お風呂に入ろう 〜レゴラス編〜
あまりに太陽の日差しが強く、この時間に旅を先へと進めるのは、余計な体力を消耗するだけだと判断した一行は、大きな木の下で、足を止めていた。
疲れは、全てのメンバーに平等に降りかかっている。
しかし、ゴンドールの騎士は、己の疲れを表現しようとはしなかった。
大きな木の根元で、柔らかな表情をして、くたびれ果てた小さな仲間に風を仰いでやっていた。
メリーと、ピピンは、ボロミアの太腿に頭を乗せて、気を失うように目を瞑ってしまった。
フロドは、青い顔をして、ボロミアの肩に凭れかかっている。
日差しが強いばかりではなく、今日は、風さえ吹いていなかった。
ボロミアの頬には、汗が伝っていた。
あまりの暑さに、声を上げる者もいない。
レゴラスが、ボロミアが扇ぐのに使っていた布を取り上げた。
「ボロミア、3人とも、眠ってしまったようですよ」
小さな声で囁いたレゴラスは、ボロミアの額を拭った。
すごい汗だった。
ボロミアは、レゴラスを見上げ、にこりと笑った。
「エルフは、汗もかかないのだな。羨ましい」
ボロミアは、レゴラスの手から、布を受け取り、額に汗をかいて眠っているホビットの汗を拭った。
「暑いのには、変わりがないですよ?」
レゴラスは、まるで暑さなど感じさせない涼しげな顔でボロミアを見下ろした。
「そうなのか?でも、いつもと変わりなくみえる」
3人に寄りかかられているボロミアは、座っているだけでとても暑そうだった。
レゴラスが先ほど拭ってやった額に、もう、汗が噴出していた。
「ボロミア、少し、偵察に行きませんか?みんなすっかり疲れていて、動けそうなのは、あなたくらいしかいない」
「しかし、偵察なら、先ほど、アラゴルンが…」
「さっき、アラゴルンが出かけたのとは別の偵察です。少し、食べ物を探しましょう。この暑さにホビットがすっかりやられている。少しくらい彼らの好きなものを探してやるのは、いけないことじゃないでしょう?」
レゴラスは、ボロミアを誘った。
こうでも言わないと、ボロミアは、暑いのを我慢して、いつまでもホビットの枕になっていそうだった。
ボロミアは、すこし思案する顔をしたが、そっと小さな仲間の頭を草の上に下ろした。
フロドの額には、飲料用として、大事に腰に吊るしてあった皮袋の水を、布に湿らせ、そっと置いた。
「行こうか。レゴラス。私では、あまりお役に立たないだろうけれど、お付き合いしよう」
レゴラスは、生真面目な顔をして子供のように汗をかく、ボロミアに思わず頬を緩めた。
レゴラスが選んだ道は、森の中へと続いていた。
うっそうと繁る木陰は、よほど涼しく、ボロミアは、やっと疲れた表情を見せていた。
ずっと気を張っていたのだろう。
目の下には、隈があった。
レゴラスは、悟られない程度に、歩調を緩めていた。
キノコの種類を見分けようと、ゆっくり地面を見て歩いているようにレゴラスが見せかければ、ボロミアの足も自然に遅くなる。
だが、実際には、レゴラスはきのこになど興味が無かった。
興味があるのは、ボロミアにだ。
ボロミアは、枯葉を掻き分け、一本のキノコを掴んだ。
「実は、私には、きのこの種類というものが良くわからなくて…」
照れたようなボロミアの手に握られているのは、残念ながら、食べられない種類のものだった。
レゴラスは、小さく首を振った。
「やはり、違いますか。何度か、メリーや、ピピンに教えてもらったのですが、どうしても違いが分からない」
苦笑するボロミアに、レゴラスは、にやりと口元で笑った。
「あの食いしん坊たちのようには誰だって、見分けられない。私だって、食べられるか、どうかくらいしかわかりません。ところで、ボロミア、水の匂いがしませんか?」
人間よりもはるかに鋭敏な器官を持つエルフは、少し前から、新鮮な水の匂いを感じていた。
だから、こっちの道を選んだ。
ボロミアは、まだわからないのか、きょろきょろと辺りをうかがった。
ボロミアの足元に、ホビットご用達のキノコが小さく顔を出していた。
「水…ですか?」
「湧き水の匂いがします。行ってみましょう。サムが新しい水を欲しがってたでしょう?」
