契約

 

「どうにかしてあの契約の内容を変更することはできないのですか?」

「できはしないよ。あれはもう完成されている。それに、あの一文がなくなれば、執政家を追い落としたいと考えている人間に良い口実をあたえるだけだ」

「ですが、兄上」

「あんなの、もう何百年も形だけ保たれてきただけのものだ。王だって本気であの文面を受け入れるかどうか」

ボロミアは弟の真剣な眼差しを笑ってかわすと、彼の体を乗り越え、ベットの脇に置かれたテーブルの上からワインのグラスを手に取った。

上掛けに隠されていた裸体がファラミアの目に晒される。

「兄上は王が兄上を有する権利を放棄するとお思いですか?」

「私は、契約があろうと、なかろうと、このゴンドールのものだ。つまり、いまですら、王のものだということだよ」

手酌でワインを注ぎ、自分で飲むと、ファラミアにも進める。

「兄上は・・・最早あの契約を受け入れていらっしゃるのですね」

「ああ、この国の執政として生を受けたんだ。いくら長く王が不在であっても、我らの命が王のもとに生まれついたものだということには変わりがない」

グラスを受け取ろうとしないファラミアに、ボロミアは苦笑すると、もう一度ファラミアの体を跨いでテーブルの上へとグラスを置いた。

同じ寝台に横たわるファラミアも何も纏ってはいない。

「王も、お前のように美しい執政を側におければよかったんだろうが、あいにく私が理に逆らって甦ってしまったからな」

「それだって王が!」

「ああ、王もこの命の甦ることを欲してくれていたようだが、実際、この国の執政として必要なのはファラミア、お前だろうな。私は、お前ほど国政に長けていない。長老達が私の存在を苦々しく思っているのも知っている」

「でも、王は、あなたが!・・あなたを欲している。王があなたの肉体を得る権利を放棄するはずがない!」

「落ち着けよ。ファラミア」

ボロミアが弟の体を抱きしめようとするのを、ファラミアは自分からボロミアに覆い被さり、強く拘束した。

「嫌なんです。もうこれ以上兄上を誰かと分け合うなんて」

「好きなんです。兄上を誰にも渡したくない」

「・・・ファラミア」

ファラミアの唇はボロミアを求め、顔中を彷徨い、体へと下りていった。

辿るだけではおさまらず、時々、ちくりとした痛みを残して吸い跡を残してゆく。

ボロミアは弟の金の髪を優しく撫でた。

「兄上、兄上」

腰まで下りたファラミアの唇が、感極まったように、ボロミアの名を涙声で呼んだ。

酷い痛みがボロミアを襲う。

ボロミアは腰にしがみついて歯を立てる弟を引き離そうともがいた。

しかし、ファラミアの歯は深くボロミアの肉を噛んでいる。

「やめろ!痛い、痛いんだ。ファラミア!」

ファラミアは、涙に溢れる目でボロミアを見上げた。

ボロミアは、唇を噛んで痛みに耐える。

 

以上の権利を有することになりますが、なにか放棄されることを望みますか」

「いいえ」

「では、こちらの誓約書を」

「これでエレスサール様は我ら臣下に対して先程申し上げました義務と、これらの権利を有することになります。書類をもう一度ご確認のうえサインを」

 

厳かで敬虔深い老人達の声にうなづきながら、エレスサール王は差し出された二枚の紙に目を落とし、力強い文字で名を記した。

老人は、押し抱くようにして受け取ると、周りに膝を着く皆へと文面を示す。

この国に、王がいた頃から交わされ、何世代も検討され改訂を重ねてきた、契約書だった。王と、国民の代表となる家系に繋がる者の間に交わされる権利と、義務を定めたものだ。

エレスサールが王位に就いた時から何度もサインさせられてきた契約書のなかでも、特に付け入る隙すらない出来栄えであった。

文句の付けようもなく、王はサインをした。

 

