お風呂に入ろう 〜ファラミア編〜

 

「…兄上」

ゴンドールには、いくつかの浴場があり、ここは執政家など高級官吏たちが使うやや広めの浴場だった。ゴンドールでは特別な立場となる、執政家には、もうすこし狭い浴場も、特別に用意されていたが、ファラミアは、いつの頃からか、こちらを使うようになっていた。

「なんだ?入ってはダメなのか?」

普段訪れない浴場に姿を現し、冷静沈着といわれるファラミアを動転させているのは、ゴンドールの総大将にして、彼の兄であるボロミアだ。

「いえ…だめだというわけでは…」

ファラミアは、朗らかな笑顔で近づく美しい裸体のボロミアから視線を外した。

「お前まで私を邪魔者扱いするな。さっき、兵士たちと同じ風呂に入ろうとしたら、入り口に近づくまえに追い出されるし、将校たちですら、一緒に入らないと、この入り口で逃げ出しやがった」

戦場から帰った今、体の汚れを落したいという気持ちは、皆同じで、兵士たちが使う、大浴場には大勢が詰め掛けているはずだった。上級職用のこの浴場にも普段ならもっと人が溢れているはずで、自分ひとりで入っていることに、ファラミアも、おかしいとは感じていたのだ。まさか、ボロミアがここで皆と一緒に風呂へと入りたがったせいだとは、ファラミアにも思いのほかだった。てっきり、ボロミアは、執政家に許された風呂へと入り、ゆったりしているものばかりだと思っていたのに。

「どうした?お前まで、私を邪魔だというのか?」

湯の中をいざり、風呂の端へと体を寄せたファラミアを追って、ボロミアは不満顔を見せる。

「いえ、そういうわけではないですが、また、どうして、こちらの風呂へ?」

「…お前らばかり、楽しそうで、ずるいじゃないか…」

本当に罪作りな素直さで、ボロミアは不満を打ち明ける。

「私だって、皆ともっと仲良くしたいんだ。一緒に体を流し合ったり、風呂の後に、マッサージしあったり。風呂場なら本当に裸の付き合いだからな。戦場の疲れを癒してもらうためにも、皆の話を聞いたりしたかったのだが…」

ファラミアは、ボロミアの、この理屈で詰め寄られた下級兵士たちに同情した。高貴にして清潔なボロミアは、自分が大浴場に入ることによって起こる混乱を考えてもいない。

「まぁ、彼らも、あなたのような立場の人間が、自分たちの風呂場に入るとなったら、落ち着くことも出来ないでしょうし」

「やはり、私は、邪魔なのか…」

しょんぼりと顔を伏せるボロミアに、一度、下級兵士たちで、もみくちゃになる大浴場の会話を聞かせてやりたい気持ちになる。

きっと、真っ赤になって怒りまくるに違いない。兵士たちが、ボロミアを、どのように、あがめているか。夜な夜な美しい体を汚すことを夢想して、声をかけてもらった夜など、眠る暇も無いほど、忙しく自分を慰める作業にいそしむというのに。

「なぁ、ファラミア、お前とも随分一緒に風呂に入っていないよな」

どうしても目が吸い寄せられる裸体から、気づかれない程度に、体を離していたファラミアに、無邪気なボロミアが、膝が付くほど近寄る。

「いいよなぁ。お前は随分男らしい体つきだ。背だっていつの間にやらお前の方が高いし、私が勝っているのは、体重だけか?」

「どうでしょう…体重も、私の方が、多いかもしれませんよ?」

ボロミアの手が、湯を掻き分けてファラミアの胸へと伸びる。

「うらやましいよ。私も、こういう、男らしい体になりたかった」

ファラミアが動揺を押し隠しているのにも気づかず、ボロミアの手が密集するファラミアの胸毛を撫でる。

「兄上…」

金色のまつげに取り囲まれた青い目は、胸毛の中に見え隠れする自分の指に夢中の様子だ。

「同じ兄弟だというのに、どうしてこんなに違うのかな?私は、つるつるで、淋しいばかりだ」

今度は、ファラミアの手をとって自分の胸を触らせる。

張りのある肌は、鍛えられた筋肉に沿ってきれいな形に盛り上がり、触れるファラミアの指が震える。

「兄上、恥ずかしいです。手を離してください」

「え?」

ファラミアは、ボロミアが手を離す前に、思いっきり手を引いた。湯が跳ね上がり、ファラミアの顔に掛かる。ボロミアには、想像もつかないだろうが、ボロミアに触れつづけることは、いろいろとファラミアに、不都合を与える。

