口付け

 

もう、夜半だ。

部屋の外から聞こえる声を怪訝に思い、ファラミアは、ドアを開けた。

蝋燭の小さな光しか頼るものがない暗い廊下にもみ合っている人影があった。

それほど、大きな声ではない。

だがが、会話の内容が聞き取れる程度には、争う二人の声がはっきりと聞こえた。

一人は、ファラミアの兄だ。

「こっちに来いと言っているだろう」

「今日は行かない。あんたこそ、自分の部屋へ帰れ」

「何を拗ねているんだ」

「拗ねているわけではない!」

いくら夜もふけたとはいえ、王と執政が廊下で繰り広げるには恥かしい場面だった。

ファラミアの兄は、目を吊り上げ、王の腕をかいくぐるようにして、先に進もうとしていた。

王はそれを、胸の中に抱きとめようと腕を伸ばした。

兄の金髪が、蝋燭の光に、ちかちかと光っていた。

夜着の上に簡単に羽織っただけの兄の肩を王が抱きしめた。

「離せと言っているだろう」

「今晩は俺のところへくるよう、言いつけてあったはずだ」

王は、甘い声で囁き、抱きとめた肩を、胸の中に抱きこんだ。

ボロミアの金髪を撫でるように頭を手で押さえると、わずかに顔を傾けて、唇を重ねた。

ボロミアは、一瞬怒ったように目を見開いて、肩を怒らせた。

だが、宥めるような王の手の動きと、しっとりと続く王の口付けに、ゆっくり瞼を閉じていった。

力の抜けた体が、王の腕に抱かれた。

ほんの小さな声で囁かれる王の言葉に、ボロミアが何か言葉を返していた。

口付けは、何度も繰り返された。

王の抱く腕が、深くボロミアへと回された。

蝋燭の火が、抱き合う2人の影を壁に映した。

ボロミアの手が、だらりと落ちた。

 

ファラミアは、ドアを閉じて、部屋に戻ろうとした。

一体何を思って、こんな場所で揉めていたのかわからなかったが、王にいいようにされている兄を見るのは、ファラミアにとって業腹だった。

兄は、ファラミアにとって、大事な人だ。

かけがえの無い、唯一無二の存在だった。

「…今日は嫌だ」

ドアの中に入ろうとしたファラミアの耳を、小さな声が打った。

唇が離れた隙に、ボロミアは、拒否の言葉を口にした。

王の目を見つめるようにして、小さく拒否を口にした。

宥めるような王の口付けを胸に手をついて拒み、王に怪訝な顔をさせた。

「…今日は、ファラミアのところへ行く」

ボロミアは、王の目をじっと見詰めて、きっぱりと王を拒んだ。

濡れた唇が、王を拒絶した。

「執政の弟君は、契約の効力よりも勝るか?」

王は、ボロミアを抱きしめていた腕の力を抜いた。

ここで、手を緩めるのが、エレスサールだ。

「弟君との約束はいつから?そこで覗いているあなたの弟は、不思議そうな顔をして、私たちを見ているようだが?」

ファラミアがこの王を嫌いだと思う瞬間は、こういう時だ。

何もかも気付いていて、その上で、自由に振舞うことを止めない。

ファラミアに見らてれていたと知りながら、決して視線を反らそうとしない。

ボロミアが、エレスサールの言葉に驚いたように、ファラミアを振り返った。

今更、そんなことをしても仕方がないというのに、王の腕からするりと抜け出した。

ファラミアは、兄のその行為に小さな怒りを感じた。

ボロミアは、ファラミアを伺うような目でみた。

王に頬を撫でられ、安心したように口を開いていたくせに。

口付けられて、体から力を抜いてしまっていたくせに。

「まぁ、いい。あんたの綺麗な身体にこれ以上、傷跡が増えても困るから、俺はここで退散してやろう」

エレスサールは、ボロミアの身体をそっと腕の中に抱き、頬に柔らかな口付けをした。

ボロミアは、嫌がらない。

腕を解くと、王は、笑うような顔でファラミアを見た。

口元を片方だけ引き上げ、皮肉たっぷりにファラミアを笑った。

「ファラミア。ボロミアが願うから、今晩は譲ってやるんだからな。ボロミアに傷一つつけるなよ。もし、つけたとしたら、契約をたてに、王は執政を拘束する」

王は、暗い廊下を一人背を向けて歩き出した。

ファラミアは、立ち止まったままの兄の腕を引くために、部屋から一歩踏み出した。

 

