風の音
転がされた麻袋から出てきたものに、ヘクトルは息をのんだ。
「これは…」
石造りの部屋は、強い日差しを遮り、風が涼しく流れていた。
普段使われない小部屋は、埃の匂いがするものの、余分なものはなく、いつでも使えるよう整えられていた。
その中央に放り出された、人一人入るほどの大きな麻袋。
誉めて欲しそうに目をきらきらとさせている弟の顔に目をやり、ヘクトルは、握り締めた手を振り上げたくなるのに、ぐっと耐えた。
麻袋から人の頭が見える。
栗色をした巻き毛だ。
目も、口も、布で覆われ、殆ど容姿を確かめることなどできないが、誰だかが、ヘクトルにはわかった。
ここにいていい人物ではない。
こんな風に扱っていい人物でもない。
「どう?兄さん。随分会いたがってたみたいだし、お連れしてみたんだけど」
滑らかな弟の声を聞きながら、ヘクトルは、強く手を握り締め、俯いて顔を強く振った。
髪が、ヘクトルの顔を叩いた。
みすぼらしい麻袋のなかで、オデッセウスはぐったりと動かない。
「お前は、戦争のやり方を知らない!!」
床から跳ね返るほど、強い声を出したヘクトルに、パリスは、びくりと身体を震わせた。
しかし、顎を引き、つりあがった目をして、兄の顔をきつく見上げた。
「何故?彼がギリシャ軍の頭脳なのだとしたら、彼さえいなくなれば、トロイは勝利を手にすることが出来る」
パリスは、自分の正義を疑わず、怒りに震える兄の様子を疑う目で見た。
光を浮かべる艶やかな黒目が、褒美の言葉を与えようとしない兄を責め立てた。
「お前は、トロイにどこまで泥を塗れば気が済むんだ。トロイは、女を盗み、英雄を盗み、そして、勝利をもこそ泥のように盗み取るというのか!」
「それのどこがいけない?」
パリスは、もっとも効率よく勝ちを手に納める方法を選択したつもりだった。
ヘクトルは、弟の目をじっと見つめながら、まるで状況を理解していないパリスに、振り上げたくなる手をじっと堪えた。
ヘクトルは、もう一度強く拳を握り締め、くるりと弟に背を向けると、いまだ麻袋に収まったままのギリシャ軍きっての智将を助け起こすべく、身を屈めた。
オデッセウスは、特に大きな怪我を負っている様子ではなかった。
麻袋から引き出した彼の体は、小さな裂傷を数多く負ってはいたが、骨に異常はなく、息も正常だった。
正し、きつく縛られた手と足は、縄が肉を噛むほどつよく巻きつけられていた。
「大丈夫か?」
目隠しを外し、口を覆っていた布を取り出したヘクトルは、気絶したような様子のオデッセウスの頬を叩いた。
日に焼けた頬がぴくりと反応し、金色の睫が、小さく動く。
ヘクトルは、ほっとしてもう一度声を掛けた。
「オデッセウス。大丈夫か?」
頬に出来た小さな擦り傷を撫でながら、ヘクトルが声を掛けると、緑の目がゆっくりと開いた。
「…ヘクトル?」
「…悪かった」
ヘクトルは謝罪をした。
ヘクトルを見上げたまま、自分の状況を掴みきれず、眇められたオデッセウスの目をじっと見つめた。
いまだ、手足を縛られたままのオデッセウスは、ヘクトルの腕の中で、忙しく視線を動かした。
一刻も早く、自分の置かれた立場を読み取ろうとする冷静な軍人の目だった。
小さく身体を動かし、自分の肉体の状況も確かめている。
「ここはトロイだ。弟が大変申し訳のないことをした。許せるとは思わないが、許してやってくれ。あいつはまだ軍人の名誉を知らないのだ」
ヘクトルは、現状に馴染もうと、いくつもの判断を繰り返しているオデッセウスの緑の目を見つめ、謝罪を繰り返した。
あまりに頭を働かせ過ぎているせいか、オデッセウスは、小さく口を開けたままだった。
「なんで!どう勝とうともいいじゃないか!彼がギリシャの勝利の鍵を握っていると言っていたのは兄さんだ!それを潰せば勝利は間違いない!」
「黙れ!!」
背後であがったパリスの大きな声を、更に上回る声でヘクトルが恫喝した。
石畳の部屋に、声が響いた。
「トロイは、盗人の国ではない。貴様はヘレンを盗んだだけで、国の顔に相当泥を塗ったというのに、どうしてそれがわからない!」
