獅子

 

空気が動いた。

テントの中に入ってきた気配が見知ったものであることが分かり、アキレスは、目覚めると同時に肩に入っていた力を抜いた。

ここは、戦場だ。

こんな夜更けに、簡単にアキレスのテントに入ってくるとは、無茶にもほどがある。

アキレスは、目も開けず、気配の動きを追っていた。

テントの中にいる人間の数がわからぬわけがないのに、気配は軽々と、アキレスに近づく。

「いつまで、寝たふりを続ける?ここで寝首を掻くような真似でもして欲しいのか?」

女を抱きこんで眠っているアキレスの背中に手をかけて、オデッセウスが笑う。

さすがに女を起こさぬよう、密やかな声を使っているが、声に笑いが含まれている。

「何をしに来た」

アキレスは、目を開けて、自分の横に屈みこんでいる影を見上げた。

生憎、光が暗く、オデッセウスの瞳の色が見えない。

笑う口元から、白い歯だけが、覗いている。

「そんなの、誘いに来たに決まっているだろう?」

オデッセウスは、躊躇いもなく言うと、アキレスの背を撫でた。

明らかに、深い意味合いを含ませ、触れてくるオデッセウスのやり方に、アキレスは、寝返りを打って、それを拒んだ。

「もう、満足している。あんたの相手をしてやる気はない」

アキレスは、見せつけるように、女の背中に視線を落した。

オデッセウスの視線が、女の背に落ちる。

女は深い満足と共に、静かに眠り込んでいた。

意味のわからぬ、オデッセウスではない。

「そうか、それは残念だ。じゃぁ、今晩は諦めよう。いつになるかわからないが、また誘いに来る。邪魔をしたな」

オデッセウスは、素っ気なく立ち上がった

驚くほどの諦めの良さだ。

とっさに、立ち上がり、背を向けたオデッセウスの腕を、アキレスは掴んだ。

「待て、あんたのまたは、本当にいつになるかわからない。その気紛れをいつまでも待ちつづけていられるほど、俺は気が長くない」

振り返ったオデッセウスは、にやりと笑った。

明らかに、アキレスを嵌めてやろうとしていたことが伺えた。

アキレスは、小さく舌打ちした。

オデッセウスが、そんなアキレスを喜ぶように口元を綻ばせる。

「じゃぁ、服を着ろ。俺のテントに帰ったら、今度は俺が脱がしてやる。あんたのその自慢のもので、兵士たちが驚かないように、移動の間だけ、隠しておいてくれ」

オデッセウスは、にやにやと裸のまま眠るアキレスの股間を眺めながら笑った。

誰がしたって品のない表情になるはずのその顔が、下品に見えないのが、アキレスにとって憎らしかった。

アキレスは、掴んでいた手を強く引いた。

オデッセウスがアキレスに向かって倒れこむ。

オデッセウスは、さすがに、小さな声を上げた。

驚いていた顔をした唇にアキレスはかぶりついた。

「あんたは、自分が誘った相手が、獅子だということを忘れないほうがいい」

オデッセウスは、アキレスの言い分に、満足そうに笑った。

 

