ウルちゃん、回る。

 

「うわああああああ〜〜〜〜〜〜!!!」

大きな悲鳴が、何度も無人の廊下に響いていた。

「たすけっ〜〜てくれっ・・・・・ひいいい〜〜〜!!」

途切れ途切れに聞こえる悲鳴の声は、ウルヴァリンのもので、サイクロップスは、慌てて廊下を走った。声は、洗面所のあたりから聞こえていた。

サイクロップスは、うかつなコウサギが、足を踏み外し、どこかに落ちたのかと思った。

そういえば、昔、ウルヴァリンは、洗濯物に紛れ込んでしまい、洗濯機で洗われるという目にあっていた。

あの時、気絶したコウサギは、脱水までの全コースを終了し、「ウルちゃん、すごくきれいになってる。これはいい方法ね」と、洗濯物を干しに来たストームに言われていた。

アレは、完全に事故だったが、それ以来、ウルヴァリンは、風呂嫌いになっていた。

 

洗面所に駆け込んだサイクロップスが見たものは、やはり、洗濯機の中で回っているコウサギだった。

どういうわけなのか、両耳は、洗濯ばさみで留められ、泡まみれの洗濯槽でぐるぐると回っていた。

爪の伸びきった手をばたばたと伸ばし溺れている。

「・・・ウルヴァリン?」

「サイクロップス!・・・うっぷ!・・・・たのっ・・む・・・・っはうっ・・・たすけろ!!」

浮いたり沈んだりするコウサギに、サイクロップス洗濯槽へと手を入れた。

中は、湯が張ってあった。

洗濯物は一枚も入っていない。

コウサギは、必死になってサイクロップスの手に爪を立てた。

口から思い切り水を吐き出し、むせ返っている。

サイクロップスは、もう、涙なのか、水なのか、それとも、鼻水なのかわからないもので、ぐしょぐしょのコウサギをタオルで包み、洗濯機のスイッチを切った。

 

サイクロップスは、コウサギの背中を撫でながら、事情を聞いた。

「何があったんだ?」

「・・・・なんでもない!・・・」

しかし、コウサギは、洗濯機のふたの上で、震えながら叫んだ。

「そんなことないだろう?」

ウルヴァリンが目線を反らしたので、サイクロップスは、洗面台に湯を張り始めた。

「ウルヴァリン、洗濯槽の中は、衣類一枚入ってなくて、適温の湯だった。おまけに、あの匂いはソープだろう?誰かが、故意にお前をあの中に入れたとしか思えない」

「・・・足を滑らせて落ちたんだ」

ウルヴァリンは、まだ、サイクロップスを見なかった。

「お前は、最近随分嘘ばかりつくんだな。酒を飲ませている相手は言わない。昨日の夜だって、お前のためを思って見張っていた俺達から姿を晦まし、どこかに隠れたまま、出てこなかった。そして、今日は、あれほど嫌っていた洗濯機にまた落ちた。と言う。白状しろ。もう一度、洗濯機に突っ込まれたいか?」

 

実は、ウルヴァリンは、ストームに洗濯機に放り込まれたのだった。

夕べ、パイロに酷い目に合わされたウルヴァリンは、いつもよりずっと遅く食堂に現れた。

世話焼きXメンメンバーがいなくなる時刻まで待っていたのだ。

しかし、きょろきょろと辺りを伺い、なかなか中へと入ろうとしないウルヴァリンを一時間目に授業がなく、のんびりとしていたストームが見つけた。

「どうしたの?ウルちゃん。食事に遅れるなんて、珍しい」

にっこりと笑ったストームは、外出禁止が解けた昨日、どうせウルヴァリンはまた秘密の誰かに酒をねだりにでも行って二日酔いにでもなったのだろう、ひょいと抱き上げた。

酒の匂いを笑ってやろうと口元に鼻を寄せたストームは、鼻の頭に皺を寄せた。

ウルヴァリンの毛皮はおかしな匂いをさせており、しかも、ごわごわとしていた。

「ウルちゃん、臭い!洗うわよ!」

「いやだ!いやだ!」

「こんなに臭くって、ごわごわで、そんなのが通用するはずがないでしょ!」

「平気だ。ストームが、抱き上げなきゃいいだけじゃないか!」

コウサギの手触りに、指先だけで首の後ろを掴んでいるストームは、思い切り眉を寄せた。

「ウルちゃんが、お風呂嫌いなのは知ってるけど、そういう異臭を放ってたら迷惑なの。見つからないように、わざわざ食事に遅れて来て。なんて悪いコウサギなの!ほら、洗ってあげるから、来なさい!」

「嫌だ!ストーム、お前にだけは洗われるのは真っ平だ!!」

ウルヴァリンが、一番見つかりたくなかった女、そして、コウサギが風呂嫌いになった原因を作った女は、片手で鼻を摘んだまま、コウサギを連行した。

 

