彼の足元に

 

旅の一行が、足を止めたのは、小さな森の入り口だった。もうすっかりと太陽が沈み、ホビット達の足は、棒のようになっていた。太陽が天上にあるうちは、それでも、互いに口を利くだけの元気があったが、いまは、誰も、口を開こうとしない。

一行は沈黙のまま足を止めていた。松明を焚いて足を進めるには、獣が危険であり、また、それだけ無理をしても、一行に稼げる旅程は望み薄だった。

皆、始まったばかりの旅に慣れることが出来ず、疲労が溜まり始めていた。

「ボロミア、あんたはここに残って…」

アラゴルンは、足を止めることにした場所の安全を確保するため、周りを見回りに出かけようとしていた。身の軽いレゴラスが、先に見回りに出かけていたが、レゴラスには、自分よりはるかに弱いホビットや人間の危険というものが、まだ良く分かっていなかった。

明日何事も無く朝を向かえるためには、アラゴルン自身が出かける必要があった。そして、その間、指輪保持者たちを守る者も、必要だった。そのための発言だった。

「…あっ、ボロミア…」

フロドは、小さく声をかけようとし、きまず気に視線を伏せた。踏み出しかけていた彼の足元で小枝の折れる音がした。

そんな音が聞こえるほど、辺りは静かで、旅の一行の誰も口を開いてはいなかった。フロドは、気遣わしげな目をするサムに、薄く笑って顔を横に振った。

ピピンとメリーも、疲れた顔を見合わせ、小さくため息をついた。

ボロミアは、振り返らなかった。アラゴルンの声が聞こえているはずなのに、重い荷物を肩から下ろすと、剣を下げたまま森に入って行ろうとしていた。

ボロミアの横顔は固い。

そんな彼を目で追いながら、ガンダルフと、ギムリが、アラゴルンを見た。

「…あの旦那は、どうして、あんたをそんなに無視するんだね?」

「…さぁ…」

ギムリの疑問には答えず、アラゴルンは曖昧に首を振った。ボロミアの背が、生い茂る木の陰に隠れようとしていた。アラゴルンは、真っ直ぐに伸びた背中を見守りながら、ガンダルフに頷いてみせた。ガンダルフは、深い瞳の色に、いくつもの言葉を浮かべていた。

辺りは、夜の闇に包まれ、雲の多い今夜は、星明りを頼りにすることも出来なかった。

この闇では、長く野を流離ってきたアラゴルンでさえ、遠くを見通すことができない。

一人、森に入ることなど、ボロミアには、とても危険だった。それは、旅慣れていないホビット達ですら、分かることだった。

見交わす視線が自然と重いものになった。

「まぁ、いいさ。森の中にはレゴラスもいる。お前たちはとにかく身体を休めることが先決だ。ボロミアも馬鹿じゃない。そんなに森の深くまでいくわけあるまい」

ガンダルフの一言に、サムが腰を下ろした。立っているだけで、気を失いそうになっているピピンたちも、糸が切れたように土の上に座り込んだ。

互いのことを思いやっている余裕すら、なくしかけていた。

無言で、小さな火をおこし、一行は休むための準備を始めた。

その様子を見守りながら、森に入り、一行から姿を消すわけにいかなくなったアラゴルンは、通ってきた道を、ほんの僅かに、戻った。

光の無いなか、冷たい地面へと厳しい視線を巡らせる。

「…ふう」

地面には、大型の獣の足跡はなく、狼のような肉食獣の糞も見当たらない。

アラゴルンは小さく息を吐き捨てた。

 

森の中には強い風が吹いていた。

レゴラスは一番大きな木の上にいた。そこから、臆病なほど慎重な足取りで森を進むボロミアを見つけた。

レゴラスは、するすると木を降り、ボロミアに近付いた。

足音も立てず、近付いたレゴラスだったが、ボロミアは剣を抜いた。彼は、怯え、両手で強く剣を握っていた。

レゴラスは、ボロミアに向かって弓を構えた。ボロミアの剣が雲の切れ間から覗いた星を弾いて光ったのが、理由といえば、言えるかもしれない。何もかもレゴラスの方が正確だった。

ボロミアの引きつった頬と、レゴラスの無感動な瞳が交錯した。

「…レゴラスか?」

「そうです。ボロミア、剣を収めてください」

レゴラスは、ボロミアの心臓に弓の狙いを付けたまま、ボロミアに声を返した。木の葉に隠れるレゴラスは、ボロミアの剣が届く範囲には入っていない。

ボロミアの唇がゆがんでいた。

「これ以上あなたが、森に入るのは危険です。何故、アラゴルンが来ないんですか?あなたが来ても役に立たないでしょう」

レゴラスの青く透き通った目は、落ち着き無く瞬きを繰り返すボロミアを正確に捉えていた。ボロミアからはレゴラスの顔にどんな表情が浮かんでいようが見ることができなかった。

「ボロミア、剣を収めなさい。あなたは、私が獣に見えますか?」

レゴラスは、弓を下ろしてボロミアに近付いた。レゴラスの整った顔が、ボロミアにも見える距離まで近付いた。

レゴラスの瞳が、何の感情も浮かべていないのが、ボロミアを追い込んだ。

レゴラスは、小娘のように怯え、仲間に対して剣を向けたボロミアをただ見つめていただけだった。

レゴラスが自分を下げずまないことがボロミアの胸に刺さった

「どうしてアラゴルンがこないんですか?あなたでは、危険でしょう?」

「私にだって」

「あなたに何が見えるというんです?」

レゴラスの言葉は冷たかった。

「あなたは、何も見えない。そして、疲れている。あなたは、今日も、ホビット達の荷物を余分に運び、崖の上では、綱を掴んでいた」

ボロミアは、言い返した。

「当然のことをしたまでだ。見回りだって、私がしてもいいはずだ」

「いえ、あなたはではダメです。あなたに何がわかるというんですか?私を獣と間違える程度にしかものを見ることもできないくせに」

ボロミアは、拳を握った。レゴラスの顔は、小憎らしいほど落ち着いており、ボロミアが傷ついていることなど、わかっていないようだった。

そうだ、わかっていない。

ボロミアは、自分を落ち着けるため、何度か大きく息を吸い込み、レゴラスに背中を向けた。抜いたままだった剣をしまい、ゆっくりと振り返った。

これで、いくらか落ち着いて見えるはずだと思った。

しかし、強い風が吹いていた。風は、レゴラスの髪を流し、ボロミアの短い髪でさえ、煽り顔を隠そうとした。

「ここは、安全なのか?」

「私が見る限りでは、安全です。ただし、私がみる限りです。私の目は遠くまで見通すことができますが、アラゴルンは、それだけではいけないといいます」

「ああ、そうなんだろう。だが、今日は私が見回りに来たんだ。ここまでの間、見たのは野ねずみのような小さな獣ばかりだった。ここは安全だ」

木の葉を吹き飛ばす風の中にあっても、レゴラスは、とても優雅だった。乱れる髪も、彼の尊厳をかけらも奪いはしなかった。彼は、公正さも失っていなかった。レゴラスの言っていることは、正しいことばかりだ。ボロミアは、もう一度強く拳を握った。

