今日のボロミアさん。3
王のものとは思えぬほど、シンプルな寝台の上に、豪奢な金の髪が散っていた。
金色は、王の指が動くのに合わせるように、頭を動かす。
「ボロミア」
「……っんぅ……っ……」
鼻に抜けるようなため息で答えた執政は、白い体を何一つ隠すことなく、シーツの上でうつぶせになっていた。
折り曲げられた膝から続く、滑らかな尻が、大きく揺れている。
「ボロミア。どうだい?」
「……んんっ、……いい……いいです。王」
ボロミアは甘い声で応えることに、何のためらいも見せず、王の指の動きに合わせて体をくねらせた。
王の指は、ボロミアの体の中へと埋められている。
粘着質な音をさせ、丸みのある尻の谷間で蠢く指は、ボロミアの項に汗をかかせていた。
そう。ボロミアの体を湿らせている汗までわかるほど、部屋の中は明るい。
尻だけを高々と掲げ、開いた足も恥じることなく体をうねらせているボロミアは、エレスサールがよく知っていたボロミアとはまるで違っていた。
落ち着かぬ旅の途中であったという理由もあったが、星明りの中、抱きしめたボロミアは決してその体を覆うものをすべて取り上げることは許さなかった。
伏せ目がちな目は、明るすぎる月の光さえ嫌がり、なんとか、自分の体を隠そうと苦心した。
強張った足は、開かせるのに時間がかかり、ボロミアが口付けを返し始めるまでには、もっと掛かる。
それでも、エレスサールは、そのボロミアの体が、けして初心なわけではないことを知っていた。
ボロミアは、今と同じように、エレスサールの指を味わい、噛み締めた。
しかし、そんな自分を隠そうと強く唇を噛み締めていた。
なのに。
また、一つ、甘く鳴いたボロミアは、シーツに頭をこすり付けるようにして、体を揺らし、恨みがましい目をして、エレスサールを見上げた。
「……王。……いつまでそうしているおつもりなんで……?」
「こうされるのが好きだろう? 気持ちがいいんだろう? ボロミア」
エレスサールは、汗の浮いた白い背中に口付けを落とした。
ボロミアの柔らかな部分を抉る指をぐるりと回した。
赤みを帯びた肉の輪が、ぎゅっとエレスサールの指を噛んだ。
エレスサールは、ボロミアの背中に唇を押し付けたまま、聞いた。
「ボロミア、今日の会議に出るようにと、申しつけてあったはずだな。なぜいなかったのだ?」
「……っはぁっ……座っているだけなのは、……いやです」
「それでは、この国の執政としての仕事をこなしているとは言いがたいのじゃないか?」
エレスサールは、ボロミアの背中をついばみながら、指を動かし続けた。
ボロミアは、切なそうに眉の間を寄せ、シーツに頬を擦り付けた。
「私が……いなくても、……問題ないでしょう?」
汗がボロミアの額を伝っていく。
エレスサールの指を強く締め付け、もっと強い刺激を望むボロミアは、濡れた目で王を睨んだ。
「王……」
「待てないのか? ボロミア」
ボロミアの手が、王の足をなで上げていた。
望みのものを与えて貰おうと、赤く火照らせた頬で、エレスサールを見上げる。
貪欲な目は、エレスサールを責めたてた。
噛まれた唇が、甘い声でエレスサールを呼ぶ。
「……王」
「ボロミア……」
ため息を落とすエレスサールに、ボロミアは身体をひねった。
器用にエレスサールの腕の下をくぐり抜けたボロミアは、エレスサールの腰に顔をすりつけた。
そこにある確かに硬いものに、布越しのボロミアの唇がそっと触れていく。
エレスサールの指は、まだ、ボロミアの中だ。
エレスサールは、上目遣いで、そそのかすボロミアを見下ろした。
「ボロミア、私の名前を呼ばないか?」
王の瞳は、奇妙にも凪いだ海のように静かな青だった。
「……エレスサール?」
これでいいのか? と、ボロミアが不思議そうな顔をした。
エレスサールは、横へと首を振った。
「違う」
大きくため息を吐きだしたボロミアは、王が何を望んでいるのか理解し、一気に瞳の色を冷たくした。
自分の中に埋まった王の腕を乱暴に払いのけ、ベッドの上のエレスサールを押した。
「帰らせて頂きます。王」
「名を呼んでくれるだけでいい」
