ウルちゃんの桃太郎。

 

むかし、むかし、あるところに、おじいさんが一人で住んでいました。

おじいさんは、一人暮らしだったので、柴刈りも、洗濯も全部自分でやっていました。

 

ある時、おじいさんが、洗濯をしに川に行くと、大きな桃が、どんぶらこ、どんぶらこと流れてきました。

桃は、大変いい匂いがしています。

ちょうど腹の減っていたおじいさんは、桃を拾い上げました。

 

家に桃を持って帰ったおじいさんは、包丁で、桃を二つに切り分けようとしました。

思ったよりも桃の果肉が薄く、軽く包丁を入れただけで、桃は二つに分かれます。

「おや?」

ぱっかりと二つに分かれた桃は、果肉の部分を0.5ミリほど残して、全て中から食べられていました。

中には、いびきまでかいて、ぐっすり眠っているコウサギが居ます。

真上で包丁が狙っているこの事態になっても、まだ、コウサギは、ぐっすりと眠っています。

おじいさんは、大変、切り替えのいい人でした。

食べようとしていた桃が中のコウサギに食べられてしまった以上、仕方が無いと、鍋で湯を沸かし始めました。

ウサギ汁の用意です。

野菜が茹でられ始めたところで、コウサギはいい匂いに目を覚ましました。

しばらく鼻をひくひくとさせ、寝ぼけていたウルヴァリンでしたが、ぱっちり黒目を開けると大きな声で自己紹介をしました。

「俺は、ウルヴァリンだ!」

胸を張っています。

汁の中身に名前を名乗られてしまい、おじいさんは困惑しました。

人間、なかなか、名前がついてしまった動物は食べるのが難しくなります。

その困惑を、ウルヴァリンは大変楽天的に誤解しました。

「爺さん。桃の中に入ってたから、俺の名前を安直に桃太郎としようとしていただろう?」

ウルヴァリンは、たいそう愛らしいしぐさで楽しそうに笑いました。

そして、野菜汁を分けてもらおうと、鍋の側まで寄ってきました。

おじいさんは、具がとても愛想がいいので困ってしまいました。

「ウルヴァリン・・・?」

「そう。ウルヴァリン。でも、爺さんが、どうしても桃太郎と呼びたかったら、そう呼んでくれてもいいぞ」

おじいさんは、最初から名前など考えもしていませんでした。

何故って、ウサギと言えば、汁の具に最適です。

新鮮なウサギは、それはそれは、匂いもよく、味だって、極上なのです。

しかし、その汁の中身になるはずのコウサギは、にこにこと笑いながら、鍋の出来具合を覗いています。

ひくひく動く髭は、自分の分もあることを疑ってもいません。

おじいさんは、仕方なく、コウサギと野菜汁を分け合って、その晩の夕食を終えました。

 

そうして、居ついてしまったコウサギは、全くおじいさんの生活の役には立ちませんでしたが、のんきにおじいさんと暮らしていました。

今日も、畑に出るおじいさんに着いて行き、畝の間に嵌って、大きな声でわめいています。

「おい!爺!!芋の蔓が俺に巻き付いて放れない!」

大人しくしていなコウサギが、自分から蔓に絡まったのでした。

昨日のコウサギは、おじいさんの柴刈りについていき、山の中で迷子になって、村の青年団が出動する大騒ぎになりました。

たまに、洗濯ものと一緒に川に流され、下の村の者が届けに来てくれることもあります。

「ウルヴァリンが、丈夫でよかったよ・・・」

どうやってこうなったのかというほど複雑になっている芋の蔓を外しながら、おじいさんは、元気だけが取り得のコウサギに苦笑しています。

そんな毎日が大冒険なウルヴァリンですが、本人は、大変気が強く、決して、自分が危機に陥ったと認めませんでした。

けれども、助けられれば、ぐっしょり濡れた黒目で、ぷるぷる震えながらも、小さな声で礼を言います。

「・・・ありがとう」

今日も、ウルヴァリンは、おじいさんから顔を背けながら、小さくつぶやきました。

それが、コウサギが、ウサギ鍋にされない理由です。

 