あるかないかの緊張感だったか、それでも部屋の中の空気が緩んだと思ったとき、臣下の礼をとる一群のなかで、ちょっとした小競り合いがおこった。

「しっ」

執政官として、一群のなかでも上座に膝をついていたボロミアが、隣に座るファラミアの腕を取り押しとどめようとしている。王の眼前で膝を折る臣下の中、礼を失して許しもなく立ち上がろうとするファラミアに顔を寄せ、金の髪に隠された耳元で何かささやく。

ファラミアはその言葉に小さく首を振り、とりすがるように腕を掴む兄、ボロミアを押しのけ、立ち去ろうとする。

空気がまた緊張をはらんだ。

いくらこの国で最も高い地位に就くとはいえ、臣下である執政に許される態度ではない。

「もういい、この場は、すでに終わりだ」

王は高い位置から、許しを与えた。

言葉に、ファラミアが振り返り、きつい眼差しで王をにらんだ。

老人達が、執政家の兄弟を諫めようとするのを、王は寛容な笑みで止める。

 

王の威厳を演出するよう配置された玉座から、エレスサールは、日の光を背に受け、ファラミアに慈悲の笑みを向けた。ファラミアは自信と余裕に満ちた王の目を、臣下にあるまじききつい眼差しではねつけると、足音も高くドアから立ち去る。

「皆も退出してくれて結構、ボロミアだけはあとでもう一度ここへ」

弟の後を追うように、部屋を去ろうとしていた金の髪の執政官は、王の言葉に立ち止まり目眼で頷くと足早にドアから姿を消した。

美しい刺繍の施されたボロミアのマントが王の視界で翻る。

 

『王は、執政官を良く用い、彼の者の満足足り得る利益をあたえる努力をする』

『執政官は常に王の元にあり、王の求めるものを最善の努力ともってかなえるものとする』

 

その優秀さ故に、他の臣下より多くの権利を有する執政官は、前述の契約書の中に、特別な一文の契約を持っていた。

これは、執政家の独走を防ぐ意味もあるが、王が彼の政治に口を挟む権利を持つ執政官を疎ましがろうとも、政治の中枢から遠ざけることができないということを意味した、お互いの利益に絡んだ契約だった。そして、このシステムを維持することは、安定した生活を望む国民のためのものでもあった。

 

だが、この契約がもつ意味はそれだけではなかった。この表の意味の他に、その優秀さとともに、人を魅惑する容姿の美しさでも何代にもわたって血を保ち続けてきた執政官を、王のものであると宣言することが、その裏には隠されていたのだ。

勿論これは、誰も口にしない公然の秘密というやつだ。

 

「私があんな事くらいでボロミアを有する権利を放棄するとでも思っていたのか、王とはなににもまして貪欲な存在であるというのに」

一人、広間に残され、王座に座るエレスサールは、にやつく口元を上品とは言い難い仕種で隠した。

「かわいい弟のふりばかりでは、ファラミアは、いつまであいつを縛り付けておけるのかな」

いつかの夜に、ボロミアの鍛えられた腰に残されていた、深い噛み跡を思い出し、エレスサールは、王には相応しくない笑いに顔を歪める。

 

月が出ていた。

だが、開いた窓からその美しさと愛でる余裕のある者はこの部屋にいなかった。

獣のようなうめき声をひそやかにあげ、蠢く体を持つ者が、いるだけだ。

ファラミアは、赤みがかった金の髪が絡みつくほど深く指を差し入れて、ボロミアの顔をやわらな枕へと強く押しつけた。兄の喉元から押し殺された息がもれる。

「痛い」

「嘘でしょう?」

ファラミアは、強い力で押さえつけながら、背中は羽根のように軽くかすめるキスをくり返し、腰を沈める。身を捩るようにして顔を半分さらし、、ファラミアを睨み付けてくるボロミアの目は、さっきまで、ファラミアの揺り動かす腰の動きに、気持ちよさそうに半ば閉じられていた。