取りすがるようにエレスサールは、ボロミアの腕を掴んだ。
床に足を下ろした執政をベッドの上へと引き戻す。
寝台の上に引き倒されたボロミアの目は、冷たく王を見上げた。
一枚の布だって身に纏っていないが、ボロミアの見上げる目はまっすぐだ。
「帰ると言っています。王」
「ボロミア……」
エレスサールは、顔を顰めた。
「怒ったか?」
「怒らないとでも?」
「この間、旅の間のボロミアの顔をして見せたのは、お前だ」
エレスサールは、ボロミアをなじった。
ボロミアは舌打ちした。
王と呼ぶ男の前で、執政がとる態度ではない。
「エレスサール、あんたの、そういうところが嫌なんだ」
ボロミアは、見下ろす王の胸を突いた。
押しのけ、寝台の上で、あぐらを組む。
髪をかき上げたボロミアは、もう一度大きく舌打ちした。
「興ざめだ。王、私は、帰らせて頂く」
しかし、エレスサールは、上掛けを引き寄せたボロミアを強く抱きしめた。
ボロミアは目を見開いた。
あきらめの悪いエレスサールとの間に腕を付き、王を押しのけようとした。
しかし、王の力は強かった。
それどころか、王は、ボロミアの髪を強く掴んで、無理矢理顔を上げさせた。
「ボロミア……」
間近でボロミアを睨む、エレスサールの目は、怒りに燃えていた。
「ボロミア、言いたいことがあるのなら、はっきりと言え」
ボロミアは息を飲んだ。
「なっ、なにを?」
エレスサールの激情は、珍しかった。
王位について以来、エレスサールは、何事も鷹揚に構えるようになった。
やはり、彼は、王の血を引く人間だった。
下につく者ことを忘れない。
エレスサールが、はっきりとその感情を見せるのは、柔らかで、口当たりのいい優しい感情ばかりで。
後ろへと髪を引かれ、ますます顔の角度を上げさせられたボロミアは、仰け反るようにして、エレスサールを見上げた。
「何を言えとおっしゃるのだ。……王?」
ボロミアは、王の指が髪に絡むのに、目を顰めながら口を開いた。
エレスサールは、ボロミアの頬を張った。
「では、私に、可哀相だと、言って慰めて欲しいのか?ボロミア?」
「王……」
ボロミアは、開いた口の中から噛みしめた歯を見せ、エレスサールを睨んだ。
「それとも私に申し訳ないと、謝って欲しいのか? ボロミア?」
「なにを……」
ボロミアは、エレスサールにこのような仕打ちをされる覚えがなかった。
「ボロミア、いい加減、遊びはやめよう」
ボロミアを打った手を見た王はため息とともに、緩やかに首を振った。
しかし、まだ、恐い顔だ。
ボロミアは、声を張り上げた。
「遊びというなら、王が!」
髪を掴む王の手を振りきろうとしたボロミアを、冷たい目をしたエレスサールは離さなかった。
「ボロミア、あんたが、私と旅した間ほどしおらしい人間でないということは、もう十分に聞いている」
エレスサールは、強く歯を噛むボロミアを見つめた。
「ボロミア、何故、庭で、私にあんな顔を見せたのだ? どうして、二人の時まで、旅の間の顔を捨てようとするのだ? 何故、会議にでようとしない。本当のことを言うといい」
ボロミアは、強く唸った。
「庭の件なら、王をからかったのだ。旅の間の顔? 私がずっとここで育った。今更、しおらしい振りなんか出来るか! 会議は面倒だと言っただろう!」
手を伸ばし、暴れたボロミアに、寝台の側へと積まれた本が雪崩を打った。
王は、まだ髪を離さない。
「ボロミア」
呆れたような王のため息が、ボロミアの頬へとかかった。
「ボロミア、お前は、死んで……」
「そうだ。お前の言うとおり、変わったんだよ。エレスサール」
ボロミアは、顎を上げた。
「離していただけますか? 王」
ボロミアは自分の髪を掴む王の腕を握り、力を込めた。
何本もの髪が王の指に絡んだが、無理矢理執政は引き離す。
「私がここにおりましては、ご不快でしょうから、退出します。王」
今度こそ、ボロミアは、上掛けを羽織った。
臣下にあるまじき事に、王に手を振り上げ、頬を張った。
冷たく見下ろすグリーンが、言った。
「……しばらく呼ぶな」
残されたエレスサールは、寝台の上で大きなため息をはき出した。
