お医者さんになろう 〜レゴラス編〜
「ボロミア、寝てないとダメでしょう?」
昨夜、調子を崩したフロドの側で、わずかの間であったが、看病していたボロミアは、今朝になったら、熱を出していた。本人は、全くばれないとでも思ったらしく、ふらつく身体で起き出して、出発の準備をはじめようとしていたが、普段よりずっと潤みがちな目や、赤くなった頬に、皆が気付かないはずがなく、今日の予定はさっさと変更になった。
「しかし、旅が遅れてしまう」
それでも、自分のせいで予定を変更させるなどできないと思っているボロミアは、寝かしつけようとするレゴラスを、なんとか出発しようと説得しようとしている。
「平気ですよ。フロドだってまだ完全じゃないんですし、もう一日くらい、休んだところで、どうってことありません」
「私は全く大丈夫なんだ」
「いいですよ。じゃぁ、どうしてもというなら、私がボロミアを背中に担いで歩きますよ」
「…それは…」
ボロミアは、熱でぼんやりとした表情の中に、困惑を浮かべてレゴラスを見た。
「ボロミア一人くらい、全く平気ですよ。あなたを背負ったまま、弓を射ることだって出来る。なんだったら、今、ここで担いで上げましょうか?」
ボロミアのどこかぼんやりした目が、レゴラスの提案に対する返答に困って瞬きを繰り返す。
レゴラスは、包まれたマントの中で、もぞもぞと落ちつかな気なボロミアに、目を細めたくなる気持ちだった。
熱で目が潤む位のくせに、意地を張ろうとするボロミアは、たいそう可愛い。
「いいんですよ。私はあなたを背負って行っても全く構いません。それどころか、そんなことしてもいいのなら、毎日でも、背負って歩きますよ」
「…あの…レゴラス、大人しく休むから…」
いまにもボロミアを背負いそうな勢いのレゴラスに、ボロミアはマントの中へと潜り込んでしまう。
「熱のほかには、どこか痛かったりしませんか?水はいりますか?寒くないですか?」
「平気だ…大丈夫だから…」
ボロミアの看病は、レゴラスが任されていた。しかし、水も、食料も、防寒用のマントだって、ボロミアの周りにはすっかり整えられているのだ。
甲斐甲斐しい仲間達は、仕方なく、レゴラスにボロミアを預け、薬草を探しに出かけたが、レゴラスの独走を阻止しようとしている。
レゴラスをボロミアの側で、長時間一人にしておくことを許すはずも無く、ボロミアを独り占めできる時間など限られている。
マントの中から熱っぽい目をしてレゴラスを見つめるボロミアは、こんなに可愛いのに、普段以上にガードの緩いボロミアは、こんなに色っぽいのに、だ。
…しかし、少なくとも、今は、どんな風にボロミアを構っても、レゴラスの邪魔をするものはいない。
「私に癒しの魔法が使えれば、こんな熱でボロミアにつらい思いなんてさせないんですがね」
レゴラスは、熱いボロミアの額を撫でた。
ひんやりと冷たいレゴラスの手の感触に、ボロミアはうっとりと目を閉じる。
「気持ちいいですか?」
「…ああ、熱が下がる気がする」
レゴラスは、赤い頬をしたボロミアが、大人しくなってしまうのに、感激の思いだった。普段なら、すぐ様周りから邪魔されて、こんなにボロミアを触っていることもできない。
額を撫でられるボロミアは、安心して目を閉じている。
こんなに弱弱しいところを見せつけられては、庇護心がくすぐられる。いや、くすぐられるのは、庇護心ばかりではないが。
「もっと触ってあげましょうか?」
「…いいよ。レゴラスに移るといけない。もう、ちゃんと寝ているから、レゴラスも皆のところへ行ってくれ」
「いくらボロミアが強くても、病人を置いていくわけには、いかないでしょ?」
レゴラスは、ボロミアの赤い頬を撫で、うっすらと汗をかいた首筋を撫でた。ボロミアが、くすぐったがってわずかに笑う。勿論、嫌がったりはしない。
「すこし腫れてますね。のどは苦しくないですか?」
「…すこし」
ボロミアは、普段から、仲間に対する警戒心が薄いほうだが、今日は、まるで、幼子のように信頼しきった顔をしていた。
やはり、彼も、エルフに伝わる癒しの手を信じているのかもしれない。
レゴラスは、開かれた胸元から、そっと手を差し入れた。
残念ながら、そんな上手い能力をレゴラスは受け継いでいなかったが、誤解のままにボロミアの身体を撫で回す。ボロミアは、大人しいものだ。
汗で湿った肌が、レゴラスの手に張り付き、いつもより早めの呼吸を、しっかりと教えてくれる。
「…まるでお医者様に診ていただいているようだな」
「そうですか?じゃぁ、診てさしあげますから、大人しくしていてくださいよ」
ボロミアの言葉に触発されたレゴラスは、ボロミアの上着をめくり上げ、胸に耳を押し当て心音を聞く振りをする。
「すこし、早いですね」
それから、腹に手を当て、何箇所かを軽く押した。
「痛くないですか?」
「本当の、お医者さまみたいだ」
「いえ、これは、全く私にもわかってません」
レゴラスは、神妙な表情で、顔を見つめるボロミアに笑った。
そのまま、身体のあちこちを手でなでまわす。
ボロミアは、静かに目を閉じていた。
