そっけない恋人

 

精液を吐き出し、満足のため息を漏らしたばかりの唇が露骨に歪んだ。

眉間に皺を作り、せつなく寄せられていたしなやかで色気のある眉だって、ゆるやかに開かれたばかりだというのに、いまはピクリと怒りの角度を描いている。

「どうした?」

十分な筋肉を蓄え盛り上がる肩の上へと軽く手を付き、盛りがついたように身悶えていた恋人を押し留めていた男は、自分の腰に絡む足に、攻撃の色合いを多々含んだ筋肉運動が起こるのを素直に不思議がってみせた。

「どうして機嫌が悪くなったんだ? ブルース?」

普通の人間であれば、いや、ブルース・ウェインが蝙蝠の仮面をつけて戦う怪人であってすら、苦痛の色を浮かべるであろう、骨が軋む強さで締め付けようが、この男、クラーク・ケントは、恋人が機嫌を損ねたというメッセージしか受け取らない。

仮の姿のトレードマークである眼鏡を外した今、クラークは、善良で愛すべき間抜けさに溢れた男というには、少しばかりセクシーな色気をただよさせすぎていたが、その唇がまるで恋人の機嫌を取るように優しく頬へとキスを繰り返し始めたのに、ブルースの眉は危険な角度にまで寄せられた。

目は、たった一度の手刀で街に蔓延る悪を床へと沈める時と同じように眇められている。

「……ケント」

「クラークと、いつもどおりに呼んで欲しい。どうした? まだ、物足りない?」

今をときめくデイリー・プラネット社の出戻り記者は、色事に慣れたウエィン財閥のお坊ちゃまをなだめるように険悪な目元へとキスを落とした。

「だったらブルース。そんなに締め付けないでくれ。いくらなんでもそんな風にされては、僕だって君の望みをかなえて上げられない」

超人としてのパワーを持っているという、内から湧き出る余裕からか、いつだって柔和な顔で笑う男は、その気になりさえすれば、胴体着陸を余儀なくされたジャンボジェットですら受け止める力を持っているくせに、腰に絡んだ恋人の足の力に戸惑う振りをしてみせた。

幾世代も続いた名家に受け継がれてきた品の良い家具に囲まれ、その血を受け継ぐサラブレットの美感覚が選んだハンサムは、愛しげな目をして腕の中の恋人の唇へとチュっと、キスをする。

その際、恋人の唇がさも忌々しげに歪められていることをこの男は、割愛してしまう。

いつだってウエィンのお坊ちゃまは、ご機嫌が悪いのだ。

彼が笑っているのを見ることができるのは、新事業展開のためのインタビューの場、福祉活動のため小切手を切って握手してみせるフラッシュの中、もしくは、クールな色男を演じて美女を腕に抱いている時だけだ。

だが、それは、全て、ブルース・ウェインという男の表層の一部に過ぎず、だから、ブルースが不機嫌なときほど、クラークは、自分が彼を独占しているのだと実感した。

クラークは、自分の腰に絡みつく鍛え上げられたブルースの太腿に浮き上がる筋肉のしなやかさと粘り強さに小さな笑みを浮かべてキスを額へと動かす。

ダークブラウンはクラークのもっとも好きな髪の色で、だから、キスは、汗で濡れた髪にも落ちた。

クラークは、十分にウエイトのある男が相手の腰骨をへし折るつもりで締め上げてくるのを気にもせず、額を隠す恋人の髪をかき上げる。

「嬉しいよ。ブルース。僕も、もう少し君が付き合ってくれたらどれほど幸せだろうかと思っていたんだ」

幸せそうに笑う男は、ゴッサムシティの表を企業の金で、裏をバットマンという恐怖で、つまりは、暗黒の街を恐怖に陥れられるほど超人的な肉体を持ちえるまで鍛え上げたブルースの太腿を難なく外すと、自分の都合よく抱え直した。

「……ケント」

「クラークだよ」

ゴシップ誌をにぎわすプレーボーイの目が、凍えるほどきつく見据えているというのに、クラーク・ケントは、まだ笑顔だった。

「ブルース、君の中が僕のでたっぷり濡れているから、今度はもっとよくしてあげられるよ」

 

