今日のボロミアさん。

 

温かな日差しの中、ボロミアは、薄着一枚で、剣を振るっていた。

相手は、この城の警護をつかさどる者で、かなり腕の方も立つ。

ボロミアは、ほんの少しの休憩時間に気晴らしのつもりでこの中庭に下りてきたのだが、真剣に打ち合ううちに楽しくなり、身軽に打ち合えるようにと、上に羽織っていた物は脱いでしまった。

額には汗が噴き出している。

「すみません。ボロミアさま」

控えめな声が掛かった。

声をかける者に、まず、警護班の兵士の方が剣を引いた。

ボロミアは、未練気に剣を構えたままだ。

「あの、申し訳ありません。執政様」

二度、かかった声に、ボロミアは嫌そうな顔で振り返った。

兵士は、膝を折り、後ろへと下がっている。

ボロミアは、剣を下ろし、緑の目を細めた不機嫌な顔をした。

「……またか?」

「…はぁ、すみません」

声をかけているのは、王の部屋付きの少年だった。

不機嫌に眉を寄せたボロミアに、おどおどとしながらも、背筋を伸ばし、立っている。

「ここなら、あいつから見えるだろう?」

「はい。見えると思います」

「俺の仕事は、済んでいるよな?」

「…はい。私には、よくはわかりませんが、多分。はぁ…」

困ったような返事を返しながらも、少年の背筋は伸びたままだった。

ボロミアは、剣を兵士に返しながら、額の汗を拭った。

「お前、俺が休憩時間を貰ったのは、ちゃんと聞いていたよな」

少年は、畏まったまま敬愛する執政の質問に答えた。

「はい…」

「あいつは、見えるところにいてくれさえすればいいって、言っていたよな」

「はい…」

「こう、たびたび拘束されては…」

ぶつぶつと文句を言いかけたボロミアは、しかし、小さくため息を付き、少年の肩を叩いた。

「すまない。お前は悪くない。悪いのは、全部、王だ。お前も、俺と同じで気の毒な立場に過ぎない。さっきは、会議の間に行かされ、今度は、こんな訓練場だ。お互い、面倒な主人をもったと諦めるべきなんだ。悪かった。直ぐ行く」

強張っていた少年の頬が緩んだ。

自分の職務を守るため、あからさまに表情を変えるような真似はしないが、少年は、あきらかに、ほっとしていた。

ボロミアは、少年の髪を撫でた。

「悪いが、お前は、ゆっくり帰ってきてくれ。ああ、そうだ。俺の服を、俺の部屋に届けてから戻って欲しい。俺はこのまま王の前に行く。安心していてくれ」

ボロミアは、城の塔を見上げ、太陽の光に少し目を眇めると、歩き出した。

 