部屋に入ったボロミアは、すこし居心地悪そうに、いつまでも腰を下ろそうとしなかった。

ファラミアは、そんな兄を仕方の無いものでも見るように、顔に苦笑を浮かべた。

ボロミアは、白い夜着の上に、細かな刺繍の施された紺の上掛けを羽織っていた。

金に光る糸が、ボロミアの髪のように煌いていた。

ファラミアは、突然訪れた兄を許してやるために、寝台の端に腰を下ろして、隣を緩く叩いた。

ボロミアは、ほっとした顔をして、ファラミアに近づく。

ファラミアは、その体が自分の前を通り過ぎる瞬間に、腕を伸ばして、膝の上へと抱き上げた。

いきなり腕を引かれたボロミアは、驚いた顔をして、ファラミアの膝に乗った。

「危ないだろう?」

そう言うくせに、ボロミアは、ファラミアの首へと手を伸ばして、髪に口付けるのだ。

ファラミアは、兄の腰に腕を回して、しっかりと膝の上に乗せると、緩く首の角度を上げた。

ボロミアが、自分から顔を下げて、口付けた。

ファラミアの唇を何度も吸っていく。

「兄上、今日はどんな御用で?」

ファラミアは、うっすらと濡れた兄の目を見つめながら、問い掛けた。

ボロミアは少しだけ、ファラミアの顔から視線を外した。

昼間、ボロミアは、ファラミアの誘いを拒んだ。

理由は、先ほどわかった。

執政である兄には、王の先約が入っていたのだ。

この国は王が、執政を有する権利を保証していた。

おかしな契約だ。

どこの国の文書を紐解いたところで、執政を寝室へと引き入れるための権利を王に保障するところなどあるはずがない。

だが、この国はその契約を持っていた。

そんな契約で、ボロミアを有することができるのであれば、ファラミアだって、そうしたかった。

兄は、ゆっくりとファラミアに視線を戻した。

緑の目が、弟の機嫌を伺うように顔の上をさ迷った。

「…聞いていないか?」

ボロミアは、ファラミアの視線に耐えることができないというように、肩へと顔を埋めた。

ファラミアの肩に付く髪に鼻を埋めて、頬を摺り寄せた。

首を抱くボロミアの腕がぎゅっとファラミアを抱きしめた。

これほど、兄が縋り付いてくるのは珍しかった。

大抵、ボロミアは、ファラミアを許すという立場にたっていた。

昼間は、兄弟という特別な関係にあったが、寝所においては、ファラミアも、ボロミアの他の愛人と同列に許されるという立場に甘んじていた。

少なくとも、ファラミアはそう感じていた。

ファラミアは、兄の髪を撫でた。

ファラミアと違って癖のない髪は、指の中でさらさらと流れていく。

「何をですか?ボロミア。あなたが、王妃に顔を打たれたことをですか?」

ファラミアは、ボロミアの髪に唇をつけた。

ボロミアは、小さく頷いた。

「ボロミア、どうしてだか、聞いてもいいですか?さすがに理由までは、私でもわからなかった。」

ファラミアは、兄の髪を緩く撫でつづけた。

 

