

慌てたようにまくし立てるレゴラスに、グロールフィンデルは苦笑をもらす。

いえいえ、あなたの美しさには負けますとも。すばらしすぎて目が開けていられないほどです。やはり、なにかの魔法でも使ったな。スランディイルのきれいなもの好きは有名だからな。しかし、やり過ぎだ。じっと見つめているとくらくらする。

「いえ、あなたこそ大変若く溌剌としてまぶしいほど美しくいらっしゃる。それに、大変な弓の名手だと聞き及んでおりますよ。スランデュイル様は大変ずばらしいお子様をお持ちだ」

「そんな、とんでもない。グロールフィンデル様に誉めていただくようなものではございません」

闇の森の王子は遠慮深く首を振った。

若者らしく、誉められることを嬉しく思いながらも、受け止めきれずに慌ててしまう様子に、なんとも、好感がもてる。一族の中でも一番年若いエルフは、その動きのいちいちに命の輝きがあふれている。

鳶が鷹を生んだか?違うな。孔雀が・・ああレゴラスも孔雀だな。だか、大変素直でかわいらしい孔雀だ。グロールフィンデルは予想していたよりずっと性根のよさそうなレゴラスに大変好感を持った。

もうすこし、キラキラしていなければ、もっと好きになれただろう。なぜなら、話をするのに、まぶしくないからだ。

「あっ」

少し先にある曲がり角を見てレゴラスはかすかに声を上げた。

グロールフィンデルは、とっくにその気配に気づいていた。しかし、用事があるのであれば、主人は声をかけぬはずはないのだし、あえて振り返ることはしなかった。

主人が、スランディイルを多少苦手に思っていることを、グロールフィンデルは知っていた。そして、それが、スランディイルが、いつもいつも華やかに輝いているくせに、そんな美しさだけではない、得体の知れなさがあるからだということもわかっていた。

目の前の若者は、腹黒いわけではなさそうだか、父親よりパワーアップして目に痛い。多分、エルロンドは苦手だろう。

だから、レゴラスのことを気にしつつも、見つからずにやり過ごしたいと思っているだろうエルロンドが、少し離れたところから、自分たちが話をするのを、見ていることには気づかない振りをしていた。

しかし、

「もしかして・・エルロンド様・・ですよね!!!」

うわ!!何事???

エルロンドに気づいたレゴラスは、まるで百万個の宝石を集めたようにパワーアップして輝きだした。あまりの眩しさにグロールフィンデルがひるんでいる隙に、飛ぶように走り出す。その勢いは、多分彼の射る矢より早い。

このときのレゴラスの速さは、恐ろしいほど長く生きてきたグロールフィンデルにとっても、驚くほどのことだった。

もしも、刺客であったとしたら、まぁ、この裂け谷に入り込む勇気のある者がいたとしたらということだが、グロールフィンデルが一生悔やむことになったに違いない、出来事が起こったと言っても良かった。

それ程、レゴラスの動きはすばやかった。

グロールフィンデルが思わず自分の年について考えてしまうほどだ。

「エルロンド様!!!」

「エルロンド様!」

声をかけるのすら、レゴラスの方が早かった。グロールフィンデルが注意の声を上げようとするより早く、レゴラスは、その目的を達している。

・・その光るのは目くらましの意味もあったわけか!恐るべし闇の森。

油断していたとはいえ、グロールフィンデルが、主人に飛びつく年若いエフルを、阻止できずにいたなどということは、一生の恥じといえる。

「ああっ!」

派手な音に、金嘩公は目を覆った。

グロールフィンデルの目の前で、エルロンドは闇の森の王子に飛びつかれ、大理石の廊下へと尻餅をついていた。

すげぇ・・。

あの勢いで掛かってこられて、そのまま頭から倒れ込まなかっただけ、彼の主人はすばらしいといわなければならないだろう。

「あなた、レゴラス・・」

・・・・おもしろすぎる。

金嘩公は、目を白黒させる主人を前に、笑いたくなる気持ちを抑えることができずにいた。

滅多になく、エルロンドが激しくうろたえている。

彼の主人も激しくきらきらしたエルフの、とっぴな行動に、対処しきれていない。

「ああ、エルロンド様だ。お父様からいつもお話を聞いていたんです。本当にお美しい。すばらしい。なんで素敵な方でいらっしゃる!」

激しい抱擁と、賛辞がエルロンドに浴びせ掛けられる。

「ほんとうに!本当にお美しい!!この流れる黒髪!輝くお顔!聞いてはおりましたが、どんな言葉でも言い表せない!!」

きつく抱きしめられ、動けないでいるエルロンドの額にキスが送られる。

髪じゃないのか、デコ狙いか!!

マジやばくねぇか?

主人がすこしばかり輝きの増した、いや、秀でた額を気にしていることをグロールフィンデルは知っている。なのに、レゴラスの狙いは正確に額だ。

そこだけ執拗に狙うのはどうよ?

「レゴラス様」

グロールフィンデルはレゴラスが目的を達成する前に、その襟首をつかんで引きずり上げていた。勿論、レゴラスは激しく抵抗する。そして、グロールフィンデルにかなわないと知ると、すぐさまエルロンドへと縋るような哀れな顔を見せる。

・・なんとも抜け目のない。やはりスランディイルの息子。

それでいて、グロールフィンデルには、最初の礼儀正しさなどとうに忘れてしまったように、喧嘩上等とメンチをきる。

しっかりと受け継がれている腹黒さに、グローンフィンデルは、レゴラスが闇の森の王子であることを再認識した。

「エルロンド様。ご無礼をお許しください。父上から何度も何度もエルロンド様のお話を聞き、私はあなたにお会いできて舞い上がってしまっていたのです。ああ、ほんとうに、お美しい。どんな花よりも芳しい香りで、どんな宝石より輝いていらっしゃる」

お前・・いまの間に匂いも嗅いだってわけ?

