願いと欲望は似ている
アラゴルンは、目を見開いた。
激しい風が吹く荒野に見えるのは、やはり、大きく目を見開いたところで変わらなかった。
風が髪を攫っていた。
生暖かい風は、嫌な臭いを辺りに吹き広げていた。
剣を持つ手は、動かなかった。
剣士としてあるまじきことだった。
だが、剣を持つ手を上げることができずにいた。
レゴラスの矢が、風を鳴らして、アラゴルンの脇を通り過ぎた。
アラゴルンは、その容赦のなさに、味方であるレゴラスの方を振り返り睨みつけた。
矢は、金の髪を持つ人物を正確に狙っていた。
見知った顔を狙っていた。
アラゴルンの隣では、ギムリが息を荒くして、立ち止まった。
ギムリは、自分の斧を杖代わりに、土に立てると縋りつくように立っていた。
吐き出される息が荒かった。
仕方のないことだった。
オークに連れ去られた仲間を追うため、急速らしい休息もとらず、走りつづけてきた2日間だった。
しかし、オークに連れ去られた小さな仲間の命を考えると、足を止めることは躊躇われた。
アラゴルンは、自分も荒くなりがちな息を胸で押さえ込み、前方に生い茂る木々、積み重なる岩、足元に絡まる草の中から、手がかりを得ようとしていた。
真っ直ぐなアラゴルンの背が、闇のなか、すこしでも遠くに目を凝らしていた。
ギムリの息が荒い。
かなり無理をしている。
大きさの違いもあり、この追跡は、ギムリにとって、苦しいもののはずだった。
アラゴルンにとってすら、苦しかった。
しかし、ギムリは、誇りを捨てなかった。
様子を伺うアラゴルンの視線に、気付くと、背筋を延ばし、荒い息を押さえ込んだ。
あいにく、夜目が利き、耳ざといアラゴルンは、ギムリの鼻息と、震える足を見逃すことはなかったが、彼は、毅然と胸を張っていた。
レゴラスが、そんなギムリの隣で、汗一つかかず立ち止まっていた。
レゴラスも、ギムリの様子を気にかけることはしない。
レゴラスは、ギムリに親愛の情を寄せていた。
闇は、荒野全体を覆っていた。
ギムリが斧を突き刺している草の部分ですら、普通の人間の目には、みることができなかったが、アラゴルンと、レゴラスは、異変を感じ取っていた。
虫の声一つしない。
夜動く、獣の息遣いがない。
おかしかった。
荒野には、暗闇であっても、生きている音がするはずだった。
胸を張りつつ、息を押し殺しているギムリの隣で、アラゴルンと、レゴラスは、視線を交し合った。
レゴラスの目が好戦的に光っていた。
アラゴルンは、額に皺を寄せた。
レゴラスの手が弓矢に伸びる。
アラゴルンも、剣に手をかけた。
来るとしたら、姿を隠すことができる岩山の方からだと、2人は共に見当をつけた。
闇の中に視線を凝らす。
やはり、敵は、そこから、来た。
暗闇よりももっと暗い闇の一群が、獣の唸り声を上げながら、アラゴルン達に襲い掛かった。
彼らの黒い甲冑は、闇の中で、姿を隠すのに最適だった。
黒い顔すら、闇に紛れた。
たが、その獣の臭いは、激しく荒野を吹き荒れる風によって、姿より先にアラゴルン達に存在を教えた。
「ギムリ、敵です!」
レゴラスの矢が、早くも、一体のオークを射止めた。距離はまだ、小山ひとつ分も開いていた。
ギムリが、驚いて目を見開いた。
慌てて斧を構えなおす。
レゴラスの矢は、凄ざまじい勢いで、続けて連射されていった。
まだ、姿を捉えることのできない敵が、激しく倒れる音がする。
音を消し、近付きつつあった敵は、仲間が倒されたことに、興奮しそんな気遣いを捨てた。
激しく甲冑を鳴らし、雄たけびを上げ、アラゴルン達にむかってきた。
今まで音一つ立てなかった獣たちが、暗闇に逃げ惑い始めた。