ボロミアの身体は、熱のため、どこかぼんやりした印象だった。いつもの機敏さが、身体のどこかに隠れてしまっている。
さすがのレゴラスも、病気のボロミアにこれ以上の無体を働くのは躊躇われた。
大部、勿体無い気はしたが、熱のためにかいた汗を拭い、ボロミアの服を直す。
「ボロミア、苦いからって、薬を嫌がっちゃだめだよ」
すこしばかり気まずくて、医者らしいことを言ってみる。
「…わかってる…」
レゴラスの手で掛けられたマントの中にボロミアが顔を隠した。
今朝アラゴルンから渡された薬草は、あまりに苦くて、ボロミアは、口に入れた瞬間に胃の中のものと一緒に吐き出してしまった。
そのせいもあって、もう少し飲みやすい薬草探しに仲間達が出かけることになったのだが…。
「あっ!そうだ。あれ、あの薬、あれなら飲めるんじゃないかなぁ」
いい事を思い出したレゴラスは、ボロミアに寝ているように指示をして、大急ぎで自分の荷物へと戻った。
姿の繊細さとうらはらに、咳一つすることのない頑強なレゴラスは、自分が持たされた薬のことなど、すっかり忘れ去っていた。
たしか、あれは…そうそう、あった。これ、この薬はアラゴルンも飲んでたはずだし、きっと人間にも利くんだよな。
探し出したエルフの薬は白い丸薬の形だった。レゴラスが、この薬を飲んだのなんか、もうずっと前だが、たしか、苦くは無かったはずだ。
薬を見つけたレゴラスは、ボロミアの枕もとに取って返し、うとうとしかけていた彼を抱き起こす。
「先生がいいお薬をあげますからね」
わざとらしいレゴラスの言葉に、それでもぼんやり頷いたボロミアは、利かない鼻でしばらく薬の匂いを嗅いだりしていたが、口の中へ入れ、水で流し込んだ。
やはり、苦くなく、飲みやすらしい。
「ありがとう」
こんな時でもきちんと礼を言うボロミアに、レゴラスは、ますます彼が好きになる。
「ちょっと、レゴラス!ボロミアさん、さっきより酷くなってるじゃん!!」
薬を飲んだ後、しばらく眠っていたボロミアだったが、うわ言をいうようになり、熱が高くなったようにすっかり赤い顔になっていた。
実際のところ、エルフで病気をするものなど、ほとんどなく、看病などという体験の無いレゴラスは、苦しそうなボロミアを前に、おろおろとすることしかできずにいた。
「病気のボロミアさん相手に、不埒なことをしたんじゃないだろうね!」
ちょっと、お医者さんごっこならした覚えのあるレゴラスは、詰め寄るピピンから目を反らす。
「ちょっと!レゴラス!信じらんない!!」
「おい、ボロミア、しっかりしろ。口を開くんだ。さっきよりは、これの方が、口にしやすいから」
周りの喧騒より、ボロミアを優先させた、アラゴルンは、薬草の根を口に含ませようとしている。
レゴラスは、慌てて止めた。
「さっき、薬を飲ませたばかりなんだ。もうしばらく止めたほうがいい」
「何を飲ませた!?」
殆ど薬に対して知識のないレゴラスを知っているだけに、アラゴルンは形相を変えてレゴラスに詰め寄る。
「これ、だって、前、アラゴルンも飲んでたでしょ?」
困ったような顔をしてレゴラスがアラゴルンに差し出したのは、確かに、こういった症状に効果のある薬だった。
しかし、ちゃんと効果を発揮するのは、エルフに対してだ。この薬は、人間には、症状を一気に促進させ、散々苦しい思いをさせて、その後、けろりと病気を治すという、ありがたいのかありがたくないのか分からない利き方をする。
昔、散々苦しめられ、身体の方がすっかり馴染んだアラゴルンは、早く利くこともあり、時々使用するが、人に勧められるものではない。
青くなるアラゴルンの顔色に、ピピンとメリーは顔色を変えた。
「ちょっと、毒?毒なの?アラゴルン??」
「ボロミアさんが、死んじゃうよう!!」
「…まだ…なんとか…生きてます…」
「ボロミア」
高熱のあまり目まで腫らしているボロミアに、アラゴルンは駆け寄る。
「大丈夫だ。毒じゃないからな。しばらくきついと思うが、絶対に直るから…あれは…そういう薬なんだ」
「…大丈夫。私は、レゴラスを疑ったりしませんよ…」
心根のやさしいボロミアは、無理をして笑ったが、高熱に勝てず、そのまま意識を失った。
「ボロミアさん!死んじゃやだ!!」
まるでご臨終のようにがっくりと力の抜けたボロミアに、メリーとピピンが泣き叫ぶ。
「大丈夫、治るってアラゴルンが言ったでしょ?」
最初、酷いことをしでかしてしまったのかと思っていたレゴラスだったが、アラゴルンの絶対治るという言葉に、すっかり自信を取り戻し胸を張った。
「この馬鹿エルフ!!」
旅の一行は、能天気なレゴラスを大声で罵倒した。
END
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レゴラスのお医者さん。
なぜかちょっと萌えるのは私だけでしょうか?
今回は、かなり善人ではありますが、普通の反応のボロミアさんでしたが、
いつか、お医者さんレゴラスに、本気で可愛がられてよがっちゃうボロミアさんも、書いてみたいものです。