ウルちゃんのかさ地蔵

 

その日は、たいそう雪の振る一日でした。

障害をカバーするに足るだけ改造された4DW車で、慈善バザーに出かけていたプロフェッサーは、途中の山道で、こんもりと雪を被る地蔵を見かけました。

地蔵たちは、寒さに震えているように見えます。

プロフェッサーは、車を止めました。

自分の車の中を見回しました。

しかし、今日持って出た品物は、全てバザーに出品してしまいました。

プロフェッサーが持っているものといえば、そこで、催されていた体験講座で、子供たちが作り、プレゼントしてくれた傘だけです。

車から降りたプロフェッサーは、苦労して雪の中を車椅子で進みました。

「悪いですなぁ。お地蔵さま。こんなものしかないが、被ってください」

プロフェッサーは、地蔵の頭の雪を払い、傘を一つ、一つ被せていきました。

しかし、車椅子のプロフェッサーには、早くは出来ません。

雪に車輪を取られながら、プロフェッサーが、苦労して傘を被せていると、小さなくしゃみが聞こえました。

「へくちっ!!」

プロフェッサーは、驚きました。

辺りには、動物一匹いないのです。

それでも、プロフェッサーが、順に地蔵に傘を被せていると、また、一つ、小さなくしゃみが聞こえました。

「へくちっ!へくちっ!」

プロフェッサーが、じっと見ていると、最後に並んだ、一番小さな地蔵が、くしゃみをしました。

 

「これは、これは、お地蔵さま。風邪を引いてしまわれましたか」

プロフェッサーは、大慌てで、地蔵たちに傘を被せ、最後の地蔵に近づきました。

小さな地蔵は、ほぼ、頭まで雪に埋もれ、顔だってみることができません。

プロフェッサーは、小さな地蔵の雪を払いました。

出てきたのは、珍しいウサギの形の地蔵です。

「これは、たいそうかわいらしい。だが、困ったな。この耳では、傘が被れない」

プロフェッサーは、思案しました。

自分のしていたマフラーをはずし、コウサギ地蔵の体ごとすっぽり包んでしまいました。

「私のもので、申し訳ないが、これで、あったかくしてください」

プロフェッサーは、コウサギ地蔵の頭を優しく撫でました。

雪に冷たくなったプロフェッサーの手が、優しい笑顔と共に、惜しみなくコウサギ地蔵にささげられます。

 

プロフェッサーは、また、苦労して、車椅子で雪の中を車まで戻りました。

雪は、しんしんと降っています。

 

その晩のことです。

コウサギ地蔵は、大変感動していました。

「おい、あのじじいを見たか!あんな優しいじじいを、俺は初めて見たぞ!」

興奮するコウサギは、ピョンピョンは跳ねながら、仲間たちに言いました。

「なんて、いい心がけのじじいなんだ!」

「この山の上に住んでるお金持ちの教授でしょ?時々、お供えだってしていってくれるじゃない。ウルちゃん、昼間居眠りばっかりしてるから、知らないのよ」

ストームは、吹雪いてきた雪の中でも、平気そうな顔で立っていました。

「今回の傘は、ちょっと不思議なプレゼントだけど、でも、ありがたかったわね。今晩は、とっても積もりそうだし」

ジーンは、傘の上の雪を払いながら、にっこりと笑いました。

サイクロップスの分まで、払ってやっています。

「あのじじいに恩返しをするぞ!こんな素敵なものを貰っておいて、ただで済ますなんて、そんなことはできない!」

ウルヴァリンは、プロフェッサーから貰ったカシミアのマフラーに包まれて、テンションをあげていました。

しかし、サイクロップスは、裕福なプロフェッサーの家を思い、困ったように顔を顰めました。

「米?もち?どっちも、あの家なら、幾らでもありそうだが・・・」

それを出し渋っていると誤解したウルヴァリンは、いきなり皆の前に置かれたお供えを集めにかかりました。

「お前たちなんか、頼らない!俺は、一人ででも、恩返しに行くぞ!!」

「そんな、ウルちゃん、無理・・・」

「うるさい!無理なもんか!」

無理は、コウサギにとって禁句でした。

一人だけ、体の大きさの違うコウサギは、仲間のできることが出来なくて、悔しい思いをすることが多かったのです。

コウサギだけが、恩返し用の米や、餅を出すこともできません。

涙目になって、爪を出しているコウサギは、拾ってきた小さな板切れに、お供えだったみかんや、飴、おにぎりを積みました。

紐を付けると、引きずります。

振り返ることもせず、ふうふううなっています。

こうなると、ウルヴァリンは、もう、誰にも止められませんでした。

しかし、荷物が重すぎて、コウサギは、なかなか進むことも出来ませんでした。

 