レゴラスは、ボロミアに方向を指し示した。
やはり、ボロミアは、足元のきのこには気付かなかった。
レゴラスは、あえて見落とした。
レゴラスにとって、ボビットは、そんなにも親切にしてやらなければならない種族ではない。
どちらかというと、いつもボロミアにつきまとい、邪魔くさい。
2人は、湧き水に向かって歩き出した。
「綺麗な水だ」
ボロミアは、手に水を掬い、その冷たさに驚いた。
水は、沢山湧き出しているわけではなかったが、随分と冷たく、透き通るような色をしていた。
「かなり深いところから、湧き出しているんでしょうね。この暑さなだけにありがたい」
レゴラスは、水を掬うと、そのまま口をつけた。
「飲めます。大丈夫なようですよ」
レゴラスが、顔を上げると、ボロミアは、少し顔を顰めた。
口元を濡らすレゴラスを叱るような目で見ていた。
「エルフが見かけよりずっと丈夫なことは分かってきたつもりだが、いきなり口をつけるのはよせ。もし、腹を壊すようなことになったらどうする」
「その時は、ボロミアに面倒を見てもらいます。それに、私は、あのアラゴルンよりずっと頑丈ですよ。多分、旅の仲間の中で、一番丈夫だ。いや、ガンダルフ老には、敵わないかもしれないが」
おどけたレゴラスに、ボロミアは頬を緩めた。
自分も水に口をつける。
「皆を呼んできてやらないとな」
顔を上げたボロミアは、もう、仲間達のところへ帰ろうとしていた。
レゴラスは、にっこりとボロミアに笑った。
ここで、ボロミアを帰す訳にはいかなかった。
小うるさいアラゴルンのいない隙、その上、ホビットまでいない今、ボロミアを独占しないで、どうするというのだ。
「ボロミア。沢山汗をかいているんでしょう?ホビット達はせっかく眠ったばかりなのだし、少し水浴びをしてから帰りませんか?」
ボロミアの目が、湧き出す水に吸い寄せられた。
こんなに暑くなったというのに、身体を拭ったのは、3日も前だ。
「大丈夫。向こうは、もうアラゴルンが帰ってきている頃ですよ。水浴びといっても、こんな少しの湧き水じゃ、身体を拭うだけしかできませんけどね。でも、きっとさっぱりすると思いますよ。ボロミアさえ許してくれるのなら、私も、髪を流したいんです」
レゴラスは、髪の留金を外しながら言った。
ボロミアの背中くらいは、拝ませてもらうつもりだった。
ボロミアは、この暑いというのに、首元を緩める程度にしか服装を乱そうとしない。
「ねぇ、ボロミア、いいでしょう?」
頼られると弱いボロミアは、レゴラスの我儘を受け入れた。
上半身を脱いだボロミアに、レゴラスは、感嘆の目を向けた。
ボロミアの身体には、多くの傷が残っていたが、その肌は滑らかで、美しい筋肉の盛り上がりを見せていた。
色も白い。
しかし、エルフの透き通るような白ではなく、なんというか、もっと柔らかな触れてみたくなるようなそんな色の白さだった。
レゴラスは、目が離せなかった。
こんなに簡単にボロミアが脱ぐとも思っていなかった。
「そんなに見ないでくれ。恥かしい」
ボロミアは、布を水で濡らしながら、ほんのりと頬を染めた。
レゴラスに向かって、さっさと脱ぐように促した。
「背中を拭いてやろう。だから、レゴラスも脱ぐといい」
やけに積極的なボロミアは、レゴラスの服に手をかけようとまでした。
レゴラスは、すぐさまボロミアの言葉に従った。
ボロミアは、じっとレゴラスを見ていた。
どうしたのかと聞きたくなるほど、じっとレゴラスの手元を見つめていた。
その視線を怪訝に思いながらも、レゴラスは、服を脱いだ。
「レゴラス!」
ボロミアが、顔を綻ばせて、レゴラスに向かって手を伸ばした。
手が、レゴラスの胸に触れた。
「やっぱり!」
ボロミアの顔には満面の笑みだ。
レゴラスは、腕の中に飛び込んできたボロミアの身体を抱きしめていいものかどうかわからず、珍しく動揺した顔をした。
ボロミアの肌が、レゴラスに触れた。
「そうじゃないかと思ってたんだ。仲間だな。よかった。メリーや、ピピンもびっしりだし、ギムリなんて、見るからにそんな感じだし、いつかレゴラスのことを確かめたいと思ってたんだ。よかった。仲間がいた」