やかましく飛び去る鳥たちの羽ばたきが、レゴラスの矢の音と競い合った。
アラゴルンは剣を構えなおした。
レゴラスの矢は、轟音を立てて、オークたちに向かっていた。
正確に討ち取っていくレゴラスの腕前をとってしても、まだ、オークは、前に進んできた。
かなりの数が、集まっている。
オークたちは、倒れこむ仲間の屍を乗り越え、アラゴルン達に向かってくる。
隣に立つ仲間が射殺されても、動きが止まることはない。
恐怖心というものが、欠けている。
アラゴルンは、剣を腰だめに構え、オークに向かって走り出した。
その脇をレゴラスの矢が、凄さまじい音をたてオークに向かって飛んでいく。
アラゴルンを護るように先にオークへと飛び去る矢を追って、アラゴルンは走った。
闇の中で走ることは、かなり危険なことだった。しかし、アラゴルンの足取りには、無理がない。
まるで、足の先に目がついているかのように、突き出た岩を飛び越え、横たわる廃木を避けていく。
すばらしい速度で、アラゴルンは、オークに肉薄した。
オークの口から吐き出される腐った臭いが、アラゴルンの胸に迫る。
アラゴルンは、剣を振りかざした。
オークが刀を構える前に、闇色の身体を切り裂き、腐敗臭を撒き散らすどろどろとした血のようなもので、剣を染めた。
オークは、獲物が自分から飛び込んできたことに興奮し、アラゴルンに向かって大挙して押し寄せた。
出来上がった壁に向かって、レゴラスの矢が、次々に連射される。
真っ黒い身体に白い矢が、次々に突き刺さった。
絶命し、目を剥いて倒れこむオークの脇から、アラゴルンを狙う新しい剣が振り下ろされた。
レゴラスの矢が一撃で討ち取れなかったオークも、ますます狂暴になって、アラゴルンに向かってきた。
アラゴルンは、剣を振るった。
固い肉を切り裂く感触を、柄を持つ拳に感じる。
切り裂いた部分から、流れ出る血で、剣の先が滑る。
骨をへし折るのは、力技だった。
一体、どれ程の数でアラゴルン達を追ってきたのか、切っても切っても、腐った闇が途切れることはない。
アラゴルンは、胸で激しく息をしながら、隙をついて、切りかかってこようとするオークを振り向き様に、切り裂いた。
ギムリも、自慢の斧を振るって、死体の山を築いていた。
ギムリの斧に頭を勝ち割られたオークの目玉が飛び出している。
足元の草は、滑る液体で、足場を危うくしていた。
「アラゴルン!」
まず、その異変に気付いたのは、誰よりも目のいいレゴラスだった。
レゴラスは、切迫した声でアラゴルンの名を叫び、弓を構えたまま、顔を強張らせた。
珍しくその美貌を白くして、信じられない光景に唇を震えさせた。
アラゴルンは、レゴラスの声に振り返った。
そこに、オークが切りかかった。
アラゴルンは、草の上を転がって、オークの刃から逃げた。
剣を振り回し、オークの足を切りつけた。
オークの片足が、飛ぶ。
まだ、向かってこようとするオークの背後から、ギムリの斧が襲い掛かった。
ギムリの斧は、オークの背中に深く突き刺さる。
オークは、憎悪の表情をしてアラゴルンに向かって手を伸ばした。アラゴルンは、伸びてくる手を剣で切り飛ばした。オークはすでに絶命していた。
アラゴルンは、立ち上がり、レゴラスの告げた異変を探して、辺りを見回した。
闇は濃く、目を凝らさなければ、アラゴルンにも全てを見渡すことはできない。
アラゴルンは立ちすくんだ。
自分の目を疑った。
金の髪が、オークの一団に紛れていた。
金の髪は、アラゴルン達に馴染み深い色をしていた。
ありえないことだった。
あの髪は、ラウロスの大瀑布に消えたはずだった。
アラゴルンの腕には、彼の篭手が巻かれていた。
