薬の名前

 

エレスサール王は、部屋を出て行こうとしていたボロミアを呼び止めた。

本当なら、腕を掴んで呼び止めるつもりだったが、彼があまりに早く身を翻したので、エレスサールの伸ばした手は、空を掴んでいた。

部屋に詰めている衛兵は、すこし間の抜けた表情になったエレスサールを見て見ぬ振りをしている。

エレスサールは、衛兵に向かってにいっと、歯をみせて笑うと、ボロミアを掴み損ねた自分の手を見、つまらない顔をして握ったり開いたりした。

次に、手に持っていたペンを投げ出し、行儀よく座っていた椅子で足を組む。

頬杖をつき、指先で、良く磨き込まれた机の滑らかな表面を叩く。

そうやって、ボロミアの注意を引くと、口先を尖らせたまま、ぎりぎりボロミアまで聞こえる大きさの声で、エレスサールは声をかけた。

大きく取られた窓からは、ふんだんに太陽の光が差し込んでいた。

光は、もう、扉へと手をかけているボロミアの金の色の髪にきらめき、白で統一された彼の衣装に眩しく輝いていた。

ボロミアが振り返る。

「はい?王?なんと?」

ボロミアは、振り返って、とても王とは呼べないだらしのない格好をしたエレスサールを見た。

「もう、戻ってしまうのか?と、聞いたんだ」

ボロミアは、無意識にだろう、顔にかかる髪を、耳へとかけた。

長い指が、金色をかき上げ、形のいい耳が現れる。

エレスサールは、物欲しげにみえるだろう顔を隠す事無く、じっとボロミアを見上げた。

からかうように、自分も髪を耳にかけてみせる。

執務机の上には、ボロミアが、目を通すようにと、積み上げた書類が小さな山を作っていた。

たかが、これだけの書類であっても、エレスサールのサインなしに、ここから先へは一枚たりとも、進むことができない。

ボロミアは、それを処理しろと、置いていこうとしている。

そのためには、時間がかかる。

一人、書類を眺め、あれこれと考え、たまに、人を呼び出して、説明を受け、決断を下さなければならない。

エレスサールは、午前の会議が終わってから、ずっとここに座らされていた。

もう、飽きた。

ボロミアは、扉から離れようともせずに、エレスサールに返事を返した。

「もう、用は済んだはずですが」

エレスサールは、つれない返事を返すボロミアに、大きく目を見開いてみせた。

「…俺の顔は、見飽きたか?」

「はい?」

エレスサールは、ボロミアを手招き、彼の執政が礼儀に適った距離まで近付くと、最初の目的を果たし、細かく刺繍の施された、ボロミアの袖を掴んだ。

「もう少し、ここにいるくらいの時間はあるだろう?」

エレスサールは、ボロミアに口出しをする余裕を与えなかった。

「会議は午前中に終わった。剣の鍛錬だって、ここに来るまでの間あんたがしていたのを、俺は、この窓から見たよ。この書類が上がってくるということは、仕事は滞りなく進んでいる。そうだろう?ボロミア」

エレスサールは、ボロミアを舐め上げるような目つきで見上げながら、決め付け、指で、山になった一番上の書類を弾いた。

 

上質な紙は、ぱちんと、いい音を立てた。

 

ボロミアは、つんとすました執政の顔をしていた。王の執務室に入ったときからそうだった。

笑ってしまえば、一気に親しみを増す笑顔を隠し、とても真面目な顔をしていた。

そんな顔をしていると、ボロミアの整った顔はすこし冷たくすら見えた。

だが、教養深く落ち着いたボロミアの容姿に、その表情はとても似合っていた。

弟とよく似ていた。

白い執政服に身を包み、すんなりと首を上げている姿は、対になるもう一人と良く似ていて、頭でっかちのファラミア坊やと、ボロミアが兄弟であることはエレスサールにも疑う余地すらなかった。

