ウルちゃん童話する。
アイスマンは、扉を乱暴に音に、なんだろうと、腰を上げました。
外は、吹雪の酷い音がしていました。
こんな日に山の中の手袋屋にやってくるお客は、あまりいませんでした。
思い当たるとしたら、人間に化けようして、上手くいかないこぎつねたちでしたが、こぎつねのノックは、もっとかわいらしいものなのです。
扉は、大きな音でせわしなく叩かれました。
慌てたアイスマンが、土間に下りると、音は、かなり下のほうからしていました。
アイスマンは、位置的に考え、扉が蹴飛ばされているような気がしました。
「今、開けるから」
アイスマンは、つっかえ棒を外し、扉を少しだけ開けました。
小さな子狐たちだったら、彼らの心を傷つけないためにも、手だけが入るスペースにしてやる必要がありました。
しかし、ほんの少し開いた扉に、獣の手が、がしっとかけられました。
扉は、ぐいっとと開けられます。
アイスマンが驚いて、目を見開くと、吹雪の中で、髭まで凍りつかせたコウサギが、ぷるぷる震えていました。
しかし、コウサギは仁王立ちです。
「手袋屋は、ここだな」
コウサギは、歯をかちかち言わせながら、アイスマンを見上げました。
「そうですが・・・」
「俺は、ウルヴァリンだ。手袋を買いに来た。この手に合う、手袋をくれ」
ウルヴァリンは、アイスマンに向かって、小さな手を差し出しました。
コウサギの手は、寒さにかじかんでいます。
アイスマンは、ウルヴァリンの手をよく見るためにがもうとしました。
すると、コウサギの手から、爪が、シャキーンと伸びました。
アイスマンは、驚いて、すこしのけぞりました。
「気をつけな。俺がウサギだと思って甘く見るんじゃない。ちゃんと、爪が出せるよう、特別仕様の手袋を作ってくれ」
涙目になっているコウサギは、何故だか満足そうににやりと笑いました。
アイスマンは、うなずきました。
泣くほど寒いのかと、アイスマンはコウサギに、家の中へと入るよう言いました。
ウルヴァリンは、土間から上がろうとしませんでした。
仕方なく、アイスマンは、寒い土間で、ウルヴァリンの手の大きさを測っていました。
「悪いんだけど、もう一度、爪を出してくれるかな?穴を開ける位置を、正確に知りたいんだ」
コウサギは、嫌そうな顔をしました。
しかし、ポーズを決め、短い爪を出しました。
コウサギの目から、涙がぽろりと零れます。
ウルヴァリンの手の大きさを測っていたアイスマンは、驚きました。
「悪かった。爪を出すのは、痛いのか?」
「・・・痛くない」
ウルヴァリンは明らかに痛そうでしたが、口だけは、強がっていました。
アイスマンは、そっとコウサギの爪に触れました。
ウルヴァリンの爪は、小さな見た目を裏切り、切れ味がいいです。
「これは、確かに、痛そうだな」
「・・・痛くないと言っている」
コウサギの目は、涙ですっかり潤んでいます。
不思議な爪を出すコウサギ専用の手袋は、少しばかり複雑に作る必要がありました。
アイスマンは、少しばかり編み上げるのに時間がかかりそうなコウサギの手袋を思い、コウサギに、上へと上がるよう進めました。
「寒いだろう?上にあがらないか?」
部屋の中の囲炉裏では、鍋が暖かな湯気を上げながら、ぐつぐつと煮えていました。
コウサギは、毛を逆立てて、叫びました。
「お前、俺を食う気だな!!」
コウサギは、両手を大きく開いて戦闘ポーズをとりました。
アイスマンは、なるほど、こういうポーズにもなるんだな。と、威嚇するコウサギを眺めました。
コウサギが手袋をなくさないように、紐で手袋同士をつないでやろうかと考えていたアイスマンは、この動きを邪魔しないために、長めに紐をとってやる必要があると判断しました。
コウサギは、ふうふう呻っています。
「俺は、美味くなんかないぞ!」
「あいにく、俺は、ウサギを食べません。なるほど、それで、ウルヴァリンさんは、上に上がろうとしなかったんですね。でも、安心してください。アレは、今晩食べようと作っておいた野菜スープです。よかったら、少し召し上がりますか?」
コウサギの髭がひくひくと動きました。
耳もぴくぴくしています。
「どうせならと、たくさん作ったんです。だから、きっとおいしいですよ。どうせ、手袋を編み上げるまでに、時間がかかります。よかったら、食べていってください」
コウサギは、威嚇のポーズを裏切る、もの欲しそうな目で、囲炉裏の鍋を見ました。
口ではいらないと、言っていましたが、ちらちらと鍋を見る視線は、どう見たって食べたそうです。
アイスマンは、コウサギを掬い上げ、囲炉裏の側へと運びました。
「ウルヴァリンさん。無理を言いますが、俺一人では食べ切れそうにありませんので、どうぞ、助けると思って食べていってください」
コウサギは、仕方が無いと、いそいそ爪をしまっています。
鍋から付けてもらった野菜スープをふうふうしながら食べているウルヴァリンは、隣に座って手袋を編み始めたアイスマンに言いました。
「お前、アイスマンって言うんだろう?」
アイスマンは、小さな手袋を編みながら、顔を上げました。
「本当は、ボビーって名です」
「嘘をつけ、アイスマンって呼ばれてるじゃないか。お前がここに住むようになってから、冬が厳しくていけない」
コウサギは、遠慮なくおかわりの皿を差し出していました。
アイスマンは、口の悪いウルヴァリンのために野菜スースをよそってやりました。
「そんなうわさがたっているんですか?でも、俺の名前が、アイスマンだからって、冬の天候をどうこうしてるわけじゃありません。そんなことが出来るほど、すごい力はないんですよ」
にっこり笑ったアイスマンは、ウルヴァリンのスープ皿に、軽く息を吹きかけました。
冷気が、ふわりと広がりました。
「俺にできるのは、このくらいです」
ウルヴァリンへと戻されたスープ皿は、ちょうどいい温度にさめていました。
コウサギは、嬉しそうにスープ皿を傾けました。
「役に立つ奴だな」
「そうですか?」
がつがつと平らげていくコウサギを、アイスマンは、優しい目をして見つめます。
小皿とはいえ、人間用のものに3度おかわりしたウルヴァリンは、すっかりおなかが満腹になりました。
コウサギは、毛がこんもりと盛り上がり、目も、くっつきそうになっています。
アイスマンは、小さな手袋を編みながら、うとうとし始めたウルヴァリンを見ていました。
前後に揺れているコウサギは、必死に眠気に抵抗しているようですが、満腹の体で、囲炉裏の火に温められていては、我慢が続くはずがありません。
とうとうコウサギは、後ろにひっくり返って、眠ってしまいました。
大の字に伸びています。
満腹のおなかが、こんもりと盛り上がっているのがなんとも愛らしい寝姿です。
「ウルヴァリンさん。ついでに、マフラーと、帽子を編んであげますから、ゆっくり寝てていいですよ」
手袋屋のアイスマンは、手袋以外の商品をはじめてお客に作り始めました。
END
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