ある日、おじいさんが、目を覚ますと、いきなりコウサギが言い出しました。

「爺!俺、鬼が島に鬼退治に行ってくる!」

あまりに唐突なので、おじいさんは、びっくりしました。

「ウルヴァリン、そういうのが、今流行の遊びなのかい?」

「違う!俺、爺さんに世話になりっぱなしだろう?恩返しがしたいんだ!」

おじいさんは、ウサギ汁を諦めた時点で、コウサギの世話になる日がくるなんて、夢にも思っていなかったので、まじまじとウルヴァリンをみつめてしまいました。

ウルヴァリンは、すこし照れくさそうな顔をしながら、髭をひくひくとさせました。

「恩返しといえば、鬼退治だ。なぁ、爺さん、きび団子を作ってくれ。思い立ったが吉日だ。これからすぐ行く!きび団子が出来次第、すぐ行くから、頼む。今すぐ、作ってくれ!!」

きび団子は、ウルヴァリンの好物でした。

おじいさんは、ウルヴァリンが単に、きび団子を食べたくて言い出したのだろうと、軽く考え、コウサギのために、きび団子を作ってやりました。

鬼退治!鬼退治!と、盛り上がっているウルヴァリンために、新しい着物も着せてやりました。

コウサギは、鉢巻まで巻いて、出来上がった姿に満足しています。

「じゃぁ、爺、俺、行ってくる!」

「ああ、気を付けて行っておいで、暗くなるまでには帰って来るんだよ」

おじいさんは、コウサギが本気で鬼退治に向かうなどと思ってもいませんでしたので、ウルヴァリンが村の中を一周でもして気が済んだら、戻ってくるだろうと、自分は畑仕事に出かけました。

 

ウルヴァリンは、おじいさんに作ってもらったきび団子を腰に、ちょろちょろと道を歩いていました。

途中、お昼まで我慢できず、作ってもらったきび団子をつまみ食いしたりしています。

村はずれに住んでいたセイバートゥースが、その姿に声をかけました。

「コウサギさん、コウサギさん、一体、どこに行くんだい?」

「鬼が島」

セイバートゥースは、コウサギの返答に首を傾げました。

「何をしに?」

「鬼退治に決まってる!」

ウルヴァリンは、馬鹿にされているのかと怒鳴りました。

セイバートゥースは、コウサギを泣かす気はさらさらありませんでしたので、調子を合わせました。

「じゃぁ、鬼退治にお付き合いするから、お腰につけたきび団子を一つ下さい」

セイバートゥースは、迷子になったコウサギを捜しに山の中に入った青年団の一員でした。

また、ウルヴァリンが無茶をするのではないかと、気になっています。

ウルヴァリンも、本当のところ、一人だけで、鬼退治に行くのが怖い・・・いえ、計画に無理があるような気がしていました。

それに、ライオンみたいに力強いセイバートゥースが自分の手下だというのは格好いいような気がしました。

「鬼退治についていくなら、きび団子を分けやる」

ウルヴァリンは、恩着せがましく言いました。

セイバートゥースは、気の強いコウサギの様子に笑いました。

「じゃぁ、ウルヴァリン、一つ、きび団子を分けてもらおう。お供するよ」

セイバートゥースは、口を開けて大きな牙を覗かせ、ウルヴァリンを怯えさせました。

けれどそれはセイバートゥースの笑顔だったようです。

コウサギサイズのきび団子を貰い、気の優しい男は、ウルヴァリンの手下になりました。

 

