ウルちゃん、スーパーマンと会う(番外編)
合衆国は広い。
そして、多種多彩な人種を抱えている国だ。
タフを国のイメージとして掲げるこの国は、少しばかり懐の深さを強調しすぎるところがあり、そのため、多種多彩と言い切るには多少限度を超えた、ええっと、つまりは、……地球外生命であるスーパーマンや、声だけはでかいが手のひらに載るサイズのコウサギが世界平和のために活躍していたりした。
「おい……」
コウサギは、プロフェッサーと楽しげに話しこんでいる青と赤のコスチュームの男に声をかけた。
「なんだい?」
気さくにコウサギへと顔を向けた男は、白い歯もまぶしい笑顔だ。
真剣に会話に聞いていたストームは、慌てて、ウルヴァリンを留めようとした。
「すみません。こら、ウルちゃん、Mrスーパーマンは、教授とお話中でしょ」
ストームは、小さすぎるコウサギが、しかも、決してこういった会見に参加することを好きだとは思えないコウサギが、どうしても、この場にいたいと、言ったため、膝の上にのせていたのだ。
しかし、コウサギは、ストームの手をすり抜け、テーブルへとジャンプした。傍若無人にも正義の超人に指を突きつける。
「話し合うだけで、世界の平和が守れるというのならもう俺達は、一万回も世界の危機を救っている!」
コウサギは偉そうだ。
いつ終わるともしれない小難しい話し合いにコウサギはすっかり飽きたのだ。
「お前、そんなに言うなら、お前の実力を俺に証明しろ!」
ちなみに、ウルヴァリンは清々堂々とスーパーマンの前に仁王立ちだが、コウサギとスーパーマンの間には、20倍近い大きさの差がある。
勇ましく胸を張る小さなコウサギに、超人はいかにも楽しげに笑った。
「プロフェッサー、ここには、素敵な仲間がいるんですね」
「ああ、彼は、ウルヴァリン。うちのチームの中心的存在だ」
「へぇ……」
スーパーマンは、少し驚いた顔をしたが、だからといってコウサギがチームの要だというXメンというミュータントチームを見くびるような顔はしなかった。
それに気付いたコウサギがにやりと、笑う。
……なかなかいい奴じゃないか。
自分の実力を認める超人に、コウサギは、胸の前に組んだ腕のまま、傲岸不遜に頷いた。
……こいつならば、ちょろいかもしれない。
実は、コウサギはある計略を胸に、希望で高鳴らせているのだ。
そんなコウサギの胸のうちというか、当初からの計画を、とっくにお見通しのストームは、コウサギが個人的な欲望をむき出しにして、忙しい正義の超人に「お願い」を始めないうちに、彼を攫って退散しようとした。
「ウルちゃん。ちょっと……」
ストームの細い眉は、初対面の客に対して、礼儀もなにもあったものじゃない態度の悪いコウサギに、もう癇症に寄せられている。
しかし、コウサギは、エレガントなストームが客の前で自分に手出しをするはずがないと、短い手で、クールに耳をかき上げる余裕さだった。
「なんだ? ストーム。俺は、こいつに用があるんだ。今は、いくらお前の願いでも聞いてやれないな」
「ウルちゃん」
ストームの声は、少し低くなった。
しかし、まだコウサギの態度は調子にのっている。
「だから、今は、ダメだと言ってるだろう? ストーム。いい子にしろよ」
「……ウルちゃん……」
太古では女神として崇められたに違いない自然を操るという能力を持つ美女は、人前だからという理由でコウサギの躾を遠慮するほど、裏表のある性格ではなかった。
部屋の中だというのにゴロゴロと、雷鳴が鳴り出す。
骨格がアダマンチウムだという、つまりは体そのものが金属の避雷針のようなものであるコウサギの毛が逆立った。
「ストーム! 止せ。ストーム!」
引きつった顔で、仲間を留めなければならないのなら、いきがるのを最初からやめておけばいいのに、やってしまうのがコウサギだ。
コウサギは、教授の下へ避難するのがいいのか、それとも、お客である超人の下へと駆け込む方が被害が少なそうなのか、とっさに判断できず、机の上でオロオロと立ち止まってしまっていた。
「なんて素敵な能力だ」
あまりに素直な褒め言葉がスーパーマンから出て、局地的豪雨でコウサギを濡れウサギにしていたストームも、思わずコウサギへの教育的指導を一瞬忘れた。