その日の夜中のことです。

プロフェッサーの家の門を、がんがんと叩く音がしました。

本を読んでいたプロフェッサーは、不審に思い、門に取り付けた監視カメラで確かめると、門の外では、コウサギが、仁王立ちになっていました。

「おや?」

吹雪の晩なのです。

プロフェッサーは、思いもかけない小さなお客様に、急いで、門を開けました。

自分も玄関へと急ぎます。

 

「おい!じじい!恩返しにきてやったぞ!」

玄関の扉をあけたプロフェッサーに、頭から湯気を出すコウサギが怒鳴りました。

コウサギは、肩でぜいぜいと息をして、全身に汗をかいていました。

「恩返し・・・ですか?」

「お前、昼間に、地蔵に親切にしただろう」

「・・・はぁ、まぁ・・・」

プロフェッサーは、汗まみれのコウサギが心配でなりませんでした。

この寒い晩です。

なぜか今は、コウサギの小さな体も温かなようですが、こんなに濡れていては、すぐ芯まで冷えてしまうのではないかと、思いました。

コウサギは、胸を張っていました。

「たいしたものではないけどな。恩返しに持ってきてやった。お前は、いい奴だからな。このくらいの物は、食っておけ」

コウサギは、頼もしい笑顔と共に、自分の引いてきたソリを振り返りました。

しかし、そこには、何も乗っていません。

いえ、少しの雪は載っています。

そういえば、雪道を進むうち、次第にソリは、軽くなったのでした。

ウルヴァリンは、自分がソリを引くのに慣れたせいかと思っていたのですが、どうやら、荷物を落としてきたようです。

「ない!せっかく、持ってきたのに、載ってない!」

コウサギは、大慌てで、空のソリの周りをピョンピョンと跳ねました。

大きな黒目が、涙でウルウルしています。

プロフェッサーは、コウサギの涙目に、自分まで気持ちが焦りました。

「何かを持ってきてくれたのかな?・・・この私のために・・・?」

「ちゃんと、積んだんだ!みかんと、飴と、おにぎりを一個!」

コウサギは、本当に、涙をこぼし始めました。

大粒の涙は、ぼとぼとと、床を濡らします。

「荷物が、雪で濡れるといけないと思って、じじいに貰ったマフラーをかけたんだ!・・・せっかく、貰ったのに!じじいが、せっかくくれたのに!!」

コウサギは、雪の中へ飛び出そうとしました。

プロフェッサーは、車椅子から転げそうになりながら、コウサギを捕まえました。

ここまでの山道、ソリを引いて汗まみれだったコウサギの体は、やはり、もう、冷え始めています。

このまま、雪の中に出て行こうものなら、凍死しても不思議ではありませんでした。

「ありがとう。・・・本当に、ありがとう。だが、君だけじゃ、この雪の中を探しに行くのは、難しい。・・・私も一緒に、探しに行こう」

プロフェッサーは、吹雪の中に車椅子で出ようとしました。

 

「すみません。迷惑をかけて・・・」

吹雪の中から、美しい女が現れました。

白銀の髪をした褐色の肌の女は、手に、プロフェッサーがコウサギ地蔵に巻きつけた黒いカシミアのマフラーを持ち、困ったように微笑んでいました。

「これ、本当は、ウルちゃんが、運ぼうとしてたんです・・・本当に、気持ちで申し訳ないんですが・・・いつも、とても、感謝しています。プロフェッサー」

女が差し出した手の平には、みかんと、飴が載っていました。

それは、今日、プロフェッサーが、地蔵の前で見かけたお供えと寸分違いがありませんでした。

プロフェッサーは、奇跡を神に感謝しました。

女は、柔らかな顔で笑います。

「ごめんね。ウルちゃん、おにぎりは、落ちたとたん、狸の母親に拾われちゃったの」

プロフェッサーのひざ掛けの上で、ストームの出現に目を見開いていたウルヴァリンは、素直でない顔でうなずきました。

本当は、ストームの行為に感謝しているはずなのに、コウサギは、仕方がないという表情で、ストームに許すと言っています。

プロフェッサーは、みかんと飴を受け取りました。

それらは、この雪の中、必死にウルヴァリンがソリで運んでいたため、氷のように冷たくなっていました。

プロフェッサーは、膝の上のウルヴァリンへと笑いました。

「なんて、素敵な恩返しなんだ。とても、嬉しいよ・・・ええと・・・ウル・・・」

「ウルヴァリンだ」

「ああ、ウルヴァリン、本当に、ありがとう。」

ウルヴァリンも、ストームによって巻かれたプロフェッサーのマフラーの中で、嬉しそうに笑いました。

 

                        おしまい

 

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