願いと欲望は似ている
オークに切りつけるアラゴルンの剣は、やはり正確で、たしかな切れ味だった。
わざと大きな声を上げ、突っ込んできたアラゴルンに、オークたちは興味を引かれた。
振り返るオークたちを、アラゴルンは、迷いなく切っていった。
剣の一振りで、風が起きた。
アラゴルンの剣は早い。
一体のオークが反応する前に、2体は死体に変えていった。
草に転がるギムリの斧を拾い上げ、投げる。
ギムリは、受け取った勢いのまま斧を振り上げた。
アラゴルンに向かっていたオークの頭から、脳漿が吹き上がる。
オークたちは、ただ一人、金の髪をした仲間を残して、ただの物体と成り果てた。
レゴラスの攻防は次第に有利になっていった。
ボロミアの肩に刺さる矢が、ボロミアの攻撃を邪魔していた。
躊躇いなく利き腕を狙ったレゴラスの勝ちだった。
ボロミアは、自分の腕が思うように動かないことに苛立っていた。
けだものの唸りを上げ、レゴラスに憎悪を向けた。
レゴラスは、腕の上がりきらないボロミアの剣を難なく跳ね返した。
後ろへ倒れこもうとするボロミアを切りつけようとした。
命を狙っていた。
アラゴルンは、レゴラスとボロミアの間に走りこみ、レゴラスの優美な形をした剣を跳ね上げた。
「アラゴルン、何を!」
レゴラスは、ボロミアを庇うアラゴルンに怒声を浴びせ掛けた。
「レゴラス、お前こそ、自分が何をしようとしているのかわかっているのか!」
レゴラスの剣を受けて、押し返すアラゴルンは、怒りに燃えるレゴラスの目をも跳ね返した。
レゴラスは、炎のような怒りを含んだ目でじっとアラゴルンを見つめた。
「…わかっているから、殺すんです」
剣をアラゴルンに押し付けるレゴラスの声は冷たかった。
アラゴルンはレゴラスの決意に、息を呑んだ。
「…なぜ?」
「…あれをボロミアだという、あなたには、わからない」
レゴラスは、哀れむような顔をアラゴルンに向けた。
押し合っていた剣を引き、剣を収めた。
息を吐き出し、少しだけ肩を竦めた。
ボロミアは、アラゴルンの背後で、上を向いて倒れこんでいた。
すぐさま立ち上がるたけの力がでないようだ。
しきりに、草を掴んで、身体を起こそうとしていた。
レゴラスは、アラゴルンを押しのけると、ボロミアの首に剣を押し付けたまま、エルフのロープを使い、ボロミアを縛り上げた。
ギムリが申し訳のなさそうな顔で、レゴラスを手伝った。
ボロミアが暴れるのだ。
歯を剥き出しにして、手足を振り回し、矢傷を負った獣のようだった。
屠殺者の手から逃れるために、どんなことでもしそうな気迫だった。
手伝うギムリに、ボロミアが、噛み付いた。ボロミアの白い歯が、皮膚にめり込んだ。
ギムリは、じっと痛みに耐えた。
ボロミアは、唸っている。
レゴラスが、ボロミアの頬を叩いた。
一度では、ボロミアが噛む事を止めず、レゴラスは、鋭く2度、3度と頬を張った。
肉を打つ鋭い音が、闇に響いた。
ボロミアは、レゴラスと、ギムリに向かって、底知れない憎悪の表情をし、決して解くことのできないロープの中で暴れまわった。
オークに似た獣のうなりを上げた。
剥き出しにした歯の間から、だらだらと唾液が零れていた。
あまりに暴れるので、爪が、ボロミアの皮膚を切り裂き、血が流れていた。
アラゴルンは、いたましいものをみる思いで、転がされるボロミアを見ていた。
ボロミアは、アラゴルンを見上げ、縋るような瞳をした。
ボロミアを縛り上げる作業が終わると、ギムリが、背中を見せた。
向けられた背中は、固く強張っていた。
鎧が、オークの血に濡れて、黒く汚れていた。
ほんの小さな声で、ギムリは呟いた。
「…悪いが…わしは、しばらくの間、一人でいたい」
ギムリの手は、ボロミアが激しく噛み付いたせいで、血を流していた。