それが、今はかすかな怒りに燃えている。

「いい加減にしろ」

ファラミアは、さらにきつく髪に指をからませ、それは、取りも直さず、ボロミアにさらなる苦痛のうめきをもたらすことになるのだが、もう一度、形の良い鼻を枕へと沈み込ませた。ボロミアが抗う為に首を振るのを、強く掴んだ髪で押さえつける。

「こんなことをするのなら、離せ」

「いやです」

「なんで!」

ファラミアは頭を押さえつけていた手と反対の手で、首を捻じろうするボロミアのうなじを辿り、噛みついてきそうな口元の髭をくすぐる。ボロミアの唇はきつく閉ざされている。

「兄上は約束通り、今晩私のもとを訪れてはくださったけれど、これは先程、王のもとに伺った際、お許しをいただいたからですか」

「お許しなどいただいていない。お前のもとをおとずれるのに王の許しは必要ではない」

「王はそんなに寛容な方でしたか?

それとも兄上にだけは寛容なのでしょうか」

ファラミアは口ひげをいじっていた指を、無理矢理、唇のなかに押し入れ、きつく閉じられた歯をなぞる。

ボロミアが睨む先にある、ファラミアの顔は、暴力的な行為とはうらはらに、胸の締め付けられそうな、切ない表情をしていた。

「こういうのは好きじゃないと何度言ったらわかってくれるんだ。この間から変だぞ、ファラミア」

「そうですか?」

「こんなことばかりするのなら、もうやめる」

「なぜ?」

「こんなのはすこしも楽しくない。お前も、わたしもだ」

ボロミアはファラミアに自分の顔を見てみろと言ってやりたかった。

「もう、やめよう。今晩のお前はおかしい」

きつく頭を押さえつけられ、枕へと顔の半分がかくれるほどになっているのを心底嫌がり、ボロミアはきつい声を出した。腰と来たら突き出すように高く上げられ、どんな恥知らずな人間でも、このまま話など続けたい気分にはならない。

「やめませんよ。せっかく兄上が私のベットに上がってくれているというのに」

ボロミアの本気の拒絶に、ファラミアの体から、凶暴な気配が抜け落ちた。ファラミアは許しを請うように、兄の頬に伸び上がって口づけをする。

「すみません。もう、酷いことはしません。兄上のことを大事にいたします」

ファラミアは押さえつけていたボロミアの頭から手を離すと、唇の上を指先で優しくたどり、ボロミアのなかに納めていた自身も引き抜いた。先程までの暴虐はどこかに去ったのか、ただ、気弱な目が、おずおずとボロミアを伺う。弟のアンバランスな様子に、ボロミアの口から、かすかなため息がもれる。

「ああ、乙女にでもするように大事にしてくれ」

ボロミアは、小さく舌打ちをした。

 

「兄上」

ファラミアはうつぶせに這っていたボロミアの腕をとり、引き起こすと、鍛えられた背に腕をまわす。いつもより高い体温に、ボロミアの体からは汗のにおいがしていた。

「どうしたんだ。どうしてそんなに気がたっているんだ?」

ボロミアは抱かれるにまかせて、まじりなく美しく金に輝くファラミアの髪を優しくなでる。

その態度はけだるげで、優しく、ファラミアはボロミアの許しを感じる。

質問には答えず、ファラミアは、ボロミアの肩へと顎を乗せると、彼のにおいを深く嗅ぐために髪の中へと鼻を押しつけた。

「兄上のことが大好きなんです」

「わかってるよ。私もお前のことが大好きだ

・・・だが、こういった暴力的なことはあまり好みじゃない」

「わかってます。わかってるんです。・・・すみません」

ファラミアが首に縋り付くように両手を絡め、髪に首にとキスをくり返すのをうけとめながら、ボロミアも彼の髪を優しくなでる。

「怒っていやしないよ。かわいいファラミア」

ファラミアの頭をやさしく押し返し、少し自分との距離をあけさせると、下唇を甘噛みするキスをする。

やわらかな髭がお互いに皮膚をなぞり、すこしくすぐったかった。

ボロミアの頬は自然と笑みの形をつくる。

「私を乙女のようにかわいがってくれるんだろう?」

弟の緊張を和らげようと、ボロミアは先程の言葉を軽い調子で繰り返しながら、唇へと甘噛みつづけた。

すこしかさつくファラミアの唇も、吸い付くようにボロミアの唇を挟む。

気が済むまでキスをくり返すと、ボロミアは、間近でみつめていた薄い色の瞳をさらにのぞきこむようにして、にやりと笑った。彼の指をとり、口元に引き寄せる。

 

