ウルちゃん、恥をかく。(後編)
ウルヴァリンは、アイスマンのドアを叩いた。
しかし、反応はなかった。
重厚なドアは、コウサギのノック音を、中へ伝えはしなかった。
酔っ払っているコウサギは、今度は、上機嫌でドアを蹴った。
「おい、開けろ。俺だ。おい、いるんだろう?」
ウルヴァリンは、声が大きかった。
アイスマンは、声に気付いて椅子から立ち上がった。
いきなり、ドアが、大きな音を立てた。
硬いものがぶつかった音だ。
何かが転がる音がした。
アイスマンは、眉を顰めた。
「ローガン?何してます?」
「開けろ!」
「開けますけど、ローガン、ちゃんと下がってますか?ドアにぶつかりますよ?」
アイスマンは、ゆっくりとノブを回して、ほんのすこし、ドアを開けた。
コウサギは、ドアの脇にどいていた。
缶に寄りかかっていた。
どうやら、ウルヴァリンが、ぶつけていたのは、これらしかった。
アイスマンは、大きくドアを開けて、乱暴者のコウサギを招き入れた。
「荷物、持ちましょうか?」
「平気だ」
何故か、足元のおぼつかないウルヴァリンは、しかし、楽しげに胸を張っていた。
コウサギの髭がぴくぴくとしていた。
自分と同じくらいある缶ビールを転がしながら、ウルヴァリンは、アイスマンの部屋に入った。
「頼みがある」
ウルヴァリンは、部屋の中まで進むと、アイスマンに、机の上に上げてもらった。
アイスマンの部屋は、パイロの部屋とは、雰囲気が違っていた。
こちらのほうが、すっきりとしていた。
アイスマンは、悪戯な顔で、ウルヴァリンが転がしていた缶ビールに小さな口笛を吹いた。
「これ?どうしたんです?」
「いいだろう」
ウルヴァリンは、にんまりと笑った。
アイスマンは、コウサギが、埃まみれの缶ビールにすりすりと懐くのを見て、顔を顰めた。
「もしかして、もう、飲んでます?」
アイスマンは、言うなりウルヴァリンを掬い上げた。
口の前で、くんくんと鼻を動かした。
「酔っ払ってますね。ローガン」
「悪いか」
コウサギは、胸を張った。
アイスマンは、呆れたため息をついた。
「楽しそうだから、いいですけどね。で、用事ってなんです?」
「ビールを、半分分けてやるから、お前、中身を冷やしてくれ」
コウサギは、得意のうるうる黒目で、アイスマンを見上げた。
コウサギの顔は、期待に輝いていた。
「お前、ふーってすると、冷たく出来るんだろう?」
「できますけど・・・でも、アレ、を、するんですか?」
アイスマンは、机の上にある缶ビールを見下ろした。
缶ビールは、埃まみれだった。
体の小さいウルヴァリンは、缶を転がして運んできたのだ。
炭酸が、ものすごい圧力になっていることは間違いなかった。
今、封を開けたら、中身が噴き出すことは、想像に難くない。
「ローガン。ええっと・・・そんなに期待に満ちた目をしないで。アレを開けると、そりゃぁ、酷いことになるんです。ローガンが中身を被ったら、丸洗い決定だし、俺の部屋だってただではすまない・・・」
アイスマンは、ウルヴァリンの目が、本当に涙で潤むのを見た。
コウサギは、ものすごいショックを受けた顔をした。
「どうして、ダメなんだ・・・」
「だって、ローガン・・・」
「なんだったら、口移しでもいいぞ!」
ウルヴァリンは、アイスマンが、渋る理由をパイロを基準に考えた。
酔っ払い、箍の緩いコウサギは、近くにあったアイスマンの顔を捕まえ、先払いとばかりにキスしようとした。
アイスマンは、顔を背けた。
「ちょっと、ローガン!」
「どうしてダメなんだ。いいじゃないか。飲ませろよ。キスでもなんでもしてやるから!」
「・・・あ、あの、ローガン、俺、ローガンとキスするのは、ちょっと・・・」
「じゃぁ、何が、望みなんだ!」
苛立ち気味のコウサギは、潤んだ目で、アイスマンをにらみつけた。
パイロ相手だったら、ウルヴァリンの勝利が決まっていた。
しかし、アイスマンは、困惑気味だった。
「・・・ローガン。どうしても、あの缶ビールがいいんですか?」
「飲みたいんだ!」
コウサギは、アイスマンの手の上で、足を踏み鳴らした。
「他のじゃ、だめ?あの、缶ビールは、今開けると中身が噴き出すはずなんです」
アイスマンは、自分のクローゼットを開け、そこから、新しい缶ビールを取り出した。
しばらくぽかんとアイスマンの顔を見つめていたウルヴァリンは、すりすりと、アイスマンの顔に頬を摺り寄せた。