オデッセウスを抱き起こす、ヘクトルの腕が小さく震えた。
歯が強く噛み締められた。
「何がいけないんだ!」
パリスは、兄の背中に向かって、弓を射るような鋭さで、言葉を突きつけた。
「勝利は、勝利だ!兄さんは、彼が欲しかったはずだ!」
青い衣をはためかせ、地団太を踏んだ。
「…だかと言って、こんな卑怯な手で掴んだ勝利をアポロン神の前に差し出せるか?パリス王子」
長時間麻袋の中に押し込められ、自由を奪われていたオデッセウスは掠れた声を出した。
ヘクトルの腕の中の緑の目が、冷たくパリスを見た。
パリスは、激しく目を煌かせ、オデッセウスを睨みつけた。
「口を利くな、豚!」
「黙れ、パリス!お前は何もわかっていない。お前のしたことは、姦計ですらない。この先の方向性すらなく、ただ、戦いを混乱させるに過ぎない。アガメムノンのお気に入りであるオデッセウスを攫ってどうするのだ。怒り狂ったアガメムノンが、城壁を打ち破るのを見守るのか?アキレスを唯一御せるオデッセウスを殺してどうする?復讐に燃えたアキレスに、この城が焼かれるのを待つつもりなのか?」
「…兄上…」
冷たく拒絶する兄の背中に向かって、パリスははじめて気弱な声を出した。
「だけど、兄上だって、言っていたじゃないか。オデッセウスがいなければ、トロイの勝利はもう少し身近になると」
パリスの声は、気弱になると殊更甘くなった。
大抵の女なら、腕を広げて抱きしめてしまいそうなその声を、兄は背中で拒絶した。
「パリス、俺が言っていたのは、オデッセウスが、最初からこの戦いに参戦していなければ、だ。我がトロイ軍が卑怯な手でギリシャの軍師を盗んだら、ではない。どうしてわからないんだ。名を残す男たちは、決して自分の手の中のものを人に渡そうとはしない。盗られたら盗りかえす。名誉とはそうして守られるものなんだ。どうして、それがお前にはわからない。お前に、オデッセウスを奪い返されないだけの力があるのか!」
「だって…」
兄の肩に手をかけようとしたパリスを、深く吐き捨てたため息で押し留めたヘクトルに、オデッセウスが声を掛けた。
「縄を解いてくれ」
冷静な声は、いつまでも続く兄弟喧嘩に水を差した。
ヘクトルは、慌てたように、腕の中の身体を抱きなおし、床の上にそっと身を横たえると、きつく結ばれた縄を外しに掛かった。
軍師に食い込んだ縄は、くっきりと跡を残していた。
縄が擦れたのか、周りの皮膚が血を流していた。
「酷いことを…」
ヘクトルは、深く頭を垂れて、縄を解いたオデッセウスの足元に屈みこんだ。
両手で軍師の足を抱き、色の変わった冷たい皮膚を何度も手の平で擦った。
「…痛い」
急に血の流れの良くなった足は、痛みをオデッセウスに与えた。
麻痺していた痛みをオデッセウスに思い出させ、オデッセウスは、上手く動かない足を引き摺るように自分に引き寄せ、ヘクトルから逃げた。
「オデッセウス…」
痛ましい目をして、ヘクトルがオデッセウスを見た。
オデッセウスは、無理をして口元に笑いを浮かべ、まだ、縛られたままの腕を差し出した。
「解いてくれ…」
「ああ」
ヘクトルは、器用に縄を解いていった。
オデッセウスは、ヘクトルを見ながら口元を緩めた。
「お前たち、兄弟は、調度良く足りていないな。兄は、全てが見えすぎている。弟は、何も見えていない」
ヘクトルは、苦い顔をして笑った。
後ろで、パリスは、屈辱に震えた。
オデッセウスは、パリスを見上げた。
「パリス。お前が悪いと言っているのではない。自分の欲望に忠実である王は強い。俺が仕えるとしたら、ヘクトルよりお前を選ぶ」
縄を解かれたオデッセウスは、ヘクトルに身体を拭くための水を要求した。
あちこちから血を流し、体中に砂をつけたオデッセウスのために、ヘクトルは立ち上がった。
拳を握り締めている弟を目で脅しつけると、扉の向こうへと足を進めた。
「豚が…賢しげな口を利きやがって…」