ウルヴァリンは、もとから、風呂嫌いだったわけではなかった。

好きか、嫌いかと聞かれれば好きなほうではなかったが、少なくとも、現在のようにパイロの精液をかけられた体で、拭ったから、もういい。などと我慢するほどではなかった。

ウルヴァリンが風呂嫌いになったのは、洗濯機でストームに洗濯されたせいだった。

それは、たまたま、ウルヴァリンが洗濯物に紛れ込んでいたために起きた事故だった。

だが、洗濯の終わったウルヴァリンを発見したストームは、目を回しているだけで、全く怪我のないウルヴァリンの体をチェックすると、ウルヴァリンのきれいになり具合に満足し、全く反省しなかったのだ。

 

ストームは、洗面所にウルヴァリンを連れて行き、ウルヴァリンの耳を洗濯ばさみで留めた。

「痛い?」

「このくらいだったら、平気だが・・・」

絶対に洗濯機に放り込まれると思っていたのに、ストームが、ちゃんと洗面台に湯を張っているのに不審の目を向けながら、ウルヴァリンは、逃げ出すチャンスをうかがっていた。

「お耳に水が入ると嫌でしょ?」

いやに親切そうな顔をしたストームは、にっこり笑った。

「しっかり目を閉じててね。出来れば、お口もつむっておいてくれるかしら」

湯の温度を測っていたストームは、掬った湯を、ウルヴァリンの頭からかけた。

思わず、ウルヴァリンは目を瞑った。

その拍子に、ストームの竜巻がウルヴァリンを飛ばした。

「ストーム!!」

叫んだ時には、遅かった。

やはり、ウルヴァリンは、洗濯機の中に放り込まれた。

ストームがスイッチを入れ、用意周到にも溜めてあった水が回り始める。

ウルヴァリンは、泡に巻き込まれ、ぐるぐる回った。

「ウルちゃん、私ね、ウルちゃんが、お酒飲むのに反対する気はなかったの。でも、お酒飲ませてもらうために、清純な高校生を誘惑しちゃうような、悪いコウサギは許しておけないわ」

コウサギが、目を回す程度で、洗濯の全工程を終えることが出来ることを知っているストームは、唇をとても魅力的に引き上げた。

「その匂い、誤魔化せるわけないでしょう?かわいい高校生相手に、色仕掛けはコウサギとしてモラルを外れているわ」

ウルヴァリンは、必死になって水面に浮き上がろうとしていた。

「・・・・・・っう・・・っはっ・・・何を!!」

「ウルちゃん、反省しなさい。その汚れが落ちた頃に、拾いに来てあげる」

ストームは自分が、子供達を預かる立場であるということにとても重きを置いていた。

「うわ〜〜〜っ!!目が!目が回る〜っっ!!」

今回のことは、まるで誤解だったが、パイロに色仕掛けで酒を飲ませて貰っていたに違いないウルヴァリンは、洗濯機の水流に飲み込まれて回っていた。

 

まだ、コウサギはだんまりを決め込んでいた。

口を割ろうとしないウルヴァリンに、サイクロップスは、コウサギを洗面台の湯につけた。

泡の付いているウルヴァリンに優しく湯をかけてやる。

「・・・なぁ、ウルヴァリンに、お前を洗濯機に放り込んだのはストームだろう?この匂いは、ストームのソープだ。何をやって怒らせた?」

理由など恥ずかしすぎて、話すことのできないウルヴァリンは、強く口を閉ざしたまま、サイクロップスに洗われていた。

しかし、サイクロップスは、こんなに涙目になるほどお仕置きされたに関わらず、ウルヴァリンがストームの名を出すことを潔しとしないのだと、すこし感心した。

「また、だんまりか。隠し事の多いコウサギだな。お前は」

サイクロップスは笑いながら、コウサギの泡を落とし、新しいタオルに包んだ。

「このままじゃ、風邪を引くな」

サイクロップスが、部屋へとコウサギを連れ帰りドライヤーででも、コウサギを乾かすかと思っていると、ちょうど廊下をパイロが通りかかった。

「ああ、パイロ。君の部屋は近くだったな。悪いが、ドライヤーを貸してくれないか?」

「パイロ〜〜!?」

サイクロップスがパイロの名を呼ぶのに、ウルヴァリンは、タオルも取らずに、走り出した。

パイロの足元をとんでもない速度で駆け抜け、一目散に廊下を走り抜けていった。

「おい!ウルヴァリン!!風邪を引くぞ!」

「ちょっと!!ローガン!!」

パイロは旋風のように駆けて行ったウルヴァリンの後を追おうしかけ、必死に踏みとどまった。

パイロの隣にいたローグは、不思議そうな顔で、パイロを見た。

「どうしたの?ウルちゃん、すごく必死に逃げていったけど?・・・」

パイロには、理由など話せるわけがなかった。

「へぇ、ジョンは、ローガンと喧嘩するほど、仲が良かったんだ」

アイスマンは、なんだか楽しそうに笑っていた。

 

 

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