ありえないことだった。
アラゴルンは、彼が息絶えるその瞬間にその場にいた。
涙を流した。
約束をした。
それなのに、金の髪が、オークのなかで、剣を構えていた。
恐ろしく清んだ目をして、いままでとまるで変わらぬ姿で、アラゴルンを見ていた。
二日前と変わらぬ姿だ。
ただ、アラゴルンの腕に巻きつく篭手だけがない。
アラゴルンは、剣を持つ手が急に重くなった気がした。
だらりと剣は、下に向き、目は、白い顔から離れなかった。
闇色のオークの中で、そこだけ、白く美しい、ボロミアの顔から、離れなかった。
レゴラスの矢が、真っ直ぐにボロミアに向かって飛んでいった。
その容赦のなさに、アラゴルンは、思わず振り返り、恐ろしい顔をしてレゴラスを睨んだ。
レゴラスは、最初の動揺をやり過ごすと、今しなければならないことを十分わきまえていた。
オークは、絶え間なくアラゴルン達に襲い掛かってくる。
その中で、ボロミアも剣を握っているのだ。
あまつさえ、ボロミアは、レゴラスの矢を、オークの身体を盾にして、避けているのだ。
ボロミアは、かつての彼では考えられない方法で、アラゴルン達に向かってきていた。
次々に射掛けられるレゴラスの矢を、側にいるオークを引き寄せ、それを盾にし、避けていた。
速さと正確さを誇るレゴラスの矢は、次々と、ボロミアに狙いを定めて繰り出されている。
ボロミアが引き寄せたオークの前面は、まるで、射的の的だった。
アラゴルンは、自分に向かってこようとするボロミアを見た。
彼の瞳は、清んでいた。
恐ろしいほど清んでいた。
普通ではありえない色だった。
あれは、狂人の目だ。
「ボロミア!!」
アラゴルンは、叫んだ。
オークの群れに囲まれたボロミアは、アラゴルンの声に反応して、顔をめぐらせた。
金の髪がふわりと空を舞い、振り返った顔は、嬉しそうに微笑んでいた。
手には、針山のように矢が突き刺さったオークの死体をぶら下げていた。
「アラゴルン、アレは違う…アレはボロミアじゃない」
剣を下ろしたまま立ちすくむアラゴルンの側に、べったりとオークの血で汚れたギムリが足早に近付いた。
ボロミアに視線を吸い寄せられているアラゴルンに切りかかるオークをまた、一体その斧で屠っていく。
「アラゴルン!しっかりするんだ。剣を構えろ。あんたは、まだ死ぬ気じゃないんだろう」
ギムリは、アラゴルンの背中に回り、普段ではありえない隙を見せる仲間をオークの剣から守った。
ドワーフは、義理堅い。堅実で、友情に厚い。
アラゴルンは、ギムリに守られていることすら、意識にないような顔をして、呆然とボロミアを見入っていた。ボロミアは、あまりに矢が刺さり持ちにくくなったオークを投げ捨て、新しいオークを引き寄せる。
引き寄せられたオークは、すぐさまレゴラスの矢で、命を落した。
ボロミアに動揺はない。
清んだ、おかしな程清んだ目をして、回りに群れる仲間達を払いのけ、真っ直ぐにアラゴルンに向かってくる。
「ボロミア!」
アラゴルンは、もう一度名を叫んだ。声は、絶叫に近かった。
ボロミアは、アラゴルンの声に笑顔を深めた。
ボロミアの前を塞ぐ、オークが一体、ボロミアによって切り倒された。
屍を、ボロミアは、踏み越える。
「アラゴルン。アレは、おかしい。アレに近付かないほうがいい。ボロミアは、死んだ。あんたも、わしも、この目でちゃんと見た」
ギムリは近付きつつあるボロミアから、アラゴルンを引き離そうとアラゴルンの腕を引いた。
「…ギムリ」
アラゴルンは、ギムリに悲しいような顔をして笑った。
ギムリは、動こうとしないアラゴルンの腕を強引に引っ張る。
アラゴルンの身体がぐらりと揺れた。