拳を震わせるパリスは、足元に転がるオデッセウスを見下ろしながら、地を這う蛇のような声を出した。
「お前より太っているとは思うが、うちのじじいどもよりは、ずっとスマートだ」
今だ、手も足も利かぬというのに、オデッセウスに動揺した様子はなかった。
オデッセウスは、平気でパリスを挑発した。
寝かされているのが、石畳の上だというのに、まるで自分の毛皮の上に転がるような落ち着きぶりだ。
「パリス。俺を差し出したら、兄が喜ぶと思ったのか?」
「毎夜、男を求めてうろつき回る軍師だとしても、兄が欲しいというのなら、手に入れてやろうと思っただけだ!」
パリスは、オデッセウスの横に膝を着くと、軍師の頬に指を食い込ませ、強く顎を揺すった。
滑らかな指先の爪がオデッセウスの髭の間に爪を立てた。
「兄上は、お前が何のために、浜辺をうろついているのかまで、わかっていらっしゃった。兄の書いた手紙を見せてやろうか?和平の手紙を書きながら、お前が共も連れず夜うろつくのを戒める言葉さえ書いた。誰だろうが足を開くこんな男に、一体どんな価値があるというんだ」
オデッセウスは、強く頬に食い込む指に顔を顰めながらも、口元を歪めて笑った。
「そうでもない。俺は、俺の可愛い獣と、お前の兄と、お前だけしか知らない」
オデッセウスは、真実を述べた。
ヘクトルの出方を見切っているオデッセウスにとって、この場から生きて帰ることは造作もないことだった。
ヘクトルは、トロイの名誉を汚さぬために、オデッセウスに傷ひとつつけぬよう、すぐさま、ギリシャへと戻すだろう。
オデッセウスは、この場で、できるだけのことを見聞きし、何もなかった顔をして、軍に戻ればよかった。
獣が大きく吼えるだろうが、女を攫うようにオデッセウスを攫ってくれたトロイ軍の兵士へと仕返しをするのにいい具合だと思えばいい。
パリスがいきなり立ちあがった。
部屋を出て行き、すぐに戻った。
イタケーの王は、軍師としては、最高の頭脳を持っていたかもしれないが、王としては、すこしばかり品位がありすぎ、欲が無さ過ぎた。
そして、トロイの弟王子は、オデッセウスが仕えてもいいと明言したほど欲深だった。
寝台の上に引き摺りあげられたオデッセウスは、歪んだ笑いを浮かべるパリスに向かって、小さなため息を漏らした。
「それしか、できることがないのか?」
「俺は、欲張りなんだ。兄上の何もかもが欲しい。怒りも、愛も、何もかもすべてだ。中途半端に突き放されるくらいなら、兄上の前でお前をめちゃくちゃにしてやる。お前の価値なんてどれほどもないということを兄上に分からせてやる」
ただでさえ利かない手足の上に、パリスに伸し掛かれて、オデッセウスは、小さくうめいた。
長いこと荷物のように麻袋に押し込められていた身体は、あちこちに傷が出来ていた。
「出来るだけ抵抗しなかったつもりなのに…」
オデッセウスは、ひとり言を言った。
いつものようにアキレスのテントに向かったオデッセウスを複数の影が取り囲んだ。
訓練された兵士だと動きを見ただけで分かった。
抵抗したところで複数の兵士を相手に、無敵でもないオデッセウスが敵うわけ無かった。
逃げ出す機会をうかがうために、オデッセウスは暴れる事無く敵の手に落ちた。
失敗を挽回する機会は、今ではないと判断した。
「…乱暴にするな」
オデッセウスは、パリスに向かって文句を言った。
パリスの手が、乱暴にオデッセウスの衣装を剥ぎ取った。
顔には勝ち誇ったような笑みがあった。
オデッセウスは、美しい顔を見上げながら、腕を踏むパリスに向かって冷たい声を出した。
「お前の兄が気に入っているのは、身体ではなく、頭だと思うぞ?」
パリスの唇が綺麗な半月を描いた。
「そうかな?兄上は、愛情深い。一度でも身体を繋げた相手を大事に慈しもうとする。お前の淫乱ぶりを見せてやったら、さぞ傷つくだろう。兄上は貞節を愛する人なんだ」
この間、パリスは、アンドロマケ以外の女にすべて手をつけたと言った。
それほど、兄に愛された人間が許せないのかと、パリスの欲の深さにオデッセウスはすこしばかりの感動を覚えた。
