ウルちゃん、夜回りする。

 

ウルヴァリンと、サイクロップスは、暗い廊下を進んでいた。

寮生を抱える学園という形をとっている以上、学園には、消灯時間というものがあった。

「おい、もう少し、ゆっくり歩け」

走るような勢いで、サイクロップスを追いかけながら、ウルヴァリンが文句を言った。

サイクロップスは、立ち止まり、短い足で、必死に駆けているコウサギに向かって懐中電灯を向けた。

「だから、抱っこしてやるって言ってるだろう?」

サイクロップスは、屈むと、ほらっと、ウルヴァリンに向かって手を伸ばした。

コウサギはサイクロップスの掌を、飛び越えた。

「一人で歩ける!」

しかし、先がまっ暗なので、ウルヴァリンは、それ以上進まない。

「サイクロップス。先を歩け。でも、あまり早く歩くな。俺たちが離れすぎたら、お前になにかあった時、俺がお前を助けてやれないだろう?」

サイクロップスの足が進むのを待っているウルヴァリンは、暗闇に向かって、髭をひくひくとさせながら言った。

暗闇を怖がっていることなど、心の中を覗かずとも、コウサギの耳を見ているだけで、サイクロップスにはすぐにわかった。

 

「なぁ、何か音がしないか?」

ウルヴァリンは、長い耳をぴくぴくさせながら、サイクロップスの足元に、ひたっと体を寄せた。

ウルヴァリンは、サイクロップスの足の甲に乗りあげそうなほど、びくついていた。

「聞こえない」

「嘘だ。音がする。サイクロップス、よく、耳を澄ますんだ」

「ウルヴァリン、俺には、聞こえない。先に進むぞ。お前につきあってると、朝になる」

サイクロップスは、コウサギを踏まないように気をつけながら、足を進めた。

ウルヴァリンと、一緒に夜回りに出ると、強引に足を進めなければ、仕事を終えることが難しかった。

最初、ウルヴァリンが、夜回りのメンバーに加わったことを喜んだ女性陣は、奪い合うようにウルヴァリンと一緒に夜回りをしたがった。

だが、二人とも、一度体験したら、二度と一緒にやるとは言わなかった。

怯えたコウサギは、100メートル先の針の落ちる音にすら、反応して、パートナーを脅かし続けた。

「お願い。サイクロップス、ウルちゃんと、一緒に夜回りしてあげて。私達では、神経が持たない・・・」

ウルヴァリンは、女性たちを守ろうと、奮闘していたらしい。

だが、風に揺れるカーテンに向かって、爪を振り上げるコウサギと一緒では、幽霊よりももっと恐いミュータントと渡り合っているジーンや、ストームでも、ただの影が、恐いものに見えてくるのだ。

 

「待て!待てって、言ってるだろう!!」

置いていかれるのが、何よりも恐いコウサギは、必死で、サイクロップスの後を追った。

サイクロップスは、苦笑しながら、コウサギが追いつける速度で角を曲がった。

白いものが、廊下で揺れていた。

サイクロップスは、悪戯をしている生徒に注意するため、口を開きかけた。

その前に、白いものに気付いたコウサギがパニックを起こした。

「ぎゃー!!!」

毛皮は逆立ち、耳もぴくぴくと震え、懐中電灯の薄明かりの中でも、コウサギの目が、涙ぐんでいるのがわかった。

その場で、震え上がって動けなくなるという程度であればよかった。

だが、闘争的に出来ているウルヴァリンは、完全に恐怖の悲鳴を上げているというのに、本能的に爪を出し、白いものに向かって行った。

腰が引けていて、逃げ出している姿と大差なかった。

だが、コウサギは、目標にまっしぐらなのだ。

「ウルヴァリン!!」

慌てたサイクロップスは、手を伸ばした。

トイレに行ったルームメートを脅かしてやろうとしていただけの生徒は、自分に向かってくる小さな生き物に、驚いた。

「何!?」

じたばたとシーツの中で、動く生徒の動きに、また、ウルヴァリンは怯えを強くした。

鞠のように跳ねるコウサギが、生徒の入ったシーツに飛びついた。

「ぎゃー!ぎゃー!ぎゃー!!」

ウルヴァリンは、ばりばりばりっと、短い爪を立ててた。

こんな時ばかり、アダマンチウムの爪に、シーツが切れた。

中の生徒は、自分に何が起きているのかと、シーツを脱ぎ捨て、大きな悲鳴を上げた。

声は、物理的な重量感を持って、遠くの壁をどんっと叩いた。

彼の特殊能力だ。

ウルヴァリンは、床へと落ちたシーツの塊から、飛び出し、廊下を縦横無尽に走った。

怯えるコウサギの行動に、意味はない。

「ウルヴァリン、落ち着け」

コウサギは、右に走り、壁にぶつかり、左に走り、また、壁にぶつかっていた。

サイクロップスは、無駄に走り回っているコウサギを捕まえ、胸の中に抱き込んだ。

「落ち着け、ウルヴァリン。大丈夫だ」

顎の下まで、涙で濡れているコウサギの顔を撫でながら、サイクロップスは、生徒に声をかけた。

「お前も、落ち着け。友達を脅かすつもりで、自分が驚いていてどうするんだ」

やっと口を閉じた生徒は、サイクロップスの腕のなかで、震えているコウサギを見て、恥ずかしそうに顔を赤らめた。

「消灯時間はすんでいる。即刻ベッドに戻らないと、プロフェッサーに報告するぞ。壁に隠れているボーヤもだ」

壁と同化していた、少年が姿を現した。

サイクロップスは、生徒二人を早く部屋に戻そうとした。

だが、今の騒ぎで、周りの部屋のドアが開いた。

 

「何?」

「なんでもない」

目を擦る少女に、そっけなくサイクロップスは応えた。

ほかの部屋のドアからも、好奇心に輝く目が、いくつも覗いていた。

サイクロップスの腕の中のコウサギは、突然自分を取り戻したのか、しゃんと顔を上げた。

ウルヴァリンは、サイクロップスの腕の中から、逃げ出した。

「みんな、早く寝ろ!」

コウサギは、ぴょんぴょん跳ねながら、おばけに化けていた少年の近くまで寄った。

「シーツのこと。悪かったな」

偉そうに謝るコウサギは、とても謝罪しているようには見えなかったが、コウサギが正体不明の何かだと思い怯えていた少年は、くすりと笑った。

笑った途端、ほっとしたのか、尿意が彼にこみ上げた。

ぶるりと震えた少年の足元で、ウルヴァリンは、大急ぎで彼の足元から逃げ出した。

「漏らす前に、さっさと行け!」

「わぁ!すみません!!」

あまりに慌てて、駆け出した少年は、コウサギを蹴り飛ばし、我知らず、脅かされた礼をきっちり返した。

コウサギは、また、涙目になりながら、アダマンチウムの爪を暗闇に光らせた。

 

 

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