ボロミアは、すさみそうになる気持ちを奮い立たせた。

「もう、戻ろう」

レゴラスは否を唱えなかった。ボロミアの隣に立ち、軽い足取りで、前に進んだ。ボロミアの方といえば、自分の足元さえ覚つかず、何度もけつまずくことになった。

レゴラスが、手を貸そうとしないことが、ありがたかった。彼は、畏敬の念すら抱きたくなるような整った顔を前に向け、小さな小枝すら踏まぬようにして音を立てずに先へと進んだ。ボロミアは、次第にレゴラスの後を追うようになった。彼の通った場所を歩けば、無様を晒すことはしなくても済んだ。

「ボロミア」

レゴラスが、振り返らず声を掛けた。

「ボロミア、あなたはアラゴルンに従うべきだ」

レゴラスの声は、大きくはなかったが、小さすぎるということもなかった。美しく結われた金の髪が揺れる背中は、ボロミアが心配するような感情を浮かべていなかった。

ボロミアは返事を返さなかった。勿論、聞こえなかったわけではない。レゴラスの言葉は、今、森に吹く強風よりも、強くボロミアの内部を吹きぬけ、大きな動揺をもたらしていた。動揺が強すぎ、ボロミアは、口を閉じてしまう必要があった。

「アラゴルンは敬うべき人です。ボロミア、特にあなたにとってはそうでしょう。私はもうあなたに説明しました。あなたは取るべき態度を間違えている」

レゴラスの背中は凪いだままだった。

だが、だからといって、ボロミアが落ち着いていられるわけではなかった。

「…わかっている」

ボロミアは、履き捨てるように言葉を背中に叩きつけた。しかし、弓を負う背中は、なんの変化も無かった。食いつくような目を向けられた、裂け谷での、会議の時の方がましだった。

「わかっているのならいいです」

レゴラスの返答はそっけなかった。ボロミアにもわかっていた。旅が始まって以来、何度もアラゴルンを無視した自分をレゴラスが軽蔑するのは、当たり前だった。こうして口を利き、忠告をくれるだけ、彼は親切だと言えた。

また、ボロミアは、木の根に躓き、ちいさくたたらを踏んだ。レゴラスは振り返らなかった。風が大きな音を立てて森の中を吹き抜けていった。

ボロミアの目にも、仲間が点した小さな焚き火が見えるようになった。

 

森から戻ったボロミアに、声を掛けるものはいなかった。

小さなホビットたちは、互いを庇いあうように纏まって眠りについていた。ドワーフは、気遣わしげな目を寄越したが、魔法使いは、ボロミアに視線さえ送らなかった。

野伏は、静かな目をして焚き火を見つめ、パイプをふかしていた。

「危険はなさそうです」

「そいつはよかった」

レゴラスの言葉に、ドワーフが何度か頷いた。ドワーフは、ホビットに近寄り、自分も身体を横たえた。

「わしは、先に眠らせてもらうよ。なんせ今晩は風が強い。こんな夜は早く寝るに限る」

ドワーフの、夜番は、明け方だと決まった。身を横たえると同時に、ギムリは大きないびきをかきはじめた。残った四人は、探るように視線を交わした。

「わしも、先に眠らしてもらおうか」

ガンダルフが、腰掛けていた岩の上から立ち上がった。誰も異議をとなえなかったので、魔法使いは、ギムリのいびきがうるさすぎないところで、身体を横にした。

「私は…」

ボロミアが、目を伏せたまま口を開こうとすると、アラゴルンがそれを遮って立ち上がった。

「レゴラス、申し訳ないが、しばらく夜番を務めてくれ。俺はボロミアに話がある。長く戻らないことになるかもしれないが、適当にあいつらを起こして、代わればいい」

アラゴルンは、いたいけな姿をしたホビット達に顎をしゃくった。レゴラスは、薄く笑って顎を振った。

「いいんだぞ。あいつらだって、勇敢だ。夜番を務めるのになんの問題も無い」

「ええ、居眠りさえしなければね」

アラゴルンの軽口に、レゴラスは口元を緩めた。静謐な印象のあるエルフは、それだけで、とても優しい顔になった。

「ゆっくりしてきてくれて構いません。どうせ、私は殆ど眠らない」

「それでも、身体は休めたほうがいい」

アラゴルンは、レゴラスの肩に手を掛け、軽く叩くと、森に向かって足を進めた。

置いていかれた格好になるボロミアは、顔を伏せたままアラゴルンの後に従った。

レゴラスの視線がうるさいほどボロミアを伺ったが、ボロミアは、顔を上げず、アラゴルンの後を追った。

風が、吹いていた。アラゴルンは、エルフと同じように危なげなく森を進む。

ボロミアは、俯いたまま、アラゴルンの後を追った。

 

強い風に、昼間あんなにも空を覆い尽くしていた雲は、どこかへ吹き飛ばされていた。足元は先ほどよりよほど明るく月の光に照らされていた。

アラゴルンは、小枝さえ踏むことなく森の奥へと進んでいた。

後ろを付いてくるボロミアは、何度も木の根に躓き、石を蹴り、アラゴルンとの間に次第に距離が出来始めていた。

足元は、ボロミアにだって充分見えていたはずだった。そうでなくとも、この道は、先ほどボロミアが森から出るために使ったものだ。そうあちこちに足を取られることなど、考えられなかった。

しかし、アラゴルンは、ボロミアが遅れるにまかせ、彼との距離の開きを修正しようとはしなかった。

あちこちの枝を踏むボロミアの無様な音を聞きながら、奥へ奥へと進んでいく。ボロミアの目が、アラゴルンの背中を捕らえられるだけの距離を、彼は、計算していた。

ボロミアの足が遅れる理由も、アラゴルンには、分かっていた。

この森で、ボロミアはその理由を受け入れることになる。

アラゴルンは、先ほど、レゴラスがボロミアに狙いをつけた。丁度その場所に、立ち止まった。

 

ボロミアは、アラゴルンに追いついた。星はさきほどよりよほど多く煌いていたが、森の木々がアラゴルンの顔を隠していた。表情を知ることが出来ない。

ボロミアは肩に力が入るのを感じた。

何を言い出されるかくらいは、ボロミアにも見当がついていた。そして、言われたことに素直に頷くことができない自分がいるのも、知っていた。

口を噤んでいるのは気まずかった。だが、話すこともなかった。

先ほどまであんなにも吹いていた風が凪いでいる。

ボロミアは、何気なく空を見上げた。

「っ!!!」

本当に一瞬のことだった。ボロミアがアラゴルンから意識を反らした瞬間、アラゴルンは、ボロミアの懐まで距離を縮めた。

走ったというより、飛んだ。というのが正しいような速さだった。ボロミアが身構えることも出来ずにいるうちに、アラゴルンの拳が、ボロミアの腹にねじ込まれ、呻き声を堪える間に、ボロミアの剣が、アラゴルンによって抜かれていた。