斧は、力ない腕の中で杖代わりにギムリのことを支えていた。
闇の中でも、ギムリが強いショックに耐えられずにいることがわかった。
「遠くへは行かない。朝日が差す頃には必ず戻る。しばらく……悪いが、これ…を見ているのは耐えられない」
ボロミアに噛み付かれたギムリの拳は、強く握り締められていた。
目線を、決してボロミアに合わせようとはしなかった。
誰もギムリを止めなかった。
ギムリは、もう、何も言わずに、一人荒野を歩いていった。
足が、よろよろと何度も突き出した岩に躓いていた。
レゴラスが、土の上で暴れまわるボロミアをブーツの先で蹴った。
「アラゴルン、これをどうするつもりなんです?」
レゴラスは、土の上でのたうつボロミアをブーツの裏で押さえつけながら、顎をしゃくって決断を促した。
冷たい声だった。
「これを生かしておいて、何の得があるというんです?」
アラゴルンは、答えることが出来なかった。
土の上に転がされているボロミアは、オークの血に汚れ、踏みつけるレゴラスを睨み、正しいものには見えなかった。
「本当に、ボロミアかどうかだけでも、調べてみますか?」
迷うアラゴルンを冷たい表情のレゴラスが薄く笑った。
ボロミアの肩から遠慮なく弓矢を抜き去り、胸の部分にかけていたロープだけ解くと、引き裂くような勢いで、ボロミアの衣服を剥ぎ取っていった。
ボロミアは、激しく抵抗した。
レゴラスを睨み、側に立つアラゴルンに縋る目を見せた。
何も映っていないのではないかと思う、清んだ目は、じっとアラゴルンを見つめた。
しかし、エルフのロープに拘束されたボロミアは、抵抗らしい抵抗もできないうちに、レゴラスによって、上半身を裸にされた。
多くの傷が残る体が剥き出しになった。
僅かな月の光が、ボロミアの身体を照らした。
「ほう。こういう造りになっていたんですね。こんなところにナイフが隠してある。さすがは、ゴンドールの戦士だ。服を脱がして、ちょうど良かった」
レゴラスは、ボロミアの衣服に隠しを発見して、小さく折りたたまれたナイフをみつけた。
切っ先が鋭い。
心臓を一突きすれば、殺傷能力を十分に発揮するだろう。
柄に刻まれたゴンドールの紋章を確認し、鼻を鳴らすと、レゴラスは遠くへとそれを放った。
腕も足も縛られたボロミアは、自分に手をかけるレゴラスに、歯を剥き出しにしていた。
隙をみせようものなら、すぐ噛みかかる獣に、レゴラスは調教する容赦のなさで、頬を張り、首を押さえつけた。
「アラゴルン、ボロミアのようですよ。あなたが、そう思うのなら、これは、ボロミアだ。ボロミアの身体には間違いない。ほら、ここ、この傷跡は、目の山でできたものに間違いがない」
とうとう動物のように首に縄をかけられたボロミアは、レゴラスに吊るされ、苦しそうな表情で、アラゴルンに向かって傷跡を晒した。
レゴラスに射掛けられた弓の跡以外は、血が止まっていた。
肉が盛り上がり、組織液で滑った細胞が傷跡を晒していた。
三箇所。
アラゴルンがボロミアの角笛の呼び音に間に合わなかった間に彼の命を奪った三箇所の傷跡が、アラゴルンの目の前に晒された。
「…ボロミアだ」
アラゴルンが呟くと、ボロミアは、嬉しそうに微笑んだ。
場にそぐわない華やかな笑顔だった。
「そう。ボロミアのようです。ほとんど言葉は話せないようですが、一言だけ、聞き取れました。マイ キングと。それだけをこれは繰り返しています」
レゴラスの言葉に、アラゴルンは、息が詰まりそうだった。
レゴラスは、悲しいような顔でアラゴルンを見やった。
「アラゴルン、これを殺しましょう。これは、ボロミアじゃない」
ボロミアは、アラゴルンににじり寄ろうとしていた。
レゴラスが首にかけたロープのせいで、近づけずにいる。