テントにつくまでの間にも、兵士たちが、小さな挨拶をオデッセウスに投げかけた。

後ろを歩くのがアキレスだとわかると、半分は、目を反らす。

そして、半分は、興味深い目をして、アキレスを見つめる。

前者は自分をよく知った賢い臆病者で、後者は、勇気に溢れるばか者だ。

アキレスは、どちらの顔も見たくなく、星の映る波を見つめながら歩いた。

「こういう暗闇だと、面白いくらい、お前の人気がわかるというものだな。疫病神」

オデッセウスは、砂を蹴りながら、悪びれなくアキレスに言った。

声が弾んでいた。

アキレスは、オデッセウスを無視して歩いた。

オデッセウスの手が伸びて、アキレスの髪を触る。

滑らかな指先が、髪を撫でる。

「アキレス。機嫌が悪いのか?」

オデッセウスは、楽しげだった。

剥き出しの足に波が飛んでも、全く気にしていなかった。

「…あんたの相手をしている時は、大概な。それより、あんたの兵隊をテントから遠ざけろよ。俺は、これ以上、悪名が欲しいわけじゃない」

アキレスは、顔を反らしたまま、オデッセウスに忠告した。

機嫌のいいオデッセウスは、唇を突き出すようにして笑う。

アキレスの手に触れ、わざと手を繋いで歩き出す。

「やめろ。そういう真似をして欲しくないと言ってるんだ」

アキレスが低い声を出して、オデッセウスを脅した。

オデッセウスは止めない。

だが、さすがに、テントまで近づくと、周りにいた兵を引かせた。

オデッセウスにも恥というものがある。

いや、守らなければならない体面か。

兵は、アキレスを上から、下まで眺めると、言い残したいことがあるような顔で、2人の前から姿を消した。

アキレスは、兵士に向かって唾を吐いた。

「これで、いいか?」

オデッセウスが、言った。

「それは、あんたが、判断しろ。俺の知ったことじゃない」

テントに潜りながら、アキレスは冷たく返事を返した。

「アキレス、あんたの、名声を守ってやったんだろう?」

追うようにテントに入ったオデッセウスは、もう、アキレスの服に手を掛けて脱がし始めていた。

手つきがせわしない。

「ちがう。お前に新しい名前を与えないためだ。智将と、呼ばれつづけたいだろう?イタケー王?」

アキレスは、オデッセウスをからかった。

しかし、構わず、オデッセウスは、アキレスの服を剥ぎ取り、胸を撫でた。

感嘆のため息を漏らした。

「…智将ね。そうだな。でも、今はそんな名でなど、どうでもいい」

オデッセウスは、自分から手を引いて、アキレスを寝床へと誘った。

毛皮の上でアキレスの身体を抱きしめる。

アキレスの耳元で熱い息を吐き出した。

「抱いてくれ。俺を満足させてくれ。アキレス。からからに乾いて、どうにかなりそうなんだ」

オデッセウスの絡む足に、アキレスは、白い喉を噛んだ。

 

オデッセウスが、こんな風に求めてくるのは、珍しかった。

オデッセウスは、アキレスの腹を両足で挟み、喉を反らして、腰を上下させていた。

食いしばった歯の奥から、呻き声が漏れている。

「…ア…キレス…」

彼の声は、通りがよく、この程度の声でも、下手をすると外に漏れた。

兵士の信頼厚い、王の上げる声ではない。

「…ああ…アキレス…もっと」

協力しないアキレスに、焦れたオデッセウスは、激しく尻を揺らし始めた。

不満げな目をしてアキレスを見下ろしているが、その目が、刺激に濡れている。

「どうした?」

アキレスは不審に思い尋ねた。

だが、オデッセウスは答えない。

ただ、腰を揺らし、満足げなため息を漏らしている。

アキレスは、オデッセウスの腰を掴んで、体の位置を入れ替えた。

いきなり深く転ばされ、深く突き上げられたオデッセウスが、息を飲む。

アキレスは、続けざまに、オデッセウスの奥を突き上げた。

オデッセウスが、反り返って、声を上げた。

上がった声は、さっきまで同衾していた美しい巫女よりも、ずっと蕩けている。

「どうした?オデッセウス。今度は、どんな願い事だ?」

アキレスは、半開きの唇が上げる声を聞きながら、眉を寄せて、オデッセウスを責め出した。

「あんたが、ただで動くわけがない。今度は、どんなことを俺にさせようというんだ」

尻を両手で掴んで激しく揺さぶると、オデッセウスの身体に痙攣が走った。

「あんたが、俺の言いなりだったのは、泣いていた最初だけだ。俺は、頭のいいあんたが、心底嫌いだよ」

大きな尻を高く持ち上げ、小刻みに、だが、強く奥を刺激すると、オデッセウスは、まだ一度も触れられていないというのに、精液を腹に散らした。

しかし、まだ、物欲しげに、粘膜がアキレスに絡みつく。

大きく息を吐き出して、胸を喘がせながら、オデッセウスの腕が、アキレスを抱く。

「いいや、アキレス。今日の願いは、一つだけだ。…俺を満足させてくれ。それだけだ」

唇が、アキレスに近づいた。

本当に珍しく、オデッセウスが自分から唇を求めた。

 

香油の塗りこんであったオデッセウスの尻の穴は、それだけでない音を水音を立てていた。

アキレスの精液を一度飲み込んだにも関わらず、まだ、離さないオデッセウスに、アキレスの方が、怪訝な気持ちになっていた。

「ほんとうにどうしたんだ。オデッセウス、今夜のあんたは、まるで盛りのついた猫のようだ」

オデッセウスは、アキレスの身体に幾つもの口付けを落とし、跡まで残していった。

アキレスに音がするほど尻を打ち付けられ、盛大な声を上げた。

腰を捩りながら、長い足をアキレスの腰に巻きつけ、力強く締め上げた。

それでも、まだ、足りず、アキレスに乗り上げ、激しく腰を揺すりさえした。

アキレスは、汗と精液で湿った毛皮に押し付けられながら、オデッセウスを見上げていた。

オデッセウスは色事が嫌いではない。

どちからというと楽しむほうだ。

それは、アキレスも知っていた。

力にものを言わせて、アキレスがオデッセウスを思い通りにした最初しばらくは、睨むような目をしながら、目を涙で濡らしていたが、慣れた途端、アキレスの執着を逆手にとった。

