ウルちゃん、髭が焦げる。
ウルヴァリンが、サイクロップスの部屋の側を通りかかると、ドアが薄く開いていた。
周りを見回し、誰もいないとわかると、ウルヴァリンは、ドアを押した。
部屋の中には、誰もいないものだと思っていた。
だが、部屋では主が、ベッドに横になっていた。
「誰?」
サイクロップスの声に、ウルヴァリンは、部屋を飛び出そうかと思った。
だが、防護用の眼鏡をはずし、目を瞑ったままのサイクロップスの方が、先にウルヴァリンに気付いた。
「その音は、ウルヴァリンだな。爪を出すなよ。床が傷つく」
ウルヴァリンは、口うるさいサイクロップスに、ぶっきらぼうに答えた。
「ドアが開いていた」
ウルヴァリンは、サイクロップスの横になるベッドに近づきながら言った。
サイクロップスが、目を瞑ったままの顔で、ウルヴァリンの方を向いた。
「そうか、それにしては、外の音が聞こえないな」
「誰もいなかった」
「ドアを閉めてくれたか?ウルヴァリン」
ウルヴァリンは、ドアを振り返った。
大きなドアは、コウサギにとって、きちんと閉めようとすると、結構力が要った。
そのため、ウルヴァリンの部屋のドアには、コウサギ用の出入り口が、わざわざ取り付けられていた。
「閉めたとも」
コウサギ一匹分の幅に開いたドアを見ながら、ウルヴァリンは胸を張った。
目を瞑ったままのサイクロップスは、ウルヴァリンの言葉を信じた。
「ありがとう。で、ウルヴァリン、何の用だ?」
ウルヴァリンは、ベッドの下まで近づき、サイクロップスに手を伸ばすように言った。
コウサギは、サイクロップスの掌に乗り、ベッドの上に上げてもらった。
ウルヴァリンは、サイクロップスに寝ているよういい、その肩の辺りに、自分は乗った。
この体勢だと、ウルヴァリンは、サイクロップスを見下ろせた。
「サイクロップス、どうして、シールドを外しているんだ?」
「ジーンに悪戯された」
サイクロップスは、目を閉じたままにしていると、清潔に整った顔立ちのきつさが、すこし薄らいだ。
その顔が、ウルヴァリンは、嫌いではなかった。
「ジーン?」
「今、シャワーを浴びている。自分が出てくるまで、こうして待ってろと」
サイクロップスの唇が、すこし笑っていた。
ウルヴァリンは、サイクロップスの肩から降りて、顔の側まで近づいた。
きれいに髭の剃られたサイクロップスの頬に前足をかけた。
柔らかい肉球が、サイクロップスの頬に触れた。
「ウルヴァリン、くすぐったい」
コウサギの毛皮が、サイクロップスの頬を擽った。
ウルヴァリンは、サイクロップスが、目を閉じていることをいいことに、キスしようとしていた。
コウサギの温かな体温が、サイクロップスの唇に近づいた。
ウルヴァリンは、コウサギであるという自分の事実からは目を背け、サイクロップスに恋をしていた。
サイクロップスの顔立ちが、好きだった。
落ちついた声も好きだ。
責任感が強いところも、悪くないと思っていた。
ウルヴァリンが、サイクロップスに、いつも、きついことばかり言ってしまうのは、好意の裏返しだった。
ウルヴァリンは、サイクロップスに気付かれないよう唇を奪う気だった。
サイクロップスは、あまりにくすぐったいコウサギの動きに、何をするつもりなのかと、薄目をあけた。
目から飛び出した光線が、ウルヴァリンの髭を焦がした。
赤い光線が、じゅっと、自分の髭を焼き、ウルヴァリンは、声を震わせた。
「気、気をつけろ!」
ウルヴァリンは、思い切りのけぞった。
あと少しで、触れるはずだった唇からは、遠ざかった。
「・・・悪い」
つい、好奇心で目を開けて、仲間の髭を焦がしてしまったことに、サイクロップスは、神妙な表情になった。
ウルヴァリンは、目に涙が盛り上がっていたが、サイクロップスに見えていないことにほっとしていた。
しかし、サイクロップスは、ウルヴァリンが、小さく震えているのを振動でわかっていた。
ジーンが、サイクロップスの保護シールドを手に、髪を拭きながら現れた。
「あら、ウルちゃん。珍しいわね。この部屋に来るなんて。どうしたの?」
化粧を落としてなお、美しい顔をした女は、小さく震えるウルヴァリンの顔を覗き込んだ。
ウルヴァリンは、ジーンから顔をそらした。
「ちょっと寄っただけだ」
「まぁ、お髭が焦げちゃってるじゃない。大丈夫だった?」
ジーンは、サイクロップスに保護シールドを手渡しながら、たしなめるような視線を向けた。
目を開いたサイクロップスは、焦げてしまったウルヴァリンの髭に対して、謝罪の表情を浮かべた。
ジーンは、ウルヴァリンに怪我がないか確かめるように、掌に載せた。
ウルヴァリンは、柔らかな掌の上で、唇を噛んだ。
ウルヴァリンの目は、もう潤んでいたので、遠慮せずに、爪を出した。
「ジーン。お前の男をもうちょっとなんとかしろ。仲間をこんな危険な目に合わすなんて、Xメンのメンバーとして、質が悪すぎる」
ウルヴァリンは、ジーンの掌から、ぽんっと飛び降りた。
ジーンが、心配そうにウルヴァリンを見下ろした。
ウルヴァリンは、サイクロップスの部屋の床に、思い切り爪を立てながら、開いたままのドアから、駆け出していった。
END
BACK NEXT