「ファラミア…お前…」

どんなに冷静を装おうとしても、裸のボロミアがこんな近くで同じ湯に浸かっていて、その上、肌を触れるようにと強要するのだ。ファラミアの我慢だって限界がある。特に、下半身は、どんなにファラミアが我慢強くとも、形を変えずにいることが難しい。

「そんなに辛かったのか…」

湯は、かすかに濁ってはいるが、体が透けてみえないほどではない。ファラミアの下半身の異変にボロミアが気づくとこだって、十分可能だ。

「ファラミア、いまなら、我慢しなくてもいい…」

聞きようによっては、ボロミアの口から聞こえるとは信じられないような、なにやら思わせぶりなセリフだった。浴場に響く音は、水音も相まって、色めいて聞こえる。ファラミアは、耳元でささやかれるボロミアの言葉に、信じられない気持ちで、顔を上げた。

しかし、残念ながら、ボロミアは、ファラミアの苦悩などこれっぽっちも気づいていなかった。なにやら一人で納得のいったボロミアは、湯からざぶりと立ち上がると、唖然としているファラミアの頭を抱きこむ。

「戦場では、執政家の体面を守るため仕方がないのだ。私だってお前のことが気にかかって仕方ないのだが、お前のことばかりにかまけることなんてできない」

ファラミアの目の前には、ボロミアの下半身が超アップだ。

「そんなに拗ねるな。一人だけ、執政家の風呂に入らなくなったのは、やはり淋しかったからなのか?私は、お前を一番愛しているよ。どんなに姿が大きくなっても、やはりお前は可愛い。よしよし、今日は、背を洗ってやるからな。幸い、誰も入ってこないし、ゆっくりマッサージだってしてやるから…髪も洗ってやろうか?」

ぐりぐりと髪をかき混ぜていたボロミアが、ファラミアの手を引き、洗い場へと引き摺り出す。

ファラミアは、慌てて手近においていた洗い布を下半身に当てた。

「遠慮するな。将校たちもな、私が背中を流してやるって言ってるのに、どうぞお一人でお入りくださいと、私が出るまで、浴場の門番までするというのだ…全く、人の親切を無下にして…」

やはり、欲望に溢れた兵士たちが、それでも身を引いた苦労など全く気づいていないボロミアは、不満まで零している。

「今日は、たくさん甘えていいからな。父上と夕食を共にした後は、二人で一緒の寝台に眠ろう。子供の頃みたいで楽しいだろ」

泡立てた髪を、ボロミアの指が、優しくかき混ぜていく。

ファラミアは、背中に感じるボロミアの肌の感触に、鼻血を吹きそうだ。遠慮なく肌を密着させるボロミアのおかげで、ときどき、尻のあたりに、とんでもなく幸福なものの感触すら感じる。

「痒いところはないか?遠慮なく言えよ」

「…いえ…もう…」

「じゃぁ、髪を流すからな。目をつぶっているんだぞ」

その日、ボロミアへと敬愛と忍耐をささげるゴンドール1の優しい弟は、鼻血を出し、ボロミアの肩に寄りかかるようにして浴場から出てきて、門番を務めていた将校にうろんな目でみられるという失態をみせた。

しかし、大方の兵士たちは、ボロミアと二人きりで浴場にいたというファラミアに対して、男として限界を超えるチャレンジに挑んだことを同情し、そのことを、ほとんど口に上らせないのだった。

 

                                                       END

 

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大好きなお兄ちゃんと一緒にお風呂に入るファラミア。

幸せ?それとも、不幸せ?

純粋なボロミアさんは、弟のことをきっと心配してベッドでも看病してくれるでしょう。

それも、幸せなんだか…どうだか。