その隙に、ウルヴァリンは、こちらの方が得策であると、テーブルの上を走り、濡れたままの体でスーパーマンの膝へと跳び付く。スーパーマンは、ちょっと目を見開いた。太腿へと突き刺さったコウサギの爪があまりに鋭かったからだ。クリプトン星人である自分だからどうということもないが、人間だったら、きっと怪我をしているに違いない。やはり、コウサギも、最強といわれるミュータントのXメンメンバーに違いないと男は思う。
しかし、やっと本当に超人がウルヴァリンの能力を認めたというのに、せっかく立たせた髪も濡れてぺちゃんこになっているコウサギは、必死の顔で、超人の強靭な肉体にしがみついていた。
「お前! お前は見所がある! 二人だけで腹を割って話をしようじゃないか!」
勿論、スーパーマンの足へとひっしとしがみついている状況ではありながら、自分が優位に立って事を進めようとするコウサギの態度のでかさは変らない。
ストームの目の色がまた変った。
「……ウルちゃん。あなたの魂胆は分かってるの! あなた、Mrスーパーマンが着てからずっとそわそわしてるのよ。 彼に実力を証明しろって、空を飛ばせて自分も一緒に連れてってもらうつもりでしょう!」
ストームはわかっていないのだ。
空を飛ぶのは、男のロマンだ。
つまらなそうにしながらも、会見の場からずっと出て行こうとしなかったコウサギの狙いが分かった超人は、思わず納得した。
そして、気のいいこの男は、その程度のことならば、いくらでも叶えてやる気があり、自分から言い出すことになれば、このクールなコウサギが100年掛かって言い出せなかったかもしれない「お願い」を即座に受け入れた。Mrアメリカと言っても差し支えのないほど、健やかに男は笑う。
「女神に、すばらしい能力を見せてもらったんだ。お礼に私も、少しばかりは自分のできることをアピールしてみたいな」
言い出し方もスマートな超人は、目を細めて笑ったプロフェッサーから了承の頷きを得ると、ひょいっと、掴むとコウサギを肩へと乗せた。
それは、ウルヴァリンが文句をいう隙もないほどスマートな動作だ。
「振り落とされないようにしっかりと掴まっていてくれ。ウルヴァリン」
ここは3階の窓であるというのに、気軽に男は、外へと足を踏み出す。
超高速で風を切っていく男のマントへとしがみつきながら、ウルヴァリンは、はちきれそうなほどドキドキと心を躍らせていた。
眼下には、遠く、超高層タワーが見える。
「平気かい?」
確かにしっかりと掴まっていろとは言ったが、生身へと最強の金属であるアダマンチウムの爪を遠慮なく食い込ませ、歓喜の声を上げているコウサギにスーパーマンは、苦笑していた。
「勿論」
ちなみに吹き付けてくる風があまりに強いため、コウサギの目は涙でウルウルに潤んでおり、見える風景は、にじんでいた。それでも、コウサギは、とても嬉しい。
ほおっておくと、うわぁ。だとか、ひゃほー!だとか、叫んでいるというのに、声をかければ作ったような低い声でコウサギがクールに返してくるのに、超人は笑わないようにする努力をしていた。
「もっと高くまで飛ぶかい?」
スーパーマンは、コウサギがXメンのメンバーだということで、少しばかり彼の能力を高く評価しすぎていた。
ドキドキと心臓の音もせわしないコウサギをもっと喜ばせてやりたくて、サービス精神の豊かなこの男は、直角に上へと向かい、ぐんぐんと高度を上げる。
しかし、高度を上があがるにつれ、スーパーマンは、背中のコウサギが何も言わなくなったことに、不審を覚えた。
彼は、自分の背中を振り返った。
コウサギが、スーパーマンの背中でカチコチに凍り付いていた。
すでにここは、成層圏の対流圏内だ。
普通の人間はもとより、ミュータントにだって耐えられるはずのない低温地帯だ。
「あっ」
そのことに気付いた超人は、慌ててコウサギの状態をチェックした。
呼吸心音ともに停止しているが、左爪をスーパーマンの背中に付きたて、片膝は立て、右腕は爪を出したまま右後方へと流し、どう考えても、必要あるとは思えぬ、なにやら無駄に格好のいいポーズでコウサギは凍り付いていた。