昼間、ミナスティリスの城の中を凄ざまじい勢いで噂が駆け抜けていた。

執政官の執務室に訪れたこの国の王妃が、机に座って執務にいそしむ白の執政の頬をひっぱたいたというのだ。

あの高貴で、超然とした美しいお后が、振り上げた手で躊躇う事無く執政の頬を打ったという。

執政は、ただ、茫然と王妃を見ていたらしい。

王妃は、一言の言葉もなしに、微笑みすら残して、部屋を後にしたというが、この辺りは、噂らしいデマだ。

ファラミアが掴んだ情報によれば、王妃は、御付きの女官すら押し退ける勢いで執政の執務室を訪れた。

そして、何事かと席を立った執政にいきなり手を振り上げた。

ボロミアは、避けなかった。

王妃の白く柔らかな手で頬を打たれて、足元に膝を折ったという。

その兄を王妃は激昂したエルフ語で酷くなじった。

執政室に付いていた兵士は、エルフ語を解しなかったため、何が王妃を怒らせたのか、知ることは出来なかったが、ボロミアは、何の弁解もせず、床に頭をつけた。

王妃は、その背をまた、白い手で叩き、やっと追いついた女官に宥められて部屋から出て行ったという。

 

ボロミアはなかなか答えようとはしなかった。

仕方なく、ファラミアは、髪に顔を埋めたまま、躊躇う素振りを見せる兄に、いくつかの質問をした。

「今更ですが、王とあなたの関係が、王妃の気に触ったとでもいうのですか?」

ボロミアは、横に首を振った。

「では、今度の式典に王妃が出ないで済むよう取り計らったのが裏目にでましたか?けれども、なにかの儀式をされるのですよね?王から、そう伺ったはずですが」

これにも、ボロミアは首を振った。

ファラミアは兄の背を撫でた。

「…近頃、私は兄上を捕まえることが出来なかったのですが、それに関係ありますか?王は、あなたの寝所にばかり?」

ボロミアは、ファラミアの首に強く縋りつき、何度も首を振った。

柔らかなボロミアの髪が、ファラミアの肩を打った。

ファラミアは、いつになく躊躇う兄に口元を緩めた。

ファラミアは、王妃を敵に回そうと、ボロミアの味方にしかなれなかった。

「では、何が?」

ファラミアは、優しい口調で兄に尋ねた。

ボロミアは、ファラミアに頼っていた。

こんな穏やかな時間を持つのは、久しぶりな気がした。

「……エルダリオンと口付けした」

ボロミアは、小さな声で告白した。

ファラミアは聞き返すべきなのかどうか、しばらく迷った。

それ自体は、それほど問題になることとは、思えない。

エルダリオンは、まだ七つ。

両親に似て、大変聡明な子供だが、ついこの間も、領地の偵察から戻ったファラミアに飛び付くように抱きついてきた。

その柔らかな頬に、ファラミアだって、何度も口付けを送った。

エルダリオンは、大層美しい子だ。

あの子の顔を見て、抱きしめてやりたいと思わない大人などいないだろう。

ファラミアは、肩口から離れようとしないボロミアの顔を起こさせ、そっと唇に口付けをした。

ボロミアの唇は、柔らかい。

「ボロミア、こうやってですか?確かにそれは、王子に対して行き過ぎた行為かも知れませんが、王妃を怒らせるようなことではないでしょう?」

ボロミアは、一度目を閉じ、思い切ったようにファラミアの目をじっと見た。

「ファラミアは、知っているだろう?私の隊を纏めている男は、私の愛人の一人だ。あいつと、約束を交わしていた。その時に、唇を合わせたんだ」

ファラミアは、その男のことを知っていた。

公私共に、ボロミアを独占しようとする彼をどうにかして追い落としてやりたいと思ったことも一度や、二度ではない。

ファラミアは、ボロミアに笑った。

「それが、エルダリオンに見つかった?」

それで、口付けをねだられたのかと思ったのだ。

目を閉じて、安心した顔で口付けをねだるボロミアは、この上なく美しい。

いつも柔らかく笑って、父の隣に立つ執政のそんな顔を見せられたのでは、エルダリオンだって興味が湧くだろう。

ボロミアは、横に首を振った。

「…お前は、エルダリオンを見下している。彼は、もっと聡明なんだ。エルダリオンは、彼が立ち去った後の私を手招き、私のことをかわいそうだと言った。もう少し、大人になったら、抱きしめてあげるから、待っていなさいと」