唇にふれるファラミアの指はまさしく執政家の家のものだった。

長く、まっすぐで神経質に爪の先まで整えられており、ボロミアは、自分の剣を振り上げることのみに適した節の勝った指との違いに苦笑するしかない。この指を見ただけでも、人の理を無視して生き返ってきた自分が、執政の職を継ぐのがおかしいと自信をもって言えた。

この国のために、命の限りをささげることに、何のためらいもないが、自分が弟を押しのけてまで執政の職を得ている現状はおかしい。

自分が生きていることがおかしい。

 

まずは、音をたてた軽いキスだった。そして、わざとのように舌で唇をなめ、しめった口内へと指を誘い込む。

指の股まで丹念に舐め上げるボロミアに、ファラミアの唇が噛みしめられた。

「気持ちいいだろ。お前の声も聴かせろよ」

いつのときも、声を聞かせるよう懇願するファラミアを、ボロミアは揶揄した。口内で締め付けた指を舌がチロチロと舐め上げる。

唾液を零しながら指を舐め上げる舌の動きに、ファラミアは唇を緩ませ、かすかなため息をついた。どうしてもボロミアを抱きしめたくなって、背中へと腕を廻して拘束しようとすると、ボロミアは首を振って拒む。

「ほら、びしょ濡れだ」

口内から見せつけるようにファラミアの濡れた指を取り出し、鼻先へ突き付けると、彼は弟を抱きしめた。

「わかってるだろ。私はまだ満足してやしない」

ボロミアはファラミアの太股の上へと乗り上げると、すこしやわらかくなっていたお互いのものを、腹に擦り付けるように微妙に腰を蠢かした。そして、ファラミアの手を自分の背後へと導く。

「お前もだろ?まだ楽しむための時間は十分ある」

ボロミアの手は、躊躇いもなく己のもっとも気持の良い場所へとファラミアを導いていった。

促されるまま、ファラミアの指は、襞の淵にかかり、中心を軽く押すようしてボロミアに期待させながら、それをかわして尻全体の肉を掴んだ。

「んっ・・」

ボロミアは首を振ってこの行為を拒んだ。

もっと直截的な刺激を求めて、ファラミアのいたずらをやめさせようと、両手を背後に廻す。

ファラミアは、その手を掴んでボロミア自身に彼の尻をつかませた。

ボロミアは両手で自分の尻を広げる形をとらされていた。

「っっ!なんてことをっ」

「兄上を十分気持ちよくして差し上げたいんです。すこし協力してください。大きく広げていてほしいんです。・・・穴が横に広がってしまうくらい大きくですよ」

抗議の言葉がこれ以上続かない内に、ファラミアはあやすようなキスをしながら、先程までの交合で十分柔らかくほぐれている穴の中へ、指を2本滑り込ませた。

「・・・んっ」

鼻にかかった声を漏らしならが、ボロミアの腰が跳ね上がる。ファラミアの長い指がゆっくりとした動きで中を擦り上げると、離そうかどうしようかと、迷うようにゆるく掴まれていた手が、明確な意志のもと左右へと押し広げられる。