恐ろしいような早業だった。ボロミアの剣は、星の光をうけ、煌きながら木々の向こうへと投げ飛ばされた。

ボロミアは、剣の落ちていく先を目で追うことしかできない。

ごとり。という音を立てて剣が落ちる時には、アラゴルンの拳が、もう一度、ボロミアの腹に決まっていた。

あまりの威力に吐き気がこみ上げる。

「アラ…ゴ…」

ボロミアは、うめきと一緒に殆ど入っていない胃の内容物を吐き出さぬよう注意しなければならなかった。

アラゴルンの名を呼ぼうとしたが、彼の目が、暗い怒りに燃えているのを知って、続きを呼ぶことができなかった。

アラゴルンは、口を開こうとしない。そんな時ではないとばかりに、身を低くして、ボロミアに蹴りを繰り出そうとしていた。

ボロミアは、崩れ落ちそうになっていた身体を建て直し、後ろへと飛んだ。口の中にはすっぱいものがこみ上げ、腹の痛みに、小さく息をするしかなかった。

野伏の拳は、執念深くボロミアを狙っている。

お互いの吐く息だけが、辺りに散らばっていく。

アラゴルンは、ボロミアに殴りかかる振りをして、彼が身体を後ろに反らしたとき、足を払った。ボロミアが、土の上へと転がる。

アラゴルンは、その上へと覆い被さろうとした。

しかし、ボロミアは、土の上を転がり、素早い動きで、立ち上がった。膝を突いたアラゴルンの方へと、駆け寄り拳を突き出してくる。

拳は、アラゴルンの耳の側を大きな音を立てて通り過ぎた。

アラゴルンは、その腕を掴んで、ボロミアの身体を止めた。がら空きになっている腹に、膝先をめり込ませる。

ボロミアの口が大きく開かれ、息が吐き出された。

白い頬が更に色をなくしている。

アラゴルンは、容赦なくボロミアを蹴った。ボロミアは、闇雲に手を振り回し、アラゴルンの髪を掴んだ。

指に絡んだ髪を、首が反り返るほど、強く引く。アラゴルンは、ボロミアの掴んでいた腕を放した。

ボロミアを突き飛ばし、距離を取る。

ボロミアは、最後までアラゴルンの髪を掴んでいたため、アラゴルンにも痛みを残した。

二人は、暗い森の中でにらみ合う。

お互いに、相手の隙を伺っている。

アラゴルンは、ボロミアの目に向かって手を伸ばした。とっさに避けようとするボロミアに向かい、残りの拳をめり込ませる。拳が決まり、ボロミアの身体が強張ったところで、伸ばしていた手で、ボロミアの顔を掴んだ。

頬に指を食い込ませる。顔を避けようとするボロミアに頭突きを食らわせた。

「ボロミア、俺の言いたいことは、分かっているだろう」

ボロミアは返答をしなかった。つかまれた頬を震わせ、アラゴルンを強く睨んだ。

互いに獣のように光る目でにらみ合った後、ボロミアは、大きく顎を振り、アラゴルンの手から逃れた。

アラゴルンは、逃がしはしなかった。腕を掴んで、背中へとねじり上げる。

「ボロミア、言ってみろ。俺は何者だ」

ボロミアは、力任せに逃げようともがいた。腕の骨が折れるような痛みが襲っていた。アラゴルンは、ボロミアの背中に力を入れ、ボロミアに膝を付かせた。

ボロミアの背中に、アラゴルンは、足を掛け、彼の抵抗を封じ込めた。

腕の痛みは、ボロミアが暴れさえしなければ、襲ってこなくなった。背中にアラゴルンが足を掛け、体重をかけてくるので、暴れることもできない。

「ボロミア、言え、俺は誰だ」

「野伏だ。あんたは、野伏だ」

ボロミアは、声を吐き出した。言われるままに答えを返す自分に、屈辱を感じ、頭へと血が上った。

アラゴルンの重みに逆らい、動こうとすると、ねじり上げられている腕がもがれそうだ。

「野伏に、従うのはそんなにも嫌か?」

アラゴルンは、ボロミアの腕を引いた。抵抗しようとしていた、ボロミアの動きが止まる。痛みに、ボロミアの身体がきつく固まった。アラゴルンは、ボロミアの背に掛ける足に、更に力をこめる。

「ボロミア、あんたは、俺に従うことを覚えるべきだ。そうしないと、近いうちにあんたは死ぬ」

「…俺は、死なない」

ボロミアは、アラゴルンを振り返り、顔に向かって唾を飛ばした。

アラゴルンは、身を引き、ボロミアの手を離した。

ボロミアは、素早く立ち上がった。しかし、ねじり上げられた腕は、痺れ、拳を握ることが出来ない。

アラゴルンは、冷たい目でボロミアを見た。ボロミアの右腕は、だらりと下がっている。

ボロミアは、気力だけでアラゴルンを睨み返し、なんとか、アラゴルンの隙を突こうと機会を探した。

アラゴルンに、隙は無い。ボロミアの調子に合わせるような、余裕さえ持ち合わせている。

ボロミアは、隙を突くのを諦め、アラゴルンへと掴みかかった。

組み合わされた指に力をこめるが、剣を握るために、グローブをしたままなのが、悔しかった。グローブが無ければ、長くなった爪で、アラゴルンの手を抉る事だってできた。

アラゴルンの呼吸は荒くなっていたが、相変わらず余裕の表情を浮かべていた。

訓練を受け、戦いを学んできたボロミアなど相手にならないとでも、いいたげだ。

事実、ボロミアはつかみ合う手に気を取られすぎ、アラゴルンに足を払われ、大地に転がった。

「ボロミア、あんたが、俺に従えないのはなぜだ?」

「なぜだって?なんで私があんたに従う必要がある」

身体の上には、アラゴルンが伸し掛かり、ボロミアの顔を捉えて、指を食い込ませた。

「あんたは、必要なこと以外に気をとらえすぎているのではないのか」

アラゴルンの言葉に、ボロミアはかっと頬に血が上るのを感じた。

必要なこと以外!

ゴンドールの王のことを考えるのが必要なこと以外!

ボロミアは、アラゴルンの言葉に、全身に怒りが込み上げた。

気が遠くなるほど民が待ちつづけた王のことを考えるのが、必要なこと以外!

アラゴルンに出会って以来、拘りつづけたことを否定され、ボロミア頭が真っ白になるほど、怒り狂った。

ボロミアは、頬に食い込むアラゴルンの指を外そうと、両手で掴みかかった。

「あんたの態度が、仲間に迷惑をかけていることなど、わかっているんだろう?」

アラゴルンの指は、まるで離れなかった。たった一本の腕に、両手で掴み掛かろうと、抵抗できない。

「あんたは、仲間を良く助け、よくやっているが、今のままじゃ、あんた自身が疲弊して最初の死人になる」

ボロミアは、足を振り上げ、アラゴルンの背を蹴った。

アラゴルンは、動揺をみせない。

「そんな程度じゃ、野伏をたおせないな」

アラゴルンは、口元を吊り上げ、笑うような表情をした。

 

