ウルちゃん、恥をかく。(前編)
ウルヴァリンは、背伸びをしていた。
目は閉じ、唇を突き出すようにして、パイロの唇にキスをしていた。
コウサギは、うっとりとした顔で、パイロの唇を吸う。
パイロの口の中には、おいしいワインが含まれていた。
ウルヴァリンは、パイロの唇からチュウチュウとワインをすすった。
口移しでなければ、飲ませてもらえないということは業腹だったが、この時間は、ウルヴァリンにとって幸せだった。
ワインを飲むと、楽しい気持ちになり、自然に口元に笑いが浮かんだ。
体がぽうっと温かくなった。
自分から擦り寄るようにしてウルヴァリンは、パイロの唇に唇を押し付けていた。
コウサギの耳は、ふにゃんと力が抜けていた。
パイロは、幸せそうなコウサギを見つめていた。
コウサギは、挟んでいたパイロの頬から手を離し、痒くなった耳の後ろを何気なく掻いた。
暖冬の影響で、季節はずれに冬毛の抜けていたコウサギの毛が空中に飛び散った。
細く、軽い毛は、ふわふわと、風に乗る。
キスを続けながら、パイロは、空中で漂うウルヴァリンの抜け毛に、眉を寄せた。
ウルヴァリンの唇の感触だけを味わいたかったが、じっと抜け毛の行方を視線で追った。
パイロは、どうしても、ウルヴァリンの抜け毛でくしゃみが出た。
ウルヴァリンは、ワインで温まりだした体に、抜け毛の痒みが増して、無意識にまた、耳の後ろを掻いた。
キスをするため、顔を寄せている二人の距離は、とても近かった。
パイロは、今日も、我慢ができなかった。
むずむずする鼻に、コウサギを押しのけ、盛大にくしゃみを始めた。
「はくしゅん!はくしゅん!!」
「おい・・・お前、もう、諦めたらどうだ?」
ウルヴァリンは、ここ一週間、口移しで飲ませると言って利かないくせに、必ず、途中で挫折するパイロに、呆れた声を出した。
ウルヴァリンとしても、気持ちよく、ワインを飲んでいる最中に、突然中断されるのだから、気分が良くなかった。
「・・・はくしょん!ブラッシングしよう。ローガン!・・・はくしょん!!」
パイロは、すぐ側に用意してあったボックスティッシュを小脇に抱え込んでいた。
キスをやめたところで、コウサギが近くいる限り、一度はじまったパイロのくしゃみは止まらなかった。
パイロは、鼻をずるずると言わせながら、引き出しの中を漁った。
「ブラッシングは、嫌だ。今日も、散々、ストームと、ジーンにやられたんだ」
コウサギは、ワザとというわけでもないのだが、また、耳の後ろを掻いた。
ワインのせいで、体が温かくなって、どうしても痒かった。
パイロは盛大にくしゃみをした。
「でも、はくしゅん!ブラッシングすれば・・・はくしゅん!」
「俺は、あれに、ワインさえ入れてもらえれば、別に自分の部屋に帰って飲むからいい」
ウルヴァリンは、悪趣味なパイロからのプレゼントを指差した。
脇机の上には、小さな哺乳瓶が載っていた。
ウルヴァリンが、それを両手で抱えて飲んでいると、パイロはやたら嬉しそうなのだ。
「そんなローガンが哺乳瓶から飲んでるとこまで見られなくなったら!俺の楽しみが・・・はくしゅん!」
ティッシュを盛大に撒き散らかしているパイロは、まだ、引き出しを漁っていた。
コウサギは、呆れた目をして、パイロを見た。
しかし、ごちゃごちゃのパイロの引き出しが興味深くて、酔っ払い気味のコウサギは、ベッドの上からパイロの手元を覗き込んだ。
「なぁ、おい、近頃寒くなったから、また、冬毛が生えてきたんだ。もうすぐ、抜け毛も止まるだろうから、しばらく、期間をおくってのはどうだ?」
パイロの引き出しの中は、いろいろなものが入っていた。
ウルヴァリンの目には、ブラシも見えたが、何か特別なものでも探しているのか、パイロは、それには見向きもしなかった。
ワインの壜も、あと、2本入っていた。
コウサギは、身を乗り出して、ほかにも入っていないか、覗き込んだ。
「しばらく、ってどの位?その間、俺は、一度もローガンとキスできないってわけ?」
「キスって・・・お前、本気で言ってるのか?」
コウサギの頭は、耳が長い分重くなっている。
コウサギの体が、かしいでいた。