感触を味わうように閉じられたボロミアの瞼の向こうで、ファラミアは悲しいような笑みを浮かべた。

「もうすこし油を塗りましょうか。さっきまでので大分中のが流れ出てしまったようだ」

ファラミアは締め付けてこようとするきつい肉を押し開げるように、二本の指をわざと中で開いてみせたり、反対に重ねるようにして奥深くまで抉ってみせた。

その動きに、落ち着いてファラミアの腿の上に座っていることのできないボロミアは、尻を押し開いたままファラミアの指を追ってゆらゆらと腰を動かす。

「ああ、本当に横に広がっている」

ファラミアは動きを止めさせるように逞しい背中を抱き寄せ、残った方の手で、ひくつく穴の淵をなぞった。

「あまりつつしみ深い乙女ではないようですね」

ファラミアの言いように、ボロミアは鼻の上に皺を寄せた。

淵だけを辿る指を嫌がり、身を捩るが、ファラミアも、こんな可愛らしい兄を離す気はなかった。広がり具合を確認させる為に何度も周辺を辿り、そのまま浅い挿入をくり返し、結局、ボロミアはそんな愛撫にすら喘ぎをもらした。

「腰がゆれてますよ」

うっすらと汗に覆われた首筋を舐め

「もっと深くですか」

自分から腰を落として、ファラミアの指を堪能しようとするボロミアを笑って、ファラミアは、わざと引っかけるようにしながら指を引き抜いた。

ボロミアは不満に鼻を鳴らす。

「なんて、はしたない」

ボロミアが硬くなったものを腹へと擦り付けてくるのを、撫でるような強さで尻を叩いて諫めると、ボロミアは食い込むほど強く尻を握っていた手を離し、食らいつくようにファラミアの首へとしがみついてきた。首筋にくり返されるキス。

うわごとのようにくり返されるファラミアの名前。

「兄上。私のものをほんのすこし舐めてくれませんか。あなたをもう少し気持良くしてあげるために、あなたの口で濡らしてほしいのですが」

ボロミアは、素直に乗り上げていた太股から下りると、ファラミアの足の間に身を置いた。

柔らかで肉感的な唇がファラミアを迎え入れ、躊躇いもなく開かれる顎が、あたたかくしめった感触をファラミアに味合わせる。

「兄上も指なんかよりこちらのほうがいいでしょう」

口内を存分に差し出すボロミアに、ファラミアは片眉を寄せ、押し寄せそうになる衝動を耐えた。

「・・っ」

「兄上。そんなにされると一度あなたの口を汚すことになってしまいますよ」

ファラミアは熱心に動く金の頭を押しとどめ、ボロミアの顔を上げさせた。

「兄上だって満足していないんでしょう」

ゆっくりとボロミアが頭を上げる。

「乱暴なことはするなよ。また途中でやめにするなんて嫌だからな」

自分から寝台へと横たわり、足を開く兄にファラミアは身を重ねた。

 

「どうです?」

「ああ、いい。気持ちいいよ。」

奥を抉るたび、眉間によるしわの影が美しいと思った。

腰を引き寄せようと、廻された恥知らずな足すらいとおしい。

兄の魅力に自分はすっかり参っているが、この無邪気ですらある欲望は、ファラミアだけに向けられるものではない。それがファラミアの心を傷付ける。

「ここが好きですか?」

ファラミアは、先の部分を使って、奥を何度も擦る。幾度もこね回され、もう中全体が快感のありかとなっているボロミアは、ひくつく体でその感想を如実に伝え、その上、素直に何度も頷く。

「あ?・・・ああ。・・・なんで?」

ファラミアをきつく締め上げて、自分の快感をむさぼり尽くすように味わっていたボロミアは、ほとんど全てを抜いてしまって、突き上げてこないファラミアをいぶかしんで瞼を開いた。中が淋しい。

「・・・どうした?」

背に廻していた手で硬い表情をした頬を辿る。

「ん?」

頬から首、胸元へと指を滑らせながら、繋がっている腰を揺らして、続きを催促する。

「・・・兄上」

ボロミアに促され、ファラミアはその希望を叶えた。ゆっくりと深く突き入れられ、ボロミアは満足の吐息をもらす。

「・・やはり今日は、気がのらないのか?」

ファラミアを深く入れたまま、ボロミアはファラミアを抱きしめ、髪に、耳へとキスをする。

「もしかして」

ボロミアはため息をついた。

「また、私のことが噛みたいのか?」

 