「お前は、愛されすぎて育ったんだな」
パリスは、オデッセウスの頬を張った。
多分、オデッセウスに手を上げる誰よりも力強く頬を張り飛ばした。
「わかったような口ばかり利くな!」
パリスは、オデッセウスを睨みつけながら、寝台の上でイタケーの王を丸裸にした。
部屋に戻ったヘクトルは、その光景に目を疑った。
持っていた水桶を取り落としそうになった。
扉が閉まったことにも気付かなかった。
オデッセウスが、寝台の上でうつ伏せになっていた。
滑らかな背中が美しい筋肉の動きを見せていた。
続く白い尻は、高く掲げられていた。
大きく、すばらしい肉付きだ。
張り出した腰に手を掛けている人間がいた。
尻の間に腰を埋め、尻の肉に腰を打ち付けていた。
「兄上、お静かに。声を上げたら、扉の前にいる兵士がここにオデッセウスがいることを知らせに走ります」
ヘクトルの弟は、伸し掛かる身体に目を満足そうに細めて、扉の前に立ちすくむ兄を見た。
「何を!」
「しっ。静かに」
パリスは、顔に柔らかな笑みを浮かべて、厳しい顔をした兄を見た。
「大きな声を出さないで下さい」
「お前は自分が何をしているのか、分かっているのか!」
声を荒げるヘクトルに向かって、パリスは鋭く口笛を吹いた。
部屋の外から、扉を叩く返答が返った。
驚いたように振り返ったヘクトルに向かって、パリスは、機嫌の良い声を出した。
「兄上が、あまり大きな声を出されますと、彼がギリシャの軍師がここにいることを伝えに走ります。嘘じゃないですよ?」
「兵など…」
「いなかった?でも、今はいます。もう一度、扉を叩かせましょうか?」
心地よさ気に目を細めるパリスは、口笛を吹くため、唇を尖らそうとした。
柔らかな唇が、そっと口付けの形に窄まろうとした。
「しなくていい」
小さく、低い声で、オデッセウスがパリスを止めた。
寝台に顔を埋めるようにしていた智将は顔を上げ、ヘクトルを見つめた。
「…ヘクトル。気にしなくていい。身体を使われるくらいで気が済むのだったら、その方がありがたい」
上げた顔は目が潤み、唇が薄く開いていた。
「何を言う。して貰えて嬉しいくせに!尻の穴を香油で湿らせていたのは誰だ。最初から男を咥え込むつもりで、一人でふらふらとしていたくせに」
パリスは、オデッセウスの巻き毛に手を掛け、寝台へと顔をつけさせた。
首から、背中への滑らかな皮膚が、一直線につながり、美しいスロープを作った。
ヘクトルは言葉を失った。
美しい線の終着点には、弟の細い腰が繋がっている。
豊かな尻の肉を掻き分け、弟の黒い毛が、オデッセウスの金の毛に交わる。
こればかりは、巧みな弟は、余裕の顔をして軍師を攻める。
軍師は、あの夜と同じように、腰を捩る。
白い腰が、くにゃりと揺れる。
「お前に、兵士を指揮する権限など与えなければよかった…」
床へと水桶を置いたヘクトルは、大きな手で自分の顔を覆った。
「これでも王子ですから。命知らずにもギリシャ軍に紛れ込んで、軍師を攫ってきたり、扉の前に立って、見張りを務めたりしてもらえる程度には、人望があるんです」
パリスは、にこやかに笑うと、兄に向かって手招きをした。
「兄上、こちらにいらしてください。嘘では無いんです。この軍師のいやらしさをその目でちゃんと確かめてください」
ヘクトルは、首を振った。
「嫌だ。そんな悪趣味な真似はしたくない」
「大丈夫ですよ?兄上。彼は、嫌がったりしない。むしろそういうことの好きな男なんです。さげずまれることに、酷く燃える」
身体を繋げたまま、伏していたオデッセウスの背を起こさせたパリスは、オデッセウスの性器をヘクトルへと見せつけた。
性器は立ち上がり、後ろから揺すられるのにあわせて震えていた。
「ほら。濡れて大きくなっているでしょう?彼はこういうのが好きなんです」
さすがにヘクトルから視線を外したオデッセウスは、下を向き、金の睫を震わせ、頬を赤くした。
その腰を掴んで、パリスは、軍師にうめかせた。
肉を打つ音が部屋に響く。