途端に、ブルースの爪が、クラークの目を抉ろうとした。

それこそが、ブルースの機嫌を最悪にした原因だ。

しかし、一撃必殺の爪は、むなしく虚空を掻く。

ブルースは、自分が今、バットスーツを着用していないことを悔いていた。アレさえ着ていれば、少なくとも鋼の爪がクラークの澄んだ青に狙いをつけた。

いや、ウェインエンタープライズの科学力では、この生身の体一つで空さえ飛ぶ男に傷一つつけることができないことなど、ブルースはとうに知っている。しかし、同じ歯が立たないというのであっても、ブルースの生爪と、ウェインの応用科学で生まれた鋼では溜飲の下がり方が違う。

少なくとも、アレならば、この男でも驚いた顔をして避ける程度のことはする。

 

男の目を抉るため腕を伸ばし、その際、身を捩ったブルースは、自分の立てた音に、思い切り舌打ちした。

「ちっ」

未だ、主、然と自分の中に居座るクラークのペニスを噛んだ尻の穴が、中にぶちまけられた精液を溢れさせくちゅりと音を立てたのだ。

まるで二人が情熱的に愛し合う恋人同士でもあるかのような色気を含んだ水音に、機嫌の悪さへと拍車をかけたブルースの目が氷点下まで温度を下げたというのに、クラークは、清潔さに溢れたハンサムな顔に似合わぬ好色なカーブを唇に描く。

「待ちきれない? ブルース?」

ブルースの大きな手を掴んだままクラークは、焦らすように腰をゆっくりと動かした。

 

くちゅり。又、濡れた音がする。

 

硬くきゅっと締まったブルースの尻は、大きなクラークのペニスの動きに、腸の奥へと種付けされた精液を掻き出され、音を立てた。

ブルースとしては、そんなところまで超人級であって欲しいとは、決して望んでいないというのに、クラークの大き なペニスの張り出したカリは、ゴッサム一の御曹司の尻を隙間なくぴったりと埋め、かき混ぜる。

クプリと、音がするほどぎりぎりまで引き抜かれたものが、また、ズズっと、奥へと移動をはじめ、ブルースは、ぎりりと強く奥歯を噛み締めた。

忠実な執事であるアルフレッドが清潔に整えている真っ白いシーツには、もう幾つもの皺が寄っている。

あふれ出した精液は、持ち上げられた尻の間を伝い、背中を濡らし、シーツも濡らす。

 

ブルースは眉間にきつく皺を寄せる。

ブルースは、嫌なのだ。

自分の腸内へとぶちまけられたクラークの体液に、この御曹司は生理的な嫌悪感を感じている。

日々の鍛錬により常人には、決して到達できぬ超人的なパワーを身につけたブルース・ウェインは、バットマンを気取ろうと、ただの人間だ。

しかし、自分にセックスを求めるこの男は、生身で弾丸を弾き返す本物の超人なのだ。自分を抱くクラーク・ケントは、地球人ですらない。

たかがセックスだけならまだしも、そんな気味の悪い男の精液を、腸内に直接注がれ、それを拭い取ることは愚か、まだ奥へと流し込まれる現状は、視野狭く、矜持の高いウェインの御曹司にとって耐えられる種類のものではなかった。

「どうした? ブルース。もう少しリラックスしないと楽しめないよ?」

抜け目のなさを、普段、黒縁のフレームでカモフラージュしているのっぽの記者は、怒りの内圧を高め、ただならぬ雰囲気で自分を睨むかわいらしい恋人の姿に、淫蕩な笑みを唇へと浮かべた。

敵いもせぬというのに、急所を狙い、凶器のその手をいつだって突き立ててみせるつもりのブルースの腕を一纏めに押さえつけると、抱きかかえた腰の角度を更に高くし、暖かな肉の狭間へともっと深く入り込む。

 

しかし、実際のところ、抜けた様子を装わなくても、クラーク・ケントはデリケートさに欠けていた。

この超人が学んだクリプトン星が蓄積したという知識には、きっと地球人のメンタルに関する記述が少なかったに違いない。

デイリー・プラネットの紙面を飾るクラークの記事はいつだってデーター中心の論理的な文章で、ブルースはオフィスでそれを読むたびに、豊富で正確な知識に感心はするものの、ピュリッツァー賞の受賞者にクラークの名前が挙がることはないだろうと人悪く笑った。