ボロミアは、下からアラゴルンを見上げ、睨みつけた。視線に力があったら、ボロミアのせいで、アラゴルンは強い痛みを受けたことだろう。

ボロミアは、アラゴルンの腕を掴んだまま、睨み続けた。

言われなくても、態度の悪いことなどボロミアには分かっていた。旅を無事に終わらせるために、アラゴルンに従う必要性だってわかっていた。

しかし、この男は、ゴンドールの王だというのだ。

いや、彼はそう名乗りはしない。…だが、きっとそうなのだ。

けれど、ボロミアは、いまだ、アラゴルンを認めることが出来なかった。

しかし、この男がゴンドールの王だと名乗らないことにも、激しく苛立つのだ。

「ボロミア、あんた、死にたくなければ、俺に従え」

アラゴルンは、ボロミアの視線をものともせず、ボロミアに繰り返した。

まるで言い聞かせるようだ。

「俺は、従わない」

ボロミアは、激しく睨みつけたまま、言い返した。

アラゴルンに従うことなどできない。

まだ、王だと認めたわけではない。ゴンドールに王はいない。

「あんたは、偉大な大将なんだろう。だが、この旅には、そんなあんたでも、野伏に従うほうが得策だ」

アラゴルンの言葉に、ボロミアは、首を振った。アラゴルンが、野伏だ。野伏だと繰り返すのが勘に触った。

いっそレゴラスがいうように、尊い自分に従えとでも言われたほうがいい。

だが、そう言われたとしても、ボロミアは、受け入れることが出来なかった。ゴンドールに王はいなかった。ボロミアが生まれるずっと前から、ゴンドールは王を待っていた。

不在は日常になり、王の代わりに執政が政治を執り行ってきた。ボロミアは、民を纏め、安全と幸福を守る義務を幼い頃から教え込まれた。

ゴンドールに王はいない。自分は、その不在を埋めるモノだ。

ボロミアは、アラゴルンの手を引き剥がすのを諦め、顔へと手を伸ばした。辛うじて、髪に指が届き、卑怯は承知で、強く掴んだ。

アラゴルンの食い込む指が強くなる。

ボロミアは、思い切りアラゴルンの背中を蹴り上げ、辛うじてアラゴルンの身体の下から逃げ出す機会を得た。

 

アラゴルンは、それでも、ボロミアが思ったほどのダメージを受けたようではなかった。

面白がるような顔をして、ボロミアの動きを伺っている。

ボロミアは、自分を惑わしつづける野伏の有り様に、悔しさのあまり声を張り上げた。

「レゴラスにもあんたに従えと言われた。あんたは従うべき人だと!」

ボロミアは、アラゴルンを睨んだ。アラゴルンは、ボロミアの言葉に、少し顔をしかめた。しかし、ボロミアは気付かない。怒りのあまり言い募る。

「あんたは、俺をどう従わせる気なんだ。あんたは、従わなければならない人なのか!あんたは、自分で野伏だと名乗った!」

ボロミアは、激しく息を吐き出した。怒りのあまり、勝算を考えるより前に、アラゴルンへと掴みかかった。いつも、言われていた。ボロミアさまは、気が短すぎると。

アラゴルンは、ボロミアの身体を払い、背中へと足を蹴り入れた。ボロミアの気迫に、身体が反応していた。

ボロミアは、頭から、叢へと突っ込んでいった。

彼が土の上で身体を反転させるのと同時に、アラゴルンは、ボロミアの腹へと足を蹴り入れた。激しく上下する腹筋に、ブーツをめり込ませた。

ボロミアは、うめきすら殺そうとしていた。目が食いかからんばかりに激しい色を浮かべている。

「ボロミア、あんたは、野伏に従えばいいんだ」

アラゴルンは、辛抱強く繰り返した。ボロミアの目がますます釣りあがった。

アラゴルンは、ボロミアに分かりやすい警告を与えたつもりだった。

ボロミアが、自分を王として受け入れ難く思っていることなど、分かっていた。そのことを淋しく思わないわけではなかったが、彼の誠実さを思えば、すんなりと認められるはずはないと思っていた。

ボロミアは、ゴンドールを愛している。

愛する故国の王がこんな胡散臭い野伏だと言われて、受け入れられるほうがどうかしている。心を尽くして国を守ろうとしていれば、いるだけ、認めることは困難だろう。

だから、ボロミアの前に、野伏として立ち塞がろうとしたのだ。

彼の敵わない強大な力を持つ野伏として、ボロミアを叩きのめせば、ボロミアは、野伏の力に従うようになるだろう。

アラゴルンは、そう考えた。

ボロミアも、戦士だ。敗北すれば、従わなければならないことなど知っている。力で解決するのが明快だと思った。

更にブーツの先へと力をこめる。ボロミアが、歯を食いしばった。

 

アラゴルンは、硬い腹につま先を蹴りを入れた。

ボロミアは、息だけを吐き出した。悲鳴も、うめきも堪えた彼を、アラゴルンは、哀れだと思った。

そう、ボロミアが哀れだ。

小さな旅の仲間にも気を使い、慣れない旅は同じなはずなのに、彼は常に仲間のために身を尽くしていた。自分の懊悩を押し殺し、仲間の手を引き、荷物を背負い。そして、時にアラゴルンは、背中に投げかけられるボロミアの縋るような目を感じていた。

ボロミアは混乱の中にいた。

尊く育てられた彼は、その尊さゆえに、正しい選択を選び取らなければならないと思っていた。

しかし、答えを得る時期には早い。

アラゴルンはそう思っていた。

今はまだ、ボロミアが、自分を王だと受け入れる必要はない。今は、仲間の野伏に従い、旅を安全に乗り切ることを考えるべきだ。

アラゴルンは、ボロミアを見下ろした。

そして、彼にめり込ませた足を引き、ボロミアが立ち上がろうとするところに、殴りかかった。

 

ボロミアは、不安定な体勢から拳を激しく打ち込まれ、後ろへとひっくり返った。

もう、何度、アラゴルンに打ちのめされたか数えられない。

痛む腹に耐えながら、何とか体勢を立て直そうとした。しかし、立ち上がるより前に、アラゴルンが伸し掛かってきた。

腹の上に腰を落され、身動きが取れなくなる。

アラゴルンの手が、ボロミアの頬を張った。痛みに、目眩がするようだった。

しかし、拳ではなく、平手だ。やはり、アラゴルンは、ボロミアの戦い方を舐めている。

ボロミアは、アラゴルンを睨んだ。

アラゴルンの目が、獣のように光った。

アラゴルンは、二度、三度とボロミアの頬を張った。アラゴルンの指先が唇を叩き、切れ、血が滲んだ。勢いよく振り回される腕に、頭が首からもがれそうだ。

ボロミアは、目眩を起こし、僅かの間、気を失った。

そして、目を開けたとき、首筋にあたる刃の感触を体感した。

冷たかった。

息が上がるほどのつかみ合いで、身体が熱くなっていたから、鋼の冷たさが心地よかった。

ボロミアは、恐れずアラゴルンを見上げた。

ボロミアは、アラゴルンに従うとは言えなかった。

王は…この男が王かどうかは、この目で確かめなければならない。

いまはまだ、アラゴルンに従うとは言えない。

まだ、ボロミアは、王を認めていない。

 

アラゴルンは、血を流す、ボロミアの首へと短刀の切っ先を押し付けた。

ボロミアの強情さに、自分の中の残忍さが反応していることはわかっていた。

しかし、これも、ボロミアのためなのだと、そこからは、目をそらした。

負けを認めようとしない相手に、心が沸き立っていた。いや、本当にボロミアのためなのだ。

アラゴルンは、刃を押し付けた。ボロミアは声を漏らさない。ボロミアの目に映る自分は、きっと物騒な顔をしていることだろう。

ボロミアの首筋に血が滲んだ。まだ、ボロミアは、耐えている。

「ボロミア、負けを認めろ」

アラゴルンは、ボロミアの目をのぞきこんだ。ボロミアは、アラゴルンを睨み返した。

 