「兄上。こちらへ。外の兵を走らせるおつもりですか?」
パリスは、唇を引き上げ、大層美しい顔をして笑った。
ヘクトルの見たことのない顔だった。
閨にいるときにだけ、浮かぶ表情なのだろう。
甘えと、満足を含んだ色気のある男の顔だった。
「…オデッセウスがここにいることが知れたら、どうなるかわかっているのか?」
ヘクトルは唇を噛んだ。
パリスは、にこやかな表情を崩さなかった。
「さぁ、このいやらしい軍師が八つ裂きにされるのは間違いないでしょうね。それから、どうなるんです?ギリシャがトロイを攻めてくる?兄上は、また私を助けるために戦ってくださるのでしょう?」
立ち上がった性器を扱かれたオデッセウスは、小さな、しかし確かに色めいた声を出した。
「兄上、こちらへ。彼を無事、ギリシャ軍へと帰したいのであれば、寝台に上がってください」
甘く艶やかな弟の声に促され、ヘクトルは、寝台へと重い足を引き摺った。
「ここに触って」
オデッセウスの中から固く立ち上がったものを引き抜いたパリスは、まだ閉じきらない穴の中へとヘクトルに指を入れることを強要した。
穴は、薄い金の毛で周りを慎まし気に隠そうとしていた。
暗闇で一度だけしか交わったことのないヘクトルにとって、初めてみる光景だった。
盛り上がった尻の肉の間に、こんなにもいやらしい部分をオデッセウスは隠していた。
「触ってください。今の兄上に拒否権はありません」
躊躇うヘクトルに、パリスは、更に軍師の足を大きく広げた。
うつ伏せにされ、尻だけを高く上げさせられたオデッセウスは、尻の穴も、そこから続く垂れ下がった袋も、覆い隠そうとする繁みも、震える性器もすべてをヘクトルに曝け出していた。
薄い体毛に覆われた太腿がかすかに震えていた。
緊張に、ときおりぴくぴくと動く。
「中が濡れていました。私が濡らしたわけではありません。確かめてやってください。兄上が信頼に値すると考えたギリシャの智将は、ただのいやらしい男でしかありません」
ヘクトルは、強く光るパリスの目に唇を震わせながら、オデッセウスの穴に指先を掛けた。
柔らかく解された穴は、確かに滑りを帯びて、ヘクトルの指を抵抗もなく受け入れた。
肉は、温かく湿って滑らかな感触だった。
「あんたの猛獣に餌をくれてやるために?」
ヘクトルは、顔を伏せたオデッセウスの巻き毛に唇を寄せた。
「…違う。俺が、獣に遊んでもらうつもりだったんだ」
オデッセウスが小さな声で呟いた。
ヘクトルには、アキレスと、オデッセウスの関係が掴みきれていなかった。
噂では、オデッセウスが手のつけられないアキレスの鼻面を引き回しているように受け取れた。
しかし、ヘクトルの得た感触では、もう少し、オデッセウスは、アキレスを大切に思っていた。
「兄上、おしゃべりよりも、中を触ってやってください。かわいそうに待っているじゃないですか。彼の肉は、兄上の指を噛んで離さずにいますよ」
ヘクトルは、弟を睨みつけながら、オデッセウスの中で指を動かした。
節高いヘクトルの指に擦られて、オデッセウスは、小さな声を上げた。
「兄上、彼は、もっと乱暴にされるのが好きなんです」
パリスは、オデッセウスの反応を伺いつつ、緩やかに指を使うヘクトルを邪魔するように、自分の指も、智将の尻にねじ込んだ。
「パリス!」
「大丈夫。彼は、性器と一緒にだって、指を咥え込むことが出来る」
乱暴に動かすパリスの指と触れ合う感触に、顔を顰めながら睨むヘクトルを、弟王子は、にこやかに笑い飛ばした。
ヘクトルが、疑わしげにパリスを見た。
「平気です。それは実証済みなんです。私は、彼のテントに忍んで行った。こんなことを申し上げるのは気詰まりなのですが、彼は兄上ではすこし物足りなかったようですよ?乱暴に扱われるのに慣れているんです。そうされるのが好きなんです」
ヘクトルは弟の告白に愕然とした。
「お前は…ギリシャ軍に忍んでいったというのか?」
「ええ、兄上の手紙をお届けするために。兄上を悩ませているオデッセウスの顔を見に行くために」