地球の平和を守るスーパーマンは、人間の心の機微というものが理解できていない。

だから、クラークの文章は、鈍感で、誠実で、理論的で、いつだって正しく、美しいのだが、それだけだ。

セックスを求めてみたら、簡単に応じてみせたブルースが、心底、宇宙人であるクラークとのナマ性交に嫌悪を抱きつつ、しかし、ゴム越しのセックスしか応じないなどという狭量な真似をすることを唾棄する色男を演じたいのだという複雑な気持ちで彼とのセックスに耐えているのだということに気付かない。

しかし、ブルースも、気づかれてたまるかと意地を張っている。

ウェイン家のお坊ちゃまは、父の名に恥じることのないよう、例え相手が人智を超えた超人なのだとしても、弱みなど一つとして晒すつもりはない。

 

クラークが突き上げ始めれば、ブルース自身は、奥へと押し戻された先ほどの精液が自分の体内でエイリアンと成り代わり、蠢きだすのではないかという恐怖で吐き気がこみ上げてきているというのに、体は正直に快感を拾い出し始めた。

二人の体の相性は最悪なことに、とてもいい。

ブルースは、クラークの技巧が上手いとは思わないのだが、快楽に対して正直な反応を見せる性質の悪い御曹司の体は、持ち主の心とは裏腹に、クラークを悦んで迎え入れた。

 

正義のオリジナルサンプルが、からかうように軽くブルースの腕を押さえつけ、不機嫌なお坊ちゃまにお痛ができないようにすると、腰の力だけでゴッサムの恐怖のシンボルを押さえ込む。

力の差は歴然としており、クラークが少しの本気をみせさえすれば、それだけでブルースには、従うことしか選べなかった。

押し付けられる腰に自然と足は大きく開いて彼を迎え入れる。

押し返そうとブルースが懸命に膝を折り、力を込めようと、それは、M字に開いた足がただ、クラーク・ケントの好みを満足させるだけだった。

誠実な人柄で評判のケント記者は、意外なことに、あまり恋人を甘やかさない。

いや、彼は、特にそうしてブルースを痛めつけたいわけではなかったが、二人の間にある絶対的な力の差が、結果的にブルースにとって口惜しいばかりの体位の選択を余儀なくした。

 

深く挿し入れたペニスがブルースの熱い肉を数回ノックしただけで、ブルースは、萎えていたペニスをまた硬くしている。

ブルー・グリーンの瞳は、潤みを増してとろりと溶け出してしまいそうだというのに、まだ、この超人を自称するただの人間は、気丈にクラークを睨みつけている。

それなのに、クラークが深く突き込めば、唇からは赤い舌が覗く。

 

「っぅぁ……はっ……ぁっ」

気位の高さを示して尖ったブルースの顎が、左右に振られた。

瞳が淡く閉じられる。

「……ぁっ……ああっ……ああっあ!」

ブルースの筋肉は重い鎧ではなく、柔軟なしなやかさに溢れていたから、何度も続く甘い衝撃を能動的に感受すると、この蝙蝠はなんとも上手く身体を丸め込み、自分にとって都合のよい角度へとシフトさせていた。

恥じらいもなく高くなった腰の位置に、たっぷりとしたブルースの胸の肉が押し上げられている。

普段色男然と整えられた前髪が額を隠すのに、クラークは、その髪をかき上げてやった。

そのまま指先は、きつい目尻を辿り、触れたならば噛み付きそうな唇には遠慮をみせ、緩やかな曲線を描きながら、恋人の顔の上を移動していく。

指は、連続する突き上げに切なく震えた喉を通りすぎると、盛り上がった胸を掴み上げ、揉みしだき、御曹司に快楽と、グラマーな自分に対する羞恥を与えて、引き締まった腹の臍へと向かっていった。

 