ボロミアのささやきが、ファラミアの耳を甘く噛んだ。

羞恥、絶望、渇望、混乱する感情がファラミアの体の奥から吹き上げてくる。

言い当てられるのは衝撃だった。与えられた現状では満足できず、自分の足下に兄をつなぎ止めておきたいという暗い欲望が目の前に晒される。

「兄上」

ファラミアは、喉の奥から叫ぶような辛い声で兄の名を呼んだ。そして何かに耐えるようにボロミアにしがみつき体を震わせた。

 

「気にするなという方が無理なのか?」

ボロミアは弟の髪をなでた。

「契約など交わす前から、王とは・・・もう、ずっとそうだった。わかっていたんだろう?」

「知ってます。・・・でも、」

抱きしめていた腕を解き、腰を引こうとしたファラミアを、ボロミアは離さなかった。

「いろよ。私はこのままがいい。このままだって話くらいできるだろ」

腰を絡め取っていた足は緩く開かれたものの、くわえ込んだものは粘膜を押し広げたままだった。熱いぬめりがファラミアを包み込んでいる。

「はっ」

ファラミアは兄の大胆な態度に思わず笑いが洩れた。しかし、その笑いはあまり気分のいいものではない。

自分の肩を撫でるボロミアの手をシーツへと押しつけ、手首の内側に歯を立てた。

「そんなところが噛みたいのか?」

「ここだけじゃないんです。兄上の体全部、見えるところも見えないところも全て全部ですよ」

「そんなことしたって」

「わかってます。今日、王は契約書にサインした。いや、サインなんかなくったって、兄上が王に全て与えていることなんて、とっくに、とっくに!」

ファラミアは立てていた歯を閉じようとし、眉間にしわを寄せて、じっと何かに耐えると、その部分を何度も舌で辿った。

「ええ、兄上は私一人のものじゃない」

「ここだって、私一人のものじゃない。」

ファラミアは腰を動かす。

「お前が好きだよ。それじゃ、だめか?」

「だめじゃない。だめじゃないんです。だた、兄上に許される唯一の男になりたい・・・だけなんです」

ファラミアの眉間のしわは深まり、目は哀願するような色をたたえた。

「王は、兄上をどんなにも満足させてくれるのですか」

「兄上を抱いた男達は、どんな風にあなたを感じさせてくれたんですか」

「私だけを・・・・いえ、私は兄上を愛していていいのでしょうか」

多分、ファラミアは言おうとした内容を変えたのだ。

声は激昂したように激しくなり、しかし、最後は消え入るように小さくなった。

 

ボロミアを見つめる青い目には思い詰めた激しい情熱があった。

その表情も、体が発する熱さえも、頑なにボロミアを求め、絡め取れるものならばそうしたいと欲している。

幼い頃、小さな手が精一杯伸ばされ、兄のマントの裾を掴んで安心したように、今は貪るようにボロミアを求める。

震えるほど握りしめられた硬い指が痛ましかった。

ボロミアは全身で縋り付く弟を優しく抱きしめた。

あの頃、振り返るとあったように、今にも涙がこぼれてきそうな長い睫毛が、いまもここにあった。ボロミアは、涙がこぼれだしてしまわないよう、思わず唇を寄せる。

「私は、痛いだけの行為は好きじゃないんだ。知ってるだろ?

・・・だけど、ファラミア、お前には許すよ。それでお前の気が済むのなら、何度でも、私の体に印を刻めばいい。私はそのまま王の前にも立とう。ただ、・・・そんなことに価値があるとも思えないが」

ファラミアは大きく目を見開いた。歓喜が瞳に広がる。

ファラミアは許された。

ボロミアの体に印を残すことを許された唯一の男になった。

 

至福感が全身に広がる。

 

しかし、全身がその意味を味わうと、今度はじわじわと苦い痛みが襲ってきた。

その苦さは、なにに例えたらよいのだろうか。

 