なんとなく、スーパーマンは、このコウサギが大丈夫な気がしてしまった。
しかし、氷漬けコウサギが風圧で砕けてしまわぬよう、降下中のスーパーマンは、慎重飛行だ。
「お前! 何、考えてるんだ!」
温度の上昇と共に、解凍したコウサギは、今度は風圧のためでない涙で目をウルウルにさせながら、大声で怒鳴った。
スーパーマンは、コウサギが息を吹き返し、とてもほっとした。
正義の味方は、殺さないのだ。例え、相手が極悪人であっても。
コウサギならばなおのこと。
「わるかったよ。ウルヴァリン」
あまりに素直にスーパーマンが謝るので、コウサギは、一瞬息を飲んだ。
しかし、一瞬後には頷き、小さなコウサギの身体に似合わぬスケールのでかさで、超人を許す。
それでも、まず、潤んでいた目が凍り付いて瞬きができなくなり、そして次は息ができなくなり、失われていく意識の中で、スーパーマンのマントにぎゅっとしがみついた格好のまま死ぬなんて格好悪すぎると、必死に手足を動かし、クールなポーズを取る努力をした格好付けの激しいコウサギは、もう、二度とこの男と一緒に空を飛ばないと心に決めていた。
あの時、コウサギは、本当に死ぬかと思ったのだ。
けれども、それを、コウサギは、ブラック一色のユニホームもクールなXメンのメンバーとしては、赤青コスチュームの男と一緒に飛ぶなんて、派手すぎて格好が悪いと、成層圏で思わず神様にお願いしてしまったくせに理由付けている。
「帰るぞ。スーパーマン」
コウサギは、未だ凍えているだけでなく震える手で、クールに髪をかき上げた。
「……いいが……。多分、もう少し飛んでいないと、そのぐっしょり涙で濡れた顔をあの女神に見られるぞ」
そうなのだ。ちょっと自分が宇宙育ちだと思って、地球産の超軽量ミュータントまで気軽に宇宙に連れ出す超人のせいで、コウサギは未だ、泣きべそ顔の鼻垂れなのだ。
デリカシーのない大男のマントに汚れた顔をこすり付け、きれいにしたコウサギは、やっと地上へとトンっと足を突いた男の肩から飛び降りた。
コウサギは、礼はおろか、後ろもみずに、駆け出して行く。
「ウルちゃん、失礼でしょ!」
心配して待っていたストームがコウサギを叱る。
しかし、初の大空遊覧が、不調に終わってブロークンハートのコウサギは、ストームのストッキングをわざと爪で引っ掛け、走り抜けた。
「ウルちゃん!」
ストッキングの糸を爪に引っ掛けたまま、コウサギは決して振り返らない。
その晩コウサギは、大層不機嫌だった。
それは、一部、スーパーマンのせいである。
しかし、もう、昼間の出来事が尾を引いているわけではなかった。コウサギの小さな脳みそは決して後ろを振り返らないそんな作りなのだ。
実は、今日の冒険を聞きつけたジーンが赤マントを手作りし、コウサギにプレゼントしてくれたのだ。
コウサギは、例えそれがどんなに嫌であっても、期待に満ちた女の願いを叶えてやるのが、クールな男と思っている。
スーパーマンと揃いのマントを身につけたコウサギは、テーブルの上へと載せられたコウサギ用のテーブルに付き、スープをすすっていた。
メンバーから、一緒に夕食をと誘われたスーパーマンは、あの時、確実に生命の危機だったというのに、泣き言ひとつ言わず、それどころか、自分の美意識に叶うポーズまで決めて、凍り付いていたコウサギを好ましく思っていた。
もう、すっかりぴんぴんと元気になり、人の皿まで狙う頑丈さも好きだ。
だが、正義の超人に、そんな目で見守られながらも、行儀悪くかっこんで食事を終わらせたコウサギは席を立ち、自分のマントの裾を踏ん付けた。ウっと、なったコウサギは、この日二度目の呼吸困難に陥り、泣きそうに目をうるうると潤ませてスーパーマンを怒鳴りつけた。
「おい、お前! お前のコスチュームは非機能的過ぎる!」
そんなことはない。スタイルのいいスーパーマンに比べ、コウサギの足が短いだけだ。
END
相棒がむび☆にヒューが「スーパーマンとウルヴァリンが一緒にいるのに何も起こらないなんて!」なるお言葉を言っていたと教えてくれました。にやりと笑ってみました。