ボロミアには、言えなかった。

喉はひりつくように渇き、身体は休息を訴えていた。腹だって痛い。

しかし、負けを認めることは、いまのボロミアにはできなかった。この男は、王なのだ。いや、野伏だ。でも、王なのだ。わからない。こんな分からない男に負けを認めて従うことなど、ゴンドールを統べる者として育った自分に許されるはずはない。

ボロミアは、奥歯を噛み締めた。

一言だって声を漏らすわけにはいかなかった。従いたいと感じる自分など、認めるわけにはいかない。そんな教育は、受けてこなかった。

 

アラゴルンは、首筋の刃を引いた。

鋭い切っ先は、あっけなく肉を裂き、血が、刃を伝って流れ出した。

しかし、ボロミアは声を上げなかった。

「…何を言わせたい?」

ボロミアは、悲鳴の代わりに嘲るような言葉を吐いた。アラゴルンの手に力が入る。

刃は、もう一度傷口に近付いた。

「まだ、そんな口を利くのか」

アラゴルンは、短刀に力が入ることをほんの少し許した。あまりに鋭い刃先は、ボロミアの傷口を抉った。ボロミアの身体に堪えきらない力が入る。

流れ出た血は、緩やかで、すぐさま死ぬような量ではなかった。しかし、鋼の切れ味は、ボロミアの身体にずきずきと熱い痛みを与えているはずだった。

アラゴルンにも、覚えがある。

ボロミアは、それでも、うめきすら上げようとしなかった。

 

アラゴルンは、ボロミアの強情さに頭の奥が痺れるような苛立ちを感じた。

このままでは、もっと酷いことをしでかす自分が容易に想像がついた。

アラゴルンは、止めようとする心とは、裏腹に、握り締める刃に力を入れていった。

ボロミアを貶めてしまいたい。

旅が始まって以来、従わぬ彼に、苛立ちがなかったとは、言わない。しかし、迷い縋る彼を守りたいと思ったことも事実だった。

強情なボロミアが悪いのだ。

ゴンドールという国は、何故、ただ一人の人間にここまで誇り高くあることを望むのだ。

 

「ほら、どうだ?」

落ち着きを取り戻そうと、アラゴルンは、傷ついた首筋から刃を離し、ボロミアの目の前で血に汚れた様を見せつけた。この血に怯え、ボロミアが、負けを認めればいい。野伏に従うといえばいい。そうしたら、これ以上、残忍な自分を晒さなくても済む。

ボロミアは、湧き上がる痛みに耐え、アラゴルンの視線を跳ね返した。

一歩も引かぬという意思が、目に浮かんでいた。

アラゴルンは、もう一度、首筋へと刃を戻した。ボロミアは、アラゴルンを睨んでいた。

刃は、ボロミアの肉を広げた。

血が、地面へと吸い込まれる。

ごうごうという血の流れが、ボロミアの意識を覆い尽くす。

「…ひあぁぁぁ」

痛みのあまり、とうとうボロミアの口から悲鳴が上がった。

 

ボロミアが悲鳴をあげたことで、アラゴルンは、満足した。

これ以上、ボロミアが声を上げなければ、どこまで刃を突き刺すか、アラゴルンには自信がなかった。

アラゴルンは、自分のために、短刀を腰へと戻した。そして、ボロミアの首へと手を掛ける。

白い首だった。首筋まである金の髪が、血で汚れている。

「ボロミア、負けを認めろ。ここで命を落してもいいのか?」

ボロミアは、きつく歯を食いしばり、僅かな悲鳴さえ決してあげぬという決意が見えていた。強情さに、アラゴルンの手に力が入る。

「ボロミア、言え。あんたは、野伏に負けたんだ」

ボロミアは、口を開こうとしなかった。

 

ボロミアは、傷口に掛かるアラゴルンの掌の硬さに、心臓が冷たくなるのを感じた。

アラゴルンの皮膚は硬い。野で生き抜いてきただけ、厚く覆われている。

指が、首へと食い込んだ。ボロミアの首に、力が容赦なく加えられた。

息が苦しい。耳鳴りがする。アラゴルンの強大さに意識が覆われてしまいそうだ。

ボロミアは闇雲に暴れた。上に乗るアラゴルンを振り落とそうと必死にあがいた。

首に掛かるアラゴルンの指をはがそうした。多くの傷を持つ手は、全く緩むことは無い。

ボロミアは、敗北を認める自分を予感した。

しかし、決して負けるわけにはいかなかった。

ボロミアは、ゴンドールの次代を担う執政なのだ。誇りを失うわけにはいかない。

息苦しく、気が遠のきそうだった。

アラゴルンは、力を緩めようとはしない。ボロミアの口から負けを認めるまで、この力が緩むことは無い。

ボロミアは、アラゴルンを睨みつけた。顔は、影になってみえない。獣のように煌く目が辛うじてわかる。

アラゴルンの背後にある星々のほうがよほどボロミアには良く見える。

ボロミアは、先ほどの悲鳴を恥、決して声を上げなかった。

力の前に、ボロミアは、敗れるわけにはいかない。

 

アラゴルンは、ボロミアの誇り高さに、呆れ、顔を歪めた。酷い苦しみに、ボロミアも顔を歪めている。

しかし、それでも、彼は負けを認めようとしない。

アラゴルンは、自分のやり方が不味かったのか、と思った。ボロミアは、負けを認めるどころか、力で追い詰めるほど、頑なになっていく。しかし、これ以外に方法があったのか。日々混乱を深くするボロミアを素早く助ける方法があったのか。

力に従うことは、最も分かりやすい。シンプルで、悩みなど介在しない。

野伏に従うためには、これほど楽な方法は無い。

アラゴルンは、これが最良の方法だと思っていた。

たとえ、野に生きてきた自分の乱暴な考えだとしても、最良だと信じていた。

 

アラゴルンは、意識を失いかけているボロミアの唇へと指を伸ばした。

唇は白くなり、切れた部分より流れ出る血だけが赤い。

痛ましい思いで、ボロミアの唇から零れる血を指先に拭った。

血は、途切れる事無く零れつづけている。

ボロミアの整った顔が苦しみに歪んでいる。

それは、アラゴルンの腕が、ボロミアの首を締め上げているからだ。

アラゴルンは、引きつったボロミアの頬を舐めた。血の匂いに引き寄せられるように、唇から零れ出る血を少しすすった。アラゴルンの舌によって、ボロミアの顔に、血の赤が広がる。

まだらになった顔は、それでも、アラゴルンなどより幾分にも高貴に見えた。ボロミアの気高さを、全く汚すことは無い。

敗北を口にしないボロミアは、あまりにも誇り高い。悲しい。

この口にどうした楽になる呪文をとなえさせることができるのか。

アラゴルンは、これ以上、力を篭めることができず、途方に暮れていた。

このまま行けば、ボロミアを殺すのは自分になってしまう。ボロミアを助けたいと思う自分がボロミアを殺す。

強情さも、ここまでくれば見上げたものだ。

王のことなど、今は忘れればいい。今、ボロミアの首を締め上げ、命を握っているのは、野伏だ。アラゴルンは、野伏に従うことだけを要求している。

アラゴルンは、ボロミアの顔を見下ろした。

もう僅かの時間締め上げれば、ボロミアは、王などいない国へと旅立つことになる。

 