緩やかに動く指の行き着く先をペニスだろうと思い定めたブルースは、近いに違いないクラークの終わりを思い、ちょっとした安堵を感じる。

クラークに抑え込まれたまま、身を捩るしかない自分は、叫びすぎていると、ブルースは思っている。

客室に泊めたガールフレンド達だって、これほどはしたない声を上げはしない。

口の中が乾いている。

だが、声が止まらない。

「……ああっ!……いいっ!クラーク、いいっ!」

重く圧し掛かる体は、鬱陶しいばかりなのに、彼が与える規則的な刺激は、ブルースにとってたまらなく悦いのだ。

張り出したカリが、自分の肉壁を擦り上げると、体の奥に熱が籠り、それを吐き出すためには、叫ぶ以外に出来ることがなかった。

うねる肉の中のある一点を、クラークのペニスが刺激しようものなら、ブルースの目頭には自然と熱い涙が溜まってしまった。

グツグツと、自分を埋めるクラークのペニスの存在だけが、ブルースを支配する。

長大にして、熱いものが、ぴったりと自分に嵌められ、そこから逃げ出すすべさえ与えられず、揺さぶられると、ブルースからは、上流に生きる支配者としての顔が奪われる。

「……もうっ!……もうっ!クラーク!」

中へと出されるものに対して怖気が震うほど恐れているくせに、ブルースは、頂点の分からぬ濃度の高い快楽の終了を願って、クラークに射精をねだっていた。

 

しかし、ブルースのへこんだ臍を愛しむようになでていたクラークの指は、濡れて跳ねるブルースのペニスに触れなかった。

指は、そこをそっけなく通りぬけ、クラークの精液を飲みきれず溢れさせた腔口の周りを辿る。

長い指が、太く硬いペニスで抉られ、広げられている柔らかな皮膚へと軽く触れた。

浅い引きにすら、中のものを溢れさせるブルースを面白がるように、あふれ出た精液を指で塗り広げる。

薄く色づいた皮膚を、クラークの指がなぞる。

「……んん……んんっぁ……ぁっああああ!」

もう、どうされても悦いとしか感じられない狭隘な肉道を、太いペニスで幾度も擦り上げられ、その上敏感な部分の皮膚まで刺激されて、たまらないブルースは身を揉むようにして腰をねじった。

マシンガンの弾を弾き返すことが出来るとはいえ、地球人と同じような感覚受容器を持っている超人は、手入れのいい肌を汗で光らせて、身をくねらせる恋人の締め付けに、かすかな呻きをもらす。

この御曹司は、さすがその身分に応じて、十分に遊んでいるらしく、難しく考えすぎる頭を放棄し、快楽に身を任せてしまえば、その体の質は、極上なのだ。

どこの誰に仕込まれたのだと問いただすことさえむなしさを覚えるほどに、男を気持ちよく締め付ける技に長け、その上、それで自分も楽しんでいる。

きつい色を浮かべていたブルースの瞳はとうに伏せられ、長い睫を震わせており、顔は苦悶に近い快楽の表情で歪んでいた。

高い鼻梁が、口からだけの呼吸では苦しいのか、懸命に息を吸い込み、吐き出している。

 

「……ああ……ブルース、君は、素敵だ」

思わず呟いたクラークは、獣の本性を表し、快楽に対して忠実になった恋人をもっと感じさせてやりたくて、身体を折り曲げ、たわわなブルースの胸を吸った。

胸の肉へと唇を押しあて、舌で舐め上げてやると、しかし、ブルースは、何度も逃げようもがいた。

何世代にも渡ってこの屋敷の主人に安寧な眠りを与えてきた大きなベットが軋みを上げていた。

だが、何度もいうようだが、二人のパワーには、歴然とした差があるのだ。

クラークは、逃げようともがくブルースをかわいらしいと受け止めるだけの余地は持っていたが、だからといって焦らすように身を捩る恋人を、逃がしてしまうような馬鹿な力の使い方をする男でもない。

クラークは、ブルースの股の間の濡れた柔らかな皮膚をなぞりながらも、小さく立ち上がって主張する乳首へと舌を進める器用さで、とうとう涙混じりで喘ぐようになった恋人を追い詰める。

「……ぁっぅぅ……っぅっ……ああっあ!」

乱れたダークブラウンの髪が、はかないブルースの抵抗を示して、何度も白いシーツを打った。

性感帯として十分に開発されている胸を熱く湿った舌で舐められ、臍から続いて動いた指が結局触らなかったブルースのペニスは、だが、触れられることがないままでも、先に爆ぜてしまうに違いないほど、ねっとりといやらしく濡れていた。