ボロミアは、王の部屋の前に立つと、一つため息を吐き出し、ドアに手をかけた。

「お呼びで、王」

「呼んだとも、ボロミア」

王は、ボロミアがいた中庭が見下ろせる窓辺に座っていた。

顔を出したボロミアに、相好の崩れた笑みを浮かべた。

「私は、見えるところにいましたでしょうに」

ボロミアは、ちくりと嫌味を言った。

「見えたとも。見えたけれどもな」

王は、口元に笑みを浮かべたまま、窓辺にかけていた腰を上げ、ゆっくりとボロミアに近づいた。

ボロミアは、汗で首筋に張り付いた髪を掻きあげ、恨みがましい目をしてエレスサールを見た。

「折角、楽しんでいましたのに」

「随分、熱が入っていたな」

「わかっておいでなら。エレスサール王。お戯れが過ぎますでしょう?」

「冷たいな。ボロミア」

エレスサールは、ボロミアまでの距離を詰め、ボロミアの顎を指先で捕らえた。

まだ、開いたままのドアを気にすることもなく、唇を奪う。

「これは、なんのせいですか?」

ボロミアは、王に顎を捕らえられたまま、尋ねた。

唇が、エレスサールの唾液で濡れている。

エレスサールは、緑の目をじっと見つめて、笑いかけた。

「なんのせいかだと?惜しげもなく兵士達に笑いかけた罰だ。ボロミア」

ボロミアの金の髪に縁取られた白い顔。

そこに収まる緑の目は、凛と気高く見つめるものにため息を漏らさせる。

「じゃぁ、王に仕事をしていただくために、先ほどした口付けの分は?」

しかし、緑の目の執政は、その目で、王をたしなめるように見つめた。

エレスサールは、冷たい恋人の態度に、自分の額を撫で、その手で顔を辿ると口を覆った。

苦笑する口元を隠し言う。

「もう、終った」

「あれほど、書類が山積みですのに?」

「口付けの分は働いた」

「では、もう一回しましょう。エレスサール王。少し口を開けてください」

ボロミアの舌が、エレスサールの唇を覆う指を舐めた。

指の間から、唇を舐める。

十分に魅力的なその態度に、エレスサールが口の前から手を退かすと、開けた口の中に舌が潜り込んだ。

惜しげもなく差し出された舌に、エレスサールは、舌を絡めた。

ボロミアの汗の匂いを吸い込みながら続ける口付けだ。

エレスサールは、抱きしめたボロミアの背中を指で辿った。

ボロミアの鼻から漏れる甘い息の音を聞きながら、指は、どんどんと背中を降りていく。

「…王。続きは、仕事が終ってから、と、いうので、どうでしょう?」

僅かに離れた唇で、ボロミアが、エレスサールに提案した。

目は、誘うようにきらめき、口元は、甘やかな笑いをうかべて、しっとりと濡れている。

「……ボロミア、あんた、一回死んで、本当に性格が変わったな…」

エレスサールは、その目の強さに、困ったような表情を浮かべた。

ボロミアは、にっこりと笑い返した。

「…そうですか?あなたのせいじゃないですか?」

エレスサールは、片目だけを眇めるような懐かしい表情をした。

「前のボロミアは、口付け一つで、頬を染めて目をそらした」

「何回も、口付けられれば慣れますよ」

「いや、ボロミアは、最後まで、俺が誘うと怒ったような顔で、恥かしそうに視線をそらして…」

「昼間から、何度も、何度もそんな目にあってれば、恥じらいもなくなります」

「いや、でも、前のボロミアは…」

繰り事を言うエレスサールに、ボロミアは表情を変えた。

「そんなに前のボロミアがいいのなら、止めておきますか?私は別に構いませんが」

抱きしめる王の胸に手をついて、ボロミアは、体を離した。

王は慌てたように、ボロミアを抱きしめなおした。

エレスサールの視線は、艶やかな頬をした執政の顔から離れない。

「ダメだ。そんなのは、だめだ。今晩、必ず、俺の部屋に来い。それから、この仕事が済むまで、やはりお前は、ここにいろ」

王は、手を引いて、自分の机の隣りに用意させたソファーへとボロミアを誘った。

「…しかたがありませんね。…わかりました。ここにいます」

ボロミアは、大国ゴンドールの執政官として相応しい上品な笑みで応えた。

 

 

夕食が終わり、部屋に引き上げる途中のボロミアをファラミアが呼び止めた。

「兄上」

「なんだ?ファラミア」

「王にそろそろ本当のことを話したらどうなんですか?うるさくて仕方ない」

ファラミアは、口元に笑みを浮かべて、機嫌よく兄の隣りに並んだ。

蝋燭の炎に照らされた廊下に、よく似た兄弟の影が映る。

「迷惑をかけるな。ファラミア」

ボロミアは、わずかにファラミアを見上げて笑いかけた。

ファラミアは、兄の顔にかかる髪を掻きあげ、耳へとかけた。

「しかし、なんで、王はあんなにおめでたい人なんですか?すこし城内を歩いて回れば、兄上が貞淑なタイプではないことなど、山とこの城が記憶しているというのに」

ファラミアの指は、ついでとばかりに、兄の耳を擽った。

ボロミアは、弟の悪戯にすこし肩を竦めた。

お返しとばかりに、ボロミアは、ファラミアの両耳を掴む。

ファラミアをぐいっと引き寄せ、がぶりと耳を噛んだ。

ファラミアは、笑いながら、体を引いた。

「これが、兄上の本性でしょう?なのに、どうして、王ときたら、兄上が恥じらい深いなどと」

ファラミアはくすくすと笑う。

「さぁ?意外に皆の口が固いんじゃないのか?」

「兄上、旅の間、どのくらい王を騙したんで」

「騙してなんかいないぞ?」

「でも、初心な振りをしたんでしょう?」

「…さぁ?」

ボロミアは、平気な顔をしてとぼけて見せた。

ファラミアは、ボロミアの顔を見て、にやにやと笑った。

「王は、いつも言ってますよ?ボロミアは、もっと恥かしがりだった。もっと、頑なで内気だった。ボロミアは1度死んで、性格が変わったって」

とても綺麗な顔をした兄の目を見つめ、ファラミアは笑った。

「旅の間の方が兄上らしくないですよね?今の兄上は、全くこの城にいたときと変わらない」

ボロミアは、にっこりと笑い返した。

「旅の間は、すこしだけ、あいつの好みってのを優先させていただけだ。大事な大事な、我らの王だからな。私のことを気に入っていただかないといけない」

ファラミアは、おやおやと肩を竦めた。

「じゃぁ、もうしばらく、王の好みに合わせて差し上げればいいのに」

「お前、城中の人間が俺のことを知っているのに、今更、そんな恥かしい真似ができるか?」

兄弟は、この城で生まれ、育った。

いいことも、悪いことも、皆、城中の人間に知られている。

「かわいそうな王。でも、まぁ、どうせ、今晩も兄上は、王のお部屋に伺うのでしょう?」

「そういう約束だ」

「じゃぁ、まぁ、幸せなんですから、いいですね」

2人の足は、ボロミアの部屋の前へとたどり着いていた。

兄弟はとても似た笑いを浮かべた。

「そういうことだ」

扉を閉めるボロミアの声は、自慢気だった。

 

 

 

END

 

 

                    BACK

 

ボロミアさん、好きだ。(いきなり告白 笑)

久しぶりに書けて嬉しいvv(幸)