ボロミアは、薄れてしまいそうな意識の中、アラゴルンの指が自分の唇をなぞるのを感じた。指は、今までとは無縁の繊細さで、唇を辿り、血を拭っていった。

その感触に驚いているうちに、アラゴルンの顔を近付いた。

舌が、頬を舐め、血をすすっていく。

ボロミアは、呆然とした思いで、唇の感触を味わった。

こういう感触をボロミアは、数多く体験したことがあった。

舌は、顔じゅうにボロミアの血を塗り広げた。ぬめった感触が、顔の強張りを溶かしていく。

おかしなことかもしれないが、ボロミアは、その瞬間ほっとした。

アラゴルンと交わした会話のすべてが、誤解だったと、ボロミアはそう理解した。

こういうタイプの男をボロミアは知っていた。

昔、まだ、ボロミアが若く、付け込む隙を隠せなかった頃、力でボロミアを手に入れようとした者たちがいた。そういう不器用な男達がいた。

アラゴルンは、ボロミアに服従を求めた。それが肉欲であるのならば、問題はなかった。

肉欲の介在する支配であるのなら、ボロミアは受け入れることが可能だった。

実は、その関係に、支配は存在しない。ボロミアは、求めに応じ、与えるだけだ。膝を折るわけではない。

ここで、アラゴルンの力にひれ伏しても、全くボロミアのプライドは傷つかない。

ボロミアは、アラゴルンの顔を見上げた。

 

アラゴルンは、ボロミアを見下ろした。ボロミアの瞳が何かに捕らわれているように、呆けている。

アラゴルンは、打つ手を持たない自分をごまかすように、血の匂いのする口で、ボロミアに向かって笑った。精々いやらしく口の端だけを上げ、下げずむような嫌な笑い方をした。そして、これ以上力を加えるわけにはいかない手を緩め、代わりに舌を傷口へと近付けた。意識して大きく舌を突き出し、ボロミアを弄るように顔の前で見せつけた。

舌に鉄くさい血の味が広がる。

傷口を抉ると、驚いたことに、ボロミアは、痛みに大きくうめいた。この程度の痛みなど、難なく耐えると思っていたアラゴルンは、その声に戸惑った。

ボロミアの身体から抗う力が抜け、アラゴルンの腕へと食い込ませていた指も外され、土の上へと落ちていった。

それは、急激な変化だった。そんなにも強い痛みを与えた覚えの無いアラゴルンが、慌てて傷口を確かめたほどだ。

傷は、確かに肉を裂いてはいたが、致命傷には程遠かった。舌が、肉を広げようする痛みはあるだろうが、ボロミアにとって耐えられないほどではない。首をしめる苦痛の方がよほどボロミアにとって辛かったはずだ。

しかし、ボロミアの身体からは、抵抗が消えうせていた。

アラゴルンが傷を見るために、顎を掴み、動かしても、逆らいもしない。それどころか、傷口を晒すよう、自分から顔を反らす。

「どうしたのだ?」

あまりの変化に、アラゴルンは、落ち着かなかった。ボロミアの身体に緊張は無い。隙を突こうとするような力はどこにも込められていない。

「おい?」

ボロミアの返答は無い。しかし、荒い息を抑えず、大人しくアラゴルンの下にいる。

アラゴルンは、ボロミアの顎を掴んで、目をのぞきこんだ。

ボロミアは逆らわない。端正な顔をアラゴルンに晒す。

アラゴルンは、不信に思った。ボロミアの青い目が、真っ直ぐにアラゴルンを見上げる。

 

呆然とボロミアを見下ろすアラゴルンに向かって、ボロミアが手を伸ばした。

ゆっくりと伸びてくる手は、争いとは程遠いところにあったが、アラゴルンは、慌ててボロミアの手から身を引いた。

ボロミアは、口元を緩める。

切れた唇が痛むのか、赤い舌が唇を舐めた。

「私は、勘違いをしていたんだな」

ボロミアは、アラゴルンに向かって、穏やかな口を利いた。多分、今までで、一番優しい声だ。小さな人に向かって使われたのを聞いたことはあるが、アラゴルンに使われたことはない。

アラゴルンには、理解できなかった。何をボロミアが勘違いしていたのか。ボロミアは、アラゴルンの思惑を理解し、王と野伏を違うものとして受け入れることに成功したのか。

見下ろすボロミアの瞳は、清んでおり、天上の星を映して酷く美しかった。

ボロミアの手が、アラゴルンの顔を追いかける。

軽く手招くと、アラゴルンの血に汚れた唇に触れ、その周辺を撫でる。

アラゴルンは驚き、首に掛けるだけになっていた手を離していた。

ボロミアは、慣れた仕草でグローブを外した。

現れた指は、もう一度、アラゴルンの髭を擽り、口の中へと潜り込もうとした。その動作に躊躇いは無い。アラゴルンには、意味がわからず、居心地が悪かった。

「あんたが、従えたいというのは、こういうことなんだろ」

ボロミアの顔は、穏やかだった。安心すら見えた。指は、唇から潜り込んでアラゴルンの歯を撫でた。

ボロミアの指先は滑らかだった。アラゴルンは、落ち着かなかった。

「そうだろう?私は、誤解していた。そうなんだろう、アラゴルン」

口を動かすたびに、切れた唇が痛むのだろう。ボロミアは、何度も唇を舐めた。扇情的ですらある赤い舌の動きが、アラゴルンの癇に触った。

ボロミアは、誤解をしている。なにかは、理解できないが、大きな誤解をしているのだ。

ボロミアの上にのる尻がむず痒かった。

「いきなり拳を振り上げる必要などない。口で言えばよかったのだ」

ボロミアは歯を抉じ開けて、アラゴルンの舌を撫でた。指先が、血の味のする舌を優しく撫でた。

一番遠くにある答えが、アラゴルンには正解だと思えた。

信じられないことだが、ボロミアの行動を理解するには、その答え以外ないと感じた。

ボロミアは、アラゴルンの行動のすべてを、肉体の欲求故だと思っている。

「多少のこだわりが無いわけじゃないが…それだったら、与えられる」

「ゴンドールは、なんという男を戴いているんだ!」

ボロミアの声と、アラゴルンの声は重なった。アラゴルンの声があまりに呆れていたので、ボロミアは微笑んだ顔のまま固く強張った。口も開いたままだ。

 

「いつも、こんなことをしているのか」

ボロミアは耳を塞ぎたかった。アラゴルンが、拳ではなく、違う方法で自分を従わせようとしているのだと錯覚したのかと、気が遠くなりそうだった。

「ゴンドールでは、尊いお方が情けをかけるのに、自らの身体をもちいるのか?」

ボロミアは、確かに、アラゴルンが自分の血を舐めるのを見た。血の匂いに、男が欲情することを、ボロミアは知っていた。

ボロミアは、益々身体を固くした。アラゴルンの視線に晒されているのが、痛かった。

視線を反らしても、アラゴルンが穴のあくほど自分を見つめているのが分かった。

自分の軽率さを呪った。百万回も自分を罵った。

「なぜ、こんなことをした?俺があんたのことを欲しがっていると思ったのか?」

アラゴルンが見下ろすボロミアの顔は、泣くのではないかと疑いたくなるほど赤く染まり、視線は頑なに反らされていた。彼が自分を恥じていることが、痛いほど伝わった。かわいそうな程だった。

