お医者さんになろう 〜サム編〜

 

フロドの流感にうつり、熱を出してしまったボロミアは、レゴラスの差し出したエルフの薬でもっと高熱を出すことになった。

整った顔を赤くして、ふうふう言いつつうなされている姿は、涙を誘うものがある。

アラゴルンは、自分の経験に照らし合わせて、レゴラスの薬を、とんでもなく苦しい目に合わせるが、よく効く薬だと、判断していたが、ボロミアは、半日たっても熱の下がる様子がなかった。

ほとんど一日中、食べ物らしいものを口にせず、熱にうなされているのだから、周りにいるものの、心配は身を揉むようなものになっている。

 

 

なので、つい、口喧嘩が起る。

「レゴラスがさぁ、わけのわかんない薬なんか飲ませるから!」

ピピンが吼えた。

「アラゴルンがちゃんと効くと言っただろう?」

レゴラスはボロミアには心配げな目を見せているものの、どこか情の薄い顔をしてしれっとピピンの言葉を流す。

「でも、ボロミアさんを見てみなよ。かわいそうじゃないか。こんなに赤い顔をして、熱にうなされて」

ピピンも、負けてはいなかった。なんと言っても、可愛くて大事なボロミアのことなのだ。地団太を踏みながら、激しく言い返した。

「やはり…取ってきた薬草を飲ませた方がいいだろうか?」

アラゴルンは、自分の時よりもより一層苦しそうな様子で横たわるボロミアの様子を心配していた。

「どうだかねぇ。わしはもうしばらく様子を見ていたほうがいいような気がするが…」

ギムリは、もうこれ以上薬を飲ませることは、ぐったりとしているボロミアを、もっと酷い目にあわせることになるのではと懸念していた。

「でも、そんなことしてるうちに、ボロミアさんがどうにかなっちゃったら!」

「どうにかなるって、どうなるって言うんですか」

「レゴラスがそういう口を利くなよ!エルフの薬なんて金輪際信じない。こんなことなら、レゴラスに看病を任せるんじゃなかった!」

「それは、そうだ。レゴラスに任せずに、俺がついていれば良かった」

「そんな。アラゴルンばっかりにボロミアさんの看病なんかさせないぞ」

「そうだ。そうだ。ホビットが優しく看病してあげてれば、ボロミアさんだって、心癒されて今ごろ元気になってたはずなのに!」

あまりにボロミアの病状が回復しないので、旅の仲間はパニックを起こしかけていた。

 

「旦那方。そんなにうるさくするなら、とっと出てってもらいますよ!」

いつの間にボロミアの側に寄ってきていたのか、サムが、ボロミアを抱え起こしながら、仲間達を低い声で恫喝した。サムの腕に抱えられたボロミアは、ふらふらと頭をぐらつかせながら、サムの胸に寄りかかるようにして、身体を起こしている。

「サム。ボロミアは、熱で苦しんでいるんだ。寝かしておいてやったほうがいい」

「そうだよ。サム。ボロミアさん、苦しそうじゃないか」

「そうかもしれません。でも、この旦那は半日もこの状態じゃありませんか。薬が身体に合わなかったんです。ちょっと、吐き出させますんで、旦那方は、向こうの方へ行っててあげてくだせぇ」

サムの公正で、威厳のある態度に、ボロミアの周りでオロオロとするばかりだった仲間達は、すごすごとその場を離れるしかなかった。

立ち去る背中に、えずき上げるボロミアの苦しそうな音がする。

「旦那。苦しいでしょうけど、我慢してくだせぇ。ちょっと失礼して、サムの指を飲み込んでくだせぇ」

サムは、ボロミアの背中を摩りながら、熱のため、熱い口内へと指を押し込み、ボロミアに吐き戻させている。

「…サム」

ボロミアの縋る声が、嘔吐の合間に聞こえる。

仲間達は、振り返るたび、睨みつけてくるサムの眼光に、仕方なくボロミアから遠ざかった。

 

「大丈夫ですか?旦那」

「…ああ」

サムによって、胃の中にあった違和感の殆どが体外に吐き出され、すこし楽になったボロミアは、それでもまだ赤い顔をして、すまなさそうにサムを見た。

「悪かった。嫌なことをさせた」

「ああ。大丈夫です。こういうことは、慣れてますだ」

指輪の魔力によって、身体機能の落ちているフロドは、時折熱を出し、サムに看病されていた。

その看病に慣れたサムにとって、病人の面倒は、そんなに嫌な気持ちになるものではなかった。

「すごい。汗です。このままでは、寒くなって熱が上がる。ちょっと拭きますんで、服を脱がせますよ」

サムは、髪が頭に張り付くほど汗をかいているボロミアの衣服を手早く脱がせ、乾いた布で汗をぬぐっていった。

「ありがとう。サム。迷惑をかける」

「大丈夫ですだ。旦那。俺は慣れています。それよりも、気を使っていては疲れます。俺に任せてくださればいい」

ボロミアは、サムの言葉に甘えることにした。

熱でぼんやりした頭は、深く物事を考えることなどできなかったし、本当のことを言えば、身体を起こしていることすら、だるい。

 

