しっぽ
「ボロミア…そんなにしげしげ見るのは、やめてくれないか?」
一行の先頭にたっていたレゴラスが、急に列の後方へと移動し、ボロミアの隣へつけた。
「いや、あの…悪かった…気を悪くしたか?」
ボロミアは、遠慮がちではあったが、それでも、まだ、レゴラスを見ている。
「ずっと前を歩いているから、平気かと思ったんだが」
「エルフの眼力を忘れちゃ困るよ」
レゴラスは、怒っているようではなかった。それどころか、ボロミアに笑顔を見せる。
「なにが、そんなに気になるんだい?」
気さくなエルフに、ボロミアは、返答を迷った。
昨日、話を聞いてから、ずっと気になっていて、今だって、その疑問で頭が一杯なのだが、皆の前で聞いていいことなのか、判断がつかない。
ボロミアは、隣のピピンを気にして、レゴラスの腕を引いた。
一行のしんがりを務めるアラゴルンをも先に行かせて、二人きりで、かなり列を遅れる。
「あの…こんなことを聞いたら本当に失礼かも知れないんだが…」
ゆっくりと足を進めながら口を開くボロミアは、まるで深刻な事柄でも口にするように、遠慮がちだった。
「あのな…レゴラス。エルフに尻尾がついているというのは、本当なのか?」
おずおずと、口にするボロミアに、レゴラスは、吹き出ししそうになった。
「子供の頃に、確かに聞いたことはあったが、絶対、嘘だと思っていたんだ。だが、昨日、本当だから、レゴラスの尻尾には絶対に触ってはいけないと言われて…」
ボロミアは、レゴラスの腰のあたりをしげしげと見ている。
「私は、エルフの尻尾について詳しくないんだが、もし、失礼じゃないなら、見せてもらうことはできないだろうか」
レゴラスは、生真面目な仲間の肩を抱き寄せ、小さな声を使った。そう、まるで、秘密を打ち明けるように、ボロミアの耳元に、そっと声を吹き込む。
「ボロミア、尻尾は、簡単に見せることができないんだよ。見せるためには、特別な時と、人が必要なんだ」
ボロミアは、一目で落胆のわかる悲しそうな顔になった。だが、気丈に、レゴラスに笑顔を見せようとしている。
レゴラスは、もっと、ボロミアの耳に近づき、まるでキスするようにその耳に、秘密の続きを話した。
「だが、ボロミアになら、見せてもいい。ただし、誰が、エルフの尻尾のことを話したのか、教えてくれるか?」
「なんだ?一族の秘密なのか?」
ボロミアは、相手を庇うつもりらしかった。
「まぁ、秘密かな。でも、しゃべったからって、なにか特別なことをするわけじゃない。それに、だいたいわかっているよ。アラゴルンでしょ?あの人は、エルフに詳しいから」
ボロミアは、曖昧に頷く。
「でも、ボロミアは、誰にも言っちゃダメだよ」
レゴラスの言葉に、ボロミアは、大真面目に頷いた。
レゴラスは、ボロミアの手を引くと、二人を気にして、遅れがちになっているアラゴルンの隙をついて、岩陰へと彼を引き込んだ。
「ボロミアは、エルフの尻尾をどんなものだと思っているの?」
全く、列から離れてしまったボロミアは、レゴラスに戸惑う顔をみせる。
「いや、多分、ほとんどわからないから、小さなものじゃないかと…」
しかし、エルフの尻尾に興味があるのか、レゴラスの尻の辺りに、やたら、視線をおくっている。
「そうだね。でも、ボロミアに見せるときは、きっと立派だと思うけど」
「大きさが変わるのか?」
「うーん。そうだね」
「毛が生えているということか?」
レゴラスは、本気のボロミアに、嬉しくなってしまった。
「どう思う?」
ボロミアは、子供のようなキラキラした顔していた。もう、エルフの尻尾に夢中の顔だ。
レゴラスは、ボロミアに、ぜひとも尻尾を見せてやりたかった。
しかし、今は、列から離れた二人を、心配するそぶりで近づく邪魔者がいる。
「ボロミア、今度、夜番の時にでも、二人きりになろう。そうしたら、尻尾を見せてあげるよ」
「ほんとうか?特別なものなのだろう。私が見てもいいのか?」
「いいよ。私は、ボロミアが大好きだからね。尻尾を見せる相手として、ボロミアは、最適な相手だ」
「必ず、秘密は守る」
「大丈夫、私は、ボロミアを信じてるよ」
エルフの秘密を打ち明けられることに、感激するボロミアの肩を抱き、レゴラスは、邪魔者が姿をあらわす前に、列にもどることにした。
尻尾に夢中のボロミアは、レゴラスに抱き寄せられていることすら、気にせず興奮している。
レゴラスは、邪魔者を追い越す際に、舌を出して見せた。
ボロミアの性格を読みきれず、罠を張り間違えた間抜けな相手に、同情してやる余地などない。
悔しそうに歯軋りするのが聞こえたので、さらに、ボロミアを引き寄せる腕に力を込めてやった。
ボロミアは、困った顔をしながらも、嬉しそうにしている。
「私に尻尾があって本当によかった」
レゴラスが、エルフ語で呟くと、ボロミアが不思議そうな顔をする。
「誰かさんおかげで、ボロミアは、とても尻尾がみたいそうだ。エルフの持っている不思議な尻尾がね」
足を速めた間抜けが追いつく前に、レゴラスは、大袈裟にボロミアとの約束を繰り返した。
喜ぶボロミアの笑顔に癒されながら、さっさと一行の前に駆け出していく。
その日のレゴラスが、うきうきとあまりにハイペースで足を進めるので、ホビット達は、文句が言いたかった。
しかし、しんがりを務めるはずのアラゴルンも、なにやら恐い顔をしてやたらとペースがはやく、ホビット達を追い越さんばかりだったので、彼らは、文句を言う間もなく歩きつづけるしかなかった。
END
BACK
旅の皆に愛されるボロミアさんを愛でたい。
と、いう一心で書き始めたシリーズ。
幸せなボロミアさんは、果たしてしっぽを見せてもらったのでしょうか?
見せてももらって、そのまま手篭めにされてないことを祈ってます。