付け根まで指を穴の中に押し込んで奥を触るパリスのやり方に、オデッセウスは、ひっきりなしに声を上げた。
「ほら、ね。兄上のやり方は、優しすぎて、彼にはすこし刺激が足りないようです」
弟の目の前で、ヘクトルはオデッセウスと繋がっていた。
正面を向き合うように抱き合った体の間で、オデッセウスの性器がヘクトルの腹で擦られていた。
オデッセウスは、目を閉じて、薄く口を開いていた。
「兄上、もっと彼を可愛がってあげないと」
パリスは、寝台の上で肩膝を立てて座り、時折緩い手つきでオデッセウスの身体を撫でた。
その手は、まるで魔法のように、オデッセウスの身体に変化をもたらした。
パリスが手を伸ばすたび、オデッセウスは官能を深くしていった。
「ほら、触ってあげてください」
パリスが、ヘクトルの手を取って、オデッセウスの腹を触らせようとした。
ヘクトルは、パリスの手を振り払い、自分からオデッセウスに触れた。
盛り上がった胸を下から撫で上げようとすると、オデッセウスは、大きく身体を捩って逃げようとし、パリスは手を伸ばして、ヘクトルを止めた。
「可愛がってやりたいのなら、そこは止めておいたほうがいいですよ。酷く過敏なようですから、彼に負担をかけるだけです」
パリスは、色事に関しては、豊かな才能に溢れていた。
オデッセウスの身体を見切っていた。
パリスは、あまりのり気でない兄から、オデッセウスを引き離すと、もう一度うつ伏せにさせ、自分の性器を口に含ませた。
「兄上、どうぞ。私が彼の口を使いますから、兄上は、後ろを使ってください」
顎を掴んでオデッセウスの頭を前後させるパリスは、のろのろと身体を進めるヘクトルを笑った。
オデッセウスの背中へと顔を寄せて、滑らかな背中に歯を立てた。
オデッセウスの体が鋭く緊張した。
オデッセウスの穴の中へと性器の先を含ませかけていたヘクトルは、その締まり具合に驚いて顔を上げた。
「痛がっているじゃないか?」
「喜んでいるんです。触ってみてください」
ヘクトルがオデッセウスの性器へと手を伸ばすと、確かにそこは、しっとりと濡れて、重く固く立ち上がっていた。
パリスの頭が動くたび、性器の先からは堪えきれない雫がぽたぽたと落ちてきた。
「オデッセウス…」
「兄上も、彼を可愛がってあげてください。腰を振って待ってるじゃないですか。入れて欲しいんですよ。ほら、してあげてください」
パリスは、オデッセウスの背中に覆い被さるようにして愛撫しながら、激しく腰を使って、オデッセウスの口内を汚した。
オデッセウスは、大人しくパリスの精液を飲み干した。
パリスが抜けて、また二人だけになったヘクトルとオデッセウスは、もう一度体位を変えていた。
どうしても乗り気でないヘクトルのために、オデッセウスがヘクトルの膝に乗り、腰を激しく動かしていた。
そうするよう命じたパリスは、満足そうな顔をして、2人の絡む光景を眺めている。
オデッセウスの足が、ヘクトルの腰を締め、腕が、鍛えられた背中を抱きしめた。
ヘクトルの太腿の上で、自分のいい部分を擦りつけるように前のめりになって、ぴったりと身体を密着させた。
性器が、深くオデッセウスの中に、飲み込まれた。
「ヘクトル。出来たら、もう少し熱心になってくれないか?」
ヘクトルの首に腕を巻きつけるようにして、抱きついたオデッセウスが、ヘクトルの耳元で囁いた。
「あまり体力を消耗したくない。これが済んだら、パリスは一応満足するだろう。その時に、逃げ出したい。だから、協力して欲しい」
耳を噛む愛撫の振りをしながら、オデッセウスは小さな声で呟いた。
ヘクトルは、オデッセウスの腰を掴んで、下から強く突き上げた。
「…んっ、あっ」
オデッセウスが、奥への刺激に身体を仰け反った。
後ろが強く絞り込まれる。
「いかせても平気か?」
抱き起こしたヘクトルは、頬に口付けをするようにして、オデッセウスの耳に小さな声を吹き込んだ。
その後、慌ただしく口付けを貪りあった。
オデッセウスの痴態に煽られた男の姿そのままだった。