その上、ぐちゅり、ぐちゅりと音をたて、クラークは濡れて締まる狭隘な恋人の肉壁を擦り上げる努力も惜しまない。

角度のある挿入は、過去、他の誰にも到達することができなかったブルースのポイントにまで、クラークの侵入を許し、ひっきりなしに、ブルースを叫ばせた。

「……っはぅっ……っぅんん……っぁぅ……っ!ん!んん!!!」

掘削を続けるクラークの舌は、とうとうブルースの乳首を捉え、熱をもって疼く肉芽を柔らかく舌で弄り回されたあげくに、強く吸い上げられたブルースは、小さく丸められたかのように押さえつけられている体でのけぞった。

しかしそれは、クラークの大きな体が押え込んでいるから上手くいかない。

強く突き上げたい腰には、クラークのペニスが深く刺さり、ブルースには自由に腰を突き出すことすら許されない。

それでも、ブルースは足の指まで硬直させて、燃えるように熱いペニスの先から精液を飛ばすと、頭の中が、真空になるような、一瞬の死を味わう。

 

小さく痙攣し、その後、ゆっくりと弛緩した恋人の体に満足の表情を浮かべるクラークは、舌先で、ブルースの乳首を舐めながら、口を開く。

「どう? 満足できた?」

クラークの笑みは、あくまで善人のものだ。

しかし、それは、彼の一度成分分析にかけてやりたいと思うほど気味悪く思っている精液の次くらいに、ブルースの嫌いなものだった。

自分をこれほど追い詰めておきながら、まだ余裕をみせ、自分の中に居座る彼のペニスの存在もプレーボーイを気取る御曹司には気に障る。

御曹司は、行儀よく、ブルースがペースを戻すまで待つクラークの態度だって大嫌いだ。

彼の明るさは、ブルースを苛立たせる。

 

苦しいほどだった射精の余韻に胸を大きく喘がせたままだが、ブルースは自分を落ち着かせるため、あえてゆっくりと濡れた髪をかき上げた。

不意に思いつき、ブルースは、まだ甘くピチャピチャと乳首を舐め、人の快感に不要な刺激を与え続けるクラークを手招く。

整った、これだけは好みの範疇にある顔立ちを両手の中に納めて、ブルースはクラークに口付けた。

精液よりはまだ抵抗感は少ないがそれでも、いい気分はしない彼の唾液に耐え、ブルースは、情熱的にクラークへと舌を絡める。

「……っんっ……っちゅ……っん」

唇を隙間なく重ね合わせ、むさぼるようにクラークを求めるブルースに、簡単に正義の味方はペースを乱した。

ブルースを押さえ込むクラークの力から、相手が脆弱な肉体しかもたぬ人間だとういう配慮が失われつつあった。

バットマンとして活躍できるだけに鍛え上げた肉体を持つブルースだから耐えられる力で抱きしめられ、逃げられぬ拘束の腕の中で、情熱的に尻を打ち付けられるブルースは、しかし、精一杯冷たくクラークを見つめた。

「ケント。お前が、また中出しするようなヘマだというのなら、二度とお前とは寝ない」

 

クラークは、ブルースを恋人と見つめるが、ブルースは、一度だってクラークを恋人だと認めたことはないのだ。

だから、何度寝ようとも、ブルースはクラークに自分に種付けするような権利を認めはしなかった。

その約束をクラークは今晩だけでも、もう一度、反古にしていた。

情熱のあまり強く抱きしめてくるクラークの腕の力に、実際ブルースは、骨が砕かれるような苦痛を覚え、声は力なくかすれていたのだが、ブルース・ウェインの言葉は、地球を守る超人に大きな打撃を与えた。

髪を乱し、清潔なセクシーさで整った顔に汗まで浮かべていたクラークの動きが止まる。

早い息を堪えるように瞑られた唇はきつく閉じられたままだが、ちらりと目を開けブルースを見下ろすと、クラークはしまったと、顔を顰める。

今晩二度目の満足を得た恋人にはもう付け入る隙すらなくて、大企業を牛耳る御曹司には、市井の一記者にしかすぎないクラークの切るカードは、もうどんな通用もしそうになかった。