それでも、ボロミアのほうが身体全体を作り上げるラインが柔らかい。

抱きしめれば、それは、もっと、わかりやすい。

エレスサールは、力強く手を掴んだまま、ボロミアを見上げ、にやにやと笑った。

いままで、余所行きの表情で覆われていたボロミアの顔が、エレスサールの言い分に、すっかり呆れた顔になった。

執政は、彼のためだけに用意された上質な白の衣装を身に纏い、エレスサールを見下ろし、大袈裟にため息をついた。

「内容が分かっているのなら、さっさと、サインしたらどうなんだ?」

ぐっと、くだけた口調になったボロミアに、エレスサールは、口元を、にいっと引き上げ、下品に笑った。

ボロミアは、近頃では、すっかり使い分けることを覚えた上品な顔を投げ捨て、親しい者の顔をしていた。

王に掴まれた腕を振り払う真似までする。

「久し振りに、ちゃんと口を聞いたじゃないか」

勿論、エレスサールは、離さない。

反対に、椅子に深く腰掛けなおし、ボロミアの身体を自分に引き寄せ、机に手を付かせた。

今日の会議の場で、ボロミアは、エレスサールの隣に控えていたが、一部の隙も見せなかった。

つんと済ました顔のまま、エレスサールを王として、恭しく扱ってみせた。

ボロミアは、机に手をついたまま、嫌そうにエレスサールを見上げた。

「すこし、忙しかったんだ。あんたにも許可を貰っただろう?国境付近の部族と混合の部隊を編成するため、顔を見せに行く必要があった」

仕方なくボロミアは、一歩エレスサールに近付き、臣下の距離を越えた。

エレスサールは、ボロミアの腕を離さず、少し顎を反らすように楽しげに笑った。

「ああ、懸案の時に読んだ。あんたが、前に族長を切り殺したって言うんで、険悪だったあそこに行ったんだろう?」

エレスサールの物騒な物言いにも、ボロミアは、顔色一つ変えず、残っている手で、机の上に散らかった書類を、すこし片付けた。

嫌味にも、エレスサールが放り投げたペンを、ぱちんと音を立てて、きちんと所定の位置に戻した。

「仕方がない。あの部族は、付近の村を荒らした」

ボロミアは、まるで、害獣でも、仕留めたような口ぶりだった。

エレスサールは、頼もしい武人であるボロミアを、とても愛していた。

「新しい族長は、どうだった?どうしても、あんたに顔を出せと言って来たんだろう?謝罪でもさせられたか?」

ボロミアが謝るはずはないと分かっていたが、エレスサールは、ボロミアをからかった。

まさか。と、ボロミアは、エレスサールを睨んだ。

「なんで、私が謝らないといけないんだ。今回のことだって、あっちに部族にとって、この上なく、有利な条件でことを進めてやっているんだ。あの辺りはいまだ治安が安定しないから、合同で部隊を作るといいながら、実質、ゴンドールの軍を貸してやるのと代わらない。あいつらが、あまりに口うるさいから、少しばかり、顔を立ててやるために、私が顔を出したに過ぎない」