ファラミアは、ボロミアの言う事がよく理解できなかった。

「…ボロミア?どうして、あなたがかわいそうなのですか?」

ボロミアは、小さく笑った。

「あさましい顔をして求めてばかりいるからだろう?お前にも欲しがってばかりだ」

ファラミアは、ボロミアを抱きしめた。

「そんなことはありません。ボロミアが、あさましい顔をしているなんて、あなたを欲しがって、必死に手を伸ばしているのは、私たちのほうです。エルダリオンは、まだ、小さいから、そのことがよく分からないのです」

ボロミアは、ファラミアの背を抱いたが、やはり横に首を振った。

「…違うんだ。ファラミア。そういう話ではない。エルダリオンは、私のそういったあさましさを哀れんだのではなく、ないものばかりを欲しがる心を哀れんでくれたんだ。…そして、小さな腕で抱きしめて、口付けを与えてくれた。今はまだ、この程度のことしか出来ないけれどと、口付けて、あの小さな舌で、私のことを慰めてくれた」

「…ボロミア?」

ファラミアは、やはりボロミアの言う事が理解できなかった。

ファラミアには、ボロミアから、何かを求められた記憶が無かった。

求めるのは、ファラミアばかりで、兄は、ファラミアの要求を出来うる限り、許してくれた。

王と、兄を共有することになったファラミアが嫉妬に駆られて、その身体を噛んでも許した。

契約をたてにとる王に対抗するため、古文書を紐解き、昔の戒めを突きつけたファラミアの言い分も飲んだ。

もっと、言えば、最初に関係を結んだ時から、すべてファラミアがボロミアに求めるばかりで、兄は弟を許したに過ぎない。

「ボロミアが、何を求めているというのですか?」

ファラミアは、緑の目を見つめた。

そんなものがあるのならば、何を置いても差し出したかった。

「…言えない。言いたくないんだ。口に出して与えてもらいたくない。そのくらいならば、いらない」

ボロミアは、頑なな目をした。

唇は、きつく引き結ばれていた。

ファラミアは思い切って、ずっと心の中で思っていたことを口にした。

「……ボロミア、死にたい?…殺して欲しいんですか?」

ファラミアの声は、少し震えた。

ボロミアは、とても優しい顔をして笑った。

 

ボロミアは、一度死んだ。

指輪の保有者と指輪を葬り去るための旅に出て、その誘惑に負けた。

ここにいるボロミアは、ファラミアと両親を同じにするボロミアであるが、それだけではない。

ガラドリエルを始めとする多くのエルフの力が、正当な血筋の責務を果たした養い子であるエレスサールの願いを聞き入れ、秘術といわれる魔法を使って一度死んだボロミアを甦らせた。

ボロミアの時は、前と同じには進まない。

命を分け与え、その力を繋げているエレスサールと同じように年を取るようになった。

多分もう、ヌメールの血を引いているファラミアの方が、ボロミアより年かさに見えた。

魔法が作り出している命だ。

エレスサールが死ぬようなことになれば、ボロミアは死んだ。

言い換えれば、ボロミアが死ねば、エレスサールも死ぬ。

 

「ボロミアは、もう、疲れたのですか?」

ファラミアは、ずっと聞いてみたかったことを聞いた。

ただ、ただ、人々に求められ、死からすら引き戻される人の魂に休息はあるのだろうか?

ボロミアは、柔らかな顔をして、首を横に振った。

「疲れてなどいない。死にたいわけでもないよ。エルダリオンも、大人になれば抱きしめてくれると言っている。その言葉をいまと変わらぬ容姿のまま、待てるのは幸せというものだろう?」

ファラミアは、笑うボロミアを強く抱きしめた。

「…エルダリオンまで、誘惑するおつもりなんですか?」

何をボロミアが求めているのか、ファラミアには、まるでわからなかった。

あの幼子は何を差し出すと言って、ボロミアの心を惹き付けたというのだ。

「誘惑したから、王妃に打たれたんだ。あれほど超然として、崇高な方でも、母親なのだな。絶対に渡さないと激しく怒っておられた」

ボロミアは、嬉しそうに、打たれたらしい右の頬を撫でた。

「それでも、エルダリオンが大きくなるのを待つおつもりで?」

ファラミアは、手を重ねるようにして、ボロミアの頬を撫でた。

「あれの父親と、過ごしていたら、エルダリオンが大きくなるのなんてすぐだ。多分、無理だろうけれど、エルダリオンが与えてくれるかもしれないものを楽しみに待っていてもいいだろう?」

ボロミアは、機嫌を伺うように、ファラミアの顔を覗き込み、そのまま唇に口付けた。

ファラミアは、身体を返して、ボロミアを寝台へと押し付け、口付けの続きを強引に奪った。

「兄上は、何が欲しいのですか?…それは、ファラミアには与えられない?…もしかして、あの王にも与えられない?」

ボロミアは、口付けに応えて舌を伸ばした。

「それは、多分、ファラミアか王にしか、与えてもらえないものだ。楽しみに待っていたいが、エルダリオンには多分、無理だ」

ボロミアの舌が、ファラミアに絡みついた。

ボロミアはそれ以上、話そうとはしない。

この難解な謎かけは、ファラミアの明晰な頭をもってしても、まるで解けはしなかった。

 

寝台に横たわったボロミアは、いつものとおり、ファラミアを誘惑してやまなかった。

薄く開いたままの唇は、ファラミアの口付けを待ち、伸ばす腕は、柔らかくファラミアを抱きしめた。

ファラミアは、ボロミアに口付けながら、意地の悪い口を利いた。

口内を探っていた舌を引き抜いた。

「兄上、エルダリオンの口付けで、満足できましたか?」

ボロミアは、驚いたように目を開けてファラミアを見上げた。

緑の目が、蝋燭の光に揺れた。

「…ファラミア、あんな幼子にまで、お前は嫉妬するのか?」

ボロミアの質問は、ファラミアにとって、当たり前すぎた。

ファラミアは、ボロミアの頬に口付けを繰り返した。

「しますよ。兄上に触れようとする人間は、一人残らず許さない。母親のスカートの後ろに隠れられる年のくせに、兄上に口を開かせるなんて許しがたいことでしょう?」

ファラミアは、ボロミアの唇の間に、指を割り込ませ、大きく口を開かせた。

「エルダリオンは、この口が気持ちのいい口付けをされることが好きなことを知るには早すぎます」

ファラミアは、指先で、ボロミアが感じる部分を柔らかく擽った。

ボロミアは、嬉しそうに舌を指へと絡ませた。

こんなことをして応えられる執政を知るには、エルダリオンは幼い。

「エルダリオンが、母親に、隠し事ができる年になるまで、兄上も自重しなさい」

ファラミアは、ボロミアの夜着に手を掛けながら、兄を叱った。

ボロミアは、ファラミアの手助けをするように、身体を起こして、上掛けからするりと肩を抜いた。

「隠せるようになればいいか?」

ファラミアの首に両腕を回して、首へのキスをねだりながら、ボロミアは聞いた。

「兄上の身体に、新しい噛み跡がつきますよ。それでもよろしければ、どうぞ。きっと王がそれは、それは、心配なさるでしょう。あの人は、あなたの体が傷つくのを極端に嫌がる」

ファラミアは、待っているボロミアの首筋へと口付けを降らせた。

白い夜着の前を開いていく。

「エルダリオンは、とても気持ちのいい口付けをしてくれた。ああいうのも、親に似るのか?新兵など比べ物にならなかった」

ボロミアは、首を反らすようにして、ファラミアの唇を待っていた。

ファラミアは、跡に残らない程度に気をつけ、ボロミアの肩を噛んだ。

「ボロミア。私に噛まれたいのですか?あなたに口付けたという新兵が、このミナスティリスから、立ち去ることになったとしても、知りませんよ」

ファラミアは、ボロミアの夜着を全て脱がせた。

兄の白い身体を、寝台の端へと追い詰めた。

 

それは、兄が王との契約を結んだ夜の再現のようだった。

兄の身体を寝台の上で抱きしめているというのに、ファラミアの心には平安は訪れなかった。

現在の王だけでなく、次代の王にまで兄を掠め取られるかもしれない恐怖が、強くファラミアを襲った。

エルダリオンはあんなに幼いというのに、ボロミアに欠けているものを見つけた。

ファラミアには、分からなかった。

どうやら、エレスサールも、分かっていない。

ファラミアは、腕の中で身を反らして喜ぶボロミアを抱きしめているというのに、胸の中にひたひたと悲しみが押し寄せてくるのを感じた。

兄は、ファラミアに何もかも許していた。

この瞬間、兄の甘い色をした兄の髪も、汗の匂いをさせる白い身体も、全てファラミアのものだ。

ボロミアは、美しい顔を歪めて、勃起に吸い付くファラミアの髪を強く掴んでいた。

大きく足を開いていた。

ファラミアの髪を撫でるように指を差し入れ、強く吸い上げてやるたびに、喉を反らして、嬉しそうな声を上げた。

だが、こうしていても、ファラミアは、ボロミアを自分のものだとは感じることができなかった。

口の中では、ひくひくとボロミアの勃起が動いていた。

先端からは、ぬるりとした液体が零れ出していた。

ファラミアは、最近になり、やっと飼い殺すことに慣れてきた強い欲望が、強く自分の心を支配するのを、止めることができなかった。

濡れて光るものを口から吐き出し、兄の艶やかな白い太腿を舐めた。

この柔らかな肉は、噛むとくっきりとファラミアの歯形を残した。

ボロミアは、そういった暴力的な行為を好まない。

ただ、優しく愛されることが好きだ。

ファラミアは、足の付け根を執拗に舐めた。

ボロミアが、寝台に肘をつき、身体を起こした。

股の間に顔を埋めるファラミアを見下ろす。

「…噛むのか?」

ボロミアの声は、諦めたように静かだった。

ファラミアは、目を上げてボロミアの顔を見上げた。

「また、私は、お前を悲しませたか?」

ボロミアは、優しくファラミアの髪を撫でた。

緑の目が、愛しげにファラミアを見た。

「愛しているよ。ファラミア。お前の好きにしたらいい。私の身体に印を刻むことができるのは、お前だけだ。そんなことは、お前以外の誰にも許さない」

ファラミアは、ボロミアの太腿を甘噛みし、ただ、きつく吸い上げて、口付けの跡を残した。

ボロミアは、噛まれるものだとばかり思って、身体に力を入れていた。

ファラミアは、ひとつの噛み跡も残さず、幾つもの口付けの跡を残した。

こんな跡などすぐ消えてしまう。

噛み跡だって、同じだ。

いくらボロミアの身体に跡を残そうと、ボロミアがファラミアのものになるわけではないことを、ファラミアは嫌というほど、分かっていた。

愛しい兄は、何もかも、ファラミアに許したが、ファラミアのものにだけはなろうとしなかった。

それは、昔から変わらない。

「エルダリオンは、兄上を大事にしてくれると言っていましたか?」

ファラミアは、ボロミアの豊かな尻の肉を掻き分けるようにしながら、指で奥を探った。

後ろは、乾いた感触だった。

ファラミアの指を拒んだ。

ボロミアは、本当に王の下を訪れる気がなかったらしい。

ファラミアは、うっすらと笑いながら穴の周辺を指先で撫でた。

ここを愛される感触を知っているボロミアは、撫でるだけのファラミアの指に、焦れたように腰を振った。

「兄上、エルダリオンは、現王より、あなたの好みなのですか?」

ボロミアは、ファラミアに尻を押し付けるようにした。

腰を持ち上げ、自分からその部分を晒した。

ボロミアの声に、笑いが混じった。

「あの幼子に手を出したら、私は、王妃に殺されてしまう」

そう言うくせに、せっかちにもボロミアは、ファラミアの舌を待っているのだ。

この兄が我慢など出来るはずがない。

ファラミアの舌が、ボロミアの後ろを舐めた。

一瞬、身体を竦ませるようにしたボロミアだったが、舌先が、何度も襞を舐めると、すんなりと力を抜いた。

ファラミアは、ボロミアが待っているのを知りながら、ゆっくりと周辺にばかり舌を這わせ、兄の尻をべっとりと濡らした。

「…ファラミア」

兄の声が、ファラミアを誘う。

ファラミアは、しっとりと熱い襞の中へと舌を忍ばせた。

ボロミアの肉が、歓迎するようにファラミアの舌をぎゅっと締め付けた。

ファラミアは肉を押し退けるようにして、尖らせた舌を奥へと押し込んでいった。

ボロミアが、小さく首を振って、その感覚をやり過ごそうとした。

ファラミアは、尻の肉を掴んで、大きく開かせると、何度も舌を抜き差しした。

ファラミアの口から零れる唾液が、ボロミアの尻を汚した。

ファラミアは、指で穴の縁を横へと引っ張った。

広がったその部分を唇で吸い上げる。

音がするほど、吸い上げてやると、ボロミアは恥かしがって、腰を捻ろうとした。

「どうして?お好きでしょう?」

ファラミアは、逃げられないよう腿を強く押さえつけると、ボロミアの顔を覗き込むように伸び上がった。

ボロミアは、頬を染め、潤んだ目をして、ファラミアの視線を避けた。

「舐めてほしいんじゃないんですか?こうやって、甘く愛されるのが、お好きなのでしょう?兄上は」

ファラミアは、遠慮なく、舌をボロミアの中へと差し込んだ。

指も一本差し込んで、尻の粘膜を空気に晒した。

ボロミアは、顔では、ファラミアを恨むような表情を作ったが、腰でいざって逃げようとはしなかった。

指で刺激されると、自分から白い尻を押し付けた。

 

「ほら、兄上、お好きなように、動いて下さっていいですよ」

ボロミアの足を開かせ、押しつぶすように伸し掛かり、散々、奥を可愛がっていたファラミアはその身体を自分の腰の上に載せた。

ボロミアの身体は、すっかり熱くなり、白い肌が色づいていた。

ファラミアの逞しい腰を挟み込むようにして、身体を起こしたボロミアは、身体を前後にぐらつかせた。

ファラミアは、ボロミアの腰を抱いた。

しっかりと自分の上に尻を下ろさせた。

ずぶずぶと、ファラミアの起立が、ボロミアに飲み込まれていった。

ボロミアは、力強いもので擦られる感覚に、喉の奥から搾り出すような声を出した。

上気した体に、汗が光っていた。

濡れた肌に薄い体毛が張り付いていた。

「…ああ、ファラミア」

ボロミアは、自分から、腰を揺すり始めた。

ファラミアの腹に手をついて、自ら、腰を上下させた。

「いいですか?兄上」

「…んんっ、いい。ファラミア」

目を閉じたボロミアは、己の快感に溺れていた。

肛腔に与えられる刺激を求めて、一心に、大きな尻を振りつづけた。

ファラミアは、腹の上で揺れるボロミアの勃起に手を伸ばした。

しどどに濡れたそれは、ファラミアの手が触れると、ドクンと、大きく脈打った。

「ファラミア…好きだ…ファラミア」

腰を振って、その快感に激しく首を振るボロミアは、ファラミアの唇を求めて、身体を前に倒した。

ファラミアの肩に掴まり、口付けを貪りながら、まだ、尻を振りたてた。

ファラミアは、ボロミアの尻を掴んで、強く、腰を突き上げてやった。

ボロミアが息を飲む。

だが、満足そうなため息とともに、唇が解ける。

「このところ、誰のところに行っていたんですか?この様子じゃ、エレスサール王に可愛がってもらっていたようではないですね」

ファラミアは、尻の肉を揉みながら、何度も強く突き上げた。

ボロミアは、その度、あっ、あっと、短い声を上げた。

「ボロミア、王も袖にして、一体誰と?」

肌が合うのだろう。

王に愛された後のボロミアは、腹の膨れた猫のように怠惰だった。

こんなにも激しくファラミアを求めたりしなかった。

ただ、ファラミアに許すばかりだった。

ボロミアは、小さく緑の目を開いた。

「お前に…教えると、酷い目に合わされるから…嫌だ」

白の執政は、弟に酷く甘かった。

しかし、まるで倫理観というものを理解しようとしなかった。

求められれば、すぐに与えてしまう。

ボロミアは、人に愛されるのが好きだ。

ファラミアに心の平安は訪れない。

ファラミアは、ボロミアの腰を掴んで寝台が軋むほど、強く腰を打ちつけた。

「ボロミア…愛してますよ」

ボロミアは、うわ言のように、ファラミアの名を繰り返した。

掠れた声が、ファラミアを呼んだ。

「…愛してる。愛してる。ファラミア」

ボロミアの体が痙攣した。

ファラミアの手に支えられていなければ後ろへと反り返って倒れてしまいそうなほど、大きく仰け反り、白い精液を飛ばした。

激しい息を吐き出して、身体を震えつづけさせた。

ファラミアは、それでも兄を許さず、奥を抉るように腰を突き入れた。

ボロミアは、喉を締め付けられたように、声にならない声を上げた。

ファラミアの胸に手をついて、激しい刺激に身体を引き剥がそうとした。

泣いているのではないか疑いたくなるような、しゃくりあげるような声を出した。

ファラミアは、ボロミアの腰を強く掴んで逃げられないようにすると、強く痙攣したまま、後ろを絞り込む兄の奥深くに、自分も精液を注ぎ込んだ。

 

息を激しく吐き出す兄を寝台の上に横たわらせながら、ファラミアは、すっかりと汗に濡れたボロミアの髪に、口付けを落とした。

優しく髪を撫でた。

「ボロミア…王だけにしておいてください。私は、この国の人間として、これ以上、尊い血筋の人を恨みたくありません」

ボロミアは、涙に濡れた目で、ぼんやりとファラミアを見上げた。

撫でるファラミアの手を引き寄せ、口付けをした。

「あの子が私を好いてくれたなら、その約束はできない」

ファラミアは、ボロミアの唇を指先で擽った。

「そんなに、エルダリオンの口付けが気に入った?」

ボロミアは、にこりと笑った。

「とてもかわいらしかった」

ファラミアは、ボロミアに覆い被さり口付けた。

繰り返す息に、乾いてしまったボロミアの唇をしっとりと吸っていった。

「ボロミア、王妃の殺されそうになる前に、ちゃんと私のところまで逃げてきなさい。それから、そんな夜に、あなたを呼びつけようとした恥知らずな王とは、しばらく同衾されないことをお勧めします」

ボロミアは、曖昧に笑った。

しかし、どんな顔をしていようが、ファラミアを惹き付けて止まないのには、代わりがなかった。

 

END

 

 

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久しぶり〜の契約シリーズ。しかも、ファラミアの方。

BBSで、この話が好きって、言っていただけたのが嬉しくて、引っ張り出してきてしまいました。

今回は、ちょっと頑張って、このシリーズの説明みたいなものを入れてみました。

生き返りネタとして、4作目くらいかと思うのですが、やっとどうして、ボロが生きてるのか、説明できた。(苦笑)