ボロミアの滑らかな手が、レゴラスの胸を這いまわった。
毛のない胸を撫で回した。
「ほら、私もつるつるだろう?人の前で服を脱ぐのがちょっと恥かしかったんだ。知ってたか?ホビットなんて、背中まで毛が生えてるんだぞ。この間一緒に風呂に入ったとき、あんな小さい人たちに沢山生えてて、なんで自分には生えなかったんだろうかと、すこし天を恨む気にすらなった」
ボロミアは、レゴラスの手をとって、自分の胸にも触らせた。
嬉しそうに笑っていた。
「私には、弟がいるんだが、あいつもしっかり生えてるんだ。レゴラスは、どうして生えてこないんだって悩んだか?内緒だが、私は、ずっと悩んでいたんだ」
機嫌のいいボロミアは、話を続けながら、湿らせた布で、レゴラスの身体を拭い始めた。
今まで、すこし遠慮がちだったボロミアの距離が一気に縮まった。
直接触れることなど、殆どなかったボロミアの肉体が、レゴラスに摺り寄せられていた。
エルフという種族に対する尊敬なのか、畏怖なのか、口の利き方すら、一線を置いていたというのに、ぞんざいにレゴラスの腕を持ち上げた。
「レゴラスは、腕の毛も薄いな。もしかして、腋もか?ああ、そうでもないな。私は、ここも生えるのが遅くて、一生、生えないのではないかと、眠れなくなる夜もあった」
ボロミアは、レゴラスの腕を持ち上げ、腋の下を覗き込み、一人で納得すると、今度は自分の腋を見せびらかした。
あまり多くの人間を知っているわけではないが、レゴラスが見るには、ボロミアは腋の毛も薄い。
だが、ボロミアは自慢気だ。
そして、まるで兄弟の面倒でも見るように、レゴラスの身体を拭いていく。
「レゴラス。気にすることはないからな。胸に毛が生えていようが、いなかろうが、男らしさとはなんの関係もない。私は、随分悩んだが、そういう結論にたどり着いた。それに、お前には、私という仲間がいる。いつでも悩みを聞くからな。ああ、髪を流したいんだったな。待ってろ。洗ってやるから」
レゴラスは、ボロミアのような悩みを抱いたことはなかった。
もし、抱いていたとしても、3千年も生きていれば、とっくに解決していただろう。
ボロミアは、にこにことレゴラスの胸を見つめながら、湧き出した水を皮袋に入れて、レゴラスの髪へとかけた。
かいがいしく、何度もレゴラスの髪を流していく。
「ボロミア…」
レゴラスは、跳ねた水で濡れたボロミアの胸を見つめた。
滑らかに盛り上がった筋肉の上に、小さな乳首が、ちょこんと顔を出している。
「なんだ?レゴラス。何でも言ってくれていいぞ。これからは、兄弟のように付き合おうじゃないか。頼りないかもしれないが、私を兄だと思って頼ってくれ。本当に、私の弟ときたら、私より大きいし、しっかり胸毛も生えているしで、まるで可愛げ気がないんだ。いや、可愛いぞ。可愛いんだか…」
ボロミアは、わかるだろう?と、いうように、レゴラスの胸へと目を向けながら、再び、顔を上げた。
きっと、コンプレックスが刺激されるとでもいうのだろう。
安心しきった顔で笑うボロミアは、罪作りなほど、魅力的だ。
レゴラスは、ボロミアの手から、布を取り上げた。
「じゃぁ、今度は、ボロミアの身体を綺麗にしてあげましょう。弟が兄に尽くすのは当然のことですからね」
三千歳の弟に尽くされる人間の兄は、つるつるの胸を作為を持った手で拭われても、全く警戒しなかった。
擽るように乳首に触れても、くすくすと笑って、レゴラスを見つめていた。
レゴラスは、ボロミアのあまりの天然さ加減に毒気を抜かれた。
「髪も洗ってあげましょうか?兄上」
それでも、レゴラスは、蜂蜜色の髪を流すついでに、そっとやわらかな耳に口付けをした。
ボロミアは、気付かない。
だが、エルフにとって、それはとても愛情深い行為だった。
勿論、レゴラスは、そんなことわざわざ告げるような無粋な真似はしない。
それが、三千歳のたしなみというものだ。
END
BACK
K様、トライのシリーズ、好きだって、メールを下さり、本当にありがとうございました。
すごく嬉しかったです。