「まるで、なわばり争いをする犬のようだ」

ファラミアは口の中で呟いた。

誰に、それを見せるというのだ。

いや、誰かが見ると分かっているからこそ、自分は兄の体に印を刻みたいのだ。

ファラミアは唇を噛みしめた。

自分は、もう、誰かとこの人を共有することを認めているのだ。

ファラミアはボロミアから身を引くと、とうとう涙をこぼして項垂れた。

 

それでも、ファラミアはボロミアの足を大きく開いて、まだ、濡れた粘膜を赤くさらす穴のすぐ近く、足の付け根の肉を噛む。

ボロミアの体が固く緊張した。

押し殺したうめきが口から漏れる。

「兄上」

ためらいが一瞬力を弱めた。だが、ファラミアは跡を残すために強く噛み直す。

涙がこぼれる。

肉が歯の形にくぼんでいた。唾液のついた部分は赤く腫れ上がっている。

「すみません」

「平気だ。こんなことは誰にも許さない。お前だけだ。愛しているよ」

「・・・兄上」

事を終えたファラミアは、力が抜けたようにボロミアの足の間に座り込んでいた。

瞳は力無く、後悔や逡巡が見え隠れする。いや、その顔は、日頃の理知的な表情と比べるまでもなく卑屈である。

探るようなボロミアの視線に顔をふせ、情けなく笑うファラミアを、兄は抱いた。

 

「さぁ、おいで」

ボロミアは涙の残る青い目に唇を寄せると、大きく腕を開いて弟を抱きしめた。緊張に肩を硬くするのを、何度もさすってやって落ち着かせる。

「愛しています」

ファラミアの声は鼻にかかり、切なかった。

「愛してるよ。お前が誰よりもかわいいよ。お前が一番大事だ、ファラミア」

「・・・・・」

ファラミアの唇が、何かを言おうと形を作りかけ、かすかに震えると言葉は呑みこまれた。

 

痛みに耐えた兄をいたわるように、優しく優しく、ファラミアは唇でボロミアの体を辿った。愛しさに耐えかねたように、時々、キスを落としていく。

ボロミアが照れたように嫌がっても、ファラミアは彼の体を辿った。

胸の小さな乳首を唇でそっと包み、金の毛に隠れた臍を舌でノックする。

立ち上がったままの勃起には、零れだした液体をきれいに舐め取ってしまうまで、舌をつかった。

そのまま、力強い太股にキスをくり返し、膝の裏の窪みをゆるく、今度は本当にゆるく噛んで、くるぶしには頬ずりをくり返した。

足の指は一本一本口に含む。

「兄上、少し苦しいかもしれませんが、跡が見えるように足を高く上げてもいいですか」

ようやく愛撫をやめた弟に、ボロミアは、自分から両足を抱え込んで胸に付くほど折り込んだ。跡だけでなく、全てを晒すボロミアの勃起は、さっき全てをきれいに舐め取られたばかりだというのに、もう、あふれ出した液で、てらてらと光っている。