「……ブルース」

「何度も言うがな、ケント。お前は、スーパーマンだ。地球人ですらない。そんなお前の種が、人間に対し、どんな働きかけをするのか、想像しただけでぞっとする。もし、俺が孕むことにでもなったらどうしてくれる?」

ジョークにまぎれさせ、ブルースは、精一杯の嫌悪をクラークにぶつける。

クラークは、気弱に笑った。

「ちゃんと認知はするつもりだけど?」

「ほぅ。ブルース・ウェインに育児休暇を取らせるつもりか?」

「いいじゃないか。ウェイン・エンタープライズは、産む性に対して優しい企業だ。産前産後休暇は勿論のこと、育児休暇は、子供一人につき3年、最長5年まで取得可能で、就学中の子供を持つ親には短時間労働も認めているし、その上企業内に託児所まで設けている。就学貸付の金利の低さは、特筆すべき福利厚生だと思うし、二世の就職率だってこの界隈では一番の高さを誇る優良企業だ」

比較対象になりそうな競合企業の実情までその知識の披露をしはじめそうな頭でっかちの新聞記者をブルースは冷たくさえぎった。

「だからといって、私は、お前の子など産む気はないな」

どこまで本気なのか、クラークはとても前向きな表情で食い下がった。

「バットスーツのサイズ調整くらい、アルフレッドがきっと」

「アルフレッドは、私の執事だ」

御曹司の柔肉は、せつない締め付けで、かわらずクラークのペニスを疼かせているというのに、ブルースはあまりにクラークに対して冷たかった。

「デイリー・プラネット社は、配偶者の育児休業について就業規則が曖昧だけど、ブルース、でも僕は、ちゃんと取得するよう努力するよ?」

「……もう、終わりでいいってことだな」

ブルースは、ため息をつくと、起き上がる真似をした。

クラークを押しのけ、起き上がるという動作を取ることはただの人間には到底困難なのだが、真似程度ならばバットマンの筋力が許す。

クラークが慌てたように、ブルースを押し留めた。

豪奢なウェイン家のベッドであろうと、大男が二人押し合えばきしみを上げる。

「……あと、少し付き合ってくれれば……」

ねだる目付きで腰を動かしてみせた男は、やはり、その外見が示す善良さよりも、ずるがしこかった。

ブルースが終わりという言葉に込めた関係の終焉という意味を敏感に感じ取ると、日常で被りなれた馬鹿正直なクラーク・ケントというキャラクターに見事に成り代わると、とぼけてみせる。

これをされては、何事もクールに処していきたいブルースは、ないはずの余裕を超人であるクラークに対して与えなければならなかった。

「本当に、あと少しで終わりだな?」

「ブルースが協力してくれれば……」

 

 

非協力的な恋人を散々揺さぶり、無理やりもう一度の頂点を味合わせた男は、痛くもない歯型のついた自分の肩を眺め、口元に笑みを浮かべていた。

クライマックスに愛の言葉を叫ばない恋人は、そのかわり悔しげにクラークの肩に歯をたて、食らいついた。

調度そのくらいが、自分達には似合いだとクラークはいらだたしげな恋人の背中にこっそりと笑う。

 

 

