ウルちゃん、それでいいの?

 

ウルヴァリンは、少し開いたドアの隙間から、パイロの部屋へと入っていった。

「いらっしゃい」

「ドアを閉めろ。パイロ」

「はいはい」

ベッドの上に、横になって、雑誌をめくっていたパイロは、立ち上がると、酒に釣られてふらふらと現れるコウサギのために開けたままにしてあったドアを閉めた。

現在、嫌われ者のコウサギは、ベッドの下に立ち止まり、パイロが戻って自分を上へと上げるのを待っている。

暖冬のせいで、せっかく生えそろった冬毛が抜けているコウサギは、抜けた毛が洋服に付くと、只今、人気が急下降していた。

「そういえば、ローガン。今日、プロフェッサーに、あなたと仲が良いのか?って聞かれたんですけど、何かしゃべった?」

しかし、人前でさえなければ、そんなことに一向に頓着しないパイロは、ドアを閉めてウルヴァリンの元まで戻ると、そっとコウサギを掬い上げた。

ベッドに降ろす前に、まず、頬ずりをした。

コウサギは、思い切り顔を顰めた。

「パイロ。何回、そうやってやられるのは、嫌だって言ったらわかるんだ」

「かわいい顔して、そういうこと言うのをやめてくれって、俺のほうこそ、何度も言ってますよね?」

パイロの言い分に、コウサギはますます顔を顰めた。

パイロは、目を細め、ウルヴァリンの額にキスを繰り返した。

「ローガン、額に皺が寄っちゃってます。すごく、キュートだ」

たまに、学園を訪れる客のなかにも、ウルヴァリンに対して、こういう態度をとる者があった。

そういう時、ウルヴァリンは、我慢して、愛情の嵐が過ぎ去る時をじっと待つのだが、今日は、我慢しなかった。

「・・・パイロ。俺から、手を離せ。それ以上するなら、貴様の目を抉るぞ」

ウルヴァリンの短い爪が、パイロの頬を狙っていた。

パイロは、不ぞろいな毛皮のまま、爪を出して威嚇するコウサギの潤んだ瞳に、倒れこみそうな表情を見せた。

「・・・ローガン、それ、反則」

「何が、反則だ。目は、攻撃のポイントだ。お前も、ミュータントなんだ。この位のことは、覚えておけ」

「違う・・・違うけど・・・かわいい」

パイロは、ウルヴァリンを強く抱きしめたそうな顔した。

だが、本気でウルヴァリンの爪が、パイロの目を狙ったので、コウサギを解放した。

パイロは、いそいそと、机の中に隠してあるワインの壜を取り出す。

ついでに、パイロは、お人形遊びにでも使うような、哺乳瓶まで取り出した。

あまりに、ウルヴァリンが、口移しで飲むのを嫌うので、最初の一回だけは、必ずそうする約束をし、その後のために、パイロが、わざわざ用意したのだ。

「それ、確かに飲みやすいけどな。ものすごく趣味が悪いぞ」

コウサギには、プロフェッサーに作ってもらった専用の食器があった。

ウルヴァリンは、それを持ってくると言ったのだが、それなら、飲ませないと、パイロは言い張った。

「お前は、情緒に欠陥があるな」

ウルヴァリンは、嬉しそうなパイロの顔を見上げながら、冷たい声を出した。

ワインを口に含もうとしていたパイロは、不意に、行動を止めた。

「そう、それなんですけど、プロフェッサーに、ローガンと仲良くするのは、君の感情教育にとてもいいとか、なんとか言われて」

ウルヴァリンは、また、額に皺を寄せた。

「俺は、こんな奴のお守りなんてしたくないぞ」

ウルヴァリンは、パイロの手に持つ、ワインにばかり視線を集中させていた。

パイロは、すこし困惑気味だった。

「どうして、プロフェッサーは、俺たちの仲がいいと思ってるんだろう?」

「何でもお見通しなんだろう。お前が、おままごと遊びの哺乳瓶を購入したことも、知ってるんじゃないか?」

ウルヴァリンは、決して他人に小動物好きだと知られたくないパイロの気持ちをちくちくと刺激した。

パイロの目が、苛つき気味に枕元のライターを探った。

「ローガン、ワインはいらない?」

パイロは、ウルヴァリンが側にいる時、出来うる限りライターを持たないよう努力していた。

今も、伸びそうになる手をじっと耐えた。

「いる。飲みたい」

欲望に忠実なコウサギは、ベッドの上で目を閉じると、顎を上げで爪先立ちになった。

期待に髭がひくひくとしていた。

パイロは、小さなため息をつき、口の中にワインを含んだ。

パイロのベッドを抜け毛まみれにしているコウサギの唇に触れるため、腰を深く折った。

コウサギは、自分からパイロの顔を捉えて、両手で挟み、チュウチュウと、唇に吸い付く。

温かで、柔らかな感触のウルヴァリンの唇が、一生懸命パイロの口の中からワインをすすった。

パイロにとって、至福の時だった。

だが、今日は、鼻がむずむずとした。

たった一回しかないキスの時間だと、必死にパイロはくしゃみを我慢した。

しかし、我慢しきることが出来ず、パイロは、とにかく口の中のワインを飲み込んだ。

ごくんと喉を鳴らしたパイロに、ウルヴァリンが、目を吊り上げた。

「貴様!何をする!!」

もう、酔っ払い気味のコウサギは、涙目になって爪を伸ばしている。

パイロは、顔を背ける間もなく、大きなくしゃみをした。

「ごめっ!・・・ハクション!・・・ハクション!」

コウサギの抜け毛でくしゃみの止まらないパイロは、必死に手で口を覆った。

ウルヴァリンは、目を瞑って、体を丸めた。

それでも、パイロのくしゃみ攻撃で毛皮が濡れた。

パイロのくしゃみは止まらない。

ウルヴァリンは、ピョンピョン跳ねてベッドの端まで逃げた。

「お前は、動物アレルギーだ。さっさと、それに、ワインを入れて、お前は、シャワーでも浴びて来い!」

ウルヴァリンは、脇机にちょこんと置かれた哺乳瓶を指差し、命令した。

濡れた毛皮は、パイロの毛布にこすり付けて拭いた。

どうしても、くしゃみの止まらないパイロは、悔しそうな顔で、哺乳瓶へとワインを注いだ。

コウサギは、まんまとせしめたワイン入りの哺乳瓶を抱えて、幸せそうに、チュウチュウと吸った。

 

 

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