また、道を歩いていくと、今度は、デスストライクと、ミスティークがやってきました。

その時、もう歩くのに疲れていたコウサギは、セイバートゥースの肩に乗っていました。

普段は挨拶もしないくせに、二人は、目ざとくコウサギを見つけセイバートゥースに駆け寄りました。

「きゃぁ!可愛い!!これが、上の村で、噂のコウサギね!」

「ふわふわ!どうして?どうして?なんでこんなところにいるの?可愛い!見て!見て!小さいきび団子を腰につけてるわ!もう、どこもかしこも可愛い!飼いたい!!」

かしましい女達は、セイバートゥースの肩に乗るコウサギを抱き上げ、かわるがわるに抱っこしました。

「セイバートゥース、この仔の名前は?」

下の村きっての美人に聞かれ、セイバートゥースは返事をしないわけにはいきませんでした。

「・・ウ・ウルヴァリン・・・」

「そうなの、ウルちゃんって言うのね。ほんっと、可愛い。お姉さんのおうちに来ない?」

デスストライクと、ミスティークは、先を争うように、ウルヴァリンの体を撫でました。

もみくちゃにされていたウルヴァリンは、短い爪を出し、二人の女を威嚇しました。

「放せ!お前ら!俺は、鬼退治に行く途中なんだ!」

ウルヴァリンの爪は、何でも切れるというアダマンチウムで出来ていましたが、あまりに短いので、それほど威力はありません。

おまけに、普段体の中にしまわれている爪を出すと、その痛みにウルヴァリンの目には涙が浮かんでしまいました。

デスストライクと、ミスティークは、うるうるの黒目コウサギに、頬をばら色に染めました。

「・・・かわいい」

うっとりとつぶやく二人に、ウルヴァリンは、眉間に皺を寄せぴょんと地面へと飛び降りました。

抱き上げられないように爪で威嚇しながら、ウルヴァリンは二人に言いました。

「お前ら、鬼が島についていくんだったら、きび団子をわけてやるぞ」

ウルヴァリンは、この二人が、下の村で、恐れられている存在であることを知っていました。

最強の女達だという噂を聞いていたコウサギは、二人が凶暴なのだろうと想像していたのです。

だから、鬼退治にはぴったりの手下だと思いました。

ウルヴァリンは、セイバートゥースがきび団子で簡単に手下になったものですから、今度も決まりだと、二人の暴力女を手下にした自分を思い、もう、楽しくなっていました。

しかし、その知識は少し間違っていました。

実は、二人は、その美貌を持ってして、次々と男をたぶらかしていたので、恐れられていたのでした。

美貌が、鬼退治に役立つのかどうかは、微妙なところです。

 

デスストライクと、ミスティークは、吹き出しそうな表情で、顔を見合わせました。

「・・・ウルちゃん、どこに行くって?」

「鬼が島だ」

「・・・鬼が島に何しに?」

「鬼退治に決まってるだろう!!」

おかしな顔をして質問ばかりする二人に、屈辱を感じたウルヴァリンは、毛を逆立てて怒りました。

ぴんと立った耳や、膨れた頬が大変愛らしいです。

デスストライクと、ミスティークは地団駄を踏むコウサギを本気で攫おうかを思いました。

二人とも、自分の美貌を持ってすれば、セイバートゥースをたぶらかすことくらい、赤子の手をひねるようなものだと思っています。

「お前ら、俺が小さいと思って馬鹿にしてるだろう!!」

ウルヴァリンは、かんしゃく玉のように飛び跳ねていました。

「もう!かわいいんだから!ウルちゃん!!」

「ウルちゃんって、呼ぶな!!」

ウルヴァリンは、完全に機嫌を損ね、二人にはきび団子も渡さず、セイバートゥースとだけ、道を進みました。

コウサギの機嫌が悪いので、セイバートゥースは、ウルヴァリンの言うままに、船まで出して、隣の島に渡ります。

 