あまりの動揺に足に力の入らなくなっていたアラゴルンは、ギムリに引き寄せられた。
ボロミアがオークを投げ捨て、ギムリに向かって走り出した。
剣を握る手を肩に構え、一気に走り込んできた。
恐ろしい速さだった。
前にふさがるオークの背を切り、道を開いて一気に距離を縮めてくる。
先ほどまでの笑顔など捨て去ったように、憎悪に歪んだ恐ろしい顔をしていた。
「ギムリ!!」
レゴラスが叫んだ。
レゴラスの矢が、ギムリの頭上を過ぎ、ボロミアの頭をめがけて一直線に飛んでいった。
ボロミアは、上手くそれを避け、回り込むようにして、剣を振り回した。
切っ先が、ギムリの鎧を掠めた。
必殺の気迫があった。
「ボロミア!」
アラゴルンは、叫んだ。レゴラスが矢を射っていなければ、確実にギムリの首が飛んでいた。
体勢が崩れてさえいなければ、十分に体重の乗った恐ろしい一撃だった。
ボロミアは、その一撃だけで攻撃を緩めるような真似はしなかった。
かつての仲間に斧を振るう手が戸惑うギムリにむかって、確実に急所を突いていこうとした。
ギムリは、切っ先をかいくぐりながら、動揺する顔を隠せないでいた。
「…おい、あんた…本当にボロミアか?」
ギムリは、次々と容赦なく繰り出される剣の動きに、精一杯斧で抵抗しながら、肉薄するボロミアに向かって言葉を吐いた。
ボロミアは、答えない。
恐ろしく清んだ目をしていたが、表情は、憎悪に歪んでいた。
「おい、あんた、わしがわからんのか?…やはり、ボロミアではないのか?」
ボロミアの剣が、ギムリの首を狙っていた。
狙いは正確で、ギムリは防戦一方になっていた。
「………」
吐き出す息の間に、ボロミアは聞き取れない言葉を呟いていた。
ギムリの首に向かって、剣を突き出しながら、何度も呟く。
ボロミアの攻撃に後ろへと下がる一方だったギムリの背後から、オークが剣を振り上げた。
ギムリが振り向くより早く、ボロミアの剣が、オークに向かって繰り出された。
オークは、一突きで絶命した。
ボロミアの剣が抜けると、オークは、後ろへ大きく倒れた。
守られたのか。と、ギムリは思わずボロミアを見た。
しかし、眼前に迫るボロミアの顔には憎悪の表情しか浮かんでいなかった。
歯を剥き出しにし、ギムリを食い殺さんばかりの顔をしている。
「…ボロミア?」
どう事態に対処していいのかわからなくなったギムリが呆然と立ちすくむと、そこにボロミアの剣が振り回された。
鎧の切れ目を狙い、胴体を二つに別けようというように、大きく回された剣は、ギムリの身体を引き裂こうとした。
ギムリは、斧を構えることも出来ずにいた。
「ギムリ!」
さすがにアラゴルンも、ギムリの窮状にボロミアに向かって剣を振り上げた。
ボロミアの剣を跳ね上げ、2人の間に割って入った。
鋼鉄の剣がぶつかる激しく鋭い音がした。
ボロミアの剣の威力はすばらしく、アラゴルンはぶつかった剣の重さに、腕が痺れる思いをした。
「ボロミア!」
アラゴルンは、ボロミアに向かって叫んだ。ボロミアは、ギムリに見せていた憎悪の表情を一変させ、幸せそうに微笑んだ。
緑の目が、ガラス球のように清んでいた。
浮かんだ表情は紛れもなく喜びだった。
ボロミアは、アラゴルンに向かって剣を振り上げた。
剣は、アラゴルンの腕を狙い、足を狙って繰り出された。
ギムリを狙った一撃必殺の趣はなく、ただ、アラゴルンの四肢を奪おうとするように、手足ばかりを狙ってきた。
ボロミアは、アラゴルンを狙いながら、アラゴルンに近付くオークたちは切り殺しつづけた。
血に汚れた剣をオークの胸に突き刺し、首を跳ね飛ばした。