アラゴルンは、軽いため息をついた。そして、ボロミアを責めるのをやめた。

震えているようにも見えるボロミアを追い詰めても仕方が無い。

それよりももっとこの場を有効に利用することを考えた。幸い、ボロミアは、アラゴルンを受け入れる方法を提示したのだ。

それは、アラゴルンにとっても驚くべき方法であったが、受け入れられないことはなかった。いや、ボロミアが、その方法を提示できることに、驚いたというほうが、正確だった。

アラゴルンは、ボロミアを受け入れることが出来た。どういう経験を経て、貴い執政家の長男などという立場の男が、男に組み敷かれるなどという方法を学んできたのか分からなかったが、ボロミアは明らかに、自分が欲望の対象になることを知っていた。そして、アラゴルンも、彼を欲望の対象として捕らえることが出来た。

こだわりは、アラゴルンも飲み込んでしまえば済むことだった。

アラゴルンは、ボロミアの衣服に手を掛けた。

ボロミアは、怯えた目をしてアラゴルンを見上げた。

アラゴルンが無言のまま、留金を外し始めると、失態を恥じ、強く噛んでいた唇を解いた。

アラゴルンの指が、ボロミアの首を撫でると、目に見えて身体から力を抜いた。

ボロミアの口から、小さな息が吐き出された。安心したようなため息は、アラゴルンの指の動きを滑らかにした。

ボロミアは、身体の向きを変え、アラゴルンの手が動きやすいよう協力した。最後の上衣を肩から抜くと、ボロミアは、自分からアラゴルンの首へと手を伸ばし、唇を重ねた。

アラゴルンも、ボロミアの口付けを甘んじて受け入れた。アラゴルンの髪に指を差し入れ、ボロミアは舌を絡める。

「いつもこんなことを?」

同じように舌を差し出しながら、アラゴルンはボロミアに尋ねた。ボロミアは、その質問を非難と受けとたったのか、舌が一瞬止まった。

アラゴルンは、強引に舌を重ね、自分の口へと引き寄せた。柔らかいボロミアの舌を吸い込み、舌の裏さえ舐めた。

「こういうのが好きなのか?」

質問を変えると、ボロミアは、遠慮せず、アラゴルンの口内を舐め回した。

「あんたは、嫌いなのか?」

ボロミアは、当然のことのように、不思議そうに首を傾げた。

アラゴルンは、ボロミアの愛人たちが、いかにこのもの知らずを大事に扱ってきたのかと思わず苦笑が漏れた。だが、それは、隠し、彼の好みに合わせて隈なく口内をなぞった。

 

アラゴルンは、口付けながら、ボロミアの頬を撫でた。

そうやって改めてボロミアを見てみると、彼は大層魅力的だった。髪も、体も、顔立ちだって、ボロミアは、全てが上等なものでできあがっていた。魂も、心の有り様さえ、上質なのだ。

これは、たしかに多くの人間が欲しくなってもおかしくない。

ボロミアという男は、神によって上手く作られすぎていた。それが、彼を歪めていた。

普通、自分の体を狙う男にためらいもなく舌を差し出すことなど出来ない。それが出来るほど、ボロミアの周りは安全だったのだ。

彼を守りたがり、愛したがる人間が群れていたのだ。

ボロミアが彼の頬を舐めた自分の行動を、そういう欲求のためだと誤解しても不思議はない。

たとえ、全くの誤解であったとしても。

いや、もしかしたら、誤解ばかりではなかったのかもしれない。

アラゴルンは、柔らかな舌を味わった。そしてまた、教育が作り出した尊厳ある美しい表情を眺め下ろした。

ボロミアは、顔を眺めるアラゴルンの頬を舐める。ことが思うほど進展しないことに焦れているのが伝わってくる。

アラゴルンは、ボロミアの肩を抱き込んだ。

彼の背を指で辿り、久しぶりに味わう人肌の柔らかさを楽しむ。

アラゴルンも、この上等の男をさっさと食らいつくすことにきめた。

手始めに、彼の体のすべてを硬い手のひらでたどった。

 

ボロミアは違和感を覚えていた。

自分がアラゴルンという男を計り間違えたのかと考えるが、彼の手が熱心に体をはい回るので、違うということはないのだろうと思った。

擦り付け合う下肢だって熱く、これまでの男達と変わらない。

しかし、アラゴルンは、ボロミアの思うようにはならないのだった。

胸を押し付け、乳首を差し出しても、その指は主張するそこを無視し、それならばと、大きく足を広げて見せても、背をはい回る掌の動きに特別な変化を見せない。

背中を堅い皮膚で辿られるのは気持ちがいい。だが、それ以上の気持ちよさを知っている体では、刺激が足らない。

「・・アラゴルン」

ためらいながら名を呼んだが、それさえも、あっさりと無視された。

首へと腕を廻してしがみつくのを嫌がりはしないが、耳を噛み、卑猥な言葉で彼を誘おうとも、願いは叶えられない。

「ボロミア」

アラゴルンの手を捕らえ、求めるそこへ導くと、忍び笑いを含んだ声でやんわりと窘められた。それでも、口づけは甘く、先程の非礼をわびるように、傷口を優しく辿る。

 

「乳首を舐めてくれ」

その声を無視すると、

「握ってくれ、なぁ、そんなに焦らすな」

なんてやっかいな奴なんだとアラゴルンは心の中で苦笑した。

抱き寄せただけで簡単にボロミアの体は熱くなり、はしたない声を漏らすことにもなんのためらいもみせない。性急な程すぎると思うほど、簡単に体を開き、熱くなった体をどうにかしろと押し付けてくる。

誰が、どれだけの人間が、この体を踏み荒らしていったのだろうか。

わずかに触れてやっただけの乳首はかたくしこり、開発の余地なくもう熟れきっている。

「・・うっん」

しきりに擦り付けてくるものに指を絡ませてやると、すぐさま一人で上り詰めようとする。あられもなく腰を揺するのを、アラゴルンは無理矢理止めてやった。

それでも、まだいかせてもらえるものだと信じているボロミアは、大人しくアラゴルンの行動を待っていた。

口に包まれるのを望んでいることが分かって、アラゴルンはボロミアの愛人達に呆れた気持になった。

 

「・・アラゴルン?」

自分を見下ろすアラゴルンにボロミアは彼の顔を見上げた。

アラゴルンが怪訝そうな表情を見せているのに、ボロミアは、やはり彼がわからないと思った。

自分が欲しいのではないのか?