「ああ、兄上。大好きです。兄上」

ファラミアは、薄く口を開いてキスを求めるボロミアに応えながら、噛み跡の残る足の付け根よりもっと奥の、気持の良い場所に自分を埋めてゆく。

「兄上」

何度もはぐらかされて、相当焦れているボロミアの肉は、ファラミアを熱くきつく締め付けた。中を擦るのにあわせ、腰が揺れて貪欲に快楽を味わおうとしている。

「ああ、もっと、もっとしてくれ、ファラミア」

足を引き寄せていた両手は、ファラミアの尻に回り、引き寄せようと指を食い込ませている。

「・・・いい」

もう、ボロミアの声はうめきと大差なかった。

「兄上、兄上を私だけのものにしたい」

ファラミアは食いしばった歯の間から、引き絞るような声を漏らした。そして、腰を強く何度も打ち込む。

「あ・・ああっ」

ボロミアの口からは艶めかしい色さえついていそうな声が上がる。

「っ。いい」

ファラミアは尻を掴むボロミアの手を振り払うと、足首を掴んで、そのまま彼の頭の上まで持ち上げた。

苦しそうに腰が浮くのを下にクッションを引き込んで形を落ち着ける。

押しつぶすようにのし掛かって奥を抉った。

「深・・・い」

エビのように体を曲げたくるしい体位のまま、掴まれた足首も離してもらえず、ファラミアを受け入れる。

さすがにボロミアも苦しくて声を漏らした。

しかし、ファラミアが最初の一撃のままに、ただひたすら深く最奥を割り裂くのではなく、ボロミアの呼吸にあわせ、ゆるく腰を揺すりだすと、声にも艶が戻ってくる。

ボロミアがきつく目を閉じ、己の快楽の中に深く入り込んでいくのを見ながら、ファラミアは瞳に暗い色を浮かべた。

ボロミアの瞳が閉じられると、まるで自分がいなくなったように感じる。

彼を抱いているのが自分だと無理にでも分からせてやりたくなる。

「このまま、殺してしまいたい」

快楽にたゆたう兄を見ているうちに、ファラミアの口から、自分でも思っていなかった言葉が零れた。

しかし、驚きは最初だけで、その言葉こそが自分の真実だと理解する。

兄にわびる気持もおきなかった。

この瞳を開かせ、自分だけを映させながら、息の根を止められたら。

 

無理な体勢での挿入にも関わらず、ねっとりとした液体をこぼし続ける勃起を腹でかすめる。後ろへも深く、浅く、快楽への奉仕を努め続ける。

「ああ・・・あっ・・いい」

ファラミアの動きに翻弄されるボロミアの口からは甘やかな吐息がもれつづけている。

「兄上を私だけのものにしたい」

一度堰を切った気持はぼろぼろと口から零れていった。

「兄上はもう一度死ねばいいんだ。このファラミアの手のなで!」

「死ね。死んでしまえ。愛してる。愛してる!」

言葉の激しさとともに、打ち付けられる腰の強さに、快感以外のどんな感覚も遠い彼方にかすんで。

汗なのか、涙なのか、ボロミアの唇に塩辛い水が何滴か落ちてきた。

「殺せばいい。殺してくれていい」

足首を頭の上で強くベットへと押しつけられ、もう、兄でも、戦士でもない格好で、ボロミアは叫んでいた。

「殺せ、殺してくれ。ファラミア」

兄の叫びに、ファラミアは身を震わして射精していた。

苦しそうに首を振るボロミアの唇を追いかけ、息さえとめるような口づけで呼吸を奪う。腰を擦り付けて、ボロミアも熱い液体に腹を濡らした。

 

舌を絡め、息を奪い合い。

長く続いた絶頂が去る頃には意識が薄れかけていた。

ファラミアは、いつの間にか応えなくなったボロミアの舌に己を絡める。

「兄上、大丈夫ですか?」

二人して死の淵から戻ったような気分だった。

執拗に掴んでいた足首を離し、ボロミアの体をあらためて抱きしめると、錯覚だとは分かっていても、驚くほど気分が良かった。

キスの途中で意識を失い、力の抜けた兄を心ゆくまで抱きしめる。

そして、思い出したように、少し色をなくしたボロミアの唇に触れ、呼吸を確かめるとファラミアはそっと安堵の息をもらした。

「良かった・・・殺したかと思った」

しかし、隆起する胸に手を置き、心音を感じると、わずかにだが、言葉とはうらはらな気持が胸の中で軋りを起こす。

「良かった。兄上が生きていてくれてよかった」

それを無視し、ファラミアはもう一度言葉にした。

 

月が照らす部屋の中には、わずかばかりの呼吸音だけとなった。

 

                                                                END

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初めて書いた指輪ものです。

おかげで、愛だけがつっぱしる結果となっております。

ボロミアさんが好きなんだよう!!

ファラミアの性格がねじ曲がってて申し訳ありません。

でも、ファラミアも、大好きです。

えっと、王冠の裏側がこの話とつながってます。

そっちは、王様とやりまくりです。

よろしければ、そちらも読んでみてください。