狂人の振る舞いに、オークはアラゴルン達だけでなく、ボロミアをも剣の対象にした。
ボロミアの背中から、オークが襲い掛かる。
ボロミアは、躊躇いなく振り向きざまに、オークを切っていく。
噴き出す血が、ボロミアに掛かる。
白い顔も、金の髪も、黒い色をしたオークの血によって染められていく。
全く容赦のない剣捌きは、かつてのボロミアの流儀のままだが、その狙いは正確で、まるで容赦がなかった。
かつての彼が、その腕を存分にふるえなかったのは、彼のなかに躊躇いが隠されていたせいだとはっきりとわかる。
ボロミアは、ただ、邪魔だとばかりにオークたちを切り裂いていく。
二回、三回と、剣を突き刺すのが面倒だといわんばかりに、一撃で急所を狙う。
今のボロミアには生命について思い悩む心がない。
アラゴルンは、目の前のボロミアをどう捉えていいのか全くわからなかった。
姿は、ボロミアなのだ。
笑う顔もボロミアだ。
しかし、これがボロミアだとは信じられなかった。
オークの血や、脂肪に汚れた剣を、切れ味が鈍ると顔を顰める。
うめくオークの骨を剣の背で力任せにへし折っていく。
ボロミアの手は、腕まで血で汚れていた。
滑りを自分の服で拭い、また、アラゴルンの四肢を狙う。
目が…あまりにも清んでいた。
赤子のようなまるで迷いのない目は、ボロミアでなくとも、普通の人間の目ではありえなかった。
美し過ぎる瞳を煌めかせながら、剣を振り上げ、ボロミアは嬉しそうな顔をして、アラゴルンの腕と足をもぎ取っていこうとしている。
「アラゴルン、油断するな」
散々ボロミアに攻撃され、何度も息を呑まされたギムリが、剣捌きのにぶるアラゴルンを叱責した。
ボロミアの視線がギムリに移った。
ボロミアは、恐ろしい表情で、アラゴルンに近付くギムリに剣を振り下ろす。
兜ごと、頭から勝ち割ろうかとする勢いだ。
ギムリの斧が弾き飛ばされた。
そのまま体当たりを食らわされたギムリは、ボロミアによって、土の上へと突き飛ばされる。
ギムリの上にボロミアが伸し掛かった。
首を、真っ直ぐに剣の先が捕らえる。
レゴラスの矢が、ボロミアに突き刺さった。
ボロミアは、不思議そうに、自分の肩に突き刺さった矢尻を眺めた。
身体から生えたように、そこに存在する矢尻を清んだ目は、じっと見つめた。
不思議と、痛みは感じていないようだった。
ただ、不自由になった腕の動きに、顔を顰める。
「レゴラス!」
ボロミアに掛かりきりになっている二人を守るため、護射しつづけていたレゴラスだった。
あらかたのオークはレゴラスの正確無比な弓の前に、屍の山と成り果てた。
アラゴルンは、声を荒げた。
レゴラスの腕前をもってすれば、威嚇だとわかる攻撃だったが、ボロミアの肩には矢が深く突き刺さっていた。
ボロミアは、仲間だ。
仲間を射抜くレゴラスの無情さが信じられなかった。
レゴラスは、弓を一杯に引き絞り、次はギムリに伸し掛かったままのボロミアの心臓に狙いを定め、距離を縮めていた。
「レゴラス!!」
アラゴルンは、弓を下ろすようレゴラスの名を叫んだ。
ボロミアの肩からは、赤い血が流れていた。
目の山で見たときと同じ赤い血が流れていた。
しかし、レゴラスの表情は変わらない。
冷たい目をして、じっとボロミアの心臓に狙いを定める。
ボロミアの剣は、ギムリを狙っている。
「アラゴルン、このボロミアは、私たちのボロミアではありません。あなたは判断を間違えている」
レゴラスは、一瞬もボロミアから弓を外そうとはしなかった。
レゴラスがアラゴルンに近付けば近付くほど、ボロミアは、レゴラスを睨み、下になるギムリを睨んだ。
目の釣りあがった表情は、けだものに近い本能的な顔だった。