エレスサールは、怒り出してしまった白の執政に、おやおやと、表情を緩めた。

ボロミアは、切れ上がった目をきらきらさせて、自国の優位をエレスサールに言い聞かせた。

族長をその手にかけておきながら、謝罪などということは、ボロミアの頭の片隅にもない。

相手に、頭を下げろと言わんばかりだ。

勿論、それには、エレスサールだって、同意する。

小さくとも頂点に立つものは、決断の責任から逃れることができない。

しかし、怒るボロミアの顔には、見ごたえがあった。

執政になり、それなりに感情を押さえ込むようになった近頃では、ボロミアは、あまりこういう、きれいな顔をみせてくれなくなっていた。

話など殆ど聞かずに、じっとボロミアの顔ばかり見ていたエレスサールは、ボロミアの言葉を途中で遮り、強引に話を途切れさせた。

「気にいった馬は、手に入ったのか?」

エレスサールは、ボロミアは、隠しているつもりだろうが、彼の本当の目的だったローハンへのお忍びをにやりと笑った。

国政に関わらぬ限り、かなり気位の高い外交をするボロミアが、あんな小さな部族の顔を立てるというのは、本来、彼らしい行動ではなかった。

ただ、あの部族が定住している岩山は、ボロミアが好きな良い馬を産出するローハンに程近かった。

ボロミアの腕をもってすれば、半日かけることなく、王宮のあるエドラスの都まで馬を進めることができた。

今までの勢いをなくし、ボロミアが、口ひげをなで、少し顔を背ける。

「エオメルが、いい仔馬が生まれたとでも、手紙を寄越したんだろう?何頭、買い取った?その請求書はこちらに入っているのか?」

エレスサールは、からかうように、先ほどボロミアが積んだ書類の山を捲る振りをした。

ボロミアが、その手をバチンと、押さえた。

憤慨したように口を尖らせる執政に、エレスサールだけでなく、置物のように部屋に詰めていた衛兵まで、表情を緩めた。

「こちらに回してくれてかまわないのに。と、いうよりも、回しておけ。エオメルにこの程度のことで恩を売られてはかなわない」

エレスサールは、手を握るボロミアの掌の感触に、目を細め、機嫌のよい猫のような顔をした。

その顔を嫌そうにボロミアが睨む。

「馬の代金は払ってきた」

ボロミアは、子供のように意地を張った声を出した。

エレスサールは、意地を張ったその声に、隠し事の匂いを感じ取った。

ボロミアが、エレスサールを見ない。

「…ああ、そうか。そういうわけで、忙しかったと、いうことか」

エレスサールは、かつての栄光を取り戻しつつある王都メデゥセルトを取り仕切る血の熱い武人を思い出した。

一国の執政として、どうかと思うほど、倫理観の薄いボロミアが、彼にどのような支払いを要求され、支払ってきたのか、エレスサールは目に浮かぶようだった。

あそこの王は若い。

エレスサールとて、気に入っているが、武人として同じような価値観と有しているボロミアは、もっと、彼を気に入っている。

そんな人物に求められて、ボロミアが頷かないはずがない。

ボロミアは、人に好まれることを望む。

望まれれば、すぐ与えようとする。

身体も、心も。

いたぶるように、下から順にエレスサールは、ボロミアを見上げていき、きつく結ばれた薄い口元に目を止めた。

「それは、大層喜ばれただろう。余分に馬を差し出されたのではないか?」

ボロミアは、唇を更にきつく引き結んだ。

「それとも、あんたから、ねだったか?」

エレスサールは、どんどんと不機嫌になっていくボロミアを楽しげに見上げた。

「ああ、そうだな。あんたは忙しいはずだ。ローハンで楽しい時間を過ごしていた間、相手の出来なかった奴らのご機嫌も取らないといけないしな」

エレスサールは、ボロミアの口元が、更に機嫌悪く曲げられるのをにやにやと眺めながら、小さく指を動かし、自分にボロミアを手招いた。

思い切り臍を曲げているにも関わらず、それでも王の要求には応えようと、骨の髄からこの国に隷属している金の髪の形のよい耳に、囁く。

「俺も、自分の権利を行使して構わないかね?せっかく契約書まで交わしてあるというのに、俺にあんたをお招きするチャンスがない」

おおっぴらに執政をベッドに誘うとも、咎められることのない、この国独自の不思議な契約を持ち出し、エレスサールは、ボロミアの耳を舐めた。

2人の姿に、今までのやり取りの間も、落ち着かない顔をしていた衛兵が、不自然に顔を反らした。

王は、部屋詰めをする臣下の態度になど、悠然と気にとめなかった。

身を引いたボロミアを捕まえ、エレスサールは、執務机を回り、自分に近付くよう強要した。

しぶしぶといった体で、ボロミアが、エレスサールに従う。

エレスサールは、自分の膝の上にボロミアを抱き上げる。

金の髪をかき上げ、目に痛い項の白に舌を這わせる。

「いいだろう?本当なら、俺に一番の権利があるはずなんだ。あんたに気を使って、順番を待っていたら、あんたが俺を訪ねてくれる日が、いつになるのかわからない」

ボロミアは、場所をわきまえない、王の行動を咎めるように冷たい顔をした。

 

このゴンドールという国は、エルフに育てられ、野に生きてきたという普通でない生い立ちのエレスサールですら、思わず聞き返してしまいたくなる程おかしな契約を、王と、執政の間に結ばせていた。

条文だけ読めば、それ程おかしくはない。

だが、そこに込められた意味を知れば、善良な民草は嘘だ。と、顔を顰めるだろう。

きちんと銘文化されているのだ。

王には、執政を自分の寝所に招きいれる権利が与えられる。

執政はそれを、謹んで受け入れる。

そこには、王家の独断専行を防ぐという意味や、政治への口出しをする権利を持つ執政家の利権を守るという意味があった。

確かにそうだ。

裸になって、寝所に上がる仲になれば、秘密など守れるものではない。

しかし、それ以上に、美貌を誇る執政家の人間を王が欲しがったというのが、本当のところだろう。

過去の王が強欲だったのだ。

その厚顔さに、いま、エレスサールは恩恵を受けている。

「いいだろう?あんたが、ローハンから戻って、もう、5日にもなる。愛人たちに挨拶は済ませたのだろう?そろそろ俺の順番が来てもいいはずだ」

部屋詰めの衛兵は、窓の外へと視線を反らしていた。

王は冷たい顔をした執政の腿を撫で、しなやかな指に指を絡めた。

 