「坊ちゃま」

ノックの音と同時にドアが開く。

まだ朝の気配がほんの一足窓辺に忍び寄っただけの時刻だというのに、プライベートルームへと足を踏み入れた執事を、ブルースは当たり前に受け止める。

「アルフレット。湯の用意は?」

情事の痕跡を見せながらも、悪びれることなくシーツから身を起こしたブルースは、裸に一枚、アルフレッドが寄越したバスローブを羽織ると立ち上がった。

クラークが約束どおり腹へと欲望を吐き出した残滓を、ブルースは執事の前で乱暴に拭う。

そのブルースが顔を顰める。

嫌そうに、自分の尻を振り返った様子に、まだ腸内に留まっていたクラークの精液が太腿を伝っていったのだとクラークだけでなく、きっと執事も気付いたはずだ。

しかし、執事は知らんふりだ。

「出来ております。……ご一緒にですか?」

寝乱れたベッドに未だ横になるクラークへとちらりと視線を寄越す白髪の執事の高度な慇懃さが、クラークはとても苦手だった。

「いや、お客様はお帰りになる」

まるで子供の悋気でブルースは答えると、執事を置いて、先に歩き出す。

「そうですか。それは、おもてなしもできず、残念です。ケント様。……お着替えは、ご用意できておりますので」

人が作った不自由な翼しか持たぬ恋人を腕の中に攫い、そっと忍び込んだはずのこの部屋に、執事はいつだって最良のタイミングで顔を出す。

その上、下着から眼鏡まで、ジャストサイズで揃えられたものは野暮ったさの演出さえ忘れないくせに、最高級品だ。

「いつもありがとう。アルフレッド」

ブルースにすら見せぬ引きつる顔で、クラークは、それでも礼を言った。

「いいえ。また、お越し下さいませ。ケント様」

頭を下げた執事は、主人の後を追って踵を返さず、珍しく言葉を続けようとした。

「ケント様、坊ちゃまはあなた様の関係にあまりご満……」

「アルフレッド!」

ウェイン家の御曹司は、一秒だって待たないという態度の声を張り上げた。

磨き上げられた廊下に若い主の声が反響する。

すると執事は、そのタイミングで声が掛かることすら計算していたくせに、自分の失態を恥じる真似をしてみせた。

「ああ、私としたことが、お客様に、差し出たことを申し上げるところでした。どうぞご気分を害することなく、これからも、我が家にお越しくださいませ。ケント様」

勿論、執事の牽制をクラークは正しく受け止めた。ベッドの上に、身を起こしたクラークは、執事に苦笑いを浮かべる。

「ああ、アルフレッド。今度からは、ちゃんとドアをノックして、ブルースを帰宅させるようにする」

「ありがとうございます。ケント様。私、あなた様と御交友を結ばれた坊ちゃまに、傷が少なくなったことに感謝しておるんです。今日だって、子会社の株を上場するために記者を招いておりますのに、今までの坊ちゃまでしたら、きっと無茶をして青あざのひとつやふたつ」

にっこりと執事は微笑む。

その静かな迫力に、クラークは背筋さえ伸びていた。

マイクの前に立つにしては、確かに、夕べのブルースは、叫び過ぎだった。

「わかった。アルフレッド、御曹司は、打ち身一つつけぬ体で返せということだな」

「いえいえ、そんな……」

どうとでも取れる曖昧な否定を執事はする。

「アルフレッド!!」

また、主は、執事を大声で呼ぶ。

「では、私は、坊ちゃまが呼んでいらっしゃいますので。……あまりゆっくりなさいますと、会社に遅れられますよ。ケント様」

 

ウェイン家のベットからの立ち退きを要求されたクラークは、自分の名よりも、余程熱心に執事を呼ぶ恋人の声に苦笑しながら、眼鏡をかけた。わざと太めにタイを結び、まだ薄暗い空へと窓辺からそっと身を乗り出す。

クラークの身体は宙に浮かぶ。

「いつかの晩に、またデートしよう、ブルース」

愛をささやいた超人の耳には、しかし、恋人が、執事にオーバーワークをたしなめられ、バスルームの泡の中で、自分を呪う言葉を口にしているのが聞こえていた。

「それでも、僕は君が好きさ」

クラークは、ぐんと空高く飛び上がった。その速度は速く、すぐさま姿は見えなくなる。

 

 

「行ったな」

「そのようですね。坊ちゃま」

新しいバスローブを羽織った御曹司は、開いたままの窓辺には、近づこうとしなかった。

彼が敵わぬ正義の味方は、ゴッサムの夜にだけ現れるのだ。

「閉めますか? 坊ちゃま」

「どちらでもお前の好きに。アルフレッド」

ウェイン財閥の御曹司は、執事に服を着せられながら、用意された資料にばかり目を走らせており、開いたままの窓になど一顧だにしなかった。

 

END

 

超人さんと、蝙蝠さんは百合百合しいカプで、なんとも好ましいなぁと、指を咥えているだけでは我慢ができなくなってしまいました////