いままでボロミアの体へと手をかけた者達は、ボロミアが相手に求めることを喜んだ。ボロミアの体が快楽を味わうことに長け、それを甘受できることを知ると、それを深く味合わそうとしつこくボロミアを苦しめた。

しかし、アラゴルンは違う。

彼の手は、自分の体をたどり、体を熱くしてくれはするが、彼から強い感情を感じることができない。

「今は、私を王と呼ぶか?」

「・・王?」

ボロミアは、アラゴルンをじっと見上げた。

アラゴルンがそれを強要しているわけではないことは容易に察することができた。

しかし、それを口にしなければ、彼が自分の要求を無視するだろう事もすぐさま推測することができた。快楽になれた体は、じっと待つことなど到底できない。

アラゴルンがあまりにじっと見下ろすので、ボロミアはおずおずとその言葉を口にした。

ボロミアを見つめるアラゴルンの目があまりに優しかったので、これをただの遊びだと理解した。

しかし、アラゴルンは困ったように首を振り、ボロミアの首へと顔を埋めた。

「どうしてそうなんだ」

耳元で低い声が聞こえた。聞こえた気がした。

しかし、それきり、彼はそのことを口にしなかった。

 

アラゴルンは、多くの快楽をボロミアに与えた。

ボロミアの体を軽々と持ち上げ、膝の上で何度も揺らし、体の奥深くまで串刺しにして高い声を上げさせた。

「王。ああ、いいっ。」

ボロミアは、アラゴルンの膝の上で体を捩ってその快楽を味わった。

アラゴルンの手は、ボロミアの尻を掴んでもっと深くへと銜え込ませた。

「ああっ・・もっと」

ボロミアは、アラゴルンの手を上から押さえつけ、もっと自分から広げようとした。

アラゴルンの忍び笑いが背中越しに伝わる。

しかし、その振動さえ、いまのボロミアには心地いい。

ボロミアは、首を捻じ曲げてアラゴルンのかさついた唇を奪った。

アラゴルンが舌を差し出すのを、ほんのわずかに噛んでやる。

野伏がびくつくのを、鼻を鳴らして笑った。

彼に傷つけられた首の痛みへの意趣返しだ。

アラゴルンは、ボロミアを膝の上から地上へと落とし、彼を四つん這いにさせた。

ボロミアはおとなしくそれに従った。

 

アラゴルンは、ボロミアの豹変振りに舌を巻く思いをした。

そして、彼の体のもたらす快楽に眩暈すら感じていた。

ボロミアの唇は、たくさんの傷をもつアラゴルンの体を這いまわり、その舌が、すっかり硬くなった皮膚の切れ目を辿るとき、アラゴルンは、うめきを抑えることができなかった。

柔らかな手が、戯れにアラゴルンの乳首を捉えようとし、やめさせるために彼の乳首をきつく摘んでやると、信じられないような甘い声を上げた。

「ああっ、王!」

獣のように地に這うことに抵抗をみせない背中をゆるく撫でながら、アラゴルンは、背骨から続く縦のラインの最終地点を集中して攻めた。

ボロミアは、目を閉じ、深くその感覚を味わっている。

アラゴルンは、彼の頭を地面へと押し付けた。

腰を振るボロミアは、激しくなった挿入に体から汗を滴らせている。

アラゴルンは、ボロミアの腰骨を掴んだ。

ボロミアは、自分から腰を高く上げ、片手で重みを支えながら、自分のものをしごいている。

ボロミアが許しを請うように、濡れた目でアラゴルンを振り返った。

アラゴルンは、小さくうなずいた。

ボロミアの体は小さな痙攣を耐えている。息は荒く、顔が赤い。

そして、唇だけがかみ締められて色をなくしている。

「ああっ・・ああっ・・ああっ!」

ボロミアは体を絞り込むようにして、快楽のしるしを手のひらへと溢れさせた。

ボロミアは、アラゴルンの与える快楽におとなしく従うことを覚えた。

 

ボロミアは、散々揺すられ、突き上げられた体を、土の上へと横たえていた。

隣では、早々に身支度を終えた男が、衣服についた汚れを軽く叩いている。

「大丈夫か?」

アラゴルンは、ぐったりとしたまま動こうとしないボロミアを、気遣うような眼で見下ろした。

ボロミアは返事を返さなかった。まだ熱を放つ体が気怠く、視線を合わせるのも面倒だった。

「無茶をさせたか?」

アラゴルンが膝を着き、視線でボロミアの体の異変を探った。

ボロミアは、なんでもないと軽く首を振った。

男の視線が煩わしく、瞼を閉じた。

何度も王と呼んだ男が側に立っていた。彼の強さは十分知った。

多分、明日からアラゴルンに対して態度を改めることができるだろう。

彼は自分の痴態を余すことなく曝け出させた。そして、自分も彼の弱みをひとつ、ふたつ、知ることができた。

アラゴルンは、ボロミアを支配し、そして、ボロミアも、アラゴルンを支配した。

二人は、平等な立場で快楽をわかちあった。

そして、平等であると知れば、ボロミアにとってアラゴルンは信頼に足る良き仲間だと言えた。

彼の野伏としての経験や勘はこの旅に良い影響を与えるだろう。

受け入れてしまえば、それは当たり前のことでしかなかった。

もう、彼に頑なな態度を見せる必要すら感じない。

そう、乱暴ではあるが、優しさを持ち合わせる野伏としてアラゴルンを理解すれば、彼はボロミアに迷いを与えない。

しかし、今は、早くこの不調法な野伏に立ち去ってもらいたかった。

ボロミアにも、一時の休息が必要だった。

 

足下の草を踏む音がした。ボロミアは、アラゴルンが立ち去るのだと、安心した。

「なっ!!」

驚愕がボロミアを包んだ。

それは、自分の体が野伏のマントによって包まれたということとなど、まるで比べることができないようなことだった。

アラゴルンが、ボロミアの足下に跪き、その足に口づけを送ったのだ。

ボロミアは飛び起きた。

足下には、アラゴルンが、多分、正統なるゴンドールの支配者が額づき、未だ口づけを送っている。

改めて、ボロミアは、その男の価値を思い知った。

この男は、この男は!

「やめてください!!」

ボロミアはアラゴルンを引き起こした。

「なぜ?俺はあんたを傷付けた。俺には、この位しか、あんたに謝罪する方法がない」

なんの躊躇いも見せない目のままアラゴルンは、ボロミアの足下にもう一度膝を折ろうとした。

「やめてください!」

ボロミアは、アラゴルンに縋った。

「私は傷ついてなどいない。あなたに謝って頂く必要などない」

「では、なぜ泣くのだ」

その涙は、先程の名残だった。深い快楽に叩き付けられ、潤ました瞳の置きみやげでしかなかった。

しかし、アラゴルンに涙を拭われると、わけのわからない興奮がこみ上げてきて、ボロミアの瞳からは、涙が転がり落ちた。

そして、涙は、留まることを知らなかった。

ただ、はらはらと瞳からこぼれ落ちていった。

ボロミアには全く理由の分からない涙は、アラゴルンの厚い皮膚に覆われた拳を濡らし続けた。

ボロミアは、許されるならばアラゴルンの足下に額づきたかった。

どうしてだが、彼に頭を垂れて、すべてを、国の未来さえも預けてしまいたかった。

 

                                                       END

 

          BACK

 

 

ボロミアさんが好きで好きで、堪らなくて書きました。

ボロファンなのに、アラボロの初Hを書かずして、腐女子を語ることなどできるかい!

と、わけのわからない思いに取り付かれて必死でしたよ。

書けてよかったです。

とりあえず、ほっとしてます。

殆ど関係ないですが、契約や、王冠の裏側と、同じ設定のつもりで書いてます。

そちらもよろしければ、読んでみてください。