ウルちゃん誘惑される。
夕食時の食堂は、人で溢れかえっていた。
まるで、どこかのお屋敷の中のように、落ち着いた家具で統一された学園の食堂だったが、それでも、人が多く集まれば、どこか落ち着かない雰囲気があった。
フォークを手に、アイスマンは、優しい目をして、ローグにたずねた。
「ローグ、この後の予定は?」
ローグは、ウルヴァリンの隣へと腰を下ろし、食事をしていた。
しかし、コウサギは、食べることに夢中で、青少年の恋がどう進もうと興味は無い様子だった。
「う〜ん。図書館へ行って、宿題の下調べ?ボビーは、どうするの?」
ローグも、わざわざコウサギの隣へと腰を下ろした割りに、自分に夢中の彼氏候補にばかり気を取られていた。
可愛く見える角度で笑う少女は、コウサギのコップの水がなくなると、注いでやりはしていたが、それ以上にウルヴァリンを構おうとはしなかった。
彼氏候補は、もう一人の候補者に聞いた。
「俺も、同じ。どうする?ジョンも行くか?」
アイスマンの問いかけに、パイロは、肩を竦め、うなずいた。
パイロの目は、ローグにばかり焦点を合わせ、ウルヴァリンを見なかった。
ウルヴァリンにキスを迫って、顔を蹴られたというのに、パイロは、ウルヴァリンを気にかけた様子はなかった。
人前では、決して、パイロはウルヴァリンに手を伸ばそうとはしない。
それどころか、興味のないような顔をしていた。
ウルヴァリンは、そういうパイロの見栄を知っていたので、安心して、食卓の上に乗った自分のテーブルでふんぞり返っていた。
「ダメって言ってるでしょ!ウルちゃん」
食事を終えたウルヴァリンは、行儀悪く、テーブルの上をごそごそと移動した。
自分のテーブルにだけは、サーブされないワインが目当てだった。
「すこしだけ。絶対にうまそうな気がするんだ。いいじゃないか」
サイクロップスは、にじり寄ってくるコウサギの前で、ワインのグラスを手でふさいだ。
「ウルヴァリン、飲ませるのが嫌なわけじゃないが、お前、自分がウサギだって、忘れてないか?」
コウサギは、思い切り顔を顰めた。
サイクロップスは、ウルヴァリンから、ワイングラスを遠のけた。
「ストームは、心配してるんだ。やめとけよ」
このところ、夕食時になるとよく交わされている会話だった。
ウルヴァリンは、女性陣には、強く止められ、プロフェッサーにも軽く交わされた後だった。
コウサギは、ねだる目つきで、サイクロップスを見上げた。
「サイクロップス、お前なら、飲ませてくれると思ったのに・・・」
「悪いが、そういうのは俺には通用しない」
サイクロップスは、口元に笑いを浮かべた。
コウサギは、昨日も、おとついも、ストームや、ジーン相手に、この目つきでねだり、散々彼女たちの心を煩悶させてきた。
黒目がちの大きな目が、効果を発揮する相手から先に、まずおねだりをしてきたのだ。
パイロは、食事が終わり、席を立とうとしたローグと、アイスマンに、自分は少し遅れると声をかけた。
見上げる瞳で、ちょこんとテーブルに乗っているコウサギを見ないふりで、ごく自然に食堂を抜け出した。
「ローガンさん」
コウサギが、自分の部屋に帰るため廊下を歩いていると、部屋の前で待ち受けていたパイロが声をかけた。
「いいものがあるんですけど、すこしだけ、俺に付き合いませんか?」
パイロの手には、ワインの壜が握られていた。
ウルヴァリンは、月の見える庭先に座っていた。
隣には、パイロが座っている。
「ローガンさん。怖い顔してますね」
パイロは、ワインの栓を抜きながら、ウルヴァリンに言った。
「お前は、変なことをするから嫌いなんだ」
きついことを言いながらも、ウルヴァリンは、ワインの匂いに、ひくひくと髭を動かし、前足をパイロの足にかけた。