「旦那は、やはり、あちこちに傷がありますな」

サムは、ボロミアの汗を手早く拭いながら、あちこちに残る酷い傷跡に眉を顰めた。

「…ああ、これでも戦士だから…」

ボロミアが、どこか着弱げに微笑む。

「知っていますよ。ボロミアの旦那は、大変お強い。大丈夫。こんな熱なんてすぐ下がります」

「…そうなって欲しいものだが…」

サムは、最後に新しい布で、顔を拭い、用意されていた水をボロミアに含ませる。

「飲むんじゃねぇです。まず、口を濯いでくだせぇ。何回か繰り返したら、すこしづつ、ゆっくり飲んでくだせぇ」

しかし、ボロミアは、熱のために、コップをしっかり持つことが出来ず、サムはボロミアの頭を抱きかかえるようにして、コップを口元へと寄せた。

「喉が渇いているでしょうけど、まず、何回か、口を湿らすんです。吐き出すんですよ。わかりますね」

ボロミアは、素直に頷いた。サムの言うとおり、子供のように水を口に運んでもらい、何度か吐き出すことを繰り返す。

しかし、熱でしっかりしない体は、せっかくサムに着せてもらった洋服に水を零してしまった。

 

「大丈夫です。上手ですよ。さぁ、もう飲んでもいいです。ただし、ゆっくりとですよ。あまり慌てて飲むと噎せますから」

ゴンドールで人に面倒を見てもらう生活になれたボロミアと、フロドの面倒を見ることになれたサムのコンビは、大変に調和がとれていた。

頭をサムに預けたボロミアは、安心した顔をして、どこにも抵抗を示さず、サムのするがままだったし、サムはサムで、貴人というのものの無防備さに驚きと同時に微笑ましさを感じていた。

ボロミアは、サムに濡れた胸をぬぐってもらいながら、じっともたれかかっている。

「ボロミアの旦那は、強いだけでなく、大変かわいらしい方ですね」

サムは、ゆっくりとボロミアの頭を横たえて、微笑んだ。

 

サムは、仲間達がつくったマントの寝床に横になるボロミアの、すこしばかり楽に呼吸するようになった胸に手を当てて心音を確かめた。

早鐘を打つようだったボロミアの心臓は、たしかに落ちついてきていた。

やはり、エルフの薬が、ボロミアの体には合わなかったのだ。

サムは、ほっとした顔でボロミアの額に張り付いている髪を後ろへと梳いた。

「アラゴルンの旦那には効いたようですが、ボロミアの旦那にはエルフの薬は毒にしかならなかったようですね」

ボロミアは、サムが額に置く手を気持ちよく感じながら、うっすらと目を開けた。

「…私は、ヌメノールの血が薄いから…」

ボロミアは、普段、口にすることのないようなことを漏らした。

「熱があるときは、気弱になるものです。あのうるさい旦那方が戻ってこないよう、ここで見張りをしていますから、ボロミアの旦那はしばらくお休みになるのがいい」

「…フロドは…」

ボロミアは、こんな状態になっていても、仲間の心配をしていた。

「フロドの旦那は、大丈夫です。熱は下がったし、さっき、メリアドクの旦那とペレグリンの旦那がフロド様の方へ歩いていきました」

「…ありがとう」

ボロミアは、やっと訪れた安寧とした眠りに、するすると引き寄せられて眠ってしまった。

 

「…サム?」

ボロミアが目を覚ましたのは、もう、真夜中だった。

サムは、小さな火を守りながら、うつらうつらと居眠りをしていた。

「ああ、目が覚めましたか。どうです?気分は、良くなりましたか?」

サムは、目を覚ましたボロミアにすぐ気付くと、近付いてボロミアの首筋に手を当てた。

ボロミアは、まるで抵抗なくその手を受け入れ、さきほどよりは余程しっかりとした目で、サムの顔を見つめている。

「ああ、大分腫れが治まっていますね。熱も殆ど下がったようだ。さすが、ボロミアの旦那だ。すばらしい回復力だ」

「ありがとう」

ボロミアは、サムの顔を見つめて礼を言った。

サムは照れた顔をして、ボロミアに水を差し出す。

「本当は、薬湯の方がいいんでしょうけど、旦那はエルフの薬がまだ体に残ってるから、しばらく他のものは飲まないほうがいいでしょう。飲めますか?飲ませた方がいいですか?」