させてやるから、願いを叶えろ。

褒美としてさせてやろう。

したいから、させろ。

賢い彼は、自分でも楽しみながら、尊厳をすぐさま取り戻した。

決定はいつでも、オデッセウスの気分次第で、アキレスは許される形でしか、彼に触れることが出来なくなった。

オデッセウスは、一度彼の信頼を裏切ったアキレスに、付け込む隙を与えなかった。

アキレスは、オデッセウスに飼われた獅子だ。

ときどき、褒美として与えられる肉を、骨までしゃぶる。

今日の肉は特別美味い。

今晩のオデッセウスは明らかに、おかしい。

 

「何がそんなにお前を興奮させているんだ?オデッセウス。どうした?楽しいことでもあったのか?」

アキレスは、抜け落ちそうなほど激しく腰を揺するオデッセウスに、眉を顰めながら、もう一度尋ねた。

オデッセウスの全身が汗を噴き出していた。

口からは喘ぐような早い息を漏らしていた。

自分の中の刺激を楽しむように目を瞑っていたオデッセウスが瞼を開けた。

濡れた緑の目が、激しくアキレスを誘惑した。

アキレスは、最初もこれに切れたのだ。

こんな目をして、人を見てはいけない。

「…知りたいか?…でも、知ったら…アキレスは、俺が…嫌いになるだろう」

アキレスの腰に尻を擦り付けながら、ため息と共に、オデッセウスは、言葉を使った。

切れ切れの声に、アキレスは、腰を持ち上げた。

もっと、掠れた声を上げさせたくて、届く限りの奥まで広げた。

オデッセウスが声を上げる。

「…ああっ…いい!…もっと、もっと、アキレス…」

反り返った胸が、後ろへと倒れこみそうになり、アキレスは、手を伸ばして、オデッセウスの背を抱いた。

オデッセウスが激しく腕の中で、暴れる。

大人しくさせるため、アキレスは、彼の背を抱きしめたまま、何度も腰を突き上げた。

オデッセウスが吼える。

人払いさせておいて、正解だ。

イタケーの王が上げる声ではない。

アキレスは、オデッセウスの耳を噛んだ。

「あんたのことなんで嫌いだ。…俺は、自分の思い通りにならない奴なんて好きにならない」

オデッセウスの耳元で囁いた。

とろとろと精液を溢れさせるオデッセウスのものを腹で押しつぶしながら、尻に指の跡が残るほど強く掴んで、奥を抉る。

オデッセウスは、アキレスの肩に腕を回して、強く抱きしめた。

熱い息が、アキレスの耳を擽る。

「俺は…アキレスが好きだよ。…だから…言わない。しかたがないんだ。これが俺の本性だ」

オデッセウスは足で、アキレスの腰をしめつけ、尻を左右に振った。

甘い声を上げつづける。

「もう少し、声を押さえろ。オデッセウス。イタケー王の兵隊が、驚いて飛んでくるぞ」

アキレスは、オデッセウスの薄い唇を塞ぎ、息すらさせずに唇を貪った。

苦しげにオデッセウスが首を振る。

しかし、アキレスは、離さない。

逃げるオデッセウスを追い、そのまま、今度は彼を濡れた毛皮に押し付ける。

「今晩のあんたの願いは、今までのなかで、一番簡単に叶えられるだろう。好きなだけ、楽しめばいい。この俺をそんな風に扱えるのはオデッセウス、お前だけだ」

アキレスは、自分の大きさに開いている穴を何度も擦り上げた。

オデッセウスの背が反り返る。

 

飼われた獅子は、与えられた肉を骨まで食らった。

食い終わる頃には、テントに朝日が差し込んでいた。

テントの周りでは、槍や、剣が触れ合う音が聞こえていた。

主人は、満足げに惰眠を貪っている。

獅子は、気付かれぬよう、そっと主人の肩に唇で触れた。

 

END

 

 

                    BACK

夏樹と、トロイデートしました(笑)

そして、2人で熱く語り合う。

私は、豆を。夏樹は、花を。

全然かみ合ってませんが、でも、仲はいいです。(笑)

トロイ、すごく楽しかったです。(幸)