幸せな夜
「どうして、そんなにくっついてくる必要があるんだ」
夜番を交代し、岩陰へと転がったアラゴルンを、ボロミアは責めた。
アラゴルンが、ボロミアのすぐ側へと寝転がったせいで、ボロミアは、目が覚めてしまった。
「いいじゃないか。ホビットたちだって、あんなにくっついて眠っている」
今晩は、ボロミアが最初の夜番にあたったため、ピピンも、メリーも、ボロミアと一緒に眠ることを諦め、ホビット同士、まるで子犬が寄り添うように丸まって眠っていた。
小さく、あどけない顔をした彼らが、そうして眠るのは、大変微笑ましい光景だが、ひげ面の男同士だと大変見苦しい。
ボロミアは、せっかく眠っていたところを起こされた不機嫌もあり、寄り添ってくるアラゴルンの体を強く押した。
「どうして?寒いじゃないか」
「私は平気だ。それよりも、あまり側にいられると眠りにくい」
「いつも、メリーや、ピピンに抱きつかれるようにして眠っているのに?」
「あれは、いいんだ。あれは、もう慣れたから」
「じゃぁ、私にも慣れてくれ。あんたにくっついていると、あたたかい」
擦り寄るアラゴルンを、ボロミアは突き放した。
「…迷惑だ」
眠そうなあくびを一つすると、マントを引き寄せ、アラゴルンに、背を向ける。
アラゴルンは、負けずにボロミアの背中へと体を寄せた。眠っていたボロミア体は、ほんのりと温かくアラゴルンを幸せな気持ちにさせてくれる。
勿論、それだけでない部分でも、アラゴルンは幸せになっている。
ボロミアは、アラゴルンから伝わる夜の冷たさに一瞬身を硬くしたが、同情したのか、もう、アラゴルンを押しのけようとはしなかった。
ボロミアは、鷹揚である。それが、いつもボロミアを危機へと追い込むのだが、鷹揚な彼は、自分が危機に陥っていることを気づかずにいることも多い。
「なぁ、ボロミア」
アラゴルンは、ボロミアの腰に腕を回して背中にぴったりと張り付いた。
「…ん?」
お互いの体温があたたかく、気持ちのよい眠りに入りかけているボロミアの返答は鈍い。
ボロミアは、普段ホビットたちを抱きかかえるようにして眠っていることもあって、口で言うほどアラゴルンを邪魔だと思っているわけではない。
「ボロミア、眠いのか?」
アラゴルンは、ボロミアの耳に唇をよせ、思わせぶりにつぶやいた。
ボロミアは、ねむかった。さっきまで眠っていたのだ。
アラゴルンに、ごちゃごちゃと話し掛けられるのは、迷惑でしかない。
「…ねろ」
「なぁ、ボロミア」
ほとんど、眠りかかっているボロミアは、アラゴルンが、話すのを止めたかった。
耳の側でしゃべっているのか、荒い息まで聞こえて、邪魔くさくてしょうがない。
ボロミアは、くるりと体の方向を変え、アラゴルンの体を腕のなかに抱きこむと、髪を撫で、額にキスをした。
「ほら、寝るんだ。いい子は、もう、寝る時間だ」
背中を何度か軽く叩いて、額を寄せるようにして、瞬く間に、眠りにおちる。
アラゴルンは、目の前で瞼を閉じてしまったきれいな顔を、息を呑んで見つめた。
無防備な寝顔だ。
ほんの少し、顔を近づけさえすれば、小さな寝息をもらす唇に触れる事だって可能なのだ。
アラゴルンは、自分を抱きしめるボロミアを起こさないように、そっと顔を近づけた。
ほんのわずかの距離だ。
こんなことは、誰にだって難なくこなすことができる。
しかし、アラゴルンが、それを行うことはできなかった。
アラゴルンの顔の横に、レゴラスの鋭い弓矢が狙いをつけた。
「こんなところに、オークがいた」
足音も立てずに近づいたレゴラスは、眠っているボロミアを気遣って、ほんの小さな声でアラゴルンに警告した。
音を立てない弓矢は、限界まで引き絞ってアラゴルンに狙いをつけている。
「レゴラス」
慌ててボロミアから身をひこうとしたアラゴルンは、レゴラスからその行動すら止められた。
「ボロミアが起きてしまうだろ」
アラゴルンは、ボロミアの吐息が感じられるほど、近くでいることを余儀なくされた。
しかし、レゴラスの弓がしっかりと狙っているので、何かをすることなどまるで出来ない。
もし、そんな素振りでもみせたら、その時がアラゴルンの最後だ。
明日、目覚めたボロミアは、死体を抱いていた自分に驚くことになる。
アラゴルンは、長い夜をすごした。
ボロミアの体温は気持ちよく、吐息は優しく、時には、擦り寄るような動きだってするのに、アラゴルンは、それを楽しむ余裕がない。
レゴラスの目は、本気だ。
アラゴルンは、朝が来るのが、待ち遠しかった。ボロミアを抱きしめているというのに、朝が待ち遠しかった。
END
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もう、ボロミアさんったら、ゴンドール1のぼんぼんなんだからぁ。
可愛くて仕方ないです。
でも、すこしは警戒しないと貞操が危ないと思います。
男はみんな狼だよん。ボロミアさん。