ウルヴァリンは、パイロの毛布に爪を立てて、抵抗した。
だが、引き出しの中へと落下した。
パイロは、慌てて、コウサギに手を差し伸べようとした。
だが、また、くしゃみが出た。
「向こうを向いてしろ!!」
涙目のコウサギが怒鳴った。
「はくしょん!・・・大丈夫?・・・はくしょん!」
酔っ払いのコウサギは、平気な顔で爪をしまうと、引き出しの中で、もぞもぞと動いた。
体が柔らかいせいか、落下の被害はまるでないようだった。
涙目になっていたのは、ただ、単に爪を出したせいのようだ。
コウサギは、ふらふらと、いろんなもので溢れかえるパイロの引き出しの中を機嫌よく点検した。
パイロが作りかけたままにしているプラモに髭をひくひくさせた。
「・・・・・このまま、閉めたくなってきた・・・」
パイロは、引き出しの取っ手を掴んで、物騒なことを言った。
採掘に夢中のウルヴァリンは、聞いていなかった。
危なっかしくも、物で溢れかえるパイロの引き出しの中で、奥に潜り込んだりしていた。
「いいものを発見したぞ!!」
ウルヴァリンは、パイロの引き出しから、缶ビールを見つけ出した。
自分のサイズと替らないそれを、引きずり出し、パイロに、にやりと笑いかけた。
パイロは、まだ、くしゃみの最中だ。
「おい、パイロ。俺は、これが、欲しい」
「冷えてないし・・・はくしゅん!・・・それに、今日は、無理っぽい・・・はくしょん!」
「今日じゃなくて、いい。でも、これを、俺にくれ。ずっと飲んでみたかったんだ!」
コウサギは、こんな時ばかり、黒目を大きく見開いて、おねだりした。
くしゃみをするパイロの手に擦り寄り、また、パイロのくしゃみを酷くした。
「なぁ、くれよ。いいだろう?」
「いいけど・・・はくしょん!でも、ちゃんと、口移しじゃいと・・・はくしゅん!」
「オーケー。オーケー。でも、お前が間違えて、飲んじまうといけないからな。これは、俺の部屋に持って帰える。いいか?」
「・・・どうやって・・・はくしゅん!」
「そんなの、転がして行くに決まってるだろう!」
やはり、コウサギは、酔っ払っていた。
一回転して落下した際、酒の回ったウルヴァリンは、幸せそうな顔で、缶ビールに懐いた。
ウルヴァリンの部屋にもって帰ったところで、プルトップさえ開けられないだろうに、パイロは、酔っ払いのコウサギに呆れた。
「置いといても、絶対に飲まないのに・・・はくしょん!」
「けちけち言うな!もっと、毛を掻き毟るぞ!」
ウルヴァリンは、耳の後ろへと手を伸ばした。
パイロは慌てて、ティッシュを握った。
「ローガン・・・はくしゅん!明日は、最初に、ブラッシングさせる?」
パイロは、引き出しの中からとうとう出てきた、動物専用のブラシを、ウルヴァリンを見せた。
ウルヴァリンは、パイロの部屋に増えている自分専用の道具に、渋い顔をした。
「パイロ・・・お前・・・」
しかし、すかさず、笑顔を作った。
「必ず、させてやるとも!」
コウサギは、胸を張った。
ウルヴァリンは、どうしても、ビールが欲しかった。
コウサギは、缶ビールを両手で抱きしめた。
絶対に離さないと、言いたげな表情だ。
「どうしてもってなら、持って帰ってもいいけど・・・はくしゅん!」
やはり、くしゃみが止まらず、今日も諦めるしかないパイロは、仕方なく、ウルヴァリンごと、缶ビールを引き出しから取り出した。
「でも、もう一回だけ、キスしたい」
パイロの声は、本気だった。
ウルヴァリンは、鼻を摘むようパイロに指示した。
欲望にまみれたコウサギは、缶ビールを抱えたまま、パイロに短いキスをした。
コウサギは、上機嫌で、缶ビールを転がしながら、廊下を進んでいた。
ウルヴァリンは、酔っ払っていたが、酔っ払いなりに、楽しい考えでうきうきしていた。
ビールが冷えていたほうが美味いらしいということは、ウルヴァリンだって知っていた。
冷やすということだったら、適任者をウルヴァリンは知っていた。
ウルヴァリンが目指しているのは、そこだ。
酔っ払いには、パイロとの約束など、通用しなかった。
ウルヴァリンは、アイスマンの部屋のドアを叩く。
後編へ続く