秘密の診察室 B面
ちょうど患者の診察が終わり、薬の点数表とにらめっこをしながら、カルテに書き込みをしていたボロミアは、どうしても視界から追いやることのできない物体に、強く顔を顰めた。
「ゴル子君・・・」
「何でしょう?ボロミア先生」
満面の笑顔で、振り返ったゴル子の顔には、いやと言うほどの無精ひげが生えていた。
鏡に向かって、繰り返していたウインクをボロミアに向かって決め、チュッと口をすぼめると、投げキッス放り投げる。
ゴル子は、ナース姿だ。
肩に掛かる黒髪には、ナースキャップが止まり、どうしたわけか、やたらとスカートの丈が短い。
ボロミアは、飛んできた投げキッスに思わず顔を背けながら、それでも勇気を振り絞って、ゴル子に視線を戻した。
「・・・ゴル子君、ここは、もういいから、目が痛いんだったら、ぜひ、眼科に行って来なさい。確か、フロド・バギンズ眼科は、夜遅くまで開いていたはずだ」
「そんなぁ。私だけ、特別扱いなんて、ボロミア先生、ゴル子困っちゃいます〜」
ゴル子の口調は、可愛いが、声が野太い。
指を開いて口を覆っているが、その手にも、毛が生えている。
ボロミアは、逸れそうになる視線を、繰り返す瞬きで、なんとか誤魔化しながら、どういう経緯で雇うことになったのかわからないナースをなんとか診察室から追い出そうとした。
「いや、本当に、ここは私一人で大丈夫だから、ゴル子君、目が痛いんだろう?ぜひ、ぜひ、眼科に行ってきたまえ」
「もう、先生!誰の目が痛いんですか。先生ったら、冗談が上手いんだから。そんなにゴル子のことが心配?でも、特別扱いは、ダメですよ。ゴル子が先輩に叱られちゃう」
近づくゴル子の太腿が目に痛い。
いや、この場合、本当に目に痛い。
びっしりと体毛に覆われた太腿は、白のガーターストッキングで包まれており、無理やり履かれたそれは、ボンレスハムを作り出し、ストッキングの中は、体毛の大渦巻きが出来上がっている。
「・・・ゴル子君・・・」
近づく化け物に、情けない声を出したボロミアの膝上に、ゴル子がどすんと腰を下ろした。
かなりの重みだ。
椅子も悲鳴を上げた。
「なぁに?ボロミア先生」
ぷるんと光るゴル子の唇が、ボロミアに微笑みかけた。
ボロミアは、付け睫とマスカラで、目の周りが真っ黒のゴル子の顔に、ひいっと息を呑んだ。
「先生。続けざまに、診察だったから、お疲れなのね。ゴル子とお話しして休憩したいんだ。でも、ダメよ。今は、診療時間中でしょ?患者さんだって待ってるんだから、お仕事しないと。ゴル子とお話ししたいんだったら、お仕事が済んでか・ら」
にっこり笑ったゴル子の腕があやすようにぎゅっとボロミアを抱きしめた。
膝上にゴル子のでか尻が乗っているので、ボロミア医師は、立ち上がって逃げることも出来ない。
ボロミアは、精一杯背中をそらしてゴル子から離れようとした。
だが、ゴル子の腕力は只者ではなかった。
ボロミアの体はぴったりとゴル子に密着し、一ミリだって離れることが出来なかった。
ゴル子は、ボロミアの首筋に頬を摺り寄せると、上目遣いにボロミアを見上げた。
ボロミアの唇が、無意識に震えていた。
「ボロミア先生ったら、かわいいんだから。・・・。もう、仕方ないなぁ」
ゴル子がきゅっと唇をすぼめた。
近づく顔の恐怖のあまり、ボロミアの目にじわっと涙が浮かんだ。
けれども、チュウーーーーっと、ゴル子の唇が、ボロミアの唇に吸い付いた。
「お疲れの先生のために、ゴル子、ちょっとだけ、先生の診察をしてあげちゃう」
ゴル子は、短いスカートをめくり上げた。
「ゴル子のお注射で、先生、元気になって」
ボロミアは、必死になって、次の患者を呼ぶ、ベルを鳴らした。
「次の方、お入りください!!」
がちゃりと開く、診察室の扉に、ごそごそとスカートを直しながらゴル子は、大きな舌打ちをした。
「先生ったら、照れ屋さんなんだから・・・」
ゴンドール医院。
診療科目は、内科・小児科。
診療時間は、9時〜12時。4時〜7時まで。
休診日は、木曜日、日曜日。
美人のナースと、それよりもずっと美人の金髪医師がお待ちしております。
けれども、次の患者がやってくるまで、先生が患者さんを帰らせてくれませんので、お時間に余裕のある方向きだと思われます。
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