パイロは、嬉しそうな顔で、コウサギの前足を触った。
「そのわりに、すっかり酒に釣られて」
笑ったパイロは、ウルヴァリンの前足を持ち上げ、しつこいくらいなでまわした。
ウルヴァリンは、爪を生やした。
痛かったが、パイロがしきりに前足を触るので、威嚇する必要があった。
涙目のコウサギに、パイロは、前にも見せたことのある、つらそうな顔をした。
ウルヴァリンは、また、パイロに強く抱きしめられるのではないかと警戒した。
思い切り、背中の毛が立った。
「・・・ローガンさん、触られたくないんですか?」
パイロは、ウルヴァリンを見下ろしながら、一生懸命自制していた。
「お前の触り方は・・・・どうも、変だから、嫌なんだ」
ウルヴァリンは、はっきりとパイロをけん制した。
パイロは、とても残念そうに、ウルヴァリンの肉球をぷにぷにと触り続けた。
「俺が、動物慣れしてないせいかな?」
「それより、酒を寄越せ」
十分我慢して触らせてやったとばかりに、ウルヴァリンが、パイロの膝の上によじ登った。
パイロは、嬉しそうな顔で、膝の上のウルヴァリンを見た。
ワインの壜を傾け・・・ウルヴァリンの見ている前で、自分の口に含んだ。
「んー」
パイロは、ウルヴァリンに顔を近づけた。
突き出した唇に触れろと、指でウルヴァリンに示した。
「・・・・・・どういう趣味だ・・・」
ウルヴァリンは、ぷいっと横を向いた。
しかし、コウサギの鼻は、間近に迫ったワインの匂いにひくひくとしていた。
パイロは、飲まないのか?と、首をかしげた。
ウルヴァリンが飲みやすいように、口を軽く閉じているだけなせいで、ワインの匂いが、パイロの唇から濃く立ち上っていた。
ウルヴァリンは、葛藤した。
ワインはとても飲んでみたかった。
しかし、パイロとキスするのは嫌だった。
耳がたれてしまうほど、ウルヴァリンが悩んでいると、パイロは、ごくんとワインを飲み込んだ。
「夕べ見たテレビで、こうやって、ミルクを飲ましてたんだけどな・・・」
「俺なら、壜からで平気だ」
「でも、こういうの、すごく憧れがあって・・・」
パイロは、ウルヴァリンへとワインの壜を渡そうとはしなかった。
要するに、口移しでなければ、ウルヴァリンは、ワインを飲ましてもらえそうに無かった。
コウサギの目が、しきりにワインの壜を追いかけるのに、パイロは、もう一度、ワインの壜を持ち上げた。
「どうします?ローガン?」
パイロは、口へとワインを含んだ。
コウサギに唇を近づけた。
コウサギは、誘惑に負けた。
伸ばしたままの爪で、パイロの顔に触れるという示威行動は示したが、小さな口をパイロの唇に寄せ、口の中のワインをチュウチュウと吸った。
すぐに、コウサギの髭は、へろんと力なくなり、耳もぺたんと寝てしまった。
爪など、とっくにしまわれている。
それでも、コウサギは、仕切りとパイロの唇に吸い付いた。
柔らかいコウサギの体が、パイロに寄りかかった。
酒のせいもあるのかも知れないが、暖かなぬくもりが、幸せそうにパイロの口の中から、酒を啜った。
コウサギは、パイロの唇にしばらく顔を擦り付けていたかと思うと、いきなり後ろへひっくり返った。
体中の骨がとけてしまったかのように、ぐにゃぐにゃだった。
コウサギは、いきなり笑い出し、シャキーンと爪を出すと、痛いと言って泣き出した。
コウサギの大きな目から、ぽろぽろと涙がこぼれた。
「ちょ!ちょっと、ローガンさん!しっかりしてくださいよ!」
慌てたパイロは、コウサギを手の中に掬い上げた。
酒の匂いのするパイロの唇が近づき、また、ふらふらとウルヴァリンはパイロに近づいた。
パイロは、ウルヴァリンから、求められてキスをされた。
しかし、ついでに、コウサギの爪で、唇を引っかかれた。
BACK NEXT