首にロープが食い込んでいた。
痛みは薄いようだったが、苦しそうな顔で、それでもアラゴルンに近付こうとしていた。
レゴラスが、ロープを引いた。
ボロミアは、悲鳴をあげて、土の上を引き戻された。
首が絞まっている。
アラゴルンは、思わずボロミアに駆け寄った。
黒い血に汚れたボロミアを抱き締め、非情なエルフを睨んだ。
「アラゴルン、それは、噛みますよ」
レゴラスが、忠告するより早く、ボロミアは、幸せそうな顔のままで、アラゴルンに噛み付いた。
歯が、アラゴルンの首筋に食い込んだ。
その苛烈さに、アラゴルンは、思わずボロミアを突き飛ばした。
「だから、言っているでしょう!」
レゴラスが、大きくロープを引いた。
ボロミアの首が、後ろへと引かれる。
ひきづられる獣のままに、ボロミアは、土の上を転がっていった。
横倒しになった土の上で、悲しそうな顔をして、アラゴルンを見つめる。
気のせいか、さっきより瞳の色が濁ってきたような気がした。
「…どうします?アラゴルン?」
レゴラスは、ボロミアの首にかけたロープの手を緩めず、アラゴルンを伺った。
レゴラスは、このような醜悪な存在をさっさと抹殺してしまいたかった。
これは、ボロミアに対する冒涜だ。
こんな獣として、存在しなければならないほど、ボロミアは酷い人間ではなかった。
アラゴルンは、暗い表情をした。
決断のつかない顔をして、レゴラスにすがるような視線を見せた。
「…キングだと、そう、言うんだろう?」
レゴラスは、苛立ちに、手にもったロープを強く引いた。
けだものが、苦しそうなうめきを上げる。
まさしく、獣だ。
オークの声と変わらない。
「ええ、そういいます。しゃべれるのは、その一言だけのようです。噛まれる覚悟で口元に耳を寄せてみるといい、くり返し、そういいますよ。それしか、これは、口が利けないんです!」
アラゴルンは、悲しい顔で笑った。
レゴラスに近付き、ボロミアの首へと続くロープを受け取ろうとした。
レゴラスは、ロープを渡そうとしない。
アラゴルンは、もう一度、手を差し出した。
レゴラスは、ボロミアに向かって顎をしゃくった。
「あなたのせいですね。あれの願いは、全てあなたにしか叶えられなかった。良く見てやるがいい。サウロンの力によって甦ったけだものは、本当に純粋にあなただけを求めている」
レゴラスに近付いたアラゴルンを怒り、ボロミアは、締まった首のロープすら気にかけず、土の上を這っていた。
恐ろしい顔をしてレゴラスを睨みつけている。
やはり、さっきよりも瞳の色が濁っている。
…余程、人間らしい目の色だ。
アラゴルンは、噛まれるのを覚悟で、ボロミアに近付いた。
「ボロミア」
アラゴルンは、血に汚れた顔をぬぐった。
白い顔も、金の髪も、まさしくボロミアだった。
破れた皮膚から見える組織が、血の色をしててらてらと光っていた。
「…ボロミア」
アラゴルンは、膝を付き、のたうつボロミアを抱き締めた。
「…マイ…キング…」
吐き出される息と同じ音量で、不明瞭にボロミアの声が聞こえた。
アラゴルンは、悲しくなった。
「わかっていますか?それは、私達の命を狙い、あなたの四肢を奪うことばかりを考えていた。あなたが欲しかったんですよ。自分のものにしてしまいたかったんだ」
ボロミアの剣は、確かに、アラゴルンの四肢を狙っていた。
殺そうとする剣の動きではなかった。
命を取ろうというよりは、動きを止めてしまいたがっていた。
アラゴルンの首筋に顔を埋めたボロミアは、今度は噛もうとはせず、どこか慌てた仕草で、アラゴルンの顔を求めた。
目が…やはり濁っていた。先ほどまでのガラス球が、複雑な表情を浮かべるようになっていた。
ボロミアの動きに、レゴラスが皮肉な笑いを浮かべた。