「怒ってみせてもだめか……。あの頑固者の口を割らせるには、どうしたらいいのだ……」
王は、よみがえったボロミアに強い違和感を覚えていた。
エレスサールは、ボロミアを愛しているのだ。
膝を折って、ファラミアが、王へと近づいた。
会議の始まりを待つ、王の周りには、多くの重臣達が控えていた。
「兄の代わりに参りました」
「なるほど、で、そなたの兄は、どこに?」
エレスサールは、難しい顔をして、手の中の書類に目を落としていた。
ファラミアが、にこりと笑う。
「王の庭でございます」
王の庭というのは、王個人に許された鍵の掛かる庭だった。
その目的は、人に嫁いだエルフの王妃にくつろぐ場所を与えるためだったが。
鍵を持つのは、王家の人間と、あと、王に許されたボロミアのみ。
顔を上げ、窓に目をやった王は、嫌そうに眉をしかめた。
確かに見慣れた姿がそこにあった。
「なるほど、ここから、よく見える」
「ええ」
ボロミアは、いつかエレスサールが座っていた場所と同じ、大きな木を背に、足を投げ出していた。
庭の黄色い薔薇は終わり、今、咲くのは白薔薇だ。
エレスサールは、椅子から立ちあがった。
「ファラミア、そなたの兄は、一体、私にどうして欲しいのだ?」
王は、出窓に近づくと、そこに腰を下ろし、足を組んだ。
ゆっくりと近づいたファラミアを見上げた。
「それは、今日の議題でございますか?王」
口元だけに笑いを浮かべた執政家の弟は、言葉だけは礼儀正しく、らちもないからかいを口にした。
「兄は、会議の数を減らして欲しがっているのかもしれません」
「あるいは、私より、エルダリオンに王位について欲しいのか」
庭では、跳ねるように走る子供が、ボロミアに近づいていた。
それを追う、色とりどりのドレスがいる。
「そなたの兄上は、よほど私を嫌いなのだな」
エレスサールの声に、ファラミアは首をひねった。
「そうでしょうか? 王」
「そうですとも。そんなことございません。王。あの子は、昔から、好きな人の前では、自分を表現するのが苦手な子で」
年老いた重臣達が口を挟んだ。
「じっとしているのも、苦手な子だった」
「すぐ、庭に駆け出しておった」
「そういえば、初めて馬に乗った日のことを覚えていらっしゃるか? まるで曲芸師のようになりながらも、決して手綱を離さず」
「ああ、あれは、見物でしたな。べそをかきたいのに、歯を食いしばって大層かわいらしかった」
鍵付きの庭では、ドレスが、ボロミアを取り囲んでいた。
エルダリオンの乳母達と、王妃と、その子供がボロミアの周りを囲む。
会議の終了後、エルダリオンが、ボロミアの手を引いて、王の部屋を訪ねた。
エルダリオンは、手に、薔薇の花束を持っていた。
白い薔薇の匂いが、微かに部屋に薫る。
「お父様」
エルダリオンは、ボロミアをドアの付近に立たせたまま、エレスサールに近づいた。
秘密の話をするように、父親の耳に小さな口を寄せた。
「お父様、私、ボロミアと約束いたしました」
子供の目は、きらきらと興奮を伝えた。
なにを?と、目で聞いた父親に、エルダリオンは、とっておきの笑顔を見せた。
「わたしは、ボロミアのたった一人になると約束しました。ボロミアは、ずっとそうやって言って欲しかったんだそうです。これで、ボロミアは私のものです」
つやつやの頬で笑う子供は、エレスサールがずっと探していた宝物を簡単に見つけだした。
「それは……」
王は、言葉に詰まった。
それは、エレスサールに差し出せるものではなかった。
エレスサールは、全てを持っていた。
だが、全てが自分だけのものではなかった。
王であるエレスサールには、守るべき国があり、そして、愛する家族がいた。
その身体だって、エレスサールは、自分の自由にはできない。
子供から目を上げたエレスサールは、ボロミアの顔を探った。
ボロミアは、婉然と微笑んだ。
「父上と、お呼びしてもよろしいですか? 王」
「ボロミアは、私のものですからね。お父様」
王は、ボロミアが自分を愛しているのだと、理解した。
END
兄上、会議に出ない理由は、やはり、座ってるのが嫌だからですか?(笑)