「ここが鬼が島か!」

ウルヴァリンはセイバートゥースを引き連れ、隣の島に上陸しました。

大冒険中の自分に髭がひくひくしていますが、潮風で目が痛くて、すこし涙目になっているところがウルヴァリンらしいところです。

「先に行くぞ!」

初めての島に、興奮気味のウルヴァリンは、セイバートゥースが船を岸に繋いでいる間に、ピョンピョン跳ねて島の奥に入ってしまいました。

すると、お約束にも森の奥から、一つ目の怪物が現れました。

バイザーをしたサイクロップスでした。

しかし、サイクロップスを見たことのないウルヴァリンは、完全に誤解しました。

「おのれ!お前が鬼だな!!」

ウルヴァリンは、バイザーで一つ目になっているサイクロップスを鬼だと思い、向かっていきました。

森の中を散策していたサイクロップスは、小動物が真っ向から向かってくるのに驚きました。

小動物は、イノシシ並みに本当に直進しています。

なりは小さいのに、気迫十分です。

おまけに大きな声で怒鳴っています。

「覚悟しろ!鬼め!成敗してやる!!」

サイクロップスは、とりあえず、出力を最小限にして、破壊光線を発射しました。

真っ向勝負のコウサギを驚かして、足止めをするつもりでした。

しかし、コウサギは、イノシシよりは身軽らしく、破壊光線を上手く避け、サイクロップスに向かってきました。

スピードも緩みません。

「ひとーつ、人の世の生き血をすすり、

これは桃太郎侍の決め台詞です。

ウルヴァリンは、おじいさんと一緒に古い時代劇を再放送で見るのが好きでした。

涙目になりながらも、気分だけは刀のつもりで、爪をシャキーンと出したコウサギは、サイクロップスに躍り掛かりました。

サイクロップスは、片手でひょいっと、コウサギを掴ました。

コウサギの短い爪は空を切りました。

残念ながら、気迫だけでは、勝てないこともあるのです。

そこに、やっと船を繋いだセイバートゥースが、追いつきました。

「ああ、サイクロップスさん、すみません!その仔を放してやって下さい!」

「セイバートゥースさんのですか?」

サイクロップスは、まだ、気迫十分に爪を振り回すコウサギをつるし上げながら、セイバートゥースに聞きました。

「いえ、マグニートーさんとこの仔です。ちょっと遊びの最中でして・・・」

「鬼退治に来たとか言ってましたが?」

「そうなんです。鬼が島に鬼退治に向かう最中でして・・・」

セイバートゥースは照れ笑いをしました。

サイクロップスと、セイバートゥースは、青年団の集会で顔を合わせたことがありました。

サイクロップスは、目を吊り上げて暴れるコウサギを眺め、思わず笑ってしまいました。

「これは、これは、気の強いコウサギだ。でも、お前、鬼が島に行きたいんだったら、自分の島に戻るべきなんじゃないか?あっちが鬼が島だぞ」

サイクロップスの言葉は、ウルヴァリンに衝撃を与えました。

コウサギは目をぱちくりとさせています。

「何?お前、何を言っているんだ?」

「だから、お前が住んでた島が、鬼が島だよ。もう、とっくに和解したがな。マグニートーは、鬼の首領だった。なんだ?お前、知らなかったのか?」

「何ぃ?????」

コウサギが本気で鬼退治するつもりだったようだと気づいたサイクロップスは、苦笑しました。

コウサギの行動を遊びだと思っていたセイバートゥースも驚きました。

しかし、ウルヴァリンは、どうしても納得がいきませんでした。

「俺は、桃で流れ着いたんだぞ!」

そうです。コウサギは、どんぶらこと川を流れてきたのでした。

「桃で流れ着いたら、爺が居て、きび団子を作ってもらったら、鬼が島に鬼退治だろう!!」

アイデンティティーの崩壊に、コウサギは、パニックに近く大騒ぎしました。

けれども、サイクロップスは落ち着いたものです。

「ちょっとした間違いだな」

「はぁ???」

コウサギは、大声で叫んでいました。

「まぁ、たまには神様も間違えるんだろう」

「何をだ!!」

「そりゃぁ、流す川を間違えたり、入れはずだった赤ん坊をコウサギと取り違えたり、色々さ」

セイバートゥースは、思わず笑ってしまいました。

そうです。そもそも、桃の中にコウサギが入っていた時点で、桃太郎の話と違っています。

サイクロップスは、爪を出したままの手をだらりと下ろし、呆然としているコウサギをしげしげと眺めました。

「お前は、もともと、こっちの島に流れ着く予定だったのか?」

「・・・多分・・・」

「マグニートーは、鬼退治をしてこないコウサギを怒るのか?」

「・・・いや、爺は、夕暮れまでに戻って来いと・・・もしかして、爺も、俺の鬼退治を遊びだと思ってたのか・・・?」

ウルヴァリンは、目的を失い、途方に暮れた目をしてサイクロップスと、セイバートゥースを見上げました。

二人は、こんな小さな体のくせに本気で鬼退治をする気だったというコウサギに少し呆れ、けれども、全く自分のサイズをハンデだと思わずにいたコウサギのことが好きになりました。

サイクロップスは、コウサギを抱き上げました。

「それじゃぁ、そろそろ帰ったほうがいい。早く帰らないと日が暮れる。マグニートーが心配するぞ」

 

コウサギは、鬼が島に戻りました。

けれども、本当は流れ着くはすだったXメン島のおじいさん、エグゼピアとも仲良くなったコウサギは、時々、Xメン島に遊びにくるようになったのでした。

 

おしまい。

 

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