ボロミアは、手を伸ばして、サムの差し出したコップを受け取った。

「サムは、本当のお医者様のようだ」

ボロミアは、感心したように呟いた。

「こんな無学な医者などいません」

サムは、とんてもないと手を顔の前で振った。

「いや、そうじゃなく…なんというか、サムに触れてもらうと、そこから癒されているような気になる。フロドもきっと、そんな気持ちを味わっているんだろう」

「そうでしょうか?」

ボロミアは、頷いて、手に持っていたコップをもう一度サムに差し出した。

「やはり飲ませてくれるか?せっかく熱が下がったのに、また洋服を濡らしてしまってはいけない」

甘えられていることがわかっていながら、サムは気付かぬ振りでボロミアを支えて、コップの水を飲ませた。

 

「旦那。もう、本当にお加減はよろしいんで?」

「ああ、サムのおかげだ。ホビットというのは、本当に、優しく忍耐強く、仲間に優しい種族なのだな」

「そうですか…そうですね。人間よりは、好戦的ではないから、旦那の言われるような特性があるのかもしれません」

サムは、ボロミアの身体に残る数々の傷のことを思い出していた。

名のある戦士だというボロミアは、服を脱がせてみると驚くほど沢山の傷跡を身体に持っていた。

「…サム?」

ボロミアは、サムに抱きかかえられたまま、サムの顔色をうかがった。

サムは考え込むような顔をしている。

「どうして、旦那は戦うんですか?みんなホビットのように楽しく暮らしていれば、指輪を捨てる旅なんてしなくてすんで、フロド様だって、あんな苦しい思いをしなくて済むのに…」

ボロミアは、固くなるサムの表情を見守りながら、ぼんやりと口を開いた。

熱の残る頭は、それ程多くのことをボロミアに考えさせなかった。

ただ、思いついたままを口にした。

「サム。私は、国を守る家に生まれた。私の仕事は、国の人間が幸せに暮らすことができるよう命を張って守ることだ。サム。お前だって、フロドを守るために、勇敢に戦うだろう?私は、私の愛する人たちを守りたいから、剣を握るだけなんだ。サム、お前がフロドの騎士であるように、私は、ゴンドールの騎士であるだけのことなんだよ」

サムは、口を開かなかった。

ボロミアには、それ以上、サムを追及するだけの気力が残されていなかった。

「…悪いが、サム。もう少し眠らせてもらってもいいか?」

「いいですだ。ゆっくり休んでくだせぇ。明日の朝は、旦那にも食べやすいものをちゃんと用意しておきますんで」

「ありがとう」

サムはボロミアをそっと横たえながら、にっこりと笑った。

「俺、旦那がそうやって、いちいち丁寧に礼をいうのが好きですよ。あんただけだ。俺が飯を作って、それにちゃんと礼を言うのは」

「ありがとう。…サム」

ボロミアは、もう一度、眠りの中に帰っていった。

 

翌朝、ボロミアの周りには、また旅の仲間が群がっていた。

今日は、元気になったフロドもその中に参加している。

「ボロミア、サムはすごい名医でしょう?」

フロドは、青い目をキラキラさせながら、すっかり熱の下がったボロミアの顔をのぞき込んだ。

ボロミアは、さすがに昨日の疲れを見せて、すこしばかりやつれてはいたが、自分の庭師を大層自慢するフロドに、にっこりと笑い返した。

「そうですな。サムは、すばらしい名医です。忍耐強く、面倒見がいい」

「そうだよね。サムが側にいると、安心して、きっと治るって信じられるもんね」

「本当に、いろんな迷惑をかけましたが、なに一つ嫌な顔をせず、面倒をみてくれて、おかげですっかり良くなりました」

「よかった。サムねぇ、ボロミアのために、一生懸命朝ご飯を作ってたよ」

「それは、ありがたい」

ボロミアは、吐き戻したこともあり、すっかり空になっている腹をさすって、起き上がろうとした。

メリーと、ピピン。それに、さすがに反省したレゴラスが、慌てたようにボロミアを押さえ込んだ。

「まだ、寝てないと」

「ご飯なら取ってくるから」

「ボロミアは、ゆっくりしていてくれ」

それぞれが、早口にまくし立てて、ボロミアをマントが何枚も敷き詰められた寝床に寝かしつけると、先を争うように、サムの下へと走っていく。

騒々しい仲間達の背中を見守りながら、ボロミアは、木の葉の間から見える青空を見上げながら、うっすらと笑った。

「ボロミア…サム、なんか、ボロミアのことすごく気にいったみたいだけど、取っちゃわないでよ?」

ボロミアの隣で小さな声を出す、可愛らしいホビットに優しく微笑んだ。

 

END

 

 

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実は…サムって格好いいと、結構真剣に思っている。

あの人に大事にされるフロドは結構幸せ者だなぁ。とか思う。

でも、フロサムとかそういうわけじゃないです。(笑)

あくまで、ボロ受け。ボロメイン。

ただ、格好いい人だなぁと、思っていることだけ表明。(笑)