白き城の秘め事 連載第7回
(前回までのあらすじ)
指輪を葬る旅から戻った王と、初めて出会ったその時、弟不在のゴンドールを守るため国に残っていたボロミアは恋に落ちてしまった。そんなボロミアに、王は愛妾となるよう申し付けた。しかし、それに弟が……。
「では、どうしても兄上は、そうなさるおつもりで」
ファラミアは、部屋の中央に立つボロミアをきつく視線で縛った。ボロミアは弟の視線に対し、すこし誇らしげに見えるほどの笑みを返した。
「王が、私に望んでくださったのだぞ」
「ええ、しかし、何をです? あなたは、その口を開いて、王があなたに望まれたことを言うことができますか。あなたの部下の前に立ち、これからのあなたに毎夜望まれる仕事を誇らしげに語ることができますか」
胸に湧く甘い思いを隠しきれず浮つくボロミアの声に比べ、ファラミアの声は冷え冷えをしていた。
高揚し、きらめきを宿していたボロミアの瞳が弟の叱責に翳った。それは、まるで太陽が翳ったかのような錯覚さえ抱かせた。王に望まれたボロミアは、それほど頬を高潮させ、まばゆい光を放っていたのだ。
現実を突きつける弟の言葉に、ボロミアの顔に浮かんでいた笑みが意味を失い、そのまま顔に張り付くと、ファラミアは、更に強く兄を見つめた。
「さぁ、兄上、おっしゃいなさい。あなたは、執政の任を降り、これから何をなさると言うんですか。それほど喜ばしい顔をなさるというのなら、あなたは、部下の前でもそのことを公表なさることさえ出来るでしょう。では、まず、このファラミアに、申されるがいい。何を躊躇っていらっしゃるのですか。その唇の震えはなんですか。私の大切なボロミアは、これから、何になるんです」
「……王の相談役に……」
ボロミアは、激昂する弟にうらむような目を向けた。頬の赤みは引いてしまった。
「ええ、名前だけは立派なお役です。それで、そのお役は、具体的にどのようなお仕事をなさるので?」
「……」
重圧感のある弟の視線に、うつむいてしまい返事を返すこともできないボロミアの代わりに、遠くでは、剣の触れ合う音がしていた。ボロミアのうなじが金の髪の間から見えていた。その肌は、白い。鍛え上げた武人の首であるというのに、なまめかしい。
「ファラミア、お前は、……王と旅を共にしたから……」
「ボロミアは、立派にこの国を守ってくださいました。我々が後攻の有為も無く無事指輪を葬る旅を続けられたのは、ボロミアがこの国を守っていてくださったからこそ」
「しかし、その役目は、私のものだったはずなのだ……」
「そんな危険な役目、誰も、あなたに望まなかった。父上も、民も、部下も、勿論、私も!」
弱々しいボロミアの声をさえぎったファラミアの声は強かった。
「さぁ、ボロミア、あなたが執政の役目を退き、何をなさりたいと思っていらっしゃるのか言いなさい。それは、亡き父上に恥じることのないことなのですか。長く続いたこの家の血にはじることのないことなのですか」
「王が……。私は、王に……」
白皙の面は、屈辱に震えていた。ボロミアは、これほど弟に責められる謂れなどないと思っていた。
あの英知に溢れ、勇気ある王に望まれたのだ。遠い道のりを王と同じく歩を進めることのできなかったボロミアは、自分が弟のように王と共に語り合うことを持たぬことに、忸怩たる思いを抱いていた。
幼い頃から、いつか現れる王に仕えることを教えられ育ったボロミアは、王の側で何かをなしたかった。それが、自分は、国で安穏と時を過ごすことしかできず、しかし、そんな自分が、王から特別にと望まれたとき、ボロミアは、嬉しさのあまり、息をするのを忘れそうなほどだった。あの柔らかな目は、ボロミアのために、煩雑で、古臭いこの国の形式を煩うことなく執り行ってくれた。
王は、望む相手がすでに婚姻を結んでいない限り、誰だって自分の愛妾として側へと召抱えることが出来た。それには、正式な命令書が発布される。そして、それは今、ボロミアが妾にと望まれたことにより、執政家の家長となるファラミアの手に握られている。
「ボロミア、あなたがなろうとしているものは何ですか」
「……王の、」
王に望まれることは、望外ことであり、それはボロミアの身に切ないような幸福を運んでいたのだが、長く執政家の長男として育ち、多くの部下を従え、戦場を駆け巡ってきたボロミアにとって、「愛妾」という言葉は、口に出すのが躊躇われた。
ファラミアは、ボロミアに近づき、兄の腕をきつく掴んだ。
「ボロミア、あなたがなろうとしているものは、何ですか」
ファラミアは、兄の体をきつく揺する。
「妾です! あなたは、王の下で足を開いて暮らす日々に満足されるおつもりなのか!」
つづく。