「お前、本当にいい奴だなぁ。大好きだぞ」
ウルヴァリンは、また、アイスマンにキスしようとした。
パイロに慣れたウルヴァリンは、酔っ払うと、行動がおかしくなっていた。
アイスマンは、また、キスを避けた。
「申し訳ないです。でも、そういうのは、パス!」
コウサギは、不思議そうにアイスマンを見上げた。
ここのところ、キスを喜ぶパイロとばかり一緒にいたウルヴァリンは、少し寂しいような気分になった。
「俺、ちょっと、風邪気味なんです」
ウルヴァリンから視線を外したアイスマンが、いいわけだとわかる嘘を口にした。
ウルヴァリンは、ぴん!と、きた。
アイスマンは、口腔感染する動物の病気を心配していた。
アイスマンの態度は、確かに正しかった。
「大丈夫だ。徹底的に、検査された」
だが、酔っ払いコウサギは、行動がくどかった。
もう一度、アイスマンの頬に擦り寄り、隙をついて、キスしようとした。
「えっと・・・あの、ビールを開けますから」
上手く避けたアイスマンに、蹴りを入れようするコウサギを机に下ろし、アイスマンは、プルトップを引いた。
音を立てて開いたビールに、コウサギは、きらきらする目で、缶ビールを見つめた。
ふーっ、ふーっと息を吹き出し、アイスマンに早く冷やすよう、潤んだ目をして見上げた。
アイスマンは、ご期待通りに、息を吹きかけた。
缶に、白い霜が付いた。
コウサギは、缶ビールに駆け寄り、嬉しそうに、それに触った。
「なぁ、早く飲ませろよ」
ウルヴァリンは、アイスマンを見上げ、ねだった。
しかし、あいにく、アイスマンの部屋には、コウサギが使うのに適した食器など置いてなかった。
アイスマンは、思案した。
コウサギは、机の上で、小躍りせんばかりにうきうきと待っていた。
「えっと・・・あの・・・」
アイスマンは、必死に机の上を目で探した。
パソコン、携帯、腕時計、宿題用の資料が3冊、書きかけのレポート用紙、転がった蛍光ペン。
コウサギに間に合うようなものは、全くなかった。
アイスマンは、大慌てで、引き出しをあけた。
勿論、役立つようなものは、なにもない。
ウルヴァリンの行動には、だんだん、苛立ちが含まれるようになった。
仕方なく、アイスマンは、缶ビールを持ち上げ、コウサギの口元に近づけた。
そっと傾け、ウルヴァリンに飲むように言った。
ウルヴァリンは、飛びつくように缶ビールにしがみついた。
だが、ビールの開け口が、コウサギにとって、障害となった。
「・・・痛っ!」
アイスマンは、慌てて、ビールを遠ざけ、ウルヴァリンの口元を確認した。
怪我は無いようだった。
ウルヴァリンは、つい、口元を強く持ったアイスマンの手を嫌がって、首を振った。
目は、すっかり潤んでいた。
ウルヴァリンは、悲しそうな目で、遠くに置かれた缶ビールを見た。
アイスマンは、ウルヴァリンに聞いた。
「どうしても、飲みたいんですよね?」
涙目のコウサギは、決意も堅く頷いた。
アイスマンの額に皺が寄った。
「じゃ、口移しで飲ませます。えっと、ローガン、今だけ、ローガンのこと、ただのウサギだと思ってもいい?」
「おお!キスでも、なんでもしてやるぞ!」
怒鳴るような声を上げてから、ウルヴァリンは、アイスマンのことを驚いた顔で見上げた。
アイスマンは、缶ビールを片手に、許しを請うような顔でウルヴァリンを見下ろしていた。
ウルヴァリンは、ただのウサギだと分類されることに慣れていた。
ウルヴァリンは、感動を覚え、アイスマンを潤んだ目で見上げた。
「お前・・・」
爪先立ちになったコウサギに、アイスマンは、困った顔をした。
「・・・ローガン・・・さっきから、なんで、そんなにキスにこだわるんです?もしかして、俺のことが好き?」
アイスマンは、真顔だった。
ウルヴァリンは、真っ赤になった。
まさか、そんな誤解をされるとは思わなかった。
ウルヴァリンは、シャキーンっと、爪を出し、思い切り振り上げた。
「うるさい!お前がキスしたいかと思ったんだ!決して俺がしたいわけじゃない!!」
恥ずかしさと、痛みで涙目のコウサギは、アイスマンに向かっていった。
しかし、アイスマンのジーンズは、ウルヴァリンに、とって手ごわかった。
アイスマンは、ほっとした顔で笑うと、ビールを口に含んだ。
まだ、膨れているコウサギに、向かって、唇を突き出した。
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