策謀の匂いは、まるで感じさせない。
「…いきたい…もっと、激しく…ヘクトル」
オデッセウスは、激しく腰を捩って喘いだ。
あわただしく、ヘクトルの顔に口づけを降らせた。
パリスは、冷たい目でオデッセウスを見た。
「兄上、ほら、彼がどういう人間かわかったでしょう?」
熱に浮かされたような声でパリスは言った。
ヘクトルは、弟を相手にせず、オデッセウスの腰を掴んだまま、膝の上で彼の体を跳ねさせた。
「いいか?オデッセウス」
「あっ…あっ…ああ!」
熱く囁くヘクトルの声に、オデッセウスは高い声をあげた。
汗が背中を伝っていった。
パリスが手を伸ばして、オデッセウスの髪を撫でた。
後ろへと仰け反った顔を両手に納め、激しく唇を重ね合わせた。
顔を振って逃げようとしても、離さなかった。
オデッセウスは、きつく目を閉じたまま、くぐもった声をパリスの口のなかに漏らしつづけた。
ヘクトルの腹を濡らし、ヘクトルを激しく締め付け、とうとう、ヘクトルにも終わりを告げさせても、それはずっと続いた。
パリスは、オデッセウスを離そうとはしなかった。
オデッセウスは、トロイの町を抜けながら、地理を頭に叩き込んでいた。
先へ進むごとに、正確な地図が、オデッセウスの頭の中で製作されていく。
「今、あなたが何を考えているか、手に取るように分かるよ」
ヘクトルは、トロイ軍の鎧を身に着け、兜まで被って顔を隠した軍師とともに馬で城内をぬけようとしていた。
城内で生活する民たちは、まるでオデッセウスには気付かない。
買い物の途中で立ち話をし、時折、ヘクトルに手を振るものがいる。
ヘクトルは、それに応える。
「あんたたちは、あの海岸のことなど、庭のようになんでも知っているだろう?いいじゃないか。この位の駄賃は貰っても釣りもでない」
緑の目を煌かせて、トロイの内部から守りの様子を観察するオデッセウスは、溢れ返る情報に、にこやかな笑いを顔じゅうに浮かべていた。
内心はどうあれ、先ほどまで睦みあっていたヘクトルに対して、特に際立った感情を見せない。
やはりパリスは、ことが終ったところで、満足を得たのだろう。
ヘクトルとオデッセウスを二人きりにし、兄に、ささやかな贈り物でもしたように自慢気な顔をして部屋を後にした。
詰めが甘い。
「パリスは、すばらしい愚王になるだろう。あんたは、長生きをするべきだな」
城壁の上に立つ見張りの数を数えながら、オデッセウスは、ヘクトルに言った。
ヘクトルは、苦い顔をして髭面を歪ませた。
「それでも、オデッセウスは、パリスに仕えたいのだろう?」
オデッセウスは、にやりと口元を緩めた。
「ヘクトル。忘れてもらっては困るのだが、これでも私は小国の王でね。別段仕える相手を探しているわけではない」
ヘクトルは、今更のように驚いた顔でオデッセウスを見た。
そうなのだ。オデッセウスは、軍師ではなく、ギリシャ軍に参戦する一国の王だ。
パリスは、本当にとんでも無いことをしでかした。
「俺は、将来王位に就くだろう自分の息子をあんな風には甘やかして育てはしないね」
甘やかな声を上げた唇が辛らつな評価をヘクトルに与えた。
ヘクトルは、返事を返すことも出来なかった。
しかし、オデッセウスの興味は、もう、別へと移っている。
住宅の数を胸のなかで数えながら、この城壁の中で暮らす人間の数に想像を馳せていた。
焼き討ちをかけるとしたら、どこからにするか。
オデッセウスの顔には人の悪い笑みが浮かんでいた。
ヘクトルは、馬を走らす速度を速めた。
このままゆっくりと城壁まで馬を進めたならば、明日にもトロイは攻め込まれるかもしれない。
「復讐は甘んじて受け入れる。俺を見つけたら、あんたの兵に切り殺させろ」
ヘクトルは、風を切りながらオデッセウスに言った。
「それが甘いと言うんだ。あんたがそんな風でいる限り、ギリシャの勝利は間違いないな」
オデッセウスは、冷たいことを言う割に、柔らかな顔をして、王位継承者を見つめた。
END
INDEX
三角関係ってこんな感じ?