そんなことばっかり言って、歯、浮かねぇの?

・・なぁ、どこが光ってるって言ってんの。

闇の森の王子は、吊り上げられたグロールフィンデルの手の中、エルロンドをかき口説いている。そして、執拗に額に近づこうと手を伸ばしている。

「あなたのような美しい方は見たこともありません。ご無礼は承知です。もう少し、もう少し、間近であなたの光り輝くお顔を拝見することをお許しください」

だから、額はマジやばいっての。

お前、本気でそれ言ってんの?それとも、新手の嫌がらせ?

見下ろすエルロンドの顔に激しく縦皺が浮かぶのをグロールフィンデルはおそろしい思いで見ていた。

「エルロンド様!!」

「レゴラス殿、落ち着かれよ。その態度は、偉大なる父君、スランデュイルの名を汚されようぞ」

裾を払い、癇症なところを隠しもせず、エルロンドはレゴラスの前に立ちあがった。

瞳はキツイ苛立ちに満ち、眉間に深く刻まれた皺は、彼の怒りがどれほどのものか、グロールフィンデルに容易に想像させる。

・・こえぇ。怒ってる。怒ってる。うちのご主人様、きっついし、こんなの許せるはずないわな。

「エルロンド様、お許しください。どうしても、どうしてもお会いできた嬉しさのあまり!」

近くなったエルロンドの額に、レゴラスがまたしても手をのばす。

「レゴラス!」

きつい制止の声をエルロンドが発した。

だから、額はよせっての!!!

それに触れるといくらお前が闇の森の王子でも、五体満足で帰れる保証を俺はせんぞ!

グロールフィンデルの心配をよそに、レゴラスは、体を抑える金華公を睨みつけ、とうとう蹴りを食らわせると、エルロンドをかき抱いた。

勿論、驚きに体を硬くしたエルロンドの隙をついて、額に思いっきりキスをしている。

「レゴラス殿!!」

すぐに、突き飛ばされ、今度はレゴラスが床へと尻餅をついたが、あきらめることなくレゴラスは、エルロンドの足に縋りついている。

「あなたの光り輝く姿に、私は、感動を抑えきれません。エルロンド様。どうか、レゴラスにお情けを」

・・マジ?なぁ。マジか?

それとも、やっぱり嫌がらせなのか?

闇の王子を踏みつける主人の狼藉を、止めるべきかどうなのか、グロールフィンデルは悩んでいた。

・・なぁ、光輝いてんのは、やっぱデコか?それを当てこする嫌がらせなのか?

あの腹黒いスランデュイルだって、ここまで酷いことはしなかったぞ。俺、こんなとこ見ちまって、この後、どんな目にあわされるんだよ・・。

グロールフィンデルは、もはやここから逃げ出してしまおうかと思った。

「レゴラス!!」

彼の主人は力一杯若いエルフを踏みつけにしている。

「エルロンド様は、ほんとに輝かしくおうつくしい!!」

うっとりとエルロンドを見上げるレゴラスに、グロールフィンデルは、そら恐ろしさを感じた。

・・天然。こいつ天然だ。

輝く、輝くって恐ろしい呪文をこうも簡単に口にして・・。

苛立のあまり額まで赤くなったエルロンドが、逃げようとしていたグロールフィンデルにも掴みかかった。

「何をしている!!」

怒り狂った主人が闇の森の王子を蹴り殺さないように、グロールフィンデルはレゴラスを自分の後ろへと隠そうとしていた。

「グロールフィンデル!」

「グロールフィンデル様!」

グロールフィンデルは、どこかねじの飛んだ闇の王子に邪魔だと睨まれ、輝かしいと褒め称えられる主人には掴みかかられ、情けない気持ちになった。

・・俺、悪い?

・・被害者じゃねぇの?・・。

これからはじまる裂け谷での大事な会議を思い、グロールフィンデルは暗澹たる気持ちになった。

エルフ一人が着いただけで、この騒ぎだ。

人間やらドワーフやら、集まったら一体どんなことになるんだろう。

「グロールフィンデル!どけ!」

「グロールフィンデル様!どいてください!」

きっちりとスランディイルの血を引いた闇の王子は、得体のしれない執着を主人にみせている。

そして、エルロンドといえば、日頃の落ち着きなど忘れたように、グロールフィンデルを締め上げる。

・・ああ、もう、帰りたい。

それでも帰る場所など他にないグロールフィンデルは、会議の日までいくつもの騒動に巻き込まれ続けたのだった。

 

END

 

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笑えるのかどうか謎のギャグ。

どうしても書きたくなって書いたのはいいんだけど、私は、殆ど原作を知りません。

そんな人間が指輪をやってて申し訳ない。…

でも、Gさんは、エルロンドとは社長と部下の関係だって聞いたし、下克上だって、聞いたし!!

えっと、私は、映画のエルロンドが大好きです。

いうまでもありませんね、あの額が大好きなんです。

光るでこ好きがこの作品を生みました。