「あなたを求めていた彼の気持ちを分解すると、こういうことになるんですね。良かったじゃないですか。あなたは、彼から、王として求められることを嫌っていた」
アラゴルンは、驚いた。
ボロミアの唇が、アラゴルンに吸い付いた。
ボロミアは、うっとりと目を細め、アラゴルンの唇に吸い付いていた。
「あなたは、一度、ボロミアの口付けに応えていたでしょう?眠ったふりをして、ボロミアの唇を楽しんでいたはずだ」
レゴラスが、過去を暴いた。
誰も知らぬはずの一瞬の触れ合いだった。
あの時、アラゴルンは、目を開けなかった。
ボロミアも、触れた自分を恐れるように、足早にその場を去った。
ボロミアの唇は、変わらず柔らかかった。
赤子のようにただ求めてくる口付けに、アラゴルンは、彼を抱き締める腕を強くした。
「…ボロミア…ボロミア」
アラゴルンは、ボロミアを抱き締め、彼の求めるままに口付けを与えた。
レゴラスが、ロープを引いた。
ボロミアの首が後ろへと引っ張られる。
「どうする気なんですか?そのけだものと楽しむ気で?」
レゴラスは、冷笑といっていい笑いを浮かべてアラゴルンを見下ろした。
ひっくり返ったボロミアの肩口の傷をブーツの先で、押さえつけている。
「…あなたが、そうしたいと、言うのなら、私はこの場から去りましょう。ただし、このけだものを生かしたままにするというのなら、明日の朝、私がこれを殺ります。その覚悟をしておいて下さい」
レゴラスは、アラゴルンの顔をうかがうと、手に握っていたロープを放り投げ、背を向け歩き出した。
アラゴルンは、口の利けないけだものと2人きりになった。
獣は、ボロミアの顔をして微笑んだ。
アラゴルンと2人だけになったボロミアは、余程大人しくなった。
抱き締め、身体の血を落すアラゴルンに全てを任せていた。
いや、ボロミアのアラゴルンを欲する心が、本能的なものになりつつあったのだ。
ボロミアは、縛られ自由の利かない身体のまま、アラゴルンに身体を摺り寄せた。
あからさまな行動は、ボロミアの容姿をしているだけ、アラゴルンに悲しい気持ちを起こさせた。
「…ボロミア…教えてくれ、本当に…あんたなのか」
裂け谷で出会った毅然とした横顔を思い出した。
熱く故郷を語る、煌く瞳を思い出した。
小さな仲間を見守る優しい笑顔を思い出した。
「…マイ…キング」
これ以外は、獣の唸りしかあげることの出来ない唇が、アラゴルンを求めてさ迷った。
血を拭う手に口付けを落とし、伸び上がって、アラゴルンの唇を求めた。
「…ボロミア!」
愛しさは、アラゴルンの心から、悲痛な叫び声を上げさせた。
なんのてらいもなく舌を伸ばしてくるボロミアの唇に、アラゴルンは覆い被さった。
眠った振りをした卑怯なアラゴルンに口付けた、あのおずおずとした口付けではない。
ボロミアの唇は、存分にアラゴルンを味わおうというように、大きく開かれ、アラゴルンにかぶりついた。
「…ボロミア…ボロミア」
アラゴルンは、何度もボロミアの髪を撫で、緑の瞳に口付けを落した。
「悪かった。俺が、悪かった。俺が、あんたに生きていてくれることを望んだから。こんなことに…こんなことに…」
正しい理由でなくとも、アラゴルンは、自分を激しく責めたかった。
あの誇り高いボロミアにこのような姿をさせている理由が自分にあるというのなら、どんな理不尽な理由であっても、全てを自分のせいにしてしまいたかった。
「早く、王になると言えばよかった。あんたを抱き締めてやればよかった!」
強く抱き締めるアラゴルンの腕の中で、ボロミアが、幸せそうに笑った。
言葉が通じている様子はなかった。
だた、アラゴルンが自分を抱き締めることに、嬉しそうに笑うと、しきりと下肢を擦り付けた。
「ボロミア…」
アラゴルンは、微笑むボロミアの頬に口付けをし、彼を拘束するロープを解いていった。
自由になった腕で、ボロミアは、弓の傷も気にかける様子もなくアラゴルンの背中へと腕を回した。
離したくないとばかりに、身体をぴったりと押し付けた。
「…ボロミア」
「マイ…キング」
ボロミアの抱き締める腕は強かった。
痛みすらアラゴルンは感じた。
だが、止めなかった。
これは、罰なのだ。ボロミアの願いを全て叶えられる立場にいながら、すべてを怠慢にやり過ごしたアラゴルンに与えられた罰なのだ。
アラゴルンは、ボロミアがゴンドールの王を欲していることを知っていた。
故郷の民を愛していることを知っていた。
そして、その純粋な願いの隙間に、ボロミア個人の欲望がほんの少し顔をのぞかせていたことにも、気付いていた。
ミナスティリスを語った夢見るような煌く瞳は、時折、じっとアラゴルンを見つめた。
王でも、仲間でもなく、ただの一人の人間として、時折、ボロミアは、じっとアラゴルンを見つめていた。
その視線の語る意味に、アラゴルンは、ボロミアよりもずっと先に気付いていた。
だが、無視した。
アラゴルンは、もう、これ以上尊いものを汚すことなど出来ないと考えていた。
片手には、この世の宝石とも言える、エルフの姫を抱き締めているのだ。
残る剣を握るはずの手で、ゴンドールのために、真理を実践しようとしているボロミアを抱き締めることなど出来るはずはなかった。
そんな価値が自分にあるとは思えなかった。
だが、その心が、このけだものを生んだのだ。
「マイ…キング」
獣の唸り声の合間に、ボロミアの声でアラゴルンをそう呼び、ボロミアは、アラゴルンの身体に手を滑らせた。
邪魔なアラゴルンの衣装を乱暴な仕草で、奪っていくと、現れた肌に何度も唇を押し当てた。
「マイ…キング」
頬擦りするボロミアの口からその名で呼ばれることが苦しくて、アラゴルンは、ボロミアの顔を引き寄せ、唇から息を奪った。
水音を立て、ボロミアがアラゴルンの舌を求める。
ボロミアの手がアラゴルンの髪に差し込まれて、激しく頭を抱きこまれた。
喉の奥で、機嫌の良さそうな獣の唸り声を上げる。
「ああ…そうだ。好きにしていい。ボロミアの好きにするがいい」
だんだんと濁っていくボロミアの瞳は、もはや、ガラス球には見えなかった。
人間の目だった。欲望に取り付かれ、穢れた思いを存分に詰め込んだ目をしていた。
その目でアラゴルンの目をのぞきこみ、嬉しそうに笑っていた。
アラゴルンは、ボロミアの頬を撫でた。
ボロミアが、擽ったそうに首を振る。
いつか見たことのある仕草だった。
あれは、メリーか、ピピンに飛び掛られていた時だっただろうか。
アラゴルンは、固くなりそうな表情を和らげ、ボロミアに向かって笑いかけた。
「あんたの願いを叶えよう。…全てをだ。全てボロミアの望みのままにしてやる」
誓いのように唇にそっと触れた。
言葉の意味よりも、触れた唇にボロミアは、笑みを深めた。
アラゴルンは、いまだったら、ボロミアの望みを叶え、四肢の全てを奪われても構わないと思っていた。
その姿になった自分を抱き締めることで、ボロミアが安心するというのなら、全ての血が流れ落ち、命の尽きる瞬間まで、ボロミアの望みに付き合ってもいいと思っていた。
だが、もう、ボロミアの心は、そんなことが考えられるほどの理性を残していなかった。
瞳の濁りは、欲望が、より本能的なものに変わったことを示していた。
ボロミアは、王ではなく、もう、アラゴルン本人しか、要らないようだった。
「ボロミア…」
アラゴルンの衣服を剥ぎ取ったボロミアは、アラゴルンに伸し掛かり、全ての部分に口付けする勢いで、体中に唇を寄せていった。
乱暴に寄せられる唇は、時々、我慢できないというように、アラゴルンに歯を立てていった。
アラゴルンは、身体の上で、歓喜の唸りを上げる獣の背を優しく撫でて、その髪にキスを繰り返した。
「ボロミア…慌てなくとも、全てボロミアの好きにしていい。逃げやしないし、拒みもしないよ」
ボロミアは、アラゴルンが話し掛けるたびに、いや、多分、名を呼ぶたびに、顔を上げて嬉しげに微笑んだ。
アラゴルンの話を理解している風情ではなかった。
アラゴルンは、ボロミアの服を脱がせた。
欲望は、恥かしげもなく、ボロミアの腹を打っていた。
濡れたそれをアラゴルンに擦り付け、ボロミアは、鼻声を上げる。
「…おいで。ボロミア」
アラゴルンは、ボロミアを抱きしめ、彼の欲望を手に握りこんだ。
先走りで滑るそれを扱くと、ボロミアは腰を揺らした。
もっとと、いうように、アラゴルンの手に腰を摺り寄せた。
「ああ…大丈夫。もっと気持ちよくしてやるから」
アラゴルンは、ボロミアの背中を撫で、手の中に握りこんだものを柔らかく動かし続けた。
ボロミアの先端から、たらたらと雫が零れる。
獣は、機嫌よく喉の奥で唸っていた。
アラゴルンの肩に唇を落とし、感触を味わい、もっと嬉しそうに唸る。
「マイ…」
アラゴルンは、そう呼ばれたくなくて、ボロミアの唇を塞いだ。
ボロミアは、しきりに舌を絡ませ、アラゴルンから快感を得ようとした。
アラゴルンは、ボロミアの身体を抱き締め、存分にボロミアに快感を与えた。
機嫌のよい唸り声が喉から零れる。
ボロミアが、嬉しそうに微笑む。
アラゴルンは、それを見るたびに悲しくなる。
アラゴルンは、ボロミアの肩から流れる血に唇を寄せた。
ボロミアの肩の矢傷は、まだ血を流していた。
レゴラスが乱暴に矢を引き抜いたこともあって、酷く皮膚が裂けていた。
「…痛いだろう?かわいそうなことをした」
優しい言葉をかけながら、欲望を扱く手は、そのまま動かしつづけた。
ボロミアは、腰を動かしながら、目を細めてうっとりとした顔をした。
そして、ふと思いついたように、アラゴルンに向かって手を伸ばした。
舌を絡める口付けを、あっと言う間に習得したように、上手い手つきでアラゴルンの柔らかいものを握りこんだ。
傷ついた腕を使って、熱心に、アラゴルンを真似、扱き出す。
「いいんだ。ボロミア、そんなことは、しなくていい。あんたがいい思いだけしていればいいんだ」
アラゴルンは、ボロミアの手を払い除けようとした。
ボロミアは、嫌がって唸った。
どんなにアラゴルンが手を払い除けようとしても、決してそこから手を離そうとはしなかった。
ボロミアは、全てを欲しがっていたんだと、アラゴルンは、思い出した。
ボロミアは、与えて欲しいばかりではない欲の深さで、アラゴルンを欲していた。
手足を切り取り、抱き締めるだけの肉人形にしてでも、アラゴルンを自分のものにしたがった。
アラゴルンは、悲しくなりそうな気持ちを奮い立たせて、優しくボロミアに微笑むと、ボロミアの好きにさせた。
ボロミアは、上手くアラゴルンの真似をした。
次第にアラゴルンのものに熱が集まり始めた。
ボロミアは、一層熱心になる。
アラゴルンの手の中にある自分のものとアラゴルンのものを擦り付けるような動きもした。
2人の身体の間に、滑った液体が、零れていく。
恥じらいなどという言葉を忘れたボロミアは、吼えながらアラゴルンに自分を擦りつけた。
快感のあまり額に皺を寄せている。
「ボロミア」
優しくアラゴルンが名を呼ぶと、ボロミアは、身体を震わせて精液を溢れさせた。
ボロミアの顔をした口から零れるのは、やはり獣の歓喜だった。
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