愛のバレンタイン B面
その日、ボロミア医師は、異臭のする机の引き出しを決して開けようとはしなかった。
一段と化粧の濃いゴル子のことも心を無にして、視界から追いやり、とても親身になって、風邪引きのエルフの嫁に対する愚痴を聞き、エントと夜のウォーキング時における蛍光シューズの効果について語り合った。
「先生。そろそろ、お昼だから」
「もう、そんな時間ですか?じゃぁ、一緒に食べませんか?」
優しい笑みを浮かべて必死になって患者を引きとめようとする金髪医師に、血圧の薬を貰いに来ていた善良なホビットおばあちゃんはくらっとしかけた。
「先生ったら、こんなおばあさんをからかって!寂しいんだったら、そこの看護婦さんに一緒に食べてもらったら」
おばあちゃんホビットは、もう、150歳で、あまり目は良くなかった。
仕事中にも関わらず、窓のそばの棚に腰掛け、ミニスカの足を組み替えては、ボロミアに顔を背けさせていたゴル子は、顔を、ぱぁっとばら色に変えた。
「大丈夫ですか?私に掴まってください。ゆっくり立ち上がってくださって結構ですからね」
ゴル子は、いそいそと椅子から立ち上がろうとするおばあちゃんホビットに手を貸した。
ゴル子の声は野太かったが、老人性難聴気味のおばあちゃんにとっては、高く可愛らしい女の子の声よりもずっと聞き取りやすかった。
「ありがとうね」
立ち上がったおばあちゃんホビットの肘が、ゴル子の胸に触れた。
ゴル子のナース服は胸の釦がはじけそうだ。
だが、単に鍛えられた大胸筋がせり出しているからに過ぎない。
「ここの看護婦さんは、本当に体格がしっかりしているから」
髭面の看護婦を捕まえ、褒め称える老眼のおばあちゃんホビットで、その日の午前中は、患者が切れた。
「先・生」
ドアを閉めたゴル子に、ボロミア医師は、逃げ場のなくなった自分を感じて、呼吸が止まりそうになった。
今日のゴル子は、いつもの白衣ではなく、ピンクのナースコスチューム姿だった。
パンツぎりぎりのミニスカで、筋肉質の足に食い込むガーターストッキングもベィビーピンクだ。
いつもより、睫が増量されていて、唇は、つやつや、爪だって、ハートが飛び散るネールアートが施されている。
なぜって、今日はバレンタインなのだ。
がっちり筋肉固太りで、はちきれそうな肉体をイメクラ嬢ちっくなナースコスチュームに包んで、ゴル子は胸をドキドキさせている。
しかし、色が愛らしいだけに、ゴル子の濃い体毛がよく目立っていた。
特に、ガーターストッキングと、ミニスカの間。
なぜ、そこを隠さないのか、そこは犯罪級の密林だ。
ゴル子は、増量中の睫を強調するように、ぱちぱちと瞬きを繰り返した。
「先生。やっと患者さんがお帰りになりましたね」
くにゃりと体をよじりかわい子ぶるゴル子は、寄せる肩が、逞しく盛り上がっていた。
「そうだね。ゴル子君、君もお昼に行ってくれていいよ」
ボロミアは、上司の尊厳を無理やり顔に貼り付けて、強張る頬で、ゴル子に笑いかけた。
出入り口であるドアの前にゴル子は立ち、背中でドアを塞いでいるので、ボロミアは逃げるとしたら窓しかない。
幸い一階であることをいいことに、窓との距離を測っているボロミアの膝にゴル子は飛びついた。
「もう!先生ったら!寂しがり屋さんのくせに!」
早業ゴル子は、太腿でがっちりとボロミアをホールドした。
ぱっかり開いた太腿で、ボロミアの腰を挟み込むと、ミニスカのせいで、ボロミアから、ゴル子のパンツがはっきり見えた。
パンツは、すけすけピンクだ。
本来ナースにあるはずのない中身が、見えた。
ボロミアは遠くなりそうな意識を必死で繋ぎとめた。
意識を手放そうものなら、何をされるかわからない。
「先生。ずっと我慢してたんでしょ?もう、ゴル子が恥ずかしくなるくらい、何度も机の引き出しを気にしちゃって。患者さんも帰ったし、さぁ、ゴル子の愛が一杯詰まったその引き出しを開けてみて」
朝から異臭を放っていた机の引き出しは、ボロミアがもっとも開けたくないものだった。
震える頬で、ボロミアの必死に首を振った。
しかし、上機嫌のゴル子は、ボロミアの頬にチュウウっと口付けすると、医師の白い頬に頬を摺り寄せた。
「先生ったら、甘えっ子。直接ゴル子から、渡してほしいのね?」
ゴル子は、勝手にボロミアの机の引き出しを開け、ゴールドのリボンが派手にかけられた大きな物体を取り出した。
その大きさたるや、ゴル子の顔ほどもあった。
今日、ボロミアが診察を始めようとしたとき、引き出しの中のものがすべて机の上に出ていた理由が良くわかった。
でも、一生しまっておいてほしかった。
包みを乱暴にむしったゴル子は、チョコレートとは思えないヤバイ臭いのするものを「ア〜ン」と、ボロミアに差し出した。
勿論、命が惜しいボロミアは口をあけない。
しかし、剛毛生い茂る手で、ボロミアは、強引に口を開けられてしまった。
「先生。ゴル子の愛が詰まった手作りチョコよ。召・し・上・が・れ」
涙目のボロミアは、激痛のする食べ物が喉を通ってしまうのを感じた。
「私のラブエキス入りなの。おいしい?先生。ウフフフフ」
ゴンドール医院。
休診日は、木曜日と日曜日のみでしたが、本日は、医師、急病のため、午後からは休診とさせていただきます。
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