「アラゴルン、あなたは、こんな幻にたぶらかされている。そんな理由で、ギムリの命を落す気なのですか」
レゴラスの声は、アラゴルンを激しく責めていた。
普段なら全く音をたてないレゴラスが、慌ただしくアラゴルンに近付こうとしていた。
アラゴルンは、迷った。
そこに、いるのは確かにボロミアなのだ。
一緒に旅をし、ミナスティリスをアラゴルンに語った、あのボロミアに違いないのだ。
「アラゴルン!!」
とうとう、アラゴルンの隣まで距離を縮めたレゴラスは、一瞬の間に弓を下ろし、手に剣を構えた。
「…レゴラス」
レゴラスの冷たい気迫に、アラゴルンは、一歩後ろへと足を引いた。
レゴラスは、そんなアラゴルンを突き刺すような目で責めた。
「あなたは、ギムリを助けないのか!」
レゴラスは、優柔不断なアラゴルンを切り捨てるように吐き捨てた。
青い目が、全ての尊敬を投げ捨てたように、アラゴルンを睨んだ。
ボロミアは、レゴラスに向かって吼えた。
声は、オークのように聞き苦しい獣の叫びだった。
伸し掛かっていたギムリを蹴るようにして立ち上がると、もはやその存在を忘れ去ったように、レゴラスに向かって剣を振り上げた。
軽装のレゴラスは、ギムリよりももっと急所が多い。
ボロミアの剣は、鎧も着ていないレゴラスの心臓を真っ直ぐに狙った。
身の軽いレゴラスは、なんとか剣先をかいくぐる。
「…ボロミアは、こんな戦い方をしない」
レゴラスは、次々に繰り出されてくる剣先を避けながら、アラゴルンに吐き捨てた。
「見るがいい。ボロミアは、こんな卑怯な手を使わない。彼は、騎士だった。こんな殺戮者じゃなかった」
清んだ目をしたボロミアは、その目に似合わぬ残酷さで、レゴラスの息の根を止めようと剣を止めることはなかった。
レゴラスの髪を掴もうとし、どこであろうとも、切りつけるつもりだった。
「アラゴルン!これは、ボロミアじゃない!」
レゴラスは、ボロミアの剣を受け止め、憎悪に顔を歪ませているボロミアに向かって唾を吐き捨てた。
ボロミアは、それを避けようともしなかった。ひたすら力でレゴラスを押した。
押しながら、足は、レゴラスを倒そうと、隙を伺っていた。
ボロミアの肩には、レゴラスの矢が刺さっていた。
こんな使い方をしていたのでは、ボロミアの腕は動かなくなってしまう。
アラゴルンは、歯を剥き出しにしてレゴラスの隙を伺うボロミアの顔を見た。
ボロミアなのだ。間違いなくボロミアなのだ。
金の髪も、緑も目も。額に刻む皺さえも。
こんなけだものの顔を見たことはなかったが、それでも、ボロミアに違いないのだ。
「アラゴルン。せめてギムリを助けなさい!」
剣の腕では、ボロミアに劣るレゴラスが、後ろへと押しやられながら、アラゴルンを叱責した。
ボロミアによって、突き飛ばされたギムリは、オークたちに囲まれ、武器もなく立ちすくんでいた。
アラゴルンは、苦しくなった。
丈高いオークに囲まれてすら、ギムリの背中はしっかりと伸ばされている。
「ギムリになにかあったら、私はアラゴルンを許さない!」
レゴラスはボロミアの剣をその細い身体に似合わない力強さで跳ね返し、間合いを取ると、アラゴルンを睨んだ。
「これは、亡霊だ。こんなものに惑わされるのは、心弱い人間でしかない」
「…レゴラス」
アラゴルンは、ギムリの元へと駆け寄りながら、背を向けているオークに切りかかった。
next
ごめんなさい。続きます。
一回で上げることが出来ませんでした。(泣)
ボロミア生き返りネタ、オーク編です。
リリコ様にしつこくリクエストしてくれとくり返し、いただいたリクエストです。(笑)
どうですかね?こんなんで大丈夫ですか?