その晩、ボロミアは、そう遅くない時刻に王の寝所を訪ねた。

衛兵の前で強引に誘いをかけたエレスサールを冷たく見つめていたボロミアを思い、律儀に約束を果たそうとも、その時刻を大層遅いものだと思っていたエレスサールは、扉を叩く小さな音に驚いた。

王と執政の間に結ばれた契約は、白日のものであり、エレスサールが日中どこで、執政に誘いをかけようが、咎めたてる者は誰も居ない。

部屋詰めの衛兵など、人目だとも言えないくらいだ。

しかし、ボロミアは嫌がる。

さすがに、契約を結んでしばらくは、エレスサールとて、なかなか人前で堂々とボロミアに権利を行使する気にはなれなかった。

だが、そうしなければ、ボロミアを確保しておくことができないと分かった今、王は、かなり強引な手にでることが多かった。

ボロミアは、場所を選ばないエレスサールの厚顔さが、嫌いなのだ。

そうしなければ、捕まえることのできない自分を棚に上げて、平気で嫌な顔をしてみせる。

「入ってくればいいだろう?」

暇つぶしに、酒瓶を片手に本を捲っていたエレスサールは、なかなか開かない扉に、不審気に声をかけた。

扉が音も立てず開く。

「誰だとは、聞かないのか?」

身体を滑り込ませたボロミアは、エレスサールの無用心さに、眉を顰めた。

「あんた以外の誰が来てくれるんだ?いつも言うだろう?俺の寝所を尋ねてくれるような人間はいないんだよ」

金髪の小言に、機嫌よく答えたエレスサールは、机の上に本を置き、最愛の執政を迎え入れるため、腕を広げて扉に近付いた。

眉を寄せているボロミアは、形のよい眉の間に皺を作っている。

あそこを舐めてやると、嫌がるが、でも、終いにはそれすら、喜ぶ。

「ここであんたの顔を見るのは、本当に久し振りだ」

エレスサールは、金の髪に鼻を埋め、両手をボロミアの腰に回して、強く抱きしめた。

金色の髪は、とてもいい匂いがし、抱きしめた身体は、未だ野伏としての肉体を保持しているエレスサールにちょうどいいサイズだった。

ボロミアの身体は、武人として適度な筋肉を有しているが、ほどよく柔らかく指が肉に食い込む。

「こんなに早く、あんたが、来てくれるとは思っていなかった。ボロミア、あんたも、俺のことを欲しがっていたと考えていいんだな」

王は、甘く囁きながら、昼間、誘惑してやまなかった白く形のいい耳に緩やかに歯を立てた。

耳は、柔らかく王の歯に噛まれる。

だが、エレスサールの腕の中にある体が、残念にも小さく抵抗を示した。

抱き込んだ腰が、緩やかに振られる。

「王…実は…」

エレスサールの身体を抱きしめるように、腕を持ち上げながら、なにか拒否の言葉を吐き出そうとしたボロミアをエレスサールは遮った。

「あんたの弟の名前なら、今夜は、聞きたくないぞ。今日は、あんたの愛人の一人としてではなく、王として、権利を行使すると言ったんだ。今晩、あんたは俺一人のものだ。さぁ、契約にのっとり、ベッドに上がるんだ。ここまで焦らしておいて、そう簡単に帰して貰えると思うな」

ボロミアは、何か言いかけていた口を閉ざした。

代わりに、王を喜ばせるために、薄く唇を開いた。

エレスサールは、ボロミアを追い立てることが出来なくなった。

エレスサールに対し、安心しきった顔をして唇を開くボロミアに、エレスサールは激しく誘惑される。

この顔をみせるのが、自分にだけではない。と、エレスサールとて、わかっている。

この顔を好きにしているのが、多くはないとはいえ、片手では間に合わぬ数だということを、エレスサールは掴んでいる。

しかし、こうやって、ボロミアに身体を預けて口付けを待たれると、せずにすますことなど、エレスサールにはできないのだった。

ボロミアは、待っている。

薄く開いた口の中に、浮き上がった舌が見える。

 

エレスサールは、頭を強く抱きこんで、唇を重ね合わせた。

舌に歯を立てようと、一向に怯えない傲慢なボロミアを、注意深く甘噛みする。

部屋の明かりは、本を読むために、多く灯されていた。

ボロミアの白く清廉な顔立ちをはっきりと映し出している。

「んんっ…」

ボロミアは、小さな声をもらした。

薄く開けた唇を、自分からエレスサールに押し付けた。

エレスサールは、顔を離した。

もの欲しそうなボロミアの顔を薄く笑う。

「さぁ、こっちへ、ボロミア。ベッドに上がったら、もっと、あんたの好きなように、どこにでも口付けてやろう」

エレスサールは、ボロミアが自分との口付けが好きなのを知っていながら、満足するより前に止め、意地悪く抱き込んだ腰をベッドへと誘った。

 

「今日は、綺麗な身体をしている」

ボロミアの簡単な夜着を剥きとってしまったエレスサールは、白い身体を光の前から隠すことを許さず、しげしげと、点検して回った。

ボロミアの白い身体には、恐ろしげな歯形が、激しく主張を繰り広げていることがあった。

酷い時には、前の歯型が消える前に、次のが、そして、その次のも、ボロミアの身体を彩っていることがあった。

肌の色が白いだけに、色の変わったその部分は、大層痛々しかった。

ボロミアにそんな趣味があるわけではない。

ボロミア自身は、被虐を好まない。

ただ、エレスサールと同じように、ボロミアに特別の権利を有している人物が、彼を食い荒らしていた。

弟だ。

この世でたった2人。

同じ血を分け、同じ環境で育ち。

ボロミアの愛情を惜しみなく与えられ、ボロミアを心の底から愛している弟。

ファラミアの愛は、ボロミアの身体を、魂を、ひとかけらだって誰にも渡したくないと、強く締め上げていた。

血が滲むほど付けられたボロミアの歯形は、彼の独占欲によるものだ。

ボロミアは、ファラミアにそれを許していた。

エレスサールには、決して許しはしない嗜虐的な行為を、ファラミアだけには許し、その身体をして、平気でエレスサールの寝所を訪れた。

それが、今日はない。

「ファラミアはどうしたのだ?もう、契約については、落ち着いて受け入れられるようになったのか?」

エレスサールは、ボロミアにその名を呼ばぬよう、釘をさしておきながら、あんなに酷かった歯形が一切消えていることに安堵して、自分からファラミアの名を呼んでいた。

エレスサールは、ボロミアの美しい体が、自分以外のものに、壊されているのが嫌いだった。

大事な兄を、契約という形のあるもので、王に差し出さねばならないことになったファラミアは、それまでも、ボロミアとエレスサールがそういう関係にあったにも関わらず、その日から、恐ろしい嫉妬の塊となった。

神聖な契約の場で、席を立つような、礼儀を失する真似をし、最愛の兄の身体に、自分の歯を立て、跡を残すようになった。

噛み跡に容赦はなかった。

エレスサールが、ボロミアを呼び出すたび、噛み跡は増えていった。

一時は、ボロミアを気遣い、エレスサールが呼び出すことを遠慮したほどだ。

「そのことだが…さっき、言おうと思ったのだが、今、話してもいいか?」

一番多かった脚への噛み跡を調べられていたボロミアは、大きくエレスサールに向かって脚を広げていた。

足首を掴まれ、元に戻すことも出来ないボロミアは、仕方なくその体勢のままエレスサールの顔を覗き込んだ。

ファラミアが、エレスサールの名を嫌がるように、エレスサールも、ボロミアがファラミアのことばかり気にかけるのを不快に思っていた。

ボロミアは、機嫌を伺うように、エレスサールの顔を見上げた。

「聞こう。あの弟が大人しくなったわけなら、ぜひとも聞いておきたいものだ」

エレスサールは、鷹揚に笑って見せた。

しかし、掴んでいる足首は離さない。

ボロミアは、困った顔をして、口を開いた。

「実は、ファラミアが、昔の書き付けを見つけてきたのだ。この国に王が居た頃のものだから、随分と古い。…そこに、書いてあったのだ。執政は、王の寝所にあまり上がってはならないと。例え契約が結ばれていても、自分から、その寵愛を遠慮すべきだと」

「なぜ…?」

公に契約を結び、わざわざ執政を縛り付けるような真似をしておきながら、一方、執政には、その契約の履行をするなという、矛盾した文書を残す、先達の考えが、エレスサールには理解できなかった。

執政は美しい。

ここで、脚を広げている執政は、エレスサールが、どんなことをしてでも甦らせたかった魅力を有している。

「……世継ぎが…あまりに、執政が寵愛を受けるものだから、世継ぎがなかなか誕生しなくて…だから、執政は、どんなに王に寵愛を受けようと、自分を律して、慎みを忘れるなと」

ボロミアは、慎みなど欠片もない形をとらされているというのに、生真面目な顔をしていた。

緑の目が、じっとエレスサールのことを見る。

「それは、また、随分昔から、執政家の人間は、床上手だったのだな」

エレスサールは、からかうように笑って見せた。

ボロミアが、自分と、弟のことに口出しされるのを嫌がるように、エレスサールは、自分と奥方のことについて、ボロミアの口から何かを言われるのが嫌いだった。

エレスサールは、軽口を叩きながら、掴んだままの足首を自分に引き寄せた。

ボロミアは、脚を開いたまま、エレスサールに引き寄せられる。

「それを盾に、ファラミアが、あんたを俺のところへ来させなかったのか?あいつのライバルは、俺一人なんかじゃないだろう?」

ボロミアの数多い愛人を当てこすり、エレスサールは、ボロミアの足の爪に唇を寄せた。

今更だとエレスサールは思うのに、ボロミアは、跪くようなエレスサールの行為に、顔を顰める。

自分の足を取り戻そうとする。

エレスサールは、執拗に爪を舐めた。

深く腰を折り、何度もボロミアのつま先に口付けた。

 

「…なんにせよ、気の小さいことだ」

エレスサールは、皮肉に笑った。

昔、その書き付けとやらを残した人間も、今、それを見つけて、小躍りするファラミアも、エレスサールには、あまりにも小物だった。

最愛の弟を貶められ、ボロミアは、エレスサールを睨む。

「あんたは、その言葉を真に受けて、俺から逃げて回っていたのか?」

このところ、富に捕まえ難くなっていたボロミアの理由がわかり、エレスサールは、思わず笑った。

ボロミアは、機嫌の悪い顔のまま、眉の間に皺を寄せ、エレスサールを睨みつける。

「…悪いか?」

「いや、そんなことで、あんたの身体から、あの気味の悪い歯型が消えるのなら、俺はどうでもいいがね。ああ、でも、もう少しばかり、俺にも心を砕いてくれるとありがたいな。とりあえず、契約の主として、その権利の分だけでもいいから、あんたの体を俺にもわけてもらいたいもんだ」

エレスサールは、本心でない言葉を口にして、ボロミアの白い足を口付けで辿り始めた。

 

「ボロミア」

エレスサールは、決して慎み深いとはいえない執政を膝の上に抱きかかえて、背中に口付けを繰り返していた。

執政は、金の瞼を閉じ、浮かされたように、甘い声をあげていた。

滑らかな筋肉が盛り上がる背中には、うっすらと汗が光っている。

「ボロミア、こんな身体をして、どうやって、王の寵愛を退けるんだ?」

王のものをきつく噛み、締め付けて離さない執政の尻は、王の膝の上で、慌ただしげに動いていた。

王が少しも動かないものだから、焦れて、焦れて、我慢がきかないのだ。

「ボロミア」

王は、ボロミアの腰を掴み、下から何度か強く突き上げた。

ボロミアの背中が反り返る。

金の髪が大きく振られ、空に舞い、王の顔を叩く。

高い声を発し、唇が満足げに半月を描く。

「どうしたのだ?旅から帰って、何人いるのか知らないが、愛人たちの間を渡り歩いていたんだろう?」

動きを止めたエレスサールの腰に、ボロミアが爪を立てる。

腰を捩って、エレスサールに押し付け、もっと、とせがむ。

「エレスサール…」

恨みがましい目つきで、ボロミアが背後のエレスサールを振り返った。

涙の浮かんだ緑の目が、熱っぽくエレスサールを睨みつける。

「どうした?そんなに餓えているわけじゃないんだろう?」

エレスサールの言葉に、ボロミアは、何度か息を飲み、躊躇う素振りを見せた。

だが、こういう場面でボロミアが正直でなかったことなどなかった。

ボロミアが、薄い唇を舐める。

「…あんたとするのは、久し振りじゃないか」

身体を捻じ曲げて、ボロミアがエレスサールの口付けをねだった。

エレスサールは、思わず口元が緩まった。

小さく腰を揺すりながら、ボロミアに口付けを与える。

ボロミアは、エレスサールの唾液を欲しがり、深くエレスサールに吸い付いてくる。

うっとりと目を閉じて、エレスサールの動きにあわせている。

エレスサールは、ボロミアの身体を抱きしめた。

自分の膝を立て、繋がったまま、ボロミアを獣の形に這わす。

ボロミアは、自分から、高く尻を上げる。

後ろを振り返り、たくましい王の身体にうっとりとした視線を向ける。

そして、自分の中の快感を追いかけるため、頭を垂れて、エレスサールを待つ。

 

まず、一度、ボロミアに満足を与えてやるため、エレスサールは、ボロミアの尻をきつく掴んだ。

ボロミアは、声を恥じようともしない。

 

ボロミアは、足を投げ出し、ベッドの上に転がっていた。

薄く色づいたその身体を見下ろしながら、エレスサールは、ベッドの脇机から、小さな包みを取り出した。

折りたたまれた薄紙を、ボロミアの目が追う。

エレスサールは、ゆっくりと、紙を開く。

紙のうえに乗った白い粉をエレスサールの指が掬う。

 

エレスサールは、その指をボロミアの口元に差し出した。

ほんの僅かに、ボロミアは、エレスサールを見上げたが、躊躇いもせず、口を開けて、その粉を舐めた。

少し苦い味に顔を顰める。

エレスサールは、続けて指を差し出した。

ボロミアの舌がエレスサールの指を舐める。

差し出す。舐める。

差し出す。舐める。

紙の上の粉は、僅かの間に、全てボロミアの体内に摂取された。

ボロミアは、ぼんやりとエレスサールを見ている。

足の間から、エレスサールの精液を溢れさせ、自分のもので白い腹を汚し、ぼんやりとした表情のまま、エレスサールの次の行動を待っている。

「ボロミア、この薬が何かとは、聞かないのか?」

エレスサールは、ボロミアの従順さが怖いほどだと、空になった薄紙を手の中で丸めた。

ボロミアが小さく笑う。

「あんたが、薬を使うなんて思わなかったが…媚薬とか、そういう類のものなんだろう?」

分かっていて口にするボロミアに、エレスサールは、呆れた思いが隠せなかった。

ボロミアは、まだ満足していない身体を投げ出し、だらしなくベッドに横になっていた。

薄く色づいた体が、匂うような色気を発して、エレスサールを誘っていた。

「使われたことがあるのか?」

エレスサールは、ボロミアの濡れた腹をゆるく撫でた。

そんな軽い刺激にも、ボロミアは、心地よさそうに目を閉じた。

ボロミアは、ゆっくり身体を返した。

盛り上がった尻が、エレスサールの目の前に晒される。

丸みのある大きな尻は、エレスサールがきつく握ったために、少し赤くなっている。

「媚薬を?…ある…・何度か。あんたが用意してくれたのが、翌日に響かない上等なのだと信じていいか?」

ボロミアは、手を伸ばし、エレスサールを招いた。

エレスサールは、ボロミアを抱き寄る。

ぴったりと胸を寄せ、足に足を絡ませる。

ボロミアの足が、エレスサールの腰に絡みついた。

腰を擦りつける。

恥じらいのない直接的な求愛だ。

「もっと、もっと、際限なく欲しがっても、薬のせいだからな。あんたが、飲ましたんだ。ちゃんと責任を取れよ」

ボロミアは、エレスサールの首筋にしがみついて、口付けをねだった。

 

もう、三度ボロミアは、エレスサールに頂点を極めさせられていた。

それでも、ボロミアは、もっとエレスサールを欲しがった。

涙に濡れ、すっかり重くなった睫を震わせながら、エレスサールの名を呼んだ。

体中が熱くなっていた。

汗に濡れ、しっとりと輝く肌が、絡めとるように、エレスサールに絡んでいた。

せわしなく吐き出す息さえ、甘い。

内の肉は、緩まることなく、エレスサールを締め付ける。

だが、エレスサールは、無情にも、ボロミアの中から固いものを引き抜いた。

もうすこしで、4度目の頂点が、ボロミアに迫っていた。

強烈にボロミアは、エレスサールを求めていた。

腰を高く突き出した格好で、後ろに身を引くエレスサールに向かって、手を伸ばす。

手が、空をかいた。

ボロミアが、悲しげな目をして、エレスサールを振り返る。

「ボロミア、俺の好きな格好になってくれないか?」

「…エレスサール」

切ない声で、エレスサールの名を呼ぶと、ボロミアは、すぐさま身体を返した。

仰向けに転がり、自分の足を胸につくほど引き寄せる。

それだけで足りなくて、自分の手で、大きく尻を左右に開く。

「…早く」

腰を振って、待っているボロミアに、エレスサールは、思わず苦笑した。

「そこまでは、望んでないだろう?俺は、普通に抱き合ってやりたいって、言っただけだ」

「…早く!エレスサール」

焦れているボロミアは、自分の指をじりじりと穴に近づけ、開いてみせる。

あからさまにエレスサールを誘惑しようとする。

「早く!早く!ここに入れて欲しいんだ。焦らさないでくれ、エレスサール!」

すっかり泣き出した目で、エレスサールを見上げたボロミアの誘惑に、エレスサールは負けてやることにした。

ボロミアの正直さにも程がある。

エレスサールが身体を近づけると、ボロミアは、逃がさないとばかりに抱き寄せる。

自分から尻を擦りつける。

浮かせた腰は、エレスサールに向かって調度良く広げられている。

これで、入れてやらなければ、噛み付くくらいのことはしかねない。

エレスサールは、先端をボロミアの皺に擦りつけた。

柔らかな入り口は、ほんの少しの力で、中へとエレスサールを飲み込んでいく。

ボロミアの喉が反り返る。

嬉しそうな息を吐き出しながら、じっと、体内の感触を味わっている。

太い先端が、肉にめり込んでいくのを満喫している。

「…エレスサール」

沈み込んでいく大きさに、満足のため息を付きながら、エレスサールの名を愛しげに呼ぶ。

エレスサールは、ボロミアの髪を書き上げ、汗の浮かんだ額を撫でた。

そこに刻まれた皺に、何度も口付けを与える。

ボロミアの指が、エレスサールの尻をもっとと、引き寄せる。

自分から、腰を揺する。

「…動いてくれ、エレスサール」

ボロミアの緑の目が、淫らにエレスサールの顔を見つめた。

エレスサールは、貪欲な執政の頬に口付けた。

「仰せのままに。欲張りな執政殿」

エレスサールは、最愛の執政の要求にこたえた。

 

「あんなので、楽しかったのか?あんたは?」

ぐったりと、ベッドに横になり、王に自分の身体を拭かせていたボロミアは、疲れた目で、エレスサールのことを見ていた。

「あの薬…あれ、なんだったんだ?媚薬でも、なんでもないんだろう?」

ベッドの上で、飲まされる薬が、媚薬以外のものだとは思えず、ボロミアも最初はその気になりかけていたが、何度も体験したことのある、あのわけもわからなくなる感じは、ついにボロミアを訪れなかった。

最後まで、ボロミアの意識ははっきりとしていた。

なんだかわからず、急きたてられるように、熱が欲しくなる感じではなく、エレスサールに追い上げられて、欲しくて、欲しくて、ボロミアはのたうち回らされていた。

エレスサールは、嬉しげに笑う。

「なんだ。ばれていたのか。そうやって言ってやったら、あんたがもっと楽しめるかと思ったんだ」

元野伏の王は、下品な笑いを隠しもせず、歯を見せて執政を笑う。

「なんだか、俺の寵愛が欲しくなさそうなことを言っていたから、正直になれるよう、ちょっとはったりをかましてみたんだが、やはり、何人も愛人を抱えているような好きものには、通用しなかったか」

エレスサールは、ボロミアの身体を綺麗に拭った布を、ぽいっと、机の上に放る。

媚薬など使われるよりも、もっと、きつく高みに追いやられたボロミアは、余裕の顔で笑っている王を呆れた思いで見上げる。

「…薬…は、いらないだろう?」

ボロミアが、ぽつりと漏らした。

エレスサールは、もう一度にやりと笑う。

 

エレスサールは、汗に濡れたシーツの上に自分も横になった。

ボロミアの身体を抱きしめる。

「薬…いらないか?あんた、大概のことじゃ、満足しないだろう」

充足しきったボロミアの身体を抱きしめながら、エレスサールは、にやにやと笑う。

「俺に満足できないから、なかなかお誘いを受けてくれないんだろう?」

エレスサールの嫌味に、ボロミアは、静かに笑った。

王に好き勝手にされて、すっかり疲れていた。

金の睫が、眠そうに目を閉じていく。

その隣で、エレスサールは、安らいだ目をしていた。

金色の髪にそっと口付ける。

「ボロミア、お前の契約の主は俺なんだ。もう少し、俺も大切にしろよ」

ボロミアは、眠そうにごろりと寝返りを打ち、エレスサールの腕の中にすっぽりと収まった。

肩に顔を埋めるようにして、すうすうと寝息を漏らしている。

 

エレスサールは、優しく笑いながら、金の髪を撫でた。

眠っている唇に口付けをした。

 

END

 

 

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淫乱な執政と、その主。(笑)

一応シリーズになってるはずなんですけど、設定が同じって、だけで、全然話は前進しませんね。

いつも、やってるだけ(笑)

まぁ、それが